08/21 弦楽器の Bowing を巡って ~ 頬っぺが痒い…
今、頬っぺたが痒いとしましょう。
① 貴方はさっそく人差し指で、自分の頬っぺを掻き
始めます。 指先を軽く曲げて。 ポリポリポリポリ。
このとき、頬っぺたに人差し指以外は触れないようにしてください。
② 今度は、もう少し幅広く掻いてみましょう。 ポリポリポリ。
先ほどの①の範囲が "1~2㎝" だとすれば、その2倍から3倍程度でしょう。
さて、それでは①、②を比較してみてください。 貴方の
運動に、何か差はあったでしょうか?
人間には個性があり、それは運動にも表われるので、「誰もが必ず一致
する」とは言えません。 しかしほとんどの場合、以下のようになるでしょう。
(A) 運動に参加する手の部位に、差はあったでしょうか?
おそらく差があったはずです。
「指先だけ」でいいのが、①の場合。 指が丸くなったり
伸びたりするだけで、充分なはずです。 指の付け根や、
大元の部分は、運動に参加していないでしょう。
これに対して②では、前腕や肘までが揺れ動いている
のではないでしょうか。 「指先は?」と見ると、丸い形を
保ったままで、運動にはほとんど参加していません。
「そんなこと知ってて、一体何の役に立つの?」
確かにそうですね (汗)…。
こうして、しどろもどろで頭を掻くのに、「えーと、どの指に
しようかな…」なんて、私も考えませんから。
あ、一つ解りました。 人間が一番自然な運動をするのは
"無意識のとき" のようです!
(B) さて、運動の速さ、頻度はどうでしょうか?
①と②の運動を比べると、「①は速く、回数が多い」、
「②は心持ち遅め」…になってはいないでしょうか。
では、今度は "逆" の運動をやってみましょうね。
つまり "不自然な運動" のことです。
③ 頬っぺを1~2㎝掻くのに、腕全体を使ってみてください。
やりにくいですね。 微調整が利きません。 運動が速くても、
ゆっくりでも。
④ 今度は指先だけで、もっと幅広く掻いてみてください。
これもやりにくいはずです。 指は可動範囲一杯に動かねば
ならず、"遊び" がまったくありません。
このように、「運動の幅 (大きさ)」、「用いる部位」、「速さ・頻度」
の間には、密接な関係があります。
手先のような末端部分は、頻繁で速い運動に適しますが、運動
範囲は限られます。
これに対し、上腕、肩、体幹など、大元に近い部位ほど、大きい
運動範囲をカバーし易くなります。 ただし速さ・頻度は落ちます。
やれやれ、忙しかったですね。 では今度は、傍観者になって
ください。 貴方の眼の前で、私が③の運動をしてみますから。
1~2㎝掻けばいいのに、私は腕全体を、えらく速く動かして
いますよ。 滑稽ですね? 見ているだけで疲れてしまいます。
「無駄な運動が多い」のが、一目瞭然だからです。
おや、今度はゆっくり掻き始めました。 「腕全体で1~2㎝」
は やはり不自然です。 ただし、疲れるようには見えません。
でも、何だか嫌みたっぷりです。 「不満なことがあるんだぞ」
と言わんばかりに…。
同様に、④「指先だけで広い運動をする」のもおかしいですね。
速くても、ゆっくりでも。 やはり言外に感じてしまうものがある
のは、運動自体が不自然だからです。
メッセージとして、わざとそうしたいなら別ですが。
これらは改めて書くほど大した事柄ではありません。 しかし
弦楽器を演奏される方がお読みになると、何か "弓の運動"
と共通点があるようには思われませんか?
それは、共に "往復運動" だからです。
と言ってもこれらは、スポーツほど激しくはありません。 これ
まで話題にしてきたような、野球、特に速球を投げる動作とは、
そもそも運動量が違います。
しかし逆に言えば、「投球動作は往復運動でない」からこそ、
「全身を大きく、ほぼ一方向に使うことが許される」のでしょう。
回転運動も含めて。
一方、弦楽器の演奏では、弓を頻繁に往復させる必要があり
ます。 弓も手も長さには限界があり、"一方向にだけ弓を使う"
ことは出来ないからです。 弓を使い過ぎても うまく戻るように、
何とか辻褄を合わせながら、音を出し続けているわけです。
楽譜を眺めると、長い音符や短い音符がありますね。 それ
ぞれには、「相応しい "弓の幅" がある」のが普通です。
ほら、そこに短い音符が連続して書かれています。 すぐ弓を
返さないと間に合いませんよ。 ひょっとして前腕、肘などを使い
過ぎているから遅れるのではないでしょうか?
それらは敏捷な往復運動には適さない部位なので、体全体
まで疲れやすくなり、音にも無理が生じます。
反対に、長い音符をゆっくり、伸び伸び弾きたいときに、
運動部位を指や手首だけに限定して、窮屈になっては
いないでしょうか?
「でもね、弓の先では手の長さが限界に近いから、腕を大きく
使うのは無理ですよ! それに、弓の元部分ではね、やはり
"肘などはあまり使わないように" 教わりました!」
…、…。
「つまりね、小回りの利く手先だけで、どちらもやるんですよ。」
…そうですか…。
問題はだんだん深刻になってきました。
さて何はともあれ、さらに難しいのは、長短の音符が交互に
書かれている場合です。 むしろこちらの方が一般的です。
その際、どの音符も、手の中の "同じ部位" だけで処理
しようとしてはいないでしょうか?
もしそうなら、長い音符、短い音符の少なくともどちらかが、
上記の "矛盾を抱えた運動" になってしまいます。
その結果、運動全体は "どっちつかず" になり、そのまま
にしておくと、長短すべての音符がうまく鳴らなくなり、指が
痛くなったり、体が疲れたりしてくるでしょう。
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弦楽器の Bowing を巡って
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