瀬戸内(たまに大阪)鉄道雑記帳

管理人はね、転向してしまったんだ。

2016年1月9日の幡生工場

2016-01-10 10:29:47 | 国鉄車両
新年あけ一発目の記事が幡生レポになるとは夢にも(ry

編集中に気付いて急遽修正した部分がありますので、少々読みずらいかもしれません。



というわけで好評の幡生解体線レポです。



とりあえず新年早々注目のH-01編成。

1月6日ごろに幡生に「入場」したとのことで、今回はそれを受けて急遽ここに来たわけですが・・・。



モハユニットは手つかずで残っていたものの、編成のうち最注目の両端クハが見当たらない。

これはATS-Pとトイレタンク整備の上岡山転属のフラグか

冗談はさておき解体予定の車両は組成解除後も屋外放置というのをよく聞くので、要検的なものを受けてもう少し続投されるのでは?と淡い期待を持ってみますが、はたして・・・。

と思っていましたがよく見るとユニット間の渡り線が切断されています。

ということでこの2両は廃車確定なわけですが、そうするとクハ2両はどこへ?




モハユニットの幕は一応試運転の表示が出てました。


手前の黒幕はオカB-07のモハユニットで、こちらは元P-11編成のクハと組むまでの一時的な留置のよう。

クハは・・・?



がっつり解体中でした。

上り方のー252はすでに内装解体を終えバーナーで切り込んでる途中。



下り方のほうも内装解体が進んでいました。





この2両の廃車で、元阪和色の車両は残り2両になります。

というかこの編成が入場してからクハの解体にいたるまでのスピードを見ていると、H-01が解体されるのならすぐ後ろに控えているはず?

という(都合のいい方向への)考えが余計にH-01編成の廃車回避への期待を膨らませるわけです

丸一日経った今頃の様子はわかりませんが・・・。




そして解体済みの山のほうは、前回紹介したがれきの上に明らかに40N車の一部とわかる部材がのっかってました。

P-11編成モハユニットの一部でしょう。

P-11編成は割と外板の状態もよさそうだったので、なんとももったいない気がします。



台枠の山の中にも車端部とわかるものがありました。

手すりの位置からこれもP-11モハのものだとわかりますが、所どころ見えてる緑色は抹茶色でしょうか?

その後ろではB-07クハの内装撤去が進んでいます。


最後は電車の中から。



B-07クハの2両は来週前半には姿を消しているでしょう。



右側に見えるのはB-07編成のモハユニット。

H-01編成モハユニットは単独留置でクハ2両は少なくとも屋外にはいないのがわかります。

復活とかあればいいのですが・・・。

上にも書きましたが、少なくともH-01編成の復活は消えました。

私も記事の編集中に気付いたので、やっぱりなと思う反面ショックではあります。

あとはクハが保存とか、そういった方向になればとは思いますが・・・。



以上です

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