久々に、通勤途中に読んでるSFのレビューですヽ( ´ー`)ノレビュー文って時間と集中力がないと書けないのよね・・・ヽ( ´ー`)ノ
一気に2冊読了しましたー。シリーズ物の短編集です。
鼠と竜のゲーム/コードウェイナー・スミス、伊藤典夫・浅倉久志訳(ハヤカワ文庫SF)
シェイヨルという名の星/コードウェイナー・スミス、伊藤典夫訳(ハヤカワ文庫SF)
寡作にしてハイ・クオリティ、そして長らく正体不明だった謎のSF作家、コードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズです。「人類補完」と聞いてあのSFアニメを思い出すアナタ、こっちの方が元祖ですからね!本人が没するまで公表されなかったその正体は、ジョンズ・ホプキンズ大学の政治学教授にして米政府外交政策顧問のポール・ラインバーガー博士。幼少時から世界中を渡り歩き、第二次世界大戦中には情報戦を担当する将校でもあったという、トンでもないエリートです。そんなすごい経歴の持ち主が匿名で書いたSFって、どんなんよ。「人類補完機構」というシリーズ名がもぅ何か無駄に壮大だし(笑)。という勝手な思い込みでこれまで読まずにいた作家なんですが、このたび意を決して読んでみたら、いやぁ面白いんですわこれが。いろんな意味で。
彼の作品は、「人類補完機構」を基軸とした独自の未来史に基づいています。この「人類補完機構」とは、例のSFアニメに出てくるようなオカルティックなもんではなくてヽ( ´ー`)ノ、いわば肥大化した未来の官僚機構のようなものです。この機構が一万年以上の永きに渡って統率し続けている人類の遠未来史をエピソードの積み重ねによって紡ぎ上げていくという、ちょっとブラッドベリの「火星年代記」みたいな物語構造。スケール感は全然違いますけどねヽ( ´ー`)ノただ、前半に当たる物語と後半に当たる物語とは結構筆致が異なっていて、開拓史でもある前半は勢いと緊迫感のある話が多いですが、人類文明が爛熟し切って停滞の時代に入っている後半は実にどんよりとしたディストピアの物語ばかり。
この人の作品を「ヒューマニスティック」「人類の可能性を信じている」と評するSF者もいますが、鴨にはとてもそうは思えません。敢えて表現すれば、この人の作品に感じるヒューマニティとは、人間の愚かさ・怠惰さ・わがままさを知り尽くした上で、「まぁでも人間ってそういうモンなんだから仕方ないよなー、仕方ないなりに何とかしないとなー」と一周してきて感じる後ろ向きの優しさ、とでもいいましょうか。人間に対する、恐ろしく冷めた目線を感じます。特に「老いた大地の底で」や「アルファ・ラルファ大通り」などの未来史後半に位置する物語にみられる、文明的に停滞し切って緩やかに(精神的な意味で)死滅しつつある人類を描く筆致には、突き抜けたドライなユーモアすら感じさせます。多様な世界で多様な人の生き様を見続け、それを支配する政治制度の本質をも知り抜いているであろうコードウェイナー・スミス(であるところのラインバーガー博士)でなければ描けない、端正にして壮絶な未来史です。大戦争だの人類滅亡の瞬間だのが描かれているわけではありませんが、読み終わった後に非常に重たい気持ちになること請け合い。女性キャラの描き方には、ジェンダーに対する問題意識も感じられますしね。男性と女性とでは読後感がかなり異なるだろうなぁ。
「人類の描き方」という視点で、今後もSF史に残るシリーズなんだろうなと思います。
コードウェイナー・スミスの作品は、日本ではこれまで4冊出てるんですが、なんとそのうち3冊が絶版!「鼠と竜のゲーム」を読んで手応えを感じたので他の3冊も探したんだけど、中古市場ではどれも定価の2倍以上の値が付いてるのよ(^_^;人気あるんだなぁ。SFは読者の絶対数が少ないからすぐ絶版になるのは仕方ないんだろうけど、名作が入手しやすい環境にないのはSF者としてちょっと寂しいですね。
さて、次はあの歴史的名作の改訂版を読破する予定ですっ(.. )φ
一気に2冊読了しましたー。シリーズ物の短編集です。
寡作にしてハイ・クオリティ、そして長らく正体不明だった謎のSF作家、コードウェイナー・スミスの「人類補完機構」シリーズです。「人類補完」と聞いてあのSFアニメを思い出すアナタ、こっちの方が元祖ですからね!本人が没するまで公表されなかったその正体は、ジョンズ・ホプキンズ大学の政治学教授にして米政府外交政策顧問のポール・ラインバーガー博士。幼少時から世界中を渡り歩き、第二次世界大戦中には情報戦を担当する将校でもあったという、トンでもないエリートです。そんなすごい経歴の持ち主が匿名で書いたSFって、どんなんよ。「人類補完機構」というシリーズ名がもぅ何か無駄に壮大だし(笑)。という勝手な思い込みでこれまで読まずにいた作家なんですが、このたび意を決して読んでみたら、いやぁ面白いんですわこれが。いろんな意味で。
彼の作品は、「人類補完機構」を基軸とした独自の未来史に基づいています。この「人類補完機構」とは、例のSFアニメに出てくるようなオカルティックなもんではなくてヽ( ´ー`)ノ、いわば肥大化した未来の官僚機構のようなものです。この機構が一万年以上の永きに渡って統率し続けている人類の遠未来史をエピソードの積み重ねによって紡ぎ上げていくという、ちょっとブラッドベリの「火星年代記」みたいな物語構造。スケール感は全然違いますけどねヽ( ´ー`)ノただ、前半に当たる物語と後半に当たる物語とは結構筆致が異なっていて、開拓史でもある前半は勢いと緊迫感のある話が多いですが、人類文明が爛熟し切って停滞の時代に入っている後半は実にどんよりとしたディストピアの物語ばかり。
この人の作品を「ヒューマニスティック」「人類の可能性を信じている」と評するSF者もいますが、鴨にはとてもそうは思えません。敢えて表現すれば、この人の作品に感じるヒューマニティとは、人間の愚かさ・怠惰さ・わがままさを知り尽くした上で、「まぁでも人間ってそういうモンなんだから仕方ないよなー、仕方ないなりに何とかしないとなー」と一周してきて感じる後ろ向きの優しさ、とでもいいましょうか。人間に対する、恐ろしく冷めた目線を感じます。特に「老いた大地の底で」や「アルファ・ラルファ大通り」などの未来史後半に位置する物語にみられる、文明的に停滞し切って緩やかに(精神的な意味で)死滅しつつある人類を描く筆致には、突き抜けたドライなユーモアすら感じさせます。多様な世界で多様な人の生き様を見続け、それを支配する政治制度の本質をも知り抜いているであろうコードウェイナー・スミス(であるところのラインバーガー博士)でなければ描けない、端正にして壮絶な未来史です。大戦争だの人類滅亡の瞬間だのが描かれているわけではありませんが、読み終わった後に非常に重たい気持ちになること請け合い。女性キャラの描き方には、ジェンダーに対する問題意識も感じられますしね。男性と女性とでは読後感がかなり異なるだろうなぁ。
「人類の描き方」という視点で、今後もSF史に残るシリーズなんだろうなと思います。
コードウェイナー・スミスの作品は、日本ではこれまで4冊出てるんですが、なんとそのうち3冊が絶版!「鼠と竜のゲーム」を読んで手応えを感じたので他の3冊も探したんだけど、中古市場ではどれも定価の2倍以上の値が付いてるのよ(^_^;人気あるんだなぁ。SFは読者の絶対数が少ないからすぐ絶版になるのは仕方ないんだろうけど、名作が入手しやすい環境にないのはSF者としてちょっと寂しいですね。
さて、次はあの歴史的名作の改訂版を読破する予定ですっ(.. )φ
丸4年ほどかけましたが(笑)。
久しぶりに読んでみると、変わらぬグロテスクな世界にちょっと引きますが、魔法にかけられたように惹かれてしまいます。
ブログ拝見いたしました。グレッグ・イーガンをお読みなんですね。女性のハードSF読みはなかなかお見かけしないので、ちょっと感動いたしました。はい。
「ノーストリリア」も100円でゲットですか。いいなぁ。
これからも時々遊びにいきますねー(^_^)/~~