あまり煙草が好きではない。
一時期は紫煙を燻らせる姿にひかれたこともあったが、
あまりいい思い出がないのと、体質的に合わないので、煙を極力避けている。
たまたま座った席で、後から隣に座った人が吸い始めた煙が流れてくるとがっかりだが。
時々行くバーで、お店の人がカウンターの中で吸うのを見て、少し抵抗はあった。
あまり料理人には煙草を吸って欲しくない。
どこかで誰かが、味覚が鈍くなるから(喫煙は)しない、と言っていたのが
何となく頭に残っているからだろう。
煙草を吸った手で作って欲しくもない。
しっかり洗ったつもりでも意外と残るものだ。
・・・少し潔癖気味だろうか?
だがまあ、料理人の喫煙を否定はしない。
していなかった。
その時までは。
先日、以前から気になっていた飲食店に初めて行った。
早い時間だったのでまだ客もまばら。
入口すぐのカウンター席に座ると、寒い日だったので、すぐにスタッフの女の子が
足元のファンヒーターのスイッチを入れ、こちらへ向けてくれた。
ひとりにも関わらず、大将も優しかった。
頼んだ一品物はひとりで食べるには意外と量が多く、値段の割にはリーズナブル。
惜しむらくは梅酒が冴えなかった。実が2つも入っていたので自家製かも。
飲み頃には早かったのか。
でも全体的には及第点かなと思っていた。
常連とおぼしきお客さんでだんだん席が埋まりだし、店内はにぎやかになってきた。
追加で頼んだ看板メニューは想像以上にボリュームがありニッコリ。
鍋物には似合わないと思いつつ二杯目は洋酒を。
酒の種類が残念だったが食べ物がいくつか気になるものがあり
また来たいなと思いながらグラスを傾ける。
オーダーが落ち着いた大将は常連客と楽しそうに話している。
煙草を吸いながら。
少し離れた小上がり席の客の注文を聞いてきた女の子が大将にオーダーを告げる。
大将は、横の流しで蛇口をひねり、流水で
ざーっ
と煙草の火を消し、
ぽいっ…
と斜め後ろのゴミ箱に投げ捨てた。
少しほろ酔いで上がっていた体温が、さーっと冷めた。
あれで火は消えるのだろうか。
残り少ないおかずを手早く口の中に放り込み、会計を済ませ、
丁重にごちそうさまでしたと告げて退店した。
この店には、もう足を向けることはないかもしれない。
と思った。
数軒先の飲食店の前を通るとき、入口の横で、お店の人とおぼしき男性が
白いコックコートのまま煙草を吸っていた。
外観は雰囲気のあるフレンチのお店なのだが…
この店にも縁がないな。
そう決めて、煙をかいくぐるように足早に通りすぎた。