MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

手を触れるべからず?

2010-08-19 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

08/19 私の音楽仲間 (198) ~ 私の室内楽仲間たち (178)




   この集いは、すでに何度かお読みいただいているグループです。

         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




           関連記事  『最後の四重奏曲』

   (7) ~ (11)  Schubert ~ 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
           ① 尾を引く譜面騒動
           ② シューベルトの手招き
           ③ 振動と沈潜
           ④ 安らぐ異分子
           ⑤ 異和感と疎外感

   (12) ~ (14) Schubert ~ 歌曲集『冬の旅』
           ⑥ 第1曲 『お休み』
           ⑦ 第5曲 『菩提樹』
           ⑧ 第15曲 『カラス』

   (15) ~ (17) Schubert ~ 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
           ⑨ 放浪の果ての静寂
           ⑩ 隙間風と踊る
           ⑪ 手を触れるべからず?





 いけない、いけない
     静かにしてゐる此の水に手を触れてはいけない
         まして石を投げ込んではいけない

 一滴の水の微顫 (びせん)
     無益な千万の波動をつひやすのだ

 水の静けさを貴んで
     静寂の価 (あたひ) を量らなければいけない

                 [智恵子抄




 Violin の I さんとはごく最近、初めて室内楽で出会い
ました。 事情があって、久しく楽器から遠ざかっておら
れたらしいのですが、やっと復帰できたとのことです。

 そして、「自分はセカンドしか弾かない」と、別の場で
おっしゃったそうです。

 しかし、それが失敗の元。 言った相手が、私たちの
お世話係、Saさんだったからです。



 ご一緒して、「そんな筈は無い、それ以上の方だと確信した」
Saさんに誘われてしまい、その場で I さんは、もう私たちの
グループに引き込まれていたのです。

 そしてこの日は、一曲を Vn.Ⅰで、もう一曲を Vn.Ⅱで弾くこと
になりました。




 その I さんによると、「アマチュアが手を出してはいけない
曲」があり、その一つが、シューベルト弦楽四重奏曲
第15番ト長調
なのだそうです。

 それって、どういう意味なんでしょうか?



 ところで、"手を触れてはいけないもの" と言うと、貴方は
何を思い浮かべられますか?




① 取り扱いを誤ると、こちらが怪我をする器具、機械など。

② 猛犬など、豹変する危険性のある動物、人間。

③ 美術館、博物館に陳列してあり、破損しやすく、この世に
  二つと無いもの。

④ 構築物で、まだ完成の途上にあるもの。

⑤ 他人が楽しむ権利を、結果的に侵しかねないもの。




 この曲って、こちらが痛い目に遭う、①、②のようなもの?

 それは間違いありません。 この日 Vn.Ⅰを弾いた自分
にはどうしようも無い箇所が、幾つもありますから。



 それとも③のように、計りしれない価値を持つものだから
でしょうか。

 シューベルトの神々しい響きは、30歳前にして、すでに
煩瑣、猥雑なこの世を超越してしまった作曲家を、確かに
感じさせます。 あまりに畏れ多いので、「"軽々しく" 手を
付けるべからず
」の意味になりますね。




 ところがその I さん、"この曲を知り尽くしている" としか思え
ないように、ご自分の Vn.Ⅱパートを弾くのです。 つまりこの
曲をよく知っているだけでなく、"何度も弾いたことがある" と
いうことになりますね。

 「なんだ、何度も手を触れてるじゃないの…(笑)!」




 でも価値の計りしれない "高嶺の花" だからこそ、手を伸ば
して挑戦するのです。 崖から転落する危険をも顧みず。 

 そして、この曲をリクエストしたのは Viola のMさんでした。

 また、前回もこの曲を私とご一緒したチェロのSuさん
みんな "同罪" です。



 それに、そのお蔭でご相伴に預かっているのは、何と私
なのです。

 黒幕と言うよりは、単なる共犯だと思いたいのですが…。




         触れてはいけないもの



 きれいな花が咲いていたら「ぜひ家に持って帰りたい」と
…思うのかなぁ。 思うんでしょうねぇ。

 でもその花がそこでしか美しく咲けないとしたら、やさしく
見守るだけにしてほしい。

 「自分だけのものにしたい」ではなく「みんなにも見せて
あげたい」と思ってほしい。

 「大事に思うからこそ手を触れてはいけないものもある」
と、最近思うのです。

               [中国新聞 花咲かブログ




 ただ一つ、言い訳をさせてもらいましょうか。 私たちは、
すでに出来あがっている "名演奏の音源" など、貴重な
文化財を破壊しているのではありません。 もしそうなら、
とんだ冒涜行為になってしまいます。 挑戦している相手
は楽譜です。

 考えようによっては、楽譜もまた、④の "建設途上の
構築物
"です。 演奏され、音にならなければ、楽譜自体
には、普通は意味がありません。

 幼い頃、家族で室内楽に興じたシューベルトのことです。
無謀な挑戦であっても、私たちが近づくのを許してくれると
いいのですが。 いえ、むしろ喜んでほしいとすら願います。



 ただ一つ、条件があります。 "聴衆がいないこと" です。
なぜなら、万一聴衆が居合わせたら、きっと、物を投げつけ
られるでしょう。

 ⑤の、聴衆の "楽しむ権利を侵害する" ことになりかね
ないからです。 「そんな音楽じゃないぞ!」と、口々に叫ば
れながら。



 それはきっと、心の中の美しい花を踏みにじることと同じ
なのでしょう。 各自の思い描く、理想の花を。




 ただし、名の通った名演奏家たちの演奏会であっても、
必ずしも "高嶺の花" そのものが聴けるとは限りません。
作曲者が思いもかけぬ、奇妙な形、色をしているかもしれ
ませんから。 美しいには違いないでしょうが。



 また、本来 手を出す資格の無い演奏者の場合は論外です。
挑戦者が断崖絶壁によじ登り、転落して、敢え無く命を落とす
有様を、克明に目撃することにもなりかねませんから。

 音楽の内容はそっちのけで。



 でも、その方が面白かったりして…。




 「時間があったので即席の曲もお願いしましたが、"私も
こんなセカンドでありたい" と強く思う位、見事に付いて来て
下さいました。素晴らしい方です(^-^)/ 」

 これは I さんが休憩後に Vn.Ⅰを担当した後、再び Vn.Ⅱ
を弾かれたときの様子で、メールの主はSaさん。 やはり
"セカンドが弾きたい" と広言する、優れた方です。



 やっぱりセカンドが黒幕だな、この集まりは…。




      関連記事  『最後の四重奏曲



(1) ~ (2)    Mozart  『プロシャ王四重奏曲ヘ長調』
               



(3) ~ (6)   Beethoven  『第16番 ヘ長調 作品135』
              



(7) ~ (11)  Schubert  『第15番 ト長調 Op.161, D887』
               

(12)   歌曲集『冬の旅』 第1曲 『お休み』
(13)   歌曲集『冬の旅』 第5曲 『菩提樹』
(14)   歌曲集『冬の旅』 第15曲 『カラス』

(15) ~ (17)  Schubert  『第15番 ト長調 Op.161, D887』
                            





       第Ⅰ楽章からの演奏例