MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

安らぐ異分子

2010-02-18 00:00:36 | 私の室内楽仲間たち

02/18 私の音楽仲間 (141) ~ 私の室内楽仲間たち (121)



   弦楽四重奏曲 第15番 ト長調 Op.161 D887 



         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




           関連記事  『最後の四重奏曲』

   (7) ~ (11)  Schubert ~ 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
           ① 尾を引く譜面騒動
           ② シューベルトの手招き
           ③ 振動と沈潜
           ④ 安らぐ異分子
           ⑤ 異和感と疎外感

   (12) ~ (14) Schubert ~ 歌曲集『冬の旅』
           ⑥ 第1曲 『お休み』
           ⑦ 第5曲 『菩提樹』
           ⑧ 第15曲 『カラス』

   (15) ~ (17) Schubert ~ 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
           ⑨ 放浪の果ての静寂
           ⑩ 隙間風と踊る
           ⑪ 手を触れるべからず?





 前回は、第楽章の冒頭で「沈潜する転調」が
見られました。

 それは "E♭" (ト長調 → ヘ長調 → 変ホ長調)
のようなものでした。



 この "宇宙" 的な第Ⅰ楽章を、何とか乗り切った私たち。
次は第楽章、"Andante un poco moto" です。

 ホ短調 4/4拍子の、この楽章。 冒頭のチェロの奏でる
"歌うテーマ" を中心として、流れていきます。



 「展開部を欠いたソナタ形式」とも言える、この楽章。
副主題は、鋭いリズムの連続から出来ています。
これは第Ⅰ楽章の冒頭にも現われていました。




 ところが、ここでは大変な事態が! この第Ⅱ楽章では、
先ほどの転調より、もっと大胆な和声関係が、実に3回も
見られます。



 一つ実例を挙げてみましょう。 鋭い副主題が10小節
ほど続き、ニ短調 () で一旦終わります (131小節目)。



 その後、32分音符 (ここでは便宜上 "トレモロ" と呼びます)
パッセジを経てニ長調 () に辿り着きますが、その経過
が大問題なのです。

   たった7小節の間に、"d → g# → D"
   (ニ短調 → 嬰ト短調 → ヘ短調 → ニ短調 → ニ長調) と、
  目まぐるしく動きます。

 下記の譜例の、132139小節の部分です。







 しかも、それだけではありません。 それぞれの間には、
"d"、"f" の2音が、鋭く割り込みます。 何度も! 聞いて
いると、その推移の有様はまったく無関係で、まるで現代
音楽のようなのです。




 続く141小節目からは、"歌のテーマ" の後半部分を、
チェロと Violin が歌い交わします。 ここではトレモロを
背景に、不気味な印象を与えます。

 やがてトレモロは、意を決したかのように三連符のリズム
に変わり、チェロと Violin はスタカートで行進を始めます。
まるで死神と対話しながら歩いているようです。



 ホ短調で始まった楽章は、安らぎを得たかのように
ホ長調で終わります。 弦楽四重奏曲『死と乙女』
第Ⅱ楽章を思わせます。




 シューベルトは一体なぜ、このような "異質な7小節"
(132 ~ 138 小節) を、私たちに聞かせるのでしょうか?
和声の "実験的な試み" なのでしょうか。




 あのヴァーグナーが『トリスタンとイゾルデ』で見せた、
"無限旋律"、"無調音楽" とも言われる、機能和声法の
崩壊。 それは音楽史の上では、紛れもない事実です。

 しかしそれは、決して革命的な実験をまず第一に
掲げたのではないでしょう。

 果てしない、"夜の愛への憧憬" を表現するには、
「これ以外にない」と確信した上でのことだったに
違いありません。




 シューベルトの場合、それではこの、トレモロを伴った
"異質な7小節" で、一体何を表わしたかったのでしょう
か? 少なくとも、決して "音楽史上の変革" を狙ったの
だとは思えません。

 その筋の学問書も、おそらくあることでしょう。 その
ようなものを読んでいない私には、もちろん正確には
わかりません。



 しかしそれは、まさに "異質" を表わそうとしたのでは
ないかと、私には思えてならないのです。




 それでは "異質" とは、シューベルトにとっては何を
一体意味するのでしょうか?




 音源は前回までと同じものです。




: ト長調 3/4拍子 Allegro molto moderato
(一部の音源は中途まで、あるいは中途で堂々と終わっています。)

Hungarian String Quartet

The Juilliard String Quartet play and discuss
sections of a Schubert Quartet with Elliott Carter


Quartetto Italiano   

Young Chamber Players on February 7, 2010




: ホ短調 4/4拍子 Andante un poco moto

Hungarian String Quartet

Quartetto Italiano  

Škampa Quartet

演奏団体不明




: SCHERZO : ロ短調 3/4拍子 Allegro vivace
   TRIO    : ト長調  3/4拍子 Allegretto

Hungarian String Quartet

Quartetto Italiano




: ト長調 6/8拍子 Allegro assai

Hungarian String Quartet

Quartetto Italiano  




     関連記事  『最後の四重奏曲



(1) ~ (2)    Mozart  『プロシャ王四重奏曲ヘ長調』
               

(3) ~ (6)   Beethoven  『第16番 ヘ長調 作品135』
              

(7) ~ (11)  Schubert  『第15番 ト長調 Op.161, D887』
               

(12)   歌曲集『冬の旅』 第1曲 『お休み』

(13)   歌曲集『冬の旅』 第5曲 『菩提樹』

(14)   歌曲集『冬の旅』 第15曲 『カラス』

(15) ~ (17)  Schubert  『第15番 ト長調 Op.161, D887』
                            


  (続く)