ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

レディ・ジョーカー:高村薫が描いた社会的弱者の復讐劇

2005年09月19日 | 映画♪
以前から読みたいと思いつつ、文庫本になるのを待ってて読めずにいる小説の1つに高村薫の「レディ・ジョーカー」がある。平成12年2月13日に時効をむかえたとはいえ未だに何故の多い「グリコ・森永事件」をモチーフに高村流の社会的怨嗟を絡めながら描かれた1級のミステリー。900頁にも及び小説を、2時間に凝縮ということで、おそらく原作ではもっとそれぞれの想いを書き込まれてあるのだろう。しかし渡哲也、吉川晃司、長塚京三、吹越満らがそれぞれの味を出し、映画だけ観ても十分納得のいく緊張感のある作品に仕上がっている。もちろんこれが事件の真相だ!と言うものではないのだけれど、「グリコ・森永事件」で噂された「キーワード」が盛り込まれ、あぁ、もしかしたら…なんて思ってしまう。

平成16年10月、業界でもトップクラスに位置する日之出ビール社長・城山恭介(長塚京三)が誘拐され、「社長ヲ預カッタ。5億出セ。レディ・ジョーカー」という脅迫状が日之出ビールに届けられる。総会屋との関係もあり、慌てる日之出ビール側。しかし2日後、城山は突如解放される。城山に犯人グループ「レディ・ジョーカー」たちが伝えた要求は、350万Kリットルのビールを「人質」に、20億円を用意しろというものだった。そして犯人達はあわせて城山に姪の佳子(菅野美穂)の写真を渡していた。犯人グループは「競馬」以外には何の接点もない5人。薬店を営む物井清三(渡哲也)、障害を持つ娘を抱えるトラック運転手の布川淳一(大杉漣)、信用金庫に勤める在日の高克己(吹越満)、町工場の施盤工・松戸陽吉(加藤晴彦)、そして刑事の半田修平(吉川晃司)。
元警視庁捜査一課の刑事・合田(徳重聡)らの必死の捜査・介入にも関わらず、日之出ビールの内部では犯人との裏取引の容認が体勢を占めていた。日之出ビールには、総会屋との関係の他にも、40年以上も昔から「被差別出身者」に対する差別が残っているともとられかねないスキャンダルを抱えていたのだった…

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「マークスの山」でもそうだけれど、高村薫の小説には「学生運動」「労働運動」が盛んであった頃の問題意識が反映されている。しかもそれはモチーフとして扱っているというよりは、かって変えれなかった世界が忘れようとしている「現代社会の矛盾」、「社会的弱者の怨嗟」を「犯罪」という形で突きつけようとしているように思える。

この事件の面白さは、もちろん「怪人21面相」、関西弁での「脅迫状」といった劇場型犯罪であったこともさることながら、企業の商品そのものを「人質」にしてしまう発想の転換や直接的な「身代金」のやり取りがなくても「株価」を使って儲けるといった「手口」「やり方」の斬新さと、表には出てこない様々な「プレイヤー」が語られたことだろう。未だに解決のできない(させていない)被差別問題や朝鮮系の問題、経済ヤクザ、警察の内通者、組織防衛のための殉職といったこの映画にも出てきたキーワードはもちろん、「グリコ」の生い立ちや、某劇団の関与、「肉」の流通を巡る不透明性、御巣鷹山の日航機墜落までと事実が見えないだけに人々の「妄想」を刺激するには十分な「未完の物語」性を有していたと言える。

実際、この映画の中でも犯人たちの直接的な動機(それぞれの社会的怨嗟)とは別に、経済ヤクザが別な形で企業に対しての「揺さぶり」をかけたり、あるいは仕手戦に乗じようとしたりしている。そうした社会的な複雑な構造を視野にいれつつも、この映画ではそうした部分についての記述を最小限の要素として捉え、あくまでも犯人グループが抱いている社会的怨嗟をベースとしている。

特に「マークスの山」でも登場したエリート刑事・合田と現場で生き抜いている半田との関係は特筆だ。小説ではどのような描き方になっているのか分からないが、吉川晃司が「雑草」としての鬱屈した魅力溢れる役どころを見事に演じている。おそらく「刑事」という職業である以上、両者とも「人」のおぞましい「性」などには触れていたであろう。しかしそうだとしても片方は「エリート」であり、もう片方は「雑草」でしかない。その2人の差はどれだけであったのであろうか。仲間たちの尾行を振り切る半田は決して無能な刑事ではなかったろう。しかし彼は「雑草」であり、それゆえに社会の底辺で生きる人々の怨嗟を感じ取り、また定型化した「犯罪」としてしか扱えず、また「組織防衛」を優先するエリート達に反旗を翻したのだろう。

彼にとっては「エリート」が解決できなかった時点で「勝利」だったのだろう。彼が敢えて「自首」するのはそれ自身が「レディ・ジョーカー事件」の勝利宣言だったに他ならない。

ただ願わくば、レディ・ジョーカー一味それぞれの負っている過去、恨み、この事件に参画した動機といったものをもう少し描いて欲しかった。まぁ、時間的な関係があるのも仕方がないし、もちろん脚本・役者が描いているのも確かではあるが、もう1つ、一線を越えてしまっただけの説得力が感じられなかった。

とはいえ、この映画はただの犯罪映画というわけではない。かれら社会的弱者がその矛盾した社会に対して突きつけるだけの理由があり、また彼らだからこその優しさと「支えあい」の感じられる物語である。それは横山秀夫などとも通じる世界であるが、それ以上に社会の構造的な矛盾とそれを受け入れて実行する存在としての「人」とそれに収まらない心をもった「人」の姿を描かれた作品だ。

【評価】
総合:★★★☆☆
役者の静かな演技:★★★★☆
原作を読んでみたい!:★★★★★

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