MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

隙間風と踊る

2010-02-24 00:29:24 | 私の室内楽仲間たち

02/24 私の音楽仲間 (147) ~ 私の室内楽仲間たち (127)



   弦楽四重奏曲 第15番 ト長調 Op.161 D887 



         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




           関連記事  『最後の四重奏曲』

   (7) ~ (11)  Schubert ~ 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
           ① 尾を引く譜面騒動
           ② シューベルトの手招き
           ③ 振動と沈潜
           ④ 安らぐ異分子
           ⑤ 異和感と疎外感

   (12) ~ (14) Schubert ~ 歌曲集『冬の旅』
           ⑥ 第1曲 『お休み』
           ⑦ 第5曲 『菩提樹』
           ⑧ 第15曲 『カラス』

   (15) ~ (17) Schubert ~ 『第15番 ト長調 Op.161, D887』
           ⑨ 放浪の果ての静寂
           ⑩ 隙間風と踊る
           ⑪ 手を触れるべからず?





 『冬の旅』から戻り、再び四重奏曲の世界です。

 シューベルト最後の四重奏曲。 ト長調に始まり、
ト長調に終わります。




 第楽章は、"揺れ動く" ト長調です。 「長調 → 短調」、
「一全音ずつ下への転調」が目立ちました。



 第楽章はホ短調に始まり、ホ長調に終わりました。 しかし
途中で「不可解とも思える転調」や、「"よそ者" の音 (非和声音)
が現われます。

 これらが、「私の "冬の旅"」の原因になってしまいました。




 第楽章のスケルツォは、ロ短調で始まります。 落ち着きが
無く、演奏者としては、始終動き回っている印象です。

 中間部はト長調が中心です。




 第楽章は、激しく踊り狂うタランテラ。 調性も、「ト短調⇔
ト長調」を始めとして、せわしく変わります。

 同じ6/8拍子の、『死と乙女』四重奏曲の終楽章を思わせます。
しかし、そこまでの激しさはありません。

 最後はト長調で終止符が打たれますが、一体誰と踊っている
のでしょうか。 ひょっとして死神? 少なくとも、恋人や親しい
者たちと踊っているとは思えません。




 全曲を通じて、調性の揺れ動きが、楽章ごとに独自の意味を
担っているようです。




 リズムに注目してみると、第楽章スケルツォの
主要モティーフが印象的です。

 拍子は3/4。 そのリズムの形は、
(八分音符 × 6) + (四分音符 × 3) という2小節
で出来ています。



 これとまったく同じリズムが、死後に発見された、あの
交響曲第8番ハ長調 (7番、9番と呼ばれることもある)
スケルツォのテーマ、その最初の2小節間です。

 こちらの完成時期は、四重奏曲の数カ月前 (1826年前半)
と考えられています。




 しかし、同じリズムが2小節間続いても、交響曲のスケルツォ
の "荒々しさ" は、四重奏曲ではまったく感じられないのです。

 最初の八分音符は、6つとも同じ高さで、音程の動きがありま
せん。 また、楽章の最後は "ff" で終わるものの、最初に登場
する "pp" (Viola で始まる) には、"うすら寒さ" さえ感じます。

 まさに "freezing" (凍りついた、硬直した) というイメージです。




 中間部はテンポが緩やかになり、チェロがリードする、
暖かい "長調の世界"です。 Violin が同時に歌に参加し、
ト長調から、さらにロ長調まで、夢が膨らみます。

 しかしそれはほんの一瞬だけ。 すぐにト長調に戻るので、
その転調の仕方には現実感が伴ないません。 "束の間の
安らぎ" に聞こえるのです。 後に続くのは、再び冒頭の
冷たいスケルツォです。




 「この楽章を聴いて、思い浮かぶ季節は何か?」と訊かれ
たら、私はためらわず、「冬」と答えます。 "隙間風" の吹き
込むような、寒々とした世界を感じるのです。

 Vivaldi の『』(『四季』より)を連想してしまうのは、私だけ
でしょうか?



 スケルツォからは、『冬』の第Ⅰ楽章冒頭の、「寒さに歯が
ガタガタ鳴る」様子を、またトリオからは、第Ⅱ楽章の「暖炉
を囲んでの団欒」を、どうしても連想してしまうのです。

 シューベルトは少年時代に、室内楽を奏でる家庭環境で
育ったといいます。 父、二人の兄と。 彼は主に Viola を
担当しながら。 そんな、いこいのひとときが、目を閉じると
浮かんでくるのです。




 …と言っても、まさか『冬の旅』を思い浮かべながら、この
四重奏曲が書かれたとは考えられません。 作曲されたの
は、ミュラーの詩に出逢う半年以上前のことですから。

 5分ほどで終わってしまう、このスケルツォだけを見れば、
70分以上かかる『冬の旅』とは、演奏時間には大きな差が
あります。



 しかし、この長大な作品全体が表わしている "内的世界"
には、『冬の旅』と共通の、どこか荒涼としたものが感じられ
ます。 文学性が排除された "器楽音楽" の枠組みを用い
ながらも、それを遥かに超えた響きを、シューベルトはここ
で作り出しています。

 「シューベルトが抱いていた "心の冬" が、ミュラーの
優れた詩作に触発され、歌曲集『冬の旅』として結実
した」という見方さえ、出来るように思います。




 その後シューベルトは、再び弦楽四重奏曲の世界に戻る
ことはありませんでした。 1828年夏に作ったと言われる
大作、弦楽五重奏曲が最後の作品になってしまうのです。




     関連記事  『最後の四重奏曲



(1) ~ (2)    Mozart  『プロシャ王四重奏曲ヘ長調』
               

(3) ~ (6)   Beethoven  『第16番 ヘ長調 作品135』
              

(7) ~ (11)  Schubert  『第15番 ト長調 Op.161, D887』
               

(12)   歌曲集『冬の旅』 第1曲 『お休み』

(13)   歌曲集『冬の旅』 第5曲 『菩提樹』

(14)   歌曲集『冬の旅』 第15曲 『カラス』

(15) ~ (17)  Schubert  『第15番 ト長調 Op.161, D887』
                            





 参考サイト [シューベルトの弦楽四重奏曲の概要




 音源サイト



   交響曲ハ長調『グレート』

     音源ページ ①

     音源ページ ②




   ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲『冬』

     Vn. カウフマン スウォボダ指揮
      コンサートホール室内管弦楽団


     音源ページ




 以下の音源は前回までと同じものです。



 『冬の旅』 音源

バリトン : ゲルハルト・ヒュッシュ 1933年録音

バス・バリトン : ハンス・ホッター 1942年録音

音源ページ

『冬の旅』 ~ 『おやすみ』 音源ページ

『冬の旅』 ~ 『菩提樹』 音源ページ

『冬の旅』 ~ 『カラス』 音源ページ




: ト長調 3/4拍子 Allegro molto moderato
(一部の音源は中途まで、あるいは中途で堂々と終わっています。)

Hungarian String Quartet

The Juilliard String Quartet play and discuss
sections of a Schubert Quartet with Elliott Carter


Quartetto Italiano   

Young Chamber Players on February 7, 2010




: ホ短調 4/4拍子 Andante un poco moto

Hungarian String Quartet

Quartetto Italiano  

Škampa Quartet

演奏団体不明




: SCHERZO : ロ短調 3/4拍子 Allegro vivace
   TRIO    : ト長調  3/4拍子 Allegretto

Hungarian String Quartet

Quartetto Italiano




: ト長調 6/8拍子 Allegro assai

Hungarian String Quartet

Quartetto Italiano