08/19 私の音楽仲間 (198) ~ 私の室内楽仲間たち (178)
この集いは、すでに何度かお読みいただいているグループです。
これまでの 『私の室内楽仲間たち』
関連記事 『最後の四重奏曲』
(7) ~ (11) Schubert ~ 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
① 尾を引く譜面騒動
② シューベルトの手招き
③ 振動と沈潜
④ 安らぐ異分子
⑤ 異和感と疎外感
(12) ~ (14) Schubert ~ 歌曲集『冬の旅』
⑥ 第1曲 『お休み』
⑦ 第5曲 『菩提樹』
⑧ 第15曲 『カラス』
(15) ~ (17) Schubert ~ 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
⑨ 放浪の果ての静寂
⑩ 隙間風と踊る
⑪ 手を触れるべからず?
いけない、いけない
静かにしてゐる此の水に手を触れてはいけない
まして石を投げ込んではいけない
一滴の水の微顫 (びせん) も
無益な千万の波動をつひやすのだ
水の静けさを貴んで
静寂の価 (あたひ) を量らなければいけない
[智恵子抄]
Violin の I さんとはごく最近、初めて室内楽で出会い
ました。 事情があって、久しく楽器から遠ざかっておら
れたらしいのですが、やっと復帰できたとのことです。
そして、「自分はセカンドしか弾かない」と、別の場で
おっしゃったそうです。
しかし、それが失敗の元。 言った相手が、私たちの
お世話係、Saさんだったからです。
ご一緒して、「そんな筈は無い、それ以上の方だと確信した」
Saさんに誘われてしまい、その場で I さんは、もう私たちの
グループに引き込まれていたのです。
そしてこの日は、一曲を Vn.Ⅰで、もう一曲を Vn.Ⅱで弾くこと
になりました。
その I さんによると、「アマチュアが手を出してはいけない
曲」があり、その一つが、シューベルトの弦楽四重奏曲
第15番ト長調なのだそうです。
それって、どういう意味なんでしょうか?
ところで、"手を触れてはいけないもの" と言うと、貴方は
何を思い浮かべられますか?
① 取り扱いを誤ると、こちらが怪我をする器具、機械など。
② 猛犬など、豹変する危険性のある動物、人間。
③ 美術館、博物館に陳列してあり、破損しやすく、この世に
二つと無いもの。
④ 構築物で、まだ完成の途上にあるもの。
⑤ 他人が楽しむ権利を、結果的に侵しかねないもの。
この曲って、こちらが痛い目に遭う、①、②のようなもの?
それは間違いありません。 この日 Vn.Ⅰを弾いた自分
にはどうしようも無い箇所が、幾つもありますから。
それとも③のように、計りしれない価値を持つものだから
でしょうか。
シューベルトの神々しい響きは、30歳前にして、すでに
煩瑣、猥雑なこの世を超越してしまった作曲家を、確かに
感じさせます。 あまりに畏れ多いので、「"軽々しく" 手を
付けるべからず」の意味になりますね。
ところがその I さん、"この曲を知り尽くしている" としか思え
ないように、ご自分の Vn.Ⅱパートを弾くのです。 つまりこの
曲をよく知っているだけでなく、"何度も弾いたことがある" と
いうことになりますね。
「なんだ、何度も手を触れてるじゃないの…(笑)!」
でも価値の計りしれない "高嶺の花" だからこそ、手を伸ば
して挑戦するのです。 崖から転落する危険をも顧みず。
そして、この曲をリクエストしたのは Viola のMさんでした。
また、前回もこの曲を私とご一緒したチェロのSuさん。
みんな "同罪" です。
それに、そのお蔭でご相伴に預かっているのは、何と私
なのです。
黒幕と言うよりは、単なる共犯だと思いたいのですが…。
触れてはいけないもの
きれいな花が咲いていたら「ぜひ家に持って帰りたい」と
…思うのかなぁ。 思うんでしょうねぇ。
でもその花がそこでしか美しく咲けないとしたら、やさしく
見守るだけにしてほしい。
「自分だけのものにしたい」ではなく「みんなにも見せて
あげたい」と思ってほしい。
「大事に思うからこそ手を触れてはいけないものもある」
と、最近思うのです。
[中国新聞 花咲かブログ]
ただ一つ、言い訳をさせてもらいましょうか。 私たちは、
すでに出来あがっている "名演奏の音源" など、貴重な
文化財を破壊しているのではありません。 もしそうなら、
とんだ冒涜行為になってしまいます。 挑戦している相手
は楽譜です。
考えようによっては、楽譜もまた、④の "建設途上の
構築物"です。 演奏され、音にならなければ、楽譜自体
には、普通は意味がありません。
幼い頃、家族で室内楽に興じたシューベルトのことです。
無謀な挑戦であっても、私たちが近づくのを許してくれると
いいのですが。 いえ、むしろ喜んでほしいとすら願います。
ただ一つ、条件があります。 "聴衆がいないこと" です。
なぜなら、万一聴衆が居合わせたら、きっと、物を投げつけ
られるでしょう。
⑤の、聴衆の "楽しむ権利を侵害する" ことになりかね
ないからです。 「そんな音楽じゃないぞ!」と、口々に叫ば
れながら。
それはきっと、心の中の美しい花を踏みにじることと同じ
なのでしょう。 各自の思い描く、理想の花を。
ただし、名の通った名演奏家たちの演奏会であっても、
必ずしも "高嶺の花" そのものが聴けるとは限りません。
作曲者が思いもかけぬ、奇妙な形、色をしているかもしれ
ませんから。 美しいには違いないでしょうが。
また、本来 手を出す資格の無い演奏者の場合は論外です。
挑戦者が断崖絶壁によじ登り、転落して、敢え無く命を落とす
有様を、克明に目撃することにもなりかねませんから。
音楽の内容はそっちのけで。
でも、その方が面白かったりして…。
「時間があったので即席の曲もお願いしましたが、"私も
こんなセカンドでありたい" と強く思う位、見事に付いて来て
下さいました。素晴らしい方です(^-^)/ 」
これは I さんが休憩後に Vn.Ⅰを担当した後、再び Vn.Ⅱ
を弾かれたときの様子で、メールの主はSaさん。 やはり
"セカンドが弾きたい" と広言する、優れた方です。
やっぱりセカンドが黒幕だな、この集まりは…。
関連記事 『最後の四重奏曲』
(1) ~ (2) Mozart 『プロシャ王四重奏曲ヘ長調』
② ③
(3) ~ (6) Beethoven 『第16番 ヘ長調 作品135』
① ② ③ ④
(7) ~ (11) Schubert 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
① ② ③ ④ ⑤
(12) ⑥ 歌曲集『冬の旅』 第1曲 『お休み』
(13) ⑦ 歌曲集『冬の旅』 第5曲 『菩提樹』
(14) ⑧ 歌曲集『冬の旅』 第15曲 『カラス』
(15) ~ (17) Schubert 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
⑨ ⑩ ⑪
[第Ⅰ楽章からの演奏例]