NHK-BS、ここ3夜連続で「刑事コロンボ」を観た。何十年ぶりなんだろう、もう観ることはないだろうと思っていたドラマに再びはまりそうだ。
主演のピーター・フォークに対してこれまで私が抱いていた印象とは。1.セサミストリートのカーミットとキャラがかぶる。自分でもなぜこう思うのかよく分からんけど、なんか表情が似てるんだな〜。2.どんな役をやってもジジムサイ系な俳優(これ、ほめ言葉ですが)。とくにコロンボは、そう。
コロンボ、あーはいはい、じじむさいんだよね……いざ番組が始まってみると、コロンボのお肌は案外つやつやで、例のコートも記憶に残っていたほどにはヨレヨレでなく、これはいったいどうしたことだ……。そう、簡単なことだ。中年の肌に、「年寄りやな〜」というような違和感を覚えないのは、自分が年を取ったということだ。身なりにしても、普段、自分もヨレヨレな格好をしていてそれに慣れてしまっているから、コロンボのヨレヨレコートに違和感を感じないのだろう。と、改めて認識し、軽くショック。あぁ、今の自分ってば、じじむさいおばさんってことなのね。
それにしても、やっぱりいいなあ、「うちのかみさんがね」「あーもうひとつ伺ってもいいでしょうか」。こういう翻訳がまかり通る、いや、こうでなくては通用しない世界って、いいなあ。翻訳といえば、こんな素敵なセリフ、原語ではなんて言ってるんだろうと期待していたところ、実はどうってことない言葉だったということが、昔の映画やテレビではよくあることだ。その筆頭といえば、
「君の瞳に、乾杯」(「カサブランカ」)
ハンフリー・ボガードがイングリッド・バーグマンに言うセリフだ。トレンチコートに、斜めに被った帽子。残念ながら、原語でのセリフ、これが正確には覚えていないのだが、な〜んだ、こんなつまらない言葉だったのかという印象だけは記憶に残っている。それにしても、実際の生活の中で、ボギーみたいな藤田まこと似の男にこんなセリフを言われたらどうなんだろう。笑っちゃうのかな。それとも案外、嬉しかったりして。そこらへんは微妙だが、銀幕を通して観ると、これがとっても素敵なセリフになってしまうというあたりが、映画のマジックである。
で、刑事コロンボだが、ここ3夜で特によかった話は「別れのワイン」。自分に愛情のない男を自分に振り向かせようと、男のために嘘のアリバイを証言し結婚を迫る女性秘書。一方、そんな女に飼い殺しにされるくらいなら自ら進んで監獄に入ろうではないか、と罪を認める男。はぁ、切ないなあ。でも男、キミの選択は正しいよ、うん。殺人はもちろん大罪だけれども、そういった大罪を犯した者の弱みを握って相手の優位に立とうとする女のもくろみ、コイツは法で裁けないかもしれないけれど、それはそれで罪だと思うよ。
番組終了後の三谷幸喜、デーブ・スペクターらによる解説によれば、コロンボが乗っているボロ車、プジョーなんだそうで。当時のアメリカの、まるで板チョコみたいな形の車ばかりの中、この車、なんだろうとは思っていたが。プジョーだぜ、プジョー。アメリカで、おフランス車。こだわっているねぇ。私が東海岸で生活していた頃も、フランス車はほとんど見かけなかったもんなあ。コロンボがイタリア車に乗っていればそれはそれで「いかにも」、であるはずなのに何だか似合わない、なので、ラテンつながりでフランス車なのかな、なーんてね。だいたい、日本での欧州車の価格、高すぎる。いつか乗ってみたい、猫足の走りを感じてみたいとは思っているのに、フランスでは大衆車なプジョー、日本では何でこんなに高いの。……疲れていたせいか、テレビをみているうちに眩暈がしてきた。三谷幸喜のやけにテカテカ光った顔をボーっと眺めながら、まるで腹話術の人形みたいだなあ、なんて思っているうちに、寝てしまった。
主演のピーター・フォークに対してこれまで私が抱いていた印象とは。1.セサミストリートのカーミットとキャラがかぶる。自分でもなぜこう思うのかよく分からんけど、なんか表情が似てるんだな〜。2.どんな役をやってもジジムサイ系な俳優(これ、ほめ言葉ですが)。とくにコロンボは、そう。
コロンボ、あーはいはい、じじむさいんだよね……いざ番組が始まってみると、コロンボのお肌は案外つやつやで、例のコートも記憶に残っていたほどにはヨレヨレでなく、これはいったいどうしたことだ……。そう、簡単なことだ。中年の肌に、「年寄りやな〜」というような違和感を覚えないのは、自分が年を取ったということだ。身なりにしても、普段、自分もヨレヨレな格好をしていてそれに慣れてしまっているから、コロンボのヨレヨレコートに違和感を感じないのだろう。と、改めて認識し、軽くショック。あぁ、今の自分ってば、じじむさいおばさんってことなのね。
それにしても、やっぱりいいなあ、「うちのかみさんがね」「あーもうひとつ伺ってもいいでしょうか」。こういう翻訳がまかり通る、いや、こうでなくては通用しない世界って、いいなあ。翻訳といえば、こんな素敵なセリフ、原語ではなんて言ってるんだろうと期待していたところ、実はどうってことない言葉だったということが、昔の映画やテレビではよくあることだ。その筆頭といえば、
「君の瞳に、乾杯」(「カサブランカ」)
ハンフリー・ボガードがイングリッド・バーグマンに言うセリフだ。トレンチコートに、斜めに被った帽子。残念ながら、原語でのセリフ、これが正確には覚えていないのだが、な〜んだ、こんなつまらない言葉だったのかという印象だけは記憶に残っている。それにしても、実際の生活の中で、ボギーみたいな藤田まこと似の男にこんなセリフを言われたらどうなんだろう。笑っちゃうのかな。それとも案外、嬉しかったりして。そこらへんは微妙だが、銀幕を通して観ると、これがとっても素敵なセリフになってしまうというあたりが、映画のマジックである。
で、刑事コロンボだが、ここ3夜で特によかった話は「別れのワイン」。自分に愛情のない男を自分に振り向かせようと、男のために嘘のアリバイを証言し結婚を迫る女性秘書。一方、そんな女に飼い殺しにされるくらいなら自ら進んで監獄に入ろうではないか、と罪を認める男。はぁ、切ないなあ。でも男、キミの選択は正しいよ、うん。殺人はもちろん大罪だけれども、そういった大罪を犯した者の弱みを握って相手の優位に立とうとする女のもくろみ、コイツは法で裁けないかもしれないけれど、それはそれで罪だと思うよ。
番組終了後の三谷幸喜、デーブ・スペクターらによる解説によれば、コロンボが乗っているボロ車、プジョーなんだそうで。当時のアメリカの、まるで板チョコみたいな形の車ばかりの中、この車、なんだろうとは思っていたが。プジョーだぜ、プジョー。アメリカで、おフランス車。こだわっているねぇ。私が東海岸で生活していた頃も、フランス車はほとんど見かけなかったもんなあ。コロンボがイタリア車に乗っていればそれはそれで「いかにも」、であるはずなのに何だか似合わない、なので、ラテンつながりでフランス車なのかな、なーんてね。だいたい、日本での欧州車の価格、高すぎる。いつか乗ってみたい、猫足の走りを感じてみたいとは思っているのに、フランスでは大衆車なプジョー、日本では何でこんなに高いの。……疲れていたせいか、テレビをみているうちに眩暈がしてきた。三谷幸喜のやけにテカテカ光った顔をボーっと眺めながら、まるで腹話術の人形みたいだなあ、なんて思っているうちに、寝てしまった。









