山荘雑記  

 定年退職後 信州白馬の里山に小さな丸太小屋を建て、
その生活の様子や山や旅の思い出など、気ままに書き綴っています。

欧州の列車

2011年08月28日 | 

サンモリッツ(スイス)ーテイラノ(イタリア)間を走る「ベル二ナ特急」の車内から撮る
 グリンデルバルドーサンモリッツの「氷河特急」からは見られない氷河が、この列車からは見られる  


   
 気の精か最近テレビ番組で、海外の鉄道列車を取り上げた旅行番組が増えてきたようだ。10年ほど前から、オペラ通いに熱中する女房に付き合い、何回かヨーロッパ旅行に出かけ、独、仏、英、スイス、オーストリー、デンマーク、ノルウエイなどいろいろな国の列車やバスに乗ってきた。アメリカやカナダでの長距離旅行は車が一般的であるが、鉄道が発達している欧州では楽で快適な列車に限る。乗る度に行先までの切符を買う面倒さを省くためにも、少々高くついても事前に計算し国毎の日数限定レールパスを購入している。これがあると、国をまたがる長距離特急ICEにも乗れ、もし座席が満員なら食堂車で過ごす手もある。このパスがあると全てフリーなので、列車の乗り間違えに気付き、途中で乗り換えたり引き返すのもそれほど苦にならない。気を許しているのか、いつも1度は乗り間違いをしている。
行先が近くの時は駅の黄色の出発時刻表で探せるが、遠方で経路や乗り継ぎが複雑な場合は、乗る前にチケットオフィスで乗り継ぎの行程表をプリントアウトしてもらっている。最適な列車、発車ホーム、乗り継ぎ列車など打ち出してくれるので有難い。しかし、突然出発ホームが変わることがよくあるので、待っている客たちの動きに絶えず気をつけておかねばならない。
最近は慣れて来た精か、長距離でも座席予約をしたことがほとんどない。たまに満員で通路に立つこともあるが、大抵はガラ空きでゆっくり座れ車窓の風景を楽しんでいる。ターミナル駅や観光地ではたくさん日本人らしい人を見かけるが、ホームや列車ではほとんど見かけない。 
気ままな列車の旅をもっと楽しんではと思う。今回の旅では、最終日、パスに一日分の余裕があったので、ホフブロイの生ビールをもう一杯飲むために、わざわざ列車に乗ってザルツブルグからミュンヘンを往復した。

    


    ドイツ鉄道が誇る特急列車ICE (wikipediaより)

チロルの山歩き   再びエッツタールへ

2011年08月13日 | 山登り

Vent村の南Niederの谷よりイタリア国境Simiraun峰を遠望


エッツタラーアルプスの中心に立つVernaght小屋(2755m)

今夏も8月初めエッツタール最奥の村フェントを訪れ昨日帰国した。これで4度目になる。特に理由はないが、女房がほぼ毎夏ザルツブルグ音楽祭に来るので、その付き合いの合間に数日間、便利で手軽に氷河に接せられる山域として格好の山であること。もうひとつは、2008年、2度目の訪問の際、最高峰Wildspitze (3774m)に案内してくれた地元ガイドのDidi夫婦の経営する家庭的な宿が、いつまでも素朴さを保っている村と共に性に合ったことである。直ぐ近くにセルデンという町があるが、観光地化していていつも素通りしている。下山後、チロル最長の谷、ツイラータールのマイアーホーフェンという所に行ったが、そこはシャモニーやグリンデルバルドと同じく観光客でひしめいていて、山里という雰囲気はなかった。
 今回の目標は山小屋でつなぐフェント周辺のトレッキングコースを歩くことで、事前にDidiに計画した案の難易を聞き、途中できればどこか3000m峰に登るつもりで、アイゼンも用意したがまたもや登頂はできなかった。
 初日、フェントから初発のリフトを利用し、以前泊まったブレスラウ小屋を経てフェルナグト小屋までのほぼ水平の山腹コースを歩く。しかし最後の登りでばててしまった。休んでいると、足取りが怪しげな高齢者が下りてきて、歳を尋ねると私と同じ73歳、お互いに励ましのエールを送る。小屋は山奥にある精かそれほど混んでなく登山者が主で雰囲気も下の小屋よりよい。夕食時、ヴィルドシュピッチェに登って来たというミュンヘンの中年夫婦と同席になり、津波被害やなでしこの話と共に周辺の山の情報を得る。夜半から明け方雨と雷。毛布もあるが持参のシュラフカバーに入って寝る。
 2日目、ホッホヨッホホスピツ小屋めざして楽な下り、小屋の屋根がかなり下に見え出す辺りで、道標に従いMittlereguslarspitze (3128m)に向かう。時間もあり道もなだらかで楽勝と思われたが、正面にイタリア国境の氷河の稜線が見え出した頃、急に天候が悪化し雨と風。知らない山でたった一人で向かう勇気なくあっさり諦めて小屋に下りる。当初の計画はここに泊まり、翌日ハイコーゲル(3000m)を越えてマルチンブッシュ小屋に行く予定だったが、谷向かいに並ぶ氷河の山稜を見ると、体力的自信がなくなり、一先ずフェントに戻ることにした。体力的な理由もあるが、若い頃のように汗臭い山小屋連泊に耐えられず、早く宿でシャワーを浴びたいというのが本音である。
 3日目、日帰りでKreuzspitze (3456m)登頂を目指し早朝宿を出る。昨年途中から引き返したリベンジである。昨年の反省から装備を切り詰め、マルチンブッシュ小屋からの急坂を快調に登り、昨年引き返した小さな湖や石室跡を通り過ぎ、ケルンの林立する平らなガラ場を過ぎ、稜線が近い残雪部も無事通過。しかし、今回もバテ気味で予定時間より遅れている。デジカメに付いた高度計は3200mを指し、あと200m以上登らなくてはならない。時間と相談しここで再び登高を諦め下山する。フェントに帰り着くまで休憩なしの11時間行動であった。身体はガタガタだったが、昨年ほどの落胆はなかった。考えてみれば、標高1900mのフェントから、往復25キロ、標高差1600mを踏破するには73歳の高齢にはやはり無理な計画であった。下山後、宿で1年ぶりにDidiと会う。Kreuzspitze登頂は山麓のマルチンブッシュ小屋1泊が一般的だと言い、私の年齢を改めて訊き言う言葉が見つからず、ただ「slowly、slowly」と言ってくれただけだった。ひょっとすると身の程を知らぬ迷惑な日本人と呆れ返っていたのかもしれない。





  kreuzspitzの登路から見るクロイツ三山


ジミラウン峰から流れるNiederjoch氷河