マイコー雑記

行き来するもの書き留め場

幼少期から見られるゲイの兆候研究紹介 & 私自身の「性差」教育体験からも思う子ども自身を「観る」大切さ

2017年03月11日 | 子育て全般

ゲイとレズビアンについて、

私自身の普段の関心の全く外に位置することですが、

機会を与えていただき、調べてきました。

 

 

「遊び」などにみられる興味関心の性差

男の子と女の子の遊び方や興味関心は違う、

これは、子どもに接する方みなさんが、気づかれることだと思います。

 

男の子の多くは、身体を使った乱暴な遊びや、輪などがついた乗り物など「動くもの」、

また闘いごっこやレスリングなど身体を使った乱暴な遊びに夢中になり、

女の子の多くは、男の子の「闘い」を横目に、人形遊びやおままごとが好きで、

ドレスを着てお姫様になることにウキウキと目を輝かせます。

 

こうした性別による「興味関心の違い」は、

生物学的には「ホルモン(テストステロン等)の違い」によると言われています。

 

また社会的にも、おもちゃ屋をのぞけば、

男の子の通路は青色、女の子の通路はピンク色を基調としていて、

上にあげたような「遊びの性別的な違いを強調するような商品」がずらりと並び、

ますます、男の子と女の子の違いに拍車をかけています。

 

以前、こうした性別の「ステレオタイプ」にあまりこだわらず、

男の子にも人形で遊ぶ機会を、

女の子も乗り物や組み立て式玩具で遊ぶ機会を与えることで、

認知面や様々な能力面なども、よりバランスよく育つ、

といった記事(Scientific American Mind May/June 2010)のメモを、

箇条書きで紹介したことがあります今週の知識と雑感)。

 

 

 

今回は、ちょっと違う視点です。

幼少期から、異性が好む遊びばかりに興味を持つ子ども達についてです。

 

幼少期からみられるゲイ&レズビアンの兆候

ゲイやレズビアンというのは、生まれつきなのか?

それとも、環境によって決定されるものなのか?

といった議論は長らくされてきました。

 

それでも、現在、多くの科学者や研究者が同意するのは、

米国心理学会(The American Psychological Association)もいうように、

「性的志向は、先天的と後天的な要素が複雑に絡み合い、性的指向は形成されていきます。ほとんどの人々が、ほとんど、もしくは全く性的指向については選択できるものではありません」

(APAウェブサイトより http://www.apa.org/topics/lgbt/orientation.aspx

ということ。

 

つまり、

性的指向というのは、生まれ持つ性質と、育つ環境が複雑に絡み合い決められるものであって、

「自分は同性愛者だ、異性愛者だ」と

本人の意志により「選択」できるものでもないというわけですね。

 

そして中には、とても早い幼少期から、

この「生まれ持った性質」を表す子もいるといいます。

そういう子は、

異性が好む遊びばかりしたがり、

それで子供同士同じような遊びをしたい子が集まりますから、

結果、小さな頃から、遊び友達が異性ばかりになることもあるといいます。

 

心理学者Kelley Drummond氏による、2008年の研究(*1)によると、

3歳から12歳までの間に、親からメンタルヘルスクリニックに、

「男の子とばかり遊びたがり、男の子の服を着たがり、男の子の遊びばかりしていて、

おしっこを座ってするのを拒否する」などの理由で、

診察につれてこられた体験を持つ、25人の大人の女性を調査したといいます。

すると、その女性の内の12パーセントが性同一障害となり、

バイセクシャルかホモセクシャルだった確率は、一般の若い女性と比べ、

23倍高かったといいます。

 

また心理学者のJ.Michael Bailey氏 とKenneth J. Zucker氏による研究(*2)では、

ゲイの男性の89パーセントが、子ども時代、一般的な男の子とは異なり、

「女の子的な興味関心」を示すといった行動が著しくみられたといいます。

 

小さい時に異性の遊びに興味があっても、

多くの人は、異性愛者になります。

それでも、そうでない子どもに比べると、

同性愛者になるケースもより多くあるということですね。

 

 

まあ、ゲイやレズビアンを決めるのは、

「環境」だけでなく、「生まれ持った性質」も絡んでいるわけですから

幼少期から何らかの兆候が表れる場合があるというのも、

しごく自然なことですよね。

 

では、子どもにこうした兆候がみられたらどうしたらいいのか?

後ほどの記事にて、これまでの研究や心理学者などの見解をまとめていきますね。

 

 

 

さて、ここからは、いくつか個人的に思うことです。

1人の親として思うこと&長男との会話

私自身は、本人が、より本人になる道が同性愛だとするなら、

もう、親であっても何を言うこともないだろう、と思ってます。

子孫を残す以外にも、家系や社会に何かを差し出す方法はいくらでもありますから。

(と、近い将来、同性カップル両方のDNAを用いた出生も、

「In Vitro Gametogenesi」というステムセルを用いた技術により可能となる?!なんてニュースも)

 

 

 

こちらの高校でも最近、

「性同一性障害の子が異性のトイレを使ってもいいか?」といった議論が盛んです。

 

長男とも話してみました。

 

長男: 周りにも性同一性障害やゲイとカミングアウトしている子がいるけれど、

そういう子達には2種類あるように思うよ。

本当に根っからのゲイと、周りのアテンションをひきつけたいためにゲイのフリしてる子と。

根っからゲイの子たちが、差別されるのはおかしいよね。

 

私: でも、難しいよね、“根っから”と“フリ”の子を見分けるのって。

色々な生い立ちも絡んで、フリせざるえない子もいるのかもしれない。

まあ「自分はゲイ」というのなら、それを尊重するということだろうね。

 

 

宗教的信仰を持ち聖典に照らし合わせ「同性愛は許されない」と感じる友人も周りにたくさんおり、

「反対する側の真剣さ」も、肌で感じています。

それでも私自身は、長く歴史があり、

世界中様々な文化背景を持つ人々にも共通してみられるゲイやレズビアンも、

ひとつの「特性」として認められていくのが自然だろうなと思っています。

 

 

 

ここからは私自身の子ども時代を振り返り、「こんな事例もあるよ」という話です。

「性差」について少し特殊な環境で育った私自身の子ども時代

 

実は、私自身、子ども時代「男の子的」な遊びをよくしてました。

お姫様などのイメージや女の子が好む色なども、頑なに毛嫌いしてみせ、

男の子的なキャラクターに興味を示し、兄のお下がりの服ばかり着て。

お絵かきも昆虫や乗り物の絵ばかり描いてました。

髪型も小学校高学年ぐらいまでショートだったので、

いつも男の子に間違えられ、

初見で、女の子に見られたことあったかな?というほど。

 

それでも、今こうして「ヘテロセクシャル」に育ってます。

 

でも私の場合は、大きくなるにつれしみじみと理解したんですが、

「親の期待にこたえていた」ということが大きかったのだろうなと。

 

私の親は、「男女雇用機会均等法を!」というシールを車に貼り、

私も幼少期からプラカード持って色々なストライキについていっていたような、

活発な社会活動家でした。

 

学校で先生が、「男の子らしく、女の子らしく」なんて言葉を発しようものなら、

私が親に「こんなこと言ってた!」と興奮して知らせ、

翌日親が連絡帳に、

「子どもに偏った刷り込みをするのはやめてください」と書くような家庭。

 

将来的には女性も職業をもち、経済的に自立するべきですし、

「男に依存する」なんて言語道断。

フェミニンになよなよとしたイメージは「男に媚びている」とご法度。

 

そんな雰囲気を、幼少期からひしひしと感じていました。

 

男の子っぽい素振りをみせるほど、

「マイコ、かっこいいぞ!」と周りから褒められるわけです。

 

ちなみに、「可愛い」という言葉は、「女をだめにする」と教えられてましたね。

お世辞や社交辞令で「可愛い」と声をかけられようものなら、

「そういう女の子の成長を妨げる言葉を子どもにかけるのはやめてください」

と言い返していた母。

 

こうして書き出しても、かなり特殊な環境でした。

 

でも、みなさんそうじゃないでしょうか?

大きくなり、社会を知るにつれ、

「あ、私の育った環境って、ちょっと変わってたんだな」と気づくもの。

子ども時代というのは、「おかれた環境が全て」とどっぷり浸っていますからね。

 

 

それで、私の場合は、

中学生ぐらいから反動で荒れた時期がありました。

抑えられた「女の子」の解放。

親の枠組みから、抜け出ようという「もがき」。

 

時には長髪を風になびかせ、

ひらひらのレースにピンクのドレスをきて、

りかちゃんやバービーと遊びたかった自分。

兄のお下がりの青い靴をはきながら、

お友達のキティちゃんのついたピンクの靴にみとれていた「小さな女の子」が

一気にふき出したんですね。

 

 

成人した頃には、

親とも、「ちょっと偏りすぎた子育てだったよね」と

笑って話せるようにもなりました。

親も、「この子のために!」と必死だったんですよね。

今は、よい面もたくさん培ってもらえたこと、感謝しています。

 

 

 

こうした強固な思想信条の下で育ち、

「自分」を見出そうともがき続けた十代。

今こうして母親となり、

では何を伝え、何は必要ないのかを見つめつつ、

子ども本人の意向を「観る」ことの大切さを痛感するようにもなりました。

子どもがどれほど必死で親の期待にこたえようとするか、よく分かりますし。

 

娘達は結局皆、

それほどヒラヒラやプリンセスにはまることもなかったのですが、

「大好きな色はピンク!紫!青!」と思い思いに言う娘たちに、ほっとしています。

 

 

 

長くなりましたが、

親の枠組みに閉じ込めてしまうのではなく、

その子自身の興味関心を広げてやりたいですね。

特にHSC系の子というのはとても敏感に、親の求めるものに答えようとしますから。

 

 

余談:

ゲイの知り合いといえば、こちらのエジプトの旅で出会った男性を

懐かしく思い出します。彼の言葉は、今も心に残っています。

エジプトの旅

身近なところでは、昔の職場にもカミングアウトしていた子がいました。

言語能力抜群でバーでピアノを弾いたりと音楽のセンスもあって多才な子でした。

ボーイフレンドと一緒に、それは幸せそうでしたね。

 

それではみなさん、楽しい週末をお過ごしください!

 

 

 

参考資料:

(*1)A Follow-Up Study of Girls with Gender Identity Disorder. Kelley D. Drummond, Susan J. Bradley, Michele Peterson-Badali and Kenneth J. Zucker in Developmental Psychology, Vol. 44, No. 1, pages: 34–45; 2008.

 

(*2)Sexual Orientation and Childhood Gender Nonconformity: Evidence from Home Videos. G. Rieger, J. A. Linsenmeier, L. Gygax and J. M. Bailey in Developmental Psychology, Vol. 44, No. 1, pages 46–58; January 2008.

 

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