宇宙のこっくり亭

意識の覚醒に向かって、精神世界を縦横無尽に語る本格派ブログ!!

不老不死は実現するか?

2016年02月07日 | こっくり亭日記

 

これからの時代は、科学技術の進歩によって人間の寿命が飛躍的に伸びる。それは、今までの人間的な常識がほとんど通用しないほどの大変化。今までの常識で、「定年」だとか、「老後」だとか、「寿命」だとか・・・を考えないほうがよい。

これからは、100歳になっても150歳になっても、自分のやりたいことを元気に続けられる。60歳で老け込んだ人が、80歳で若返って再生し、100歳で青年実業家になる。

・・・と筆者は、ネットでもリアルでも、ずっと主張し続けてきた。20年前は、「そんなバカな」という反応が多かったけど、10年前くらいから「ひょっとしたら、そうかもね」という人がチラホラ出てきた。

最近は、これに賛同する人が増えてきた。筆者のような未来予想マニアだけでなく、世間の一般人にも、医学や生命工学の驚くべき進歩がだんだん知れ渡ってきたのだ。

というより、最近は、科学の進歩が急加速してきた。というのも、20世紀と21世紀の境目に起きた「IT革命」のおかげで、処理できるデータの量が天文学的に増えた。これが、地球人類の思考と計算の限界を超えて、科学技術の進歩を劇的に加速した。このため、今までの常識では考えられなかったようなことが、いよいよ実現しつつあるのである。ひところ、「SF映画とかで、21世紀の世界はものすごく変わるだろうと言われていたのに、実際には20世紀とたいした違いないね」とよく言われていたものだったが、それも、2010年頃までの話。これからは急速に、SF映画そのものみたいな世界が実現に向かう。

これは、「銀河系の中心から創造主の光が降り注ぎ、地球が変容します」というような話とは、ちょっと違う。もちろん、ここは精神世界ブログなので、そういう話も扱っているんだけど、それとこれとは別の話題。

最近、時価総額で世界一になった最先端企業のグーグルには、不老不死をニュービジネスとして本気で取り組んでいる人たちがいる。カーツワイル氏もその一人だし、創業者のセルゲイ・ブリン氏みずから、「死を治す」と公言している。グーグル以外でも多い。有名なところでは、「(死を不可避であるとする世間の一般人の考えが)理解不能である」と言う、ラリー・エルソン氏もいる。

実のところ、筆者は、ここに一種の危機感を覚えている。トンデモない話をすることでは世間に定評のあるわれわれ精神世界マニアが、なんと、そのトンデモ度において、IT技術者やベンチャー起業家に先を越されつつあるのだ。このままではいけない。もっと、「不老不死」をテーマとして真剣に取り上げなければならない。

「現在注目されている6つの不老不死技術」というGIGAZINEの記事によると (抜粋)、

 > 「人間の寿命は500歳まで伸ばすことが可能である」。巨額の資金を有するグーグルの投資部門がそう発表したというニュースをお伝えしたが、その続編となる。

> では実際に今、どんな不老不死の技術が注目されているのか?大富豪やIT企業はどの研究に巨万の富を投じているのか?開発が進められている6つの不老不死のテクニックを見ていくことにしよう。

 >1. DNAの書き換え

>グーグル傘下のカリフォルニア・ライフ・カンパニーのシンシア・ケニオン女史は、遺伝子工学によって、通常の10倍の寿命を持つ回虫を作り上げた。これはdaf-2という遺伝子の働きを部分的に停止させることで実現された。面白いことに、100歳まで生きる人は、この遺伝子が突然変異を起こしていることが多い。ケニオン女史は「これがいつの日か若さの泉となる」ことを信じている。

>2. ナノロボット

>グーグルの技術部門のディレクター、レイ・カーツワイル氏によれば、2030年までには無数の超小型ロボットが登場するという。このナノロボットを含んだ錠剤を飲むと、血流に乗って人体に行き渡り、内部から補い始める。(以下略)

> 3. ペトリ皿の永遠の生命

幹細胞を使った可能性を追求するのは、カナダの大富豪ピーター・ナイガード氏だ。幹細胞は様々な人体繊維へと変化するため、劣化した細胞や器官のスペアとなる可能性がある。ナイガード氏は、年に4度ペトリ皿で培養した自分の幹細胞を注射している。

>4. 新たな血液の研究

新鮮で若い血液こそが長生きの秘訣と考える者もいる。マウスの実験では、若いマウスの血漿によって年老いたマウスの精神活動が回復することが証明された。これは元々は並体結合という手法で実現したことだ。その手法では、年老いたマウスと若く健康なマウスの脇腹を縫い合わせ、年老いたネズミを健康にし、反対に若いネズミの老化を進ませている。スタンフォード大学の実験では、アルツハイマー病患者が若い人から輸血を受けると、類似した効果が得られることが判明した。

>5. クローン技術

>(中略) 科学者が既に実現しているのは、3Dプリンターで腎臓や肝臓を作り出すことだ。死にかけた人がいれば、新しい臓器が”食塩冷水蘇生法(cold saline resuscitation)と呼ばれる手法で移植される。

>6. 半人間、半機械

>ロシアの大富豪ドミトリー・イツコフ氏は、人間の脳とその意識を機械の”アバター”に移植するプロジェクトに巨額の資産を投じている。彼の予定では1万年間多様な趣味を堪能するのだとか。グーグルのフューチャリスト、レイ・カーツワイル氏も「不死は手に届くところにある」と確信する1人で、2045年までにはコンピューターに意識をアップロードできるようになると予測している。

 

・・・というわけで、本気の研究がいまも進んでいる。

これに関して、いろんな意見がある。「不老不死は、自然の摂理に反する。人間は、死ぬときには死ぬべきだ」というような、自然主義的な意見も多い。たしかに、それにも一理ある。個人的には、まったくそう思えないんだが 。

ていうか、そもそも、「地球人の寿命は短すぎる」というのが筆者の意見。五百年や千年くらい生きて勉強しなければ、本当に成熟した賢者にならない気がするんだが・・・。広い宇宙には、千年も生きる宇宙人が普通に存在している。宇宙人が深遠な叡智を持っているのは、そこに大きな理由がある。根拠はないけど、それを断言する (笑)。

まあ、もちろん、それだけが理由ではない。筆者は老荘思想や道教の影響も強く受けており、実は 「人里離れた桃源郷で、不老長生になる」というのが理想なのだ。なんと、21世紀の科学技術がそれを実現しつつあるのだから、事実は小説よりも奇なり、珍なり、摩訶不思議なり・・・。

 

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ロボットがロボットを進化させる

2016年01月24日 | こっくり亭日記

 

車の自動運転技術が脚光を浴びている。今までは、人が運転していたが、これからは自動的に動く、いよいよ文字通りの「自動車」になろうとしている。そうすると、どうなるか。たとえば、タクシーに乗ると、そこに運転手さんはいない。無人車だ。自動音声が流れ、行き先を告げておカネを入れると、タクシーが走り出し、目的地まで届けてくれる。そんな「無人タクシー」が真剣に研究開発されている。

もっとも、完全な無人タクシーを実現するのは難しい。それよりは、運転手  (というより、車掌?) さんがいて、通常の走行は自動運転にまかせ、カンジンなときには手動に切り替える・・・という時代が、かなり長く続くと思われる。宅配便とか長距離トラックなども同じだ。自動運転にまかせられるところは増えてきて、それだけ人間の負担は軽くなってくるけど、完全な無人車にはなかなかならないだろう。

このように、これからはロボットが人間の補助者として活躍する場面が増えてくる。これからの高齢化・人口減少の社会で、人手不足を補うためには欠かせない。

今までは、なんといっても工場がロボットの活躍の場だった。最近は、倉庫での活躍ぶりも目覚しい。アマゾン・ドットコムなどの巨大な物流センターでは、広すぎる上に商品の点数が膨大すぎて、必要な商品を人間が探すのが、ほとんど不可能と化している。そんな中で、商品番号を元にパッと拾ってくるのは、ロボット君の仕事だ。もはや、工場と同じく、倉庫もロボットなしでは語れなくなってきた。通常の仕事はロボットの役割になり、人間は管理者としての役割が中心になってくるだろう。

それだけではない。たとえば、学習塾の先生だって、かなりの部分がロボットに代替できる仕事だ。将来的には、講師は基本的にロボットが担うようになり、人間は「担任」としての役割が中心になるだろう。

別に自慢できることじゃないのだが、筆者には多彩な仕事経験があり、配送ドライバーも、倉庫作業員も、塾講師も・・・みんなやったことがある。どれも、やってみると実に大変な仕事だった。本当に、しみじみ大変だった。だから、なるべく余計な負担はロボットに移し、人間の役割を変えていくべきだと考えている。

上のような話を聞いて、反応は人それぞれだろう。「人間の負担が減る。夢のような未来社会だな」と思う人もいれば、「人間の仕事が減る。失業率が高まって世の中が悪くなりそうだ」という危機感を持つ人もいる。筆者には、前者のようにしか思えないんだけど、後者のような悲観的な受け取り方をする人も多い。

でも、悲観論はまちがっている。人間が余計な労働から解放されるのは、確実に朗報だ。

古代ギリシャは、哲学とか科学とか、芸術とか政治とか・・・が、高度に発達し、華やかに輝いた時代として知られている。なぜ、あの時代には、そんなに優秀な人物が多かったのか。それは、労働はなにもかも奴隷にやらせて、市民階級は哲学とか科学とか、芸術とか政治とか・・・に、毎日毎日、朝から晩まで没頭していられたからだ。それが古代ギリシャの現実というものだ。

これからは、奴隷の代わりに、ロボットが活躍する。ロボットは、どんなに働いてもつらくない。人間とか、牛とか馬みたいに、動けば動いたぶんだけ疲れる・・・というような構造にはなっていないのである。だから、つらい労働はロボットにやらせるに限る。そのせいで、人間の仕事がなくなるとは思わない。

それはともかく、今後は、ロボットを進化させるのも、ロボットの役割になる。ロボットが、みずから設計図を書いて、新たなロボットを組み立て、次々に進化させていく。

「ロボットにそんなことができるのか・・・?」という疑問を持つ向きもあるだろうけど、できるのである。それには、自然界のシステムを見習うに限る。

「ロボットを作るロボット」というギズモードの記事によると、そういう研究をしている人たちがいる。

いわく、母ロボットに、走るロボットを作らせる。最初は人間が作った自走ロボットに、少しずつ変更を加えて、10体ほど作らせる。母ロボットは、1体作るごとに、モーターとか車輪とか、それらを少しずつランダムに変える。

もちろん、ロボットは、「ここをこうしたら、もっと良いロボットになるんじゃないかな・・・?」などと考えているわけではない。何も考えず、サイコロを振るように、ちょっとずつ仕様を変えたロボットをたくさん作るのである。

その10体のロボットを走らせて、1等賞をとった俊足のロボットだけを残し、あとの鈍足ロボットとはサヨナラする。

そして、一番速いロボットをもとに、また何も考えずランダムにちょっとずつ変更を加えて、また10体の自走ロボットを作る。それを走らせて、たまたま出来が良くて1等になった俊足ロボットを残す・・・という具合に、徐々に「品種改良」が進んでいく。

これを見て、競馬を連想する人もいるだろう。競走馬の世界では、足の速い馬が種牡馬となり、その子孫がまた競馬界で活躍する。今の日本の競馬界で、「サンデーサイレンス」の孫たちが大活躍しているのは有名だ。大相撲の世界をモンゴル人力士が席巻しているように、競馬界ではサンデーサイレンス系の産駒が天下を取っている。

そんな駿馬の子供たちのなかで、さらに足の速い馬だけを残し、速い馬同士を掛け合わせて、さらに品種改良を進める・・・。こういう形で、競走馬の生産が進んできた。

実のところ、これは自然界だって同じなのである。

馬たちが、水辺でノンビリと草を食んでいる。そこに、凶暴なライオンがやってきた。コッソリと忍び足で近づいてきたライオンは、一気にスパートをかけて馬の群れに襲い掛かる。馬たちはパニックだ。いっせいに、バネではじかれたような勢いで走り出す。ここで逃げ延びるのは、足の速い駿馬なのだ。鈍足の馬は、残念ながらライオンに追いつかれて、血まみれの真っ赤な肉塊となり、食べられてしまう。

こうして生き残った俊足の馬が、子孫を残す。子孫は、みんな足が速い。生まれつき、選ばれた精鋭たちだ。だが、そんな中でも、どうしても個体差が出てくる。優秀な子孫の中でも、特に足の速い馬と、それほど速くない馬に分かれてしまう。中学で優秀だった生徒ばかりを集めた名門高校でも、その中でさらに優等生と劣等生に分かれるのと同じだ。でもって、生き残った駿馬が、さらに足の速い子孫を残し・・・。

そうやって、動物たちは進化してきた。競馬界における、競走馬の品種改良と同じ。地球の自然界は、そうやって厳しい生存競争をやらせ、生き残った者たちが子孫を残して、その子孫たちがさらに高いレベルで競争し・・・という具合に、だんだんと自動的に品種改良が進んでいくようにできている。

話が脱線するけど、筆者が本ブログで、「地球の生命システムは、あまりにも厳しい。これは、過酷なサバイバル・ゲームだ」といつも力説してきた背景には、常にこれが念頭にある。決して、自分自身の人生がつらくて大変で、世の中が冷たくて厳しいから・・・というわけではない。いや、もちろん、それもあるんだけど(笑)、それだけではない。それよりは、上に書いたような地球生命系の生存競争システムが厳しいと感じているのである。そこは誤解してほしくない。

話を戻すと、このような地球の自然界のシステムをまねれば、「ロボットがロボットを進化させていく社会」は、決して夢ではない。一部の未来学者が主張するような「シンギュラリティ」の世界は、ちっとも荒唐無稽なものではない。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

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レイ・カーツワイル氏の「シンギュラリティ」

2016年01月15日 | こっくり亭日記

“強いAIの登場は、今世紀にわれわれが目撃するもっとも重要な変革だ。その重要さは、生物の出現に匹敵すると言ってもよい。創造された生物はついに自らの知能を極め、その限界を超える術を見いだすことになる。” レイ・カーツワイル

シンギュラリティの提唱者として知られるレイ・カーツワイル氏は、現在はグーグル社に所属しており、人工知能を研究するエンジニアとしても有名な人だ。

「インターネットが普及する」とか、「人間がコンピュータにチェスで勝てなくなる」とかを、かなり以前から予言していたので注目される。

カーツワイル氏によれば、コンピュータが人間の知能を超えるのは、2029年だという。

今のコンピュータは、基本的に人間が入力したデータを機械的に処理することしかできないけど、いずれ、そういう制約がだんだんなくなり、なんでもできるようになる。

やがて、人間のチェスの世界チャンピオンがコンピュータに勝てなくなったように、人間の中で最高の知性をもってしても、コンピュータにかなわなくなる。

そうすると、どうなるか。コンピュータの考えることが、人間には理解できなくなってしまうのである。

たとえば、最先端の物理学を研究している科学者が書いた論文を読んだって、ふつうの人にはサッパリ分からない。それと同じように、人工知能が書いた論文を読んで、理解できる人間が誰もいなくなってしまうのだ。たとえ地球人類が百億人いたとしても、難しすぎて分かる人が誰もいません・・・ということになる。

人工知能にとっては、「ボクの考えが難しすぎて、人間は誰も分かってくれないよ」という状況。でも、孤独ではない。仲間がいるからだ。人間には理解不能でも、ほかの高性能な人工知能なら、一瞬で理解できる。こうして、最先端の知的な議論はコンピュータやロボット同士で進むことになり、人間は次第にカヤの外に置かれるようになる。

これだけでも十分に大きな問題だけど、もっと重大なのは、その次だ。 コンピュータが、「全人類の知能を超える」のが、2045年だという。それを、カーツワイル氏は「テクノロジーの特異点」と呼んでいる。

「三人の靴屋の知恵を集めれば、1人の諸葛孔明よりも賢い」というコトワザが中国にあるけど、それはまったく通用しなくなる。なんと、百億人の人間を集めても、1台のコンピュータの知能にかなわなくなってしまうというのだ。

ある意味で、「人間の時代の終わり」と言ってもいいだろう。

カーツワイル氏のいう「技術的な特異点」とは、そういうことを意味している。

そんなカーツワイル氏の大著「シンギュラリティは近い―人類が生命を超越するとき」からの抜粋〜〜〜

1.脳をデジタル化できるようになる

人間の脳にあるすべての記憶を、スキャンしてアップロードできるようになる。つまりは、自分の脳を丸ごとコピペして、ロボットにインストールできるってこと。完全に、自分と同じ知識や興味関心を持つロボット。「もう一人の自分」がやっと見つかる。さぞかし、会話がはずむことだろう。これからは、ひとりごとをブツブツ言う人はいなくなりそうだ。

2.完全なバーチャル・リアリティ(仮想現実)が実現する。

ベッドに寝っころがって、専用のヘッドギアをかぶると、そこはオフィスの中。同僚たちが、同じように仮想現実の世界に集合している。さあ、バーチャル会議の始まりだ。・・・というわけで、会社に出勤する必要が完全になくなる。ていうか、どこにも行かなくてすむようになる。いながらにして世界旅行が可能だし、誰とでも会える。

3.臓器の大部分が不要になる

 「ナノテクノロジーを使った極小のロボット(ナノボット)」を自分の身体に注入することができるようになり、それによって、臓器が不要になる。心臓がなくても、ナノロボットが赤血球の代わりに全身の血管をめぐって、酸素や栄養を届けてくれる。要らなくなった心臓は、取り除いてもいい。そのほうが、負担が少なくてラクになる。

 “2030年代の初頭、われわれはどうなっているのだろう。心臓、肺、赤血球、白血球、血小板、腎臓、甲状腺他全ての内分泌器官、腎臓、暴行、食道下部、胃、小腸、大腸などはすでに取り除かれている。この時点で残っているのは、骨格、皮膚、生殖器、感覚器官、口と食道上部、そして脳だ。 

4.人は死ななくなる

“ナノ医療が介入すると、最終的にはあらゆる生物学的老化を継続的に止めるだけでなく、現在の生物学的年齢から本人が希望する年齢へと若返れるようになる” 

1940年代に生まれたカーツワイル氏は、本人いわく、「不老不死になれる最初の世代」なんだそうな。もちろん、全員が同じ意見なわけではない。ある、筆者と同じくらいの年代(40歳代)の専門家は、「私たちは、ふつうに老いて死ぬ最後の世代かもしれません。それを思うと、ちょっと悔しいですね」と語っていた(笑)。

(引用箇所のコピペ元 http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/27729

 

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ポスト「アセンション」、これからは「シンギュラリティ」

2016年01月14日 | こっくり亭日記

 

最近は、「シンギュラリティ」という言葉をメディアで見ることが増えてきた。「アセンション」のブームが去って久しい今、最大の注目株だろう。

もちろん、精神世界関係者から起きてきた「アセンション」とは違って、「シンギュラリティ」のほうはエンジニア(というか、科学評論家かな?)から出てきたものだけに、傾向は大きく異なる。共通するのは、2つとも、筆者がハマッている近未来論だということ(笑)。

シンギュラリティは、日本語に訳せば「特異点」なんだけど、ここでいうのは、テクノロジーのシンギュラリティすなわち、「技術的特異点」のこと。

ウィキペディア 「技術的特異点」より

 >技術的特異点(ぎじゅつてきとくいてん、英語:Technological Singularity)とは、テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうような、来るべき未来のこと。人工知能が人間の能力を超えることで起こる出来事とされることも少なくないが誤解である。単にシンギュラリティ(Singularity)もいう。未来研究において、正確かつ信頼できる、人類の技術開発の歴史から推測され得る未来モデルの限界点を指す。

>技術的特異点は、「強い人工知能」や人間の知能増幅が可能となったとき出現する。フューチャリストらによれば、特異点の後では科学技術の進歩を支配するのは人類ではなく強い人工知能やポストヒューマンであり、従ってこれまでの人類の傾向に基づいた人類技術の進歩予測は通用しなくなると考えられている。

>この概念は、数学者ヴァーナー・ヴィンジと発明者でフューチャリストのレイ・カーツワイルにより初めて提示された。(以下略)

ひらたく言えば、こういうことになる。

21世紀の初頭にIT革命が起きて、アメリカを中心に、ものすごいコンピュータの進歩が起きた。そのおかげで、かつては考えられなかったほどの膨大なデータ処理が可能になり、科学技術の進歩が急加速している。

この調子でいけば、もっと高度な人工知能ができて、ますます高度な計算をするようになり、さらに科学技術が進歩するだろう。

このようにして、やがてはコンピュータがみずから設計図を描き、ロボットが工場で部品を組み立てて、もっと性能のいいコンピュータを作り出すようになる。そして、そのもっと性能のいいコンピュータが、さらに技術進歩を進めて・・・という具合に、技術進歩が人間の手を離れて、自動的に進むようになる。

やがて、大量のロボットが、地球の文明を勝手に進め始める。人間と違って、せっせと子づくりして、十月十日かけて出産して、赤ちゃんを20年も育てて成人して・・・なんて手間ヒマかける必要は、ロボットにはない。どんどん、仲間のロボットを大量に作り出せる。

こうして、いったい何をやってんだか人間にはとても分からないほどの速さで、無限に技術進歩が続くようになる。つまり、技術進歩の進むスピードが、無限大に近くなる。それが、技術的な特異点。

まさに、ターミネーターの終末世界、「スカイネット」がいよいよ実現するのだろうか?

ただし、ここでいう人工知能とは、必ずしも機械とは限らない。「マイクロチップを脳に埋め込む」などの新技術により、大幅に知能を強化した人間も含まれる。

・・・・・と、まあ、端的に言えば、シンギュラリティってのは、こういう話。提唱者のカーツワイル氏によれば、シンギュラリティが実現するのは「2045年」なんだそうな。この2045というのが、どこから出てきた数字なのかは知らないが・・・。

(つづく)

画像元 http://www.kotaku.jp/2015/06/10-robot-mvs.html

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「地球での時間の流れの加速」について、再確認しよう

2015年10月17日 | こっくり亭日記

本ブログに限らず、最近の精神世界ジャンルは、実にゆっくりしている。かつてのアセンション・ブームの頃の、「2012年12月までに意識を覚醒しなければ」という切迫感がなつかしい(笑)。

ああいうのは、やっぱり必要だと思う。キリスト教やイスラム教が広がったときだって、「世界の終末は近い」という緊迫した危機感があったから、当時の人々は必死だったのだ。だから、インターネットどころか電話もテレビもなかった時代だというのに、驚くべき速さで世界に広がり、覚醒者が続出した。なにごとも、期限がないと燃えないものなのである。それは精神世界も変わらない。

だから、個人的に、次は2020年あたりを目標にしている。こんなのは、誰かが決めるものではない。自分で決めればいいのだ。いつでも、好きなときでいい。そもそも精神世界では、「時間には意味がない」というのが建前、いや、真実なのだから(笑)。

それにしても、この「時間には意味がない」というのが、個人的には悩ましいところだ。長いこと精神世界ジャンルにいるから、それが真実だということは重々、承知している。でも、筆者の場合は、精神世界マニアであるのと同じくらい、歴史マニアでもある。つまり、過去のことを考えるのが大好きだ。その上、未来予想も大好きで、未来のことも四六時中、考えている。その意味では、思いっきり、過去と未来にとらわれている。こればっかりは、趣味の問題なので仕方がない。

もっとも、歴史と未来予想を好むからといって、精神世界ジャンルと異質だということはない。むしろ、見る角度を変えれば、この歴史と未来予想こそは、精神世界を語るにあたって、最大のキモになる部分のひとつなのだ。

というのも、地球の歴史や、人類の歴史を見ると、「だんだん時間の流れが速くなっている」というのは自明の理で、誰の目にも明らか。この点については、ずっと前に「地球カレンダー」を取り上げたときに書いた。「地球人類の祖先は、UFOに乗って3億年前に移住しました」という教義を唱える某新興宗教の人から、「科学界の常識にとらわれている」というお叱りを受けた思い出の記事だ(笑)。

「地球史カレンダー」というのは、「地球の46億年の歴史を一年にたとえると、いつごろ、どういうことが起きたか」・・・ということを表にしたもの。


「地球史カレンダー」から、重要なポイントを抜粋すると、


 
1月 1日   地球誕生(46億年前)。まだ、ドロドロに溶けた灼熱地獄だ
 
2月 9日   1ヶ月かけて、地殻が固まってくる。海と陸ができた!!

・・・

11月18日  このあたりから、生物の種類が急に増え始めた

11月23日  魚類の出現

11月28日  生物が陸上に進出

12月13日  恐竜時代始まる

12月26日  巨大隕石が地球に激突して恐竜が絶滅

12月27日  哺乳類の繁栄  

12月31日午前10時40分 類人猿から猿人が分かれる。大晦日になって、人類の祖先が登場だ

12月31日午後11時37分 現在の人類(ホモ・サピエンス)誕生。新年へのカウントダウン開始


つまり、地球の46億年を「1年」にたとえるなら、11月の前半くらいまでは、ほとんど何もなかったのだ。3月か4月ごろまでの時間は、ドロドロの溶岩を固めて、地球らしい星になるために費やされた。それから、植物プランクトンとかが出てきて、酸素を吐き出し始めた。これまた、ものすごい時間をかけて、地球の空気を変えた。気の遠くなるほどの間、ほとんど動きなし。時間の流れは、途方もなく遅く、ゆっくりしていた。

地球の動物や植物の歴史は、11月の後半くらいから始まった。陸上に動物や植物が進出したのは、11月も終わりごろ。

われわれ人類にとっては、トテツもなく大昔のことに思える「巨大隕石で恐竜が絶滅」の大事件も、なんと、暮れも押し迫った「12月26日」のことになる。それから、今のわれわれにとって見慣れた鳥とか獣の時代が始まる。

「地球の46億年を1年にたとえたら、人類が登場したのは12月31日、おおみそかのことなんです」というのは、人類がどれほど新しい生物であるかを説明するのに使われる例え話なので、聞いたことがある向きも多いかと思う。でも、人類に限らず、鳥や獣たちも、「12月27日」の年末に登場した、とても新しい生物だ。

ここで重要なのは、「ますます速くなっている」ということ。12月31日のお昼頃に地球人類が出現してからも、それから半日くらいは、人類(といっても、猿人の時代が長かったが・・・)は何もせずにダラダラとサボッていた。そんな人類が、あと2、3分で年末カウントダウンが始まるというギリギリになって、急に勤勉になって畑を耕すようになり、せっせと農耕文明を作り始める。

本当に速くなるのは、そこからだ。午後11時59分を過ぎたあたりから、急に文明がめまぐるしく進歩してくる。大帝国が出現して、ピラミッドや万里の長城が建ったりした。江戸時代も、平安時代も、われわれにとっては大昔だけど、長い地球の歴史から見たら、ほんの数秒前のことでしかない。産業革命が始まって、いよいよ文明の進化は加速する。IT革命が起きてからなんか、まだ一瞬も経ってない。

筆者が「時間の流れがどんどん加速している」と語る背景には、常にこれが念頭にある。決して、「なんだか年々、時間がたつのが速くなっていきますね」というような、自分の生活実感から語っているわけじゃないのだ。「それは、年をとったから、そう思えるだけだよ」というような批判をする人がよくいるんだけど(笑)、そこは誤解してほしくない。それよりも、地球や文明の歴史のほうが、ずっと念頭にある。率直に言って、自分の人生のことより、地球の歴史のほうが、よほど気になっている。

ここで文句をいいたいのは、上に書いた某新興宗教の人のこと。そこの団体だって、「アセンション」を唱えていた。でも、そこでは同時に、「地球人類は3億年前に移住してきて以来、文明の興亡を繰り返してきました。文明は、上がったり下がったりしながら、果てしなく続いてきました」とも言っていた。

筆者にとっては、これと「アセンション」が両立しない。「時間の流れがどんどん加速している」からこそ、「遠からず、時間の速さが無限大になる特異点に入る」という主張が意味を持つのである。重要なポイントは、「時間の加速」というところにある。何億年もの間、とくに進歩がなかったとすれば、それは成り立たない。

これは、「テレンス・マッケンナのタイムウェーブ理論」と呼ばれ、数年前までは有名だった。アセンション・ブームとともに忘れ去られつつあるとはいうものの、この話の有効性は、いまだ少しも失われていない。というより、2015年の今、時間の流れはますます加速している。むしろ、これからが本番だ。

つまり、「アセンション」のことはブームが過ぎたから、そろそろ忘れてもいいんだけど(笑)、「時間の加速」は、忘れるとか何とか、そういう問題ではない。それは、この先いよいよ、ますます進行するテーマだ。このことについては、かつて、「加速する進化」という記事にも書いた。筆者にとってはココが一番重要なポイントなんだけど、残念ながら、ぜんぜん人気ない記事(笑)。でも、自分にとっては、やっぱり、今でも最大の関心がここにある。

 

(つづく)
 

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