前の記事で、「我が子がHSCであることを残念に思う」について、
我が家にも思い当たるエピソードがあります、と書いたんですが、
そのひとつです!
夫がまだ20代だったころ、
クラスメートと共に大学の先生の自宅に招かれたことがあったそうです。
そして、たくさんの学生の前で、
その先生の小学生と中学生の娘さん達が、
歌を歌い、ダンスをしたそうです。
音楽に合わせ、軽やかに、優雅に。
見知らぬ人々の前で、物怖じせず堂々と。
「周りの目を気にし、
縮こまってるように見える子っているじゃない?
プライドが高いのか不安感が強いのか。
あの娘さん二人とも、どう思われるとか不安感のかけらも見せないで、
本当にのびのびと振舞っていてね」
と感嘆した様子で話すのを何度か聞いたでしょうか。
子供達が育つにつれ、
いつか、「僕の娘たちも、お客さんたちの前で、軽やかに・・・」、
なんてイメージを持つこともあったのでしょうね。
フタを開けてみれば、
見知らぬ人々の前で、音楽に合わせ、のびのびと歌い踊る・・・、
我が家の娘たちには、あり得ません。
歌やダンスの練習を重ね、舞台なども体験した末に、
という場合ならあり得るかもしれませんが。
ただ、上の子になるほど、人前で話すことは、初めての場でも見知らぬ人でも、
それほど物怖じせずにできるかなとは感じています。
確かに、私もほれぼれします、
物怖じせずに歌ったり踊ったりできる子供達。
のびのびとした様子に、
見る側も、自ずと微笑みがこぼれ。
今回のフロリダでの義妹の結婚式も、
そんな子供達に溢れていたんですが、
我が家の長女と次女は誘われて少し踊ったものの、
残りは、遠巻きに眺め、一度も踊りませんでした。
音楽の音量が大き過ぎると、
屋外でゆったりしていた時間の方が長かったぐらいです。
「何で我が家の子達は周りに対しこんなに敏感なんだろう、
無邪気なオープンさがないというか、不安感が強いというか・・・」
と、「残念そうに」つぶやく夫。
このブログに書いてきたようなことを説明し、
私もそうだったんだよね、と話し。
「でもね、誰か他の子にはなれないのよ。
あの娘さん達と、目の前の娘たちは全く別の性質や人格を持っている。
でもほら、よいところもあるわけだから。
ないものねだりではなく、
その子のよい面を伸ばしてやろうよ」
そんなことを話してます。
自らの「好み」や「理想」に気づき、
他の子になって欲しいと外から像を当てはめるよりも、
その子の持てるよさを伸ばせたらと向き合っていく大切さ。
思い出していきたいなと思いますね。