Cafe Eucharistia

実存論的神学の実践の場・ユーカリスティア教会によるWeb上カフェ、open

疲れた夜には「刑事コロンボ」を

2010年02月04日 19時45分42秒 | 遥かなる銀幕の世界
NHK-BS、ここ3夜連続で「刑事コロンボ」を観た。何十年ぶりなんだろう、もう観ることはないだろうと思っていたドラマに再びはまりそうだ。

主演のピーター・フォークに対してこれまで私が抱いていた印象とは。1.セサミストリートのカーミットとキャラがかぶる。自分でもなぜこう思うのかよく分からんけど、なんか表情が似てるんだな〜。2.どんな役をやってもジジムサイ系な俳優(これ、ほめ言葉ですが)。とくにコロンボは、そう。

コロンボ、あーはいはい、じじむさいんだよね……いざ番組が始まってみると、コロンボのお肌は案外つやつやで、例のコートも記憶に残っていたほどにはヨレヨレでなく、これはいったいどうしたことだ……。そう、簡単なことだ。中年の肌に、「年寄りやな〜」というような違和感を覚えないのは、自分が年を取ったということだ。身なりにしても、普段、自分もヨレヨレな格好をしていてそれに慣れてしまっているから、コロンボのヨレヨレコートに違和感を感じないのだろう。と、改めて認識し、軽くショック。あぁ、今の自分ってば、じじむさいおばさんってことなのね。

それにしても、やっぱりいいなあ、「うちのかみさんがね」「あーもうひとつ伺ってもいいでしょうか」。こういう翻訳がまかり通る、いや、こうでなくては通用しない世界って、いいなあ。翻訳といえば、こんな素敵なセリフ、原語ではなんて言ってるんだろうと期待していたところ、実はどうってことない言葉だったということが、昔の映画やテレビではよくあることだ。その筆頭といえば、

「君の瞳に、乾杯」(「カサブランカ」)

ハンフリー・ボガードがイングリッド・バーグマンに言うセリフだ。トレンチコートに、斜めに被った帽子。残念ながら、原語でのセリフ、これが正確には覚えていないのだが、な〜んだ、こんなつまらない言葉だったのかという印象だけは記憶に残っている。それにしても、実際の生活の中で、ボギーみたいな藤田まこと似の男にこんなセリフを言われたらどうなんだろう。笑っちゃうのかな。それとも案外、嬉しかったりして。そこらへんは微妙だが、銀幕を通して観ると、これがとっても素敵なセリフになってしまうというあたりが、映画のマジックである。

で、刑事コロンボだが、ここ3夜で特によかった話は「別れのワイン」。自分に愛情のない男を自分に振り向かせようと、男のために嘘のアリバイを証言し結婚を迫る女性秘書。一方、そんな女に飼い殺しにされるくらいなら自ら進んで監獄に入ろうではないか、と罪を認める男。はぁ、切ないなあ。でも男、キミの選択は正しいよ、うん。殺人はもちろん大罪だけれども、そういった大罪を犯した者の弱みを握って相手の優位に立とうとする女のもくろみ、コイツは法で裁けないかもしれないけれど、それはそれで罪だと思うよ。

番組終了後の三谷幸喜、デーブ・スペクターらによる解説によれば、コロンボが乗っているボロ車、プジョーなんだそうで。当時のアメリカの、まるで板チョコみたいな形の車ばかりの中、この車、なんだろうとは思っていたが。プジョーだぜ、プジョー。アメリカで、おフランス車。こだわっているねぇ。私が東海岸で生活していた頃も、フランス車はほとんど見かけなかったもんなあ。コロンボがイタリア車に乗っていればそれはそれで「いかにも」、であるはずなのに何だか似合わない、なので、ラテンつながりでフランス車なのかな、なーんてね。だいたい、日本での欧州車の価格、高すぎる。いつか乗ってみたい、猫足の走りを感じてみたいとは思っているのに、フランスでは大衆車なプジョー、日本では何でこんなに高いの。……疲れていたせいか、テレビをみているうちに眩暈がしてきた。三谷幸喜のやけにテカテカ光った顔をボーっと眺めながら、まるで腹話術の人形みたいだなあ、なんて思っているうちに、寝てしまった。
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古代エジプトの復活観から

2010年01月17日 19時09分03秒 | 豆大福&トロウより
最近、大福先生は良書との出会いに興奮している。それはどういった本かというと、Hart, George. Egyptian Myths. London: The British Museum Press, 2008. である。小本ではあるけれども、一瞥で、内容が結構ぎっしり詰まっている感じが分かる。今度私も読ませてもらおうっと。

正直のところ、研究書を読んでいても、「これは素晴らしい本だ」と心から感動できる書物との出会いは稀で、このような感動体験は貴重なものである。この体験は、その本の厚さ薄さには関係なく起こる。ただひたすらに、研鑽を積んだ研究者による真摯な研究姿勢のみが、読者の共感を呼び起こす。

一般に、感動を体験したときにはそれを誰かに伝えたくなるのが人情で、大福先生も例外ではない。大福先生による、その内容の解説や感想、その体験から導かれる今後の研究の方向性など…に関する話が続く、今日この頃。そういったお話の中で、私としてもハッと目を啓かれることがあった。それは、古代エジプトにおける復活理解についてである。

恥ずかしい話、今まで私が抱いていた古代エジプト人の復活観については、日本で一般的に流布されているような、つまり、現在日本でエジプト考古学の権威とされている人がテレビで発言しているような内容を、鵜呑みにしていたところがある。たとえばミイラについて、これまで私が理解していたことは、概ね次のような感じだ。人間は、死後、冥府に下る。しかしいつか、復活する。その時、現世に戻ってくる時に元の肉体が必要になる。古代の身分の高い人々がミイラを作ったのは、そういった信仰による――。

このような説明を単純に、ああそうなのね、と受け止めてきた私。でもそうであるならば、古代エジプトの宗教性は、ずいぶんとプリミティブというか、ナイーブというか、いや本音を言うと、幼稚というか、アホらしいというか、とにかく、そんな復活観にすぎないのかい、とも思っていた。しかし頭の隅っこのところでは、本当にこんなにバカらしい復活理解だったのかなあ、と疑いを持っていたのも事実。いくら古代人であっても、人間がいったん死んでしまったら、どんなに保存加工しようとも、やがてその肉体は朽ち果てそれが回復することはないことぐらい、分かっていたろうに。そうであるにもかかわらず、「元の肉体に復活する」なんていう信仰をもつとしたら、しかも王家など当時のインテリ層の人々がそういった信仰をもっていたとしたら、それはまるで、キモ〜いオカルト信仰と同じではないか、いくらなんでもそんなことがあるのだろうか…と。

それが、いくらなんでもそのような復活理解ではない、らしい。それはそうだよね〜って、そういったことが、大福先生の話からうかがえる。では、古代エジプトの宗教における復活観とはどういうものかについては、長くなるのでここでは紹介しないでおく。

それにしても、ここは私の独断や誤解でないことを願った上で疑問に思うのは、あのエジプト考古学の権威者は、なぜあのような復活観をテレビで発言するのか、ということだ。もしかしたら、憶測で言うのは本当に僭越で恐縮だが、現在の日本人間に潜在的に流布しているようなある種のパラダイムから、彼は抜け切れていないのではないだろうか。

その、ここでいうパラダイムとは。ひとことで言えば、「復活」という言葉に対して、それは「肉体の」という一義的な理解に終始する、ということである。これが当を得ているとすれば、つまり、復活を肉体の復活としか捉えられないとすれば、彼はまさに近代人の嵌りがちな落とし穴に、見事に嵌っている。つまり、近代人の、科学万能信仰の落とし穴に、である。

科学万能信仰の持ち主の方が、かえって肉体の復活を信じるものだという事実に、矛盾を感じる方々が大半ではないか思う。しかし、現実を形而下学的(physical)にしか捉えられない人々が、そうであるがゆえに、皮肉にも形而下学ではあり得ないような信仰をもつに至ることは、たとえば19‐20世紀に興隆したキリスト教ファンダメンタリズムや、あるいはエクソシズムなどの運動からも分かるとおりである。

キリスト教の、あるいは広く宗教(学)の常識からいって、復活という概念を扱う場合には、一義的な理解ではとうてい間に合わない。聖書、いや、「ヨハネによる福音書」を含む四福音書にあってさえ、復活の理解は決して一義的ではない。その中でも、肉体による復活を強調して宣教しているのは、医者(physician)でもあったとされるルカという人物による福音書であることも、なるほどセオリー通りなのだけれどもね。
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ケルトと讃美歌

2010年01月11日 20時08分37秒 | 豆大福&トロウより
アマゾンでの輸入版CDの割引セールに釣られ、機会がきたら欲しいと思っていたCDを購入した。それは、チャールズ・ウェスレーの生誕300年を記念して出されたC・ウェスレーの讃美歌集Paradise Found. (生誕300年にあたるのは2007年でないの、今頃漸く買ったんかい、と突っ込まないでね。)しかし割引が適用されるには、合計2枚購入しなければならない。もう1枚がなかなか絞れな〜いと悩んだ末、やはりここに落ち着てしまうんだよね。というわけで、もう1枚はチーフタンズのCeltic Wedding – Music of Brittanyで。ケルト、といってもブルターニュ地方に伝わるケルト民謡で、苦労して集められた(3000曲とか書いてある)中から選りすぐりの数曲がCDにまとめられている。

チャールズ・ウェスレーの讃美歌集を聴いていて分かるのは、まず、兄ジョンと本当に仲が良かったのね、ということ。ジョンの神学に好んで出てくる用語がチャールズの讃美歌の歌詞にあったりすると、そう思う。讃美歌であるわけだから、キリスト教的宗教用語がてんこ盛りなのは当然なのだけれども、その中でも特に、ああ、ここはジョンの影響よね、と思われて仕方がない部分も結構多い。それとも、私のこの聴き方は「ジョンの影響が大のチャールズ」という前理解から形成された偏見に、すでに犯されていることに由来するのか。いずれにせよ、そのように思えてならないのは否定しようがない。

要するに、チャールズの讃美歌から、ある種の神学が想起される、といってもよい。もちろんそれは、ひとことで言えばジョン・ウェスレーの神学である。それとも…繰り返しになるけれども…すでに私はそういった偏見に犯されてしまっているのだろうか――というあたりが、結構悩ましかったりはする。

不謹慎を承知の上で言えば、大体、讃美歌、ましてや、いわゆるゴスペル音楽などを長く聴き続けていると、これでもかと盛られた宗教用語、宗教臭さに食傷し、本当に疲れる。極端な体験例を挙げると、米国でアフリカ人系教会に誘われて行ったときのこと、終始ゴスペルで進行される礼拝にぐったりと疲れきり、その後3日間くらい耳の奥で音がグワングワン鳴っている感じが残り、疲れから立ち直れなかったくらいだ。

讃美歌、讃美曲といった宗教音楽、といっても、時代や国・場所によってさまざまである(今更いうまでもないか)。どういった種類の宗教音楽が自分に合っているかは、その音楽を聴く者の信仰のあり方と切り離すことができない。チャールズの讃美歌は、たとえばドイツ系ロマン派音楽(と括ってしまうと大雑把すぎるが)とは大分違う。チャールズの讃美歌からは、18世紀英国の理性主義に基づく信仰の表れが伝わってくる。そのあたりが私には心地よく、共感もできる。

片や、チーフタンズである。ブルターニュを含む大陸のケルトと、島のケルト、つまりアイルランドのケルトとの違いについて、正直のところ私には研究不足ではある。その上で言えば、キリスト教以前から広くヨーロッパに存在していたケルト文化は、大地に根ざした、つまり、アニミズムを織り込んだヒューマニズムといえる。グラミー賞を何度も受賞しているチーフタンズ音楽の素晴らしさという点では、このアルバムでもその期待を裏切らない。今回、偶然にもC・ウェスレーのCDと同時にチーフタンズのCDを得て、それら両方を聴きながら思い起こされるのはやはり、ジョン・ウェスレーのアイルランド伝道についてであった。

ジョン・ウェスレーが伝道したアイルランドとは――大陸とは異なる島のカトリック教会がまず表立ってあり、しかしその背後には、ケルトはじめキリスト教以前からある文化が習合されていたはずであり、そういった土壌の上にイギリス国教会や諸プロテスタント信仰がマイナーではあるが入り込んでいた、という状況だったと思われる。そんな中、ジョンが、アイルランドに惹かれていた(に違いない)のは、なぜか。この部分をなかなか実感できないでいる自分が、もどかしい。
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すそ野が広い

2010年01月04日 20時23分10秒 | 豆大福&トロウより
すそ野が広い、とはこれ、日本と比較した場合の米国の神学研究の状況である。日本の神学研究が、ある部分――その、ある部分なるもの、私見では結構高いレベルのところに――に小さく固まって存在しているようなイメージであるのに対して、米国の神学研究「分布図」は富士山型、とでもいうべきか。

それだから、どちらが優れているという話ではない。今しがた、ウェスレー関連(と同時にメソディズム研究関連)の諸研究本についての米国アマゾンのカスタマーレヴュー欄を眺めていて、アメリカの研究者たちのすそ野の広さを、改めて実感していたのである。

ただし、今ここでいう「すそ野が広い」というのは、レベルは低いが人数だけは多い、という意味ではない。レベルの問題ではなく、神学研究に係わりを持てるような研究者人口が多く、しかも分野は多種多様、と言いたいのである。

日本の場合、たとえば大福先生が新刊を上梓したとしても、それに対する批評やレヴューは限られた内輪の世界からのものが精々であって、内輪――アカデミズムとのシンクロナイズ能力があるプロテスタント教会やプロテスタント神学界――の外からのものはなかなか得られない。アカデミズム・アレルギー保持者またはそれに類する「キリスト教会」は論外としても、哲学、カトリック神学、教会史研究…といった、より広い学問分野からの批評を得ることは、とても難しい。

内輪だけで構成された社会が気持ち悪く、それがひどくなると腐臭さえ漂わせるようになるという法則は一般的で、今更いうまでもない。実際、内輪を構成する人物たちの私的感情やコンプレックス、縄張り意識といったつまらない要素によって、貴重な研究や仕事に対する成果が無視されたり蔑ろにされてしまうということが、しばしば起こるのを私は見てきた。個人的には、こういった腐臭に対して自らの内に耐性免疫を育成すべしなんて、本当に時間がもったいないと思ってしまう。だからそういう臭いを感じたら、とっとと退散するのが常。(こんな私は要領が悪いのか、それとも、ずるいのか。あるいは、執着心に欠けているのか、それとも情熱に欠けているのか。ま、そんなこと、どうでもいい。)

すそ野の広さには、このような、淀んだ空気を浄化してくれる作用が期待できる。その場合、批評もレヴューも玉石混合、というか「石」の割合の方が断然多いのが普通だろう。でもだからこそ、「玉」の輝きが貴重だと思えてくるのではないだろうか。

ちなみに今日、私が読んだレヴューのうち、ずらりと批判的(「批判的」では実は生ぬるく、「学問的根拠に欠ける」「夢物語的」「失望」とか、かなりシビア)な評価がされていたものがあった(著者は一応、知っている人。在学中の同時期に同じ大学にいた教授なので、その人物の立場は一応心得ていたつもり)。でもそれらは、批判のための批判だったり恣意的解釈によるもの、増してや個人的な怨念に基づくものであるようなことはなく、的確なものばかりだったと思う。う〜む、レベル高いレヴューだったなあ、と改めて感心。
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満月の元旦

2010年01月01日 19時31分18秒 | 豆大福&トロウより
今日は満月の元旦。この組み合わせ、ちょっとめずらしいかも。
当ブログをお読みの皆様にあっては、良き新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。

今しがた、年賀状を投函しに近所まで散歩してきた。そうだ、今日は満月だった。空は澄み、明るい。冬の満月は、本当に美しい。西の空には異様に光る星が…と思ったら、飛行機だった。飛行機の点滅でさえも、美しく見える。

あっ!そういえば、まだ今年の暦、買っていない。買わなければと思っているうちに、年が明けてしまったよ。

そろそろ、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートに戻らなければ。やっぱり、オープニングは「こうもり―序曲」で決まり、だよね。ああ幸せなお正月。
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羨ましいぞ、オードリー

2009年12月29日 20時49分32秒 | 遥かなる銀幕の世界
かねがねオードリー・ヘプバーンに対して、羨ましすぎるぞ、と思ってきた私。いやいや、オードリーご本人に対して、私は何も悪い感情を抱いているわけではない。むしろ、彼女は好きな女優トップ5に入るだろう。

オードリーが本当に恵まれた境遇だなあとため息が出るのは、そのスレンダーさでも、凛とした美貌でもなく(もちろんこれらも羨ましいけども、それより何よりも)…だってだって、彼女ったら、ゲーリー・クーパーとピーター・オトゥールの、両人と共演しているんだもの!こんなに恵まれた女優は、他にいない。

最近、「オードリー・ヘプバーン 生誕80周年 『昼下りの情事』+『想い出のオードリー』スペシャルDVDボックス」なるものが発売されたらしい。う〜ん、ほしい。でも高くて手が出ない。

オードリーといえば、「ローマの休日」が代表作とみなされているようで、私もそれに異論はない。けれども、やはりクープとの共演、ビリー・ワイルダー監督作品の小気味よさ、などの点からいうと、個人的には「昼下がりの情事」の方が好きだ。

かつてニューヨークの近代美術館の地下展示場で、この映画の有名なラストシーン(以下、ネタバレ失礼)―”I'll be all right, I'll...”(私なら大丈夫、わたしなら…)と涙ぐみながら強がるオードリーを、動き出した列車から身を乗り出して、クープが列車の中へ抱き入れる―が展示されていた。当時、留学での研究生活の緊張の合間に訪れた、この映画との不意の再会で、この映画のあらゆるシーンが一挙に頭に浮かび、その写真の前で数十分間立ち尽くしていたことを思い出す。

でも、当のクープは、この映画でのオードリーとの共演をあまり愉快に思っていなかったという話をどこかで読んだことがある。「なんでこの私が、こんなお子ちゃま女優と恋に落ちる役を…」という感じだったらしい。クープからすると、当時のハリウッド女優にあっては当然とされていた、ボンッ・キュッ・ボン体型でないオードリーは、女優としても未熟、と感じていたようで。

むしろ、この映画で私が違和感を感じる点があるとすれば、クープが女性にモテモテのプレイボーイ役というところでないかなあ。女性にモテモテ、は実際と照らし合わせても当たっているけれど、女好きのプレイボーイというのは…ちょっと、クープのイメージから外れる。クープのイメージとしては、女性に対してはむしろ素っ気なく、奥手で、でもハンサムだから、それだから余計、女性にもててしまうという悪(?)循環に陥る、という感じか…。

そしてこの映画の数年後、オードリーはなんと、ピーター・オトゥールと「おしゃれ泥棒」で共演だ!なんてこったい、こんな幸運が世の中に存在するとは!このとき、オードリーが箱入り娘を演じるのはちょっと無理がある年齢だったように思うけれど、まあそこはオードリーなので許されるところであろう。

あーあ、羨ましいなあ、オードリー。

でも本当のところ、私がオードリーに対して羨ましいと感じるのは、むしろ彼女が女優を引退してからの生き方、つまり、ユニセフ親善大使として活動していたころの彼女だ。晩年の彼女は、「ローマの休日」の頃の彼女より、数段美しく輝いていたと思う。
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年末年始が怖い

2009年12月21日 23時07分50秒 | 豆大福&トロウより
その時、大福先生が「うわっはっは」と大笑いした。

体重計の示した、自らの体脂肪の数値にため息をつき落ち込んでいた豆大福が、よほど滑稽だったようだ。くっそ〜、私が真剣にため息をついているのに、それを大笑いするとは何事ぞ、と大福先生に食って掛かる豆大福。

「だってさ、可笑しいものはどうしようもないのだよ、 うわっはっは」と、さらに大笑いの大福先生。

なにをー!いったい、何が可笑しいのだ。何が、何が、何が…と、しつこく問い詰める豆大福に対して、大福先生、ああうるせーなーという具合に

「ならば、ベルグソンの『笑い』でも読んで、研究してみたまえ」と。
「それは昔に読んだきりですが、あんまり面白くなかったことを覚えています」
「それはそうだろう。あれは、タイトルは『笑い』であっても、人を笑わせるための本じゃないから」

あの〜、いくら私とて、ベルグソンの『笑い』がお笑い芸人のネタ帳に等しいものだという認識はないです、はい。

ああ、年末年始が、怖い。なぜ日本人は、この時期になると、こうもおいしい物ばかり食べるのか。
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佐賀にて

2009年12月14日 15時44分29秒 | 豆大福&トロウより
実家の用事で、昨日は急遽、佐賀に出向くことになった。羽田から始発の飛行機に乗るには電車では行けない。電車が運行する時間では、羽田の始発に間に合わないのだ。朝起きると、自動車を運転するには体調が優れなかったものの、いざ運転してみると朝5時台の青梅街道・首都高はなんてストレスフリーなんでしょう!夜明け前のレインボーブリッジはキラキラきれいだし。

飛行機が離陸するちょうどその頃合よく、朝焼けに続いて日の出となり、無事故を祈念してご来光に拝む。

さて、久しぶりの佐賀だ。かつて佐賀駅の出口には「ようこそ葉隠の里へ」という看板塔があったと記憶するが、それはもはやなくなっていた。佐賀人ならともかく、よその者にとっては今や、葉隠って何?という感じなのだろう。実際、初めてそれを目にした時には私も、正直のところ、失笑を禁じえなかったのだけれど。(それは当時、日本中がバブルで湧いていた頃、その世相と、ストイックで古臭い感じの漂う葉隠との間には、時代的なギャップがあまりもありすぎるように感じたからである。)

そして、いざ。数十年もの間、形式だけのまったく実質の伴わない檀家になっている寺との間ですったもんだの挙句、やっとのことで用事を果たし終えた。疲れた。しかしまあ、あの卑劣な寄付金強要攻(口)撃は、いやもう、大言抜きでカルトに引けを取らないレベルだ。これでまたひとつ改めて現実を知る、いい機会になりました勉強になりました。

自戒も含め、どの宗教に限ったことではないことを先に断っておきたいが、伝道者の人格や教団のあり方が信者信徒の心をくじくことになった場合、その教団や伝道者は、結局のところ、信者減らしに貢献するという皮肉がしばしば生じる。要するに、教えを広めることを目的とする伝道であるはずなのに、その伝道そのものが背信者を作り出すことになることもある、ということだ。宗教それ自体の取り扱い、そして伝道のあり方、それらがいかに繊細なものであるかを、改めて心に留め置かなければならない。

さて用事は済ませたので、ニューオータニにて伯母と従兄弟と昼食会。約20年ぶりに会う伯母に、「伯母さんにお会いできたら是非伺わなくてはと、この20年間思い続けてきたことがあるのですが」と尋ねた私。
「な、何?」
「20年前のこと、私が長崎を訪ねて伯母さんが案内してくださったときの、あのときの茶碗蒸しが忘れられないのです!あの店はどこの何という店だったのでしょう」
「ああそれならね、長崎市内にある吉宗よ、よっそう」
「やっぱり!あの、銀座にもある吉宗ですよね。そうでないかとは思っていたんです。いやー、ありがとうございます!」
「真剣な顔で、何を尋ねられるのかと思えば…」

20年もの間衰えることのなかった私の食意地に、呆れる伯母であった。でもね、吉宗を知らない方々に申し上げる。そのでかさたるものに、まず、どびっくりすると思う。何せ、どんぶりに茶碗蒸しだ。しかもでかいだけでない。まろやか〜でおいしいもんね〜。

帰り間際には、時間の迫る中、佐賀の特産品として定番の竹八漬、がん漬、丸ボーロ、小城羊羹(昔風の方に限る)、佐賀錦(帯ではなくお菓子の方)、いかシュウマイをさくさくと買い求める。さらに福岡空港では博多ラーメンと鯖寿司を搭乗直前に買い込む。うふふ、これだけあれば、連れ合いも喜んでくれるだろう。もっとも、がん漬あたりはご当地物としてはかなりマニアックなので、不慣れな者にはハードル高いかなとは思いつつ。

羽田に着き、安心してドッと疲れが出たものの、これから運転があるのでキハチのソフトクリームで糖分を補い、環七経由で家路に着いたのであった。
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ホッと息抜きの日

2009年12月05日 20時23分42秒 | 豆大福&トロウより
最近では、本の購入は専らネットに頼りっぱなしのこの頃。が、昨日は用事のついでに久しぶりに本屋にぶらっと立ち寄り、かなりの楽しい時間を過ごせた。たまにはゆっくりと小説が読みたいのに、そこは耐え難きを耐えて専門書ばかり読む日々。この日は気分もよく、せっかく書店でブラブラしていることだしということで、気になっていた小説をとうとう買ってしまった。

映画の方は観たものの、原作も読みたいなあとかねてから思い続けていたウンベルト・エーコのThe Name of the Rose. 英訳が置いてあったので、それでいいやと購入。映画と原作、どのくらい同じ、あるいは違うのかなあ。主演のショーン・コネリーのイメージが出来上がってしまっている分、今から原作を読んでそれがどの程度影響するのかな、とか気になる。いやむしろ、今ではすっかりオジサンになってしまった、映画ではまだ初々しいクリスチャン・スレーター演じるアドソの方にギャップがあるかも。いずれにしても隙間時間に読むことになるので、ゆっくり時間をかけて読むことにしよう。

連れは連れで、思いの外、小泉八雲関連本が手に入ってご満悦の様子。早速かぶりつきで読み始めるあたり、勤勉なのねと関心するばかりである。

家に帰ると待ちに待っていた本、The Methodists in Ireland がイギリスから到着していた。この本は、購入の際に「残り1点」とあったこともあり、ことさら思い入れが強かったものだ。ジョン・ウェスレーのアイルランド伝道そのものついてはウェスレーの日記等を読んでくれたまえ、ということだろうか、あまりその部分についての詳しい記述はない。そうであるものの、アイルランドのカトリック教会、イギリス国教会、プロテスタント教派とメソディスト教会の関連など、かなり参考になりそうだ。まだパラパラと全体を見渡したくらいだけれども、いやもう、期待を裏切らなそうな内容にわくわく。貴重な本であることよ、私にとっては。
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円高と事業仕分け、そして愚痴

2009年11月27日 18時55分19秒 | 豆大福&トロウより
円高だ!それ、amazon の「今は買わない」リスト(洋書)のチェックだ!
…うほほ〜い(ふ、古い)、中には1,500円位安くなっているのもあるぞぅ。早速、優先順位の高い順にカートに戻していくと…それなりの値段だ。結局、出ていくものは出ていくことになるのか。ない袖は振れないぜ、あきらめるしかないな、というよりはましだから、まあ、仕方がないか。

我ながら、涙ぐましい努力である。円高という時期が来るまで、研究に必要な書籍の購入も控えなければならないとは。

民主党議員中心による「事業仕分け」で、科学技術関連予算の削減をめぐり、ノーベル賞受賞者たちがこぞって発言に加わった。そのニュースを目にして、私としてはかなり複雑な思いに駆られた。

「世界最高レベルのコンピューターを作る科学者を育てることは否定しない。だが、1000億円超のお金を使うことがいかに間尺に合わないか(以下、省略)。」(毎日JP)とは、ある仕分け人の発言である。

1000億円って。想像もつかない額の予算である。以下は、しがない神学研究徒・豆大福/トロウによる、ぐち、つぶやき。

確かこの事業仕分けに宇宙飛行士の毛利衛さんが出席したときだったか、(毛利さんご本人だったかは記憶が定かでない)基礎研究の重要性を訴えていた。「基礎研究の重要性、おっしゃるとおり」と、思わず、膝を打つ。

大学や研究機関が、どこもかしこも懐事情が厳しいのは、今に始まったことではない。人文科学系、特にキリスト教学や哲学、文学系の学部の統廃合は、15年から20年くらい前から始まり、ここ数年でそれがいよいよ加速してきている。いいのか、これで。いいわけが、ない。この期間に、どれだけ優秀な頭脳が、人文科学分野から流出したことか。

でも経済難だからといって、目先の利益を追求すべく、基礎研究の充実はさておき、「集客」の見込めるような、学問の名を借りた、それらしい専門を掲げた大学院を創設したりするのは見当違いも甚だしい。

かねがね、理系の人々(特に医学や薬学とか)が、チームである研究をし、業績を上げるのを、ある意味、羨ましいと思ってきた。確かに人文科学は、チームより個人単位での研究の方が適する場合も多く、自然科学のようにはいかないところもあることは事実だ。しかし、一定の大きな成果が見出せるチームによる研究−つまりこれを学閥というのかもしれないけれども−も、なかなか捨てがたい魅力がある。

人文科学といっても、私がディープに関わるのは神学という、きわめてマイナーな分野である。この分野における基礎研究といえば、さしあたり大まかにいって、聖書学、教会史学、そして組織神学が中心になろうが、現在の日本でこの分野に関わっている人材は、私見によれば、世界の中でも大変に優秀だと思っている。巷では、「科学技術立国」として日本は世界一、と言っているが、神学界だって、本来、そう捨てたものではないと私は見ている。

でもね。大学はじめ、研究機関がこれだけ統廃合などでいぢめられてしまうとね、そういった優秀な人材はてんでバラバラになってしまうのだよ。それは社会にとって宝の持ち腐れってことに、世の中がいつになったら気づいてくれるのだろうか。さまざまな神学校もまた、今や気息奄々という状態。それで一層、基礎研究分野が疎かにされてゆくという、悪循環。そんなんで、いいんでしょうかね。
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愛について

2009年11月19日 18時31分48秒 | 豆大福&トロウより
研究会のメンバーである白頭庵さんのブログにinspired され、つれづれに書きたくなった。

人間にはいったい、どれほど愛(の実践)が可能なのだろうか。

「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。」(コリント信徒への手紙一、13章4節以下)
とは、パウロの言葉である。

しかしこれらが愛の実践となるのか、正直のところ、私にはピンと来ないところがある。これらはまるで、道徳律の羅列ではないか。いや、道徳としては、これはこれで素晴らしい。しかし、これらを満たせば、私たちは果たして愛を実践したことになるのか。

もちろん私は道徳を否定するわけではない。けれども道徳は、往々にして私たちの存在を上から目線で弾圧するような抑圧者に成り代わる、きわめて取り扱いの危険なのものでもあるのだ。そして、多くのクリスチャンたちが、道徳と化した愛のあり方−パウロが示したような−を実践することだけで、自分はこれで立派に愛を実践しているのだという高みに舞い上がっている。

そのように舞い上がった人々には、もはや愛の厳しさを知ることは難しいだろう。とくに前掲のパウロの言葉の後半部分、「すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」ことのみが、愛の実践における至上命令だと洗脳された人々には、およそ闘いとみなされる事柄はすべて悪と思い込んでいる場合が極めて多い。愛を実践する際には、世の中に満ち溢れた不条理と闘う場合も多い。不正に、貧困に、抑圧に、障害に、病気に、そして老いや死に対して闘いを余儀なくされることが、神とともにある者たちにとっての愛の実践であることを、彼らはどれだけ承知しているのだろうか。

むしろ、この「すべてを…」を忠実に実行することで、かえってある人の悪魔的な行動を助長させる結果をもたらす事例が、いかに多く見られることか。例えば、ある高齢のご婦人のこんな話がある。経済的に困窮した実娘夫婦が、あるときから実家に身を寄せることになった。しかし娘は次第に母親を煙たく思い始め、何かにつけては母親の行動を叱り、外出を制限し、仕舞には暴力を振るうまでになった。しかし母親は、耐え続けた。それがクリスチャンとしての愛の実践であると信じて。

闘いは、悪なのであろうか。すべての闘いが悪であるはずはない。イエスの愛の実践は、不正、貧困、抑圧、障害、病気、死に対する、壮絶な闘いの叙事詩として福音書に表されているではないか。闘うことこそが、イエスの生涯における愛の実践であった。悪魔と闘う大天使ミカエルが、歴史的にキリストと同視されてきた(ところもある)所以である。そういった闘いのさなかから、慈愛や忍耐という、上掲のパウロの愛の賛歌が生まれ出づるのである。

しかしながら、私たちはイエス・キリストにはなれない。(これは努力の問題ではなく、存在する次元が異なるからだと言った方がいいだろう。)なれないのならば、倣えばいい。ほんの小さい存在でしかない私たち人間ができることは、自分やこの世界全体がキリストの霊によって満たされていること、そのことで、私たちは常に神とともにあることを感謝するぐらいしかない。

最後に現実的なたとえ話を、ひとつ。プロポーズの言葉としてもはや常套文句と化した、「(大抵は男から女に対して)結婚してください、君を必ず幸せにするから!」というのがある。もし私がこんな言葉でプロポーズされたなら…コホン(以下、言葉遣いに不適切な箇所があるゆえ、咳払いを)…

「なに考えとるんじゃワレ、お前、何様じゃい!」と言って、グーパンチを食らわすに違いない。「あんだって?君を幸せにするだと?お前は私の幸せの、何を分かっとるちゅーんじゃい。思い上がるのもいい加減しろ、このボケカスが」(以上、不適切箇所終了)となるだろう。

でも反対に、「君と一緒に暮らすことで、僕に幸せな人生を送らせてください」と言われたなら、即答でOKだ(もちろん、それだけ好きな人に言われることは前提で)。これは、お前の母性本能をくすぐられるセリフだからにすぎないんじゃないの、と思われたら、それは違う。こちらの発言の持ち主は、幸せはそうそう他人に与えることなどできないという限界を知っている人物だ。愛の実践の厳しさを、心底分かっている人物だ。そういう人とでなければ、私ならば安心して一緒に暮らすことはできないだろう。
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すてきな誕生日プレゼント

2009年10月12日 17時47分59秒 | 豆大福&トロウより
10月10日土曜日、池袋サンシャイン劇場で上演された「ありがとう!グラスホッパー」に大福先生と出かけた。ちょっと遅めの、大福先生から私への誕生日プレゼントである。NHK「できるかな」などでご活躍なさっていたノッポさんこと、高見のっぽさんによる、原案・脚本・作詞・総合演出で主演の「ちいさな音楽劇」だ。

NHKみんなのうたで、ノッポさんの「グラスホッパー物語」が放送されて以来、グラスホッパーおじいさんのファンになってしまった大福先生と豆大福。すっかりバッタ姿に変身したノッポさんの歌声は、とてものびやかで、ステップも軽やかだ。

舞台当日、前半が終わり、休憩時間に豆大福が言った感想とは。
「ノッポさんのタップダンス、いかにも頑張ってステップ踏んでます、というのでなく、とても自然体で、なんというか、いい意味でクラシカルな感じですね。まるでジーン・ケリーとかフレッド・アステアのステップを髣髴させるといいますか。今風の、先鋭的な躍りでないところが、すっごく安心感があって、いいですよね」
大福先生も同感だったようだ。さらに続ける先生。
「やっぱり、タップダンスはいいなあ。いや、君のタップダンスも見てみたいものだ」
って、大福先生、まだ覚えていたのか。かつて私が、「ミュージカル俳優になってもいいかなって思った」ともらしたのを。

さて、この音楽劇の内容については、まだ名古屋とか松山での公演があるようなので、伏せておこう。でも、とっても幸せな気分になれる舞台なんだから。素敵な誕生日プレゼント、本当にありがとうございました。

劇の終了後、アンケートの質問には豆大福が回答を記入した。「お連れになったお子様の年齢はいくつですか」とあったところ、「84才、男」と記入しておく。その、84才男からの本公演の感想は、「まだまだグラスホッパーさんには、負けませんぞ」だそうで。
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Trip and Return

2009年09月24日 22時13分51秒 | 豆大福&トロウより
久しぶりに墓参りへ行った。気がつけば2年ぶりの墓参という罰当たりモノなわけだが、まあ、こちらにもいろいろと事情があるわけで、その辺のところはご先祖様方も了承してくださるだろう。

以前から薄々気づいていたが、もしかして私、かなり墓地が好きだ。いや墓地一般が好き、というよりも、自分に縁のある霊園が好きなのかもしれない。すごく落ち着くのよね。自分が入る予定になっているその場所は、結構地の利もいい。もっとも、死んでしまえば地の利も何も、関係ないけれども。難点は、行くと必ず蚊に刺されることだ。これも、死んでしまえば関係なし。地の利とか蚊とか、これらの事柄はもっぱら、私の後に続く人たちの関心事になろうが、どっこい私もまだこの世界に生きている人間なのであった。

そう、そこに行くと「私にはまだ、この世に生きてやらなければならないことがある」という思いを持たざるを得なくなる。生きる勇気をもらう、というほど大げさではないけれど、「自分がそこに入るまでは、生きるべく生きなければならんのだなあ、やれやれ」と。

遅めのランチにと入ったCafe F.O.B.は、青山という場所の割には値段も安く、何よりもいろいろとおいしいし、店員の人たちもフレンドリーなので、結構気に入っている。雑貨ショップを兼ねたカフェの店内には輸入菓子も並べて売られていて、ちょっと日本にいる気がしない。

墓参で異世界を感じ、カフェで異国を感じるという、図らずも現実逃避の1日を過ごしたことで、ちょっとばかりのカタルシス、といったところ。
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コークー外科、その後

2009年09月21日 17時06分24秒 | Dr.大福よもやま話
以前、「大福先生と主治医の、ある日の会話」でご紹介した、大福先生が「口腔外科」を「航空外科」と勘違いした話の後日談は、どうしても公表しなければならない。

あのエピソード以来、豆大福は病院で「口腔外科」の案内板を目にするたびに、大福先生の面白い勘違いを思い出しては、笑いを噛みしめなければならなくなった。そのような不便から、私はついに不満を大福先生にぶつけた。

「あの、先生の変な勘違い以来、私は病院で『口腔外科』という案内を目にするたびに、ニヤニヤしながら体を小刻みに震わせている挙動不審な女と周囲に思われてしまうではないですか。一体、どうしてくださるんです」
「そんなこといったって、それは僕のせいじゃない。だいたいね、一体いつから『口腔』を『コウクウ』と読むようになったんだい。『口腔』とあれば、『コウコウ』と読むのが正解だろう」
「えっ、『口腔』を『コウコウ』と読むんですか。ほんとですか。苦し紛れに、適当なことを言ってませんか(失礼な…)」
「いんや。昔はね、ちゃんと『コウコウ』と読んでました。いったい、誰がいつから『コウクウ』だなんて…邪道だね」
「では、あのとき主治医が『コウコウ外科』とおっしゃっていたならば、先生も勘違いすることはなかった、と」
「そのとおり」

それでも大福先生の話に半信半疑な私は、やっと辞書で調べてみる。…げ。あるよ。あるある、「口腔」は「コウクウ」ともあるが、「コウコウ」とある。さらに驚いたことに、私が高校生のときに使用していた古い辞書(『新潮国語辞典』、新装改訂版第2刷、昭和59年)には、「口腔」は「コウコウ」のみで、「コウクウ」は存在しないではないか。

あいやー、これはどうも、おそれ入谷の鬼子母神でございます。いやほんと、大福先生には、失礼いたしました。このように名誉回復の記事を載せますので、許してくださいませ。

そうそう。そういえばここ最近(といってもここ数十年)、似たような違和感を覚える漢字の読まれ方がある。世間では、聖ロカ病院と呼ばれるところの、聖路加病院。私の場合、習い性だろうか、どうしてもそれに違和感があって仕様がない。路加は「ロカ」でなく「ルカ」だろう、「ルカ」。でも世間からすると、私や大福先生が聖ルカ病院と呼ぶ方に違和感を覚えるようだ。
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おじいちゃんと呼ばれて

2009年09月20日 15時50分44秒 | 豆大福&トロウより
明日は敬老の日だそうだ。敬老、それはそれで結構な話だとは思うけれども、それがなぜ、9月の第3月曜日なのだろうか。9月9日の重陽の節句の方が、長寿を祝うにふさわしいとも言われるのにね。

それはともかく、大福先生と豆大福には、金輪際行く気がしないトラットリアが存在する。理由は、その店の店員が発した一言、これに尽きる。一店員の、悪意のない一言でこれでは、店には気の毒という気もしないではないが、ああ、もうだめだ。

その店は通路が狭く、たまたま大福先生の席の背後に車椅子が通るというとき、二十歳そこそこのウェイトレスが大福先生に言った。「すみませんがおじいちゃん、後ろの方、ちょっとよけて頂けますか」。

そう、よけることは吝かでない。いや、当然だ。問題は、「おじいちゃん」、ここだ。いや確かに大福先生は、おじいちゃんと呼ばれても仕方のない実年齢ではある。そう呼ばれて、文句の言いようがないのは認める。ただ、大福先生はそのときまで、誰によってもおじいちゃんと呼ばれたことは、一度もなかったのである。そして豆大福もまた、大福先生のことをおじいちゃんと呼ぶ人物に出会ったことがなかったのだ。

おじいちゃん…、その(少なくとも私たちにとっては)衝撃的な言葉の余韻のせいで茫然自失、その後の食事は全く喉を通らなかった。なぜ、あの若いウェイトレスはあのとき、お客様、と言わなかったのか。おじいちゃんの方が、彼女にとっては親しみを込めた表現だったのかもしれない。私たちとしても、「様」とか「先生」とか、偉そうに呼ばれなかったことが不愉快だったわけでは全くない。ただ、ただね、おじいちゃん、と呼ばれたことは、一度もなかったんですもの…というショック。

日本語において、第二人称の代名詞は本当に難しい。豆大福自身にも、コレを言われると背筋にぞぞ〜っと冷たいものが走るという言葉がある。それは、「奥様」。どうもこの言葉には、「宅の主人ときたらコレソレなものですから、まあ立派でございましょ、おーっほほほっ」というイメージがあって。あーぞっとするぜ。偏見かもしれないけれど、このようなマイナスのイメージを、この奥様という言葉に私が抱いてしまうのは否定できないのである。仮に店員がそれを言うならば、奥様でなくお客様と呼べ、と言いたい。

が、しかし。八百屋のオヤジに「おねえさん、今日はたまねぎが特売だよ」と言われるとつい、財布の紐が緩んでしまうのも、これまた事実なところで。う〜ん、複雑。
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