仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

わたくしといふ現象

9999-12-31 23:59:59 | ※ 表紙写真
  わたくしといふ現象は
  仮定された有機交流電燈の
  一つの青い照明です

  (あらゆる透明な幽霊の複合体)

  風景やみんなといつしょに
  せはしくせはしく明滅しながら 
  いかにもたしかにともりつづける
  因果交流電燈の
  ひとつの青い照明です

  (ひかりはたもち、その電燈は失はれ)

  これらは二十二箇月の
  過去とかんずる方角から
  紙と鉱質インクをつらね

  (すべてわたくしと明滅し
   みんなが同時に感ずるもの)

  ここまでたもちつゞけられた 
  かげとひかりのひとくさりづつ 
  そのとほりの心象スケツチです

  〈宮澤賢治「序」(『春と修羅』)より〉

※ 最近、コメント・トラックバック荒らしが多いので、一度こちらで確認させていただいています。ご了承ください。


【最近発表した書きもの】

「中国における神仏習合:六朝期江南における原型の成立と展開」(2013年度皇學館大学研究開発推進センター神道研究所公開学術シンポジウム「東アジア及び東南アジアにおける神仏習合・神仏関係」)『皇學館大学研究開発推進センター紀要』1号、2015年
・中国六朝の江南地方において、政治・社会・経済的な混乱状態のなか、非業の死者を救済しようとする中国宗教の伝統的課題、死者の現実世界へのコンタクト、不老不死への希求などが交錯し、在来信仰や道教と密接に関わりつつ、神身離脱・護法善神の神仏習合形式が構築されてゆく過程を跡づけた。


「放光菩薩記注釈」小林真由美・北條勝貴・増尾伸一郎編『寺院縁起の古層:注釈と研究』法蔵館、2015年
・成城大学民俗学研究所の共同研究の成果として、醍醐寺本『諸寺縁起集』の注釈を行った。筆者の担当した「放光菩薩紀」は、これまでほとんど研究が進んでいなかったが、遼の『三宝感応要略録』や、敦煌文書にみえる宝誌関係資料の接合であり、背景には宝誌信仰や観音・地蔵を治水神と崇める中国的信仰があることなどを明らかにした。



「日本列島の人びとと自然:伝統的農村風景を疑う」
歴史科学協議会編『歴史の「常識」をよむ』東京大学出版会、2015年
・昔話「桃太郎」の初期形態を手がかりにしながら、現在、緑豊かな山林に囲まれたものと考えられている日本列島の伝統的な農村景観が、実際は低植生の柴草山に覆われていたことを、環境史・環境文化史の成果から論証してゆく。また、そのような記憶が忘却され、なぜ緑豊かな里山という幻想が生み出されるのかを問う。




「〈串刺し〉考:〈残酷さ〉の歴史的構築過程」(第4回環境思想シンポジウム講演)
『人と自然(安藤百福記念自然体験活動指導者養成センター紀要)』4号、2014年
・『日本書紀』以降に度々現れる、動物を串刺しにする描写は、中世以降の仏教による思想的誘導を通じ、アプリオリに残酷なものだと認識されているが、もともとは動物に宿る精霊を他界へ送り返す祭儀の作法であり、動物に対する最も丁重な扱い方だった。人間が「自然」と信じる自らの感性が、実は歴史的・社会的に構築されたものであることを、上記の事例を手がかりに考えた。




「語ることと当事者性:災害における言説の暴力性と宗教者の役割」(龍谷教学会議第49回大会シンポジウム「宗教者の役割:災害の苦悩と宗教」報告)
『龍谷教学会議(龍谷教学会議研究紀要)』49号、2014年
・東日本大震災を受け、災害の現場、災害後の現場で宗教者はいかなる役割を果たすべきか、浄土真宗本願寺派の教学研究の場で問題提起。筆者は「語ることと当事者性―災害における言説の暴力性と宗教者の役割―」と題する報告を行い、被災した人々の心を周囲の言説がいかに傷つけてゆくか、宗教者がそれに対しいかに自覚的になり対抗しうるかを考えた。


「環境/言説の問題系―〈都邑水没〉譚の成立と再話/伝播をめぐって―」
『人民の歴史学』199号、2014年
・後漢から六朝の時代にかけて、中国江南地方で成立・展開した〈都邑水没〉譚が、他の洪水多発地域や少数民族文化圏、そして朝鮮半島や日本列島に伝播してゆく過程を跡づけ、当初重点が置かれていた危険感受性・避難瞬発力の醸成から、物語的面白さや、地域の人々が抱く自然環境への心性を反映するメディアとして拡大/形式化してゆく様子を考察した。



「人外の〈喪〉:動植物の〈送り〉儀礼から列島的生命観を考える」
『キリスト教文化研究所紀要』32号、2014年
・共生的と評価されることの多い日本列島の文化においても、当然のごとく、その衣食住の維持のために多くの動植物が殺戮されてきた。列島では、そうした動植物の喪葬をどのように行い、またそれを支える心性は、古代から現代に至るまでどのように変遷してきたのか。見逃されることの多い歴史事象を渉猟し、ステレオタイプの日本的生命観を再考する。



「浮動する山/〈孔〉をめぐる想像力:鰐淵寺浮浪山説話の形成にみる東アジア的交流」
三浦佑之責任編集『現代思想』12月臨時増刊号/総特集「出雲」、青土社、2013年
・中世の出雲鰐淵寺は、『出雲国風土記』に載る国引き神話を、「インドの霊鷲山から漂い出た山がスサノヲによって島根半島に繋ぎ止められた」との物語へ再構成した。このモチーフは中国杭州の古刹霊隠寺に起源し、梵僧・白猿・洞窟からなる豊かな伝承世界を有していた。この物語は、いつ、どのようにして日本へ将来され、鰐淵寺にまで至ったのか。忘れられた入宋僧覚阿の事跡を通じて考察した。 ※ 訂正表あり



「あるささやかな〈水災〉の痕跡:四ッ谷鮫ヶ橋とせきとめ稲荷をめぐって」
上智大学文学部史学科編『歴史家の窓辺』上智大学出版、2013年
・「帝都三大スラム」のひとつに数えられる四ッ谷鮫ヶ橋は、縄文期の入り江に由来する低湿地が、社会的に自己実現した姿であった。近世末期から近代にかけて、鮫ヶ橋に住む人々が経験した〈水災〉の様子と、湿地の不衛生に由来する病害を防ぐとされたせきとめ稲荷の由来を、可能な限りの史資料を渉猟して描き出した。実証主義に抗う「可能性を叙述する歴史学」の試み。



「〈荒ましき〉川音:平安貴族における危険感受性の一面」
三田村雅子・河添房江編 源氏物語をいま読み解く4『天変地異と源氏物語』翰林書房、2013年
・『源氏物語』宇治十帖は、宇治川の川音に関する記述を多く載せるものの、そのほとんどが不快や恐怖で彩られている。自然科学的には、水の音は人間に快適なものとして感受されるというが、なぜ宇治十帖では、それとは正反対の表現がなされているのだろうか。平安時代における宇治川の洪水をめぐる感性史・心性史を志向するとともに、平安貴族の日記類から洪水に関係する記事を抜き出し、「洪水の契機をどのように認識しているか」という危険感受性の一面を描き出した。



「野生の論理/治病の論理:〈瘧〉治療の一呪符から」
『日本文学』62巻5号、2013年
・下記「歴史叙述としての医書」の姉妹編。二条大路木簡に見出された瘧病除去の一呪符の起源を中国医書に探り、孫思�『千金翼方』に基づくとする定説を否定したうえで、疫鬼に対しその天敵に当たる神霊を呼び出して撃退するという形式の呪言がどのように形成されたのかを、医書・本草書・道教経典を著した六朝初期の道士たちの山林修行にまで遡って論じたもの。併せて、『源氏物語』若紫巻において、瘧に悩む光源氏が北山へ登り、海景を想う意味についても明らかにした。



「担い手論の深化/相対化」(神道宗教学会第65回学術大会シンポジウム「神々の神仏関係史再考」コメント)
『神道宗教』228号、2012年
・パネリストの各報告にコメントを付けつつ、〈神仏習合〉という宗教現象を僧侶の実践の問題として捉えなおすこと、列島固有という狭小な文脈ではなくアジア的観点から照射しなおすことを提案した。




「歴史叙述としての医書:漢籍佚書『産経』をめぐって」
小峯和明編 アジア遊学159『〈予言文学〉の世界』勉誠出版、2012年
・現在、歴史学者の〈科学的〉監視のもとに置かれている歴史は、前近代においては、より豊かで多様な相貌をみせていた。例えば、中国から日本に伝わった医書のなかには、過去を根拠として未来を予想し、現状への対処法を提示する〈歴史叙述〉を持つものもあった。漢籍佚書『産経』を題材に、未来を志向する歴史的言説の可能性を探ってゆく。



「環境と災害の歴史」
北原糸子他編『日本歴史災害事典』吉川弘文館、2012年
・環境史の視座から災害を捉えた概説。他の項目との差別化を図りつつ、開発に伴う二次災害や獣害の問題に特化して述べた。突然の依頼を受け極めて短い期間で執筆したもので、もう少し熟成期間が欲しかったと悔いが残る。




「禁忌を生み出す心性」
上杉和彦編 生活と文化の歴史学1『経世の信仰・呪術』竹林舎、2012年
・人間はなぜ禁忌を生み出すのか。タブーという用語の検討、人類学や精神分析学に跨る研究史の整理から始め、様々な歴史資料の分析から分節と実体化の実践プロセスを浮き彫りにする。





「神禍をめぐる歴史語りの形成過程:納西族〈祭署〉と人類再生型洪水神話」
『アジア民族文化研究』11号、2012年
・中国雲南省納西族の祭祀〈祭署〉と、その起源神話や関連経典の分析から、中国少数民族が広く共有する洪水神話の意味、その歴史的起源について明らかにした。六朝の仏教・道教において流行した洪水による終末説が、説話化、民間伝承化を通じて少数民族の神話にまで至る。納西族固有の問題としては、今後、東巴教と道教との関係においても論及する必要があろう。



「過去の供犠:ホモ・ナランスの防衛機制」
『日本文学』61巻4号、2012年
・書く前から評判の悪かった、昨年11月日文協大会シンポ報告の活字化。東日本大震災後に噴出した転換論的言説情況は、激甚災害後にみられる太古からの繰り返しであり、現状のストレスに対する〈糸巻き遊び〉的な防衛機制に過ぎないとの内容。




「先達の物語を生きる:行の実践における僧伝の意味」
藤巻和宏編『聖地と聖人の東西:起源はいかに語られるか』勉誠出版、2011年
・鹿島徹さんの〈物語り論的歴史理解〉を、東アジア史の枠組みで実証したもの。以前から神仏習合研究のなかで触れていた修行テキストとしての僧伝の使用を、ホワイトの"practical past"の概念と絡めて明らかにした。




「〈負債〉の表現」
渡辺憲司・野田研一・小峯和明・ハルオシラネ編『環境という視座:日本文学とエコクリティシズム』勉誠出版、2011年
・2010年1月に開催された国際シンポの記録。下記「御柱」「草木成仏」の総論。





「草木成仏論と他者表象の力:自然環境と日本古代仏教をめぐる一断面」
長町裕司・永井敦子・高山貞美編『人間の尊厳を問い直す』上智大学出版、2011年
・日本天台の主張になる、草木発心修行成仏説の概要。






「『日本書紀』と祟咎:「仏神の心に祟れり」に至る言説史」
大山誠一編『日本書紀の謎と聖徳太子』平凡社、2011年
・以前、『アリーナ』5号(2008年)に書いたもののリライト版。






「樹霊はどこへゆくのか:御柱になること、神になること」
『アジア民族文化研究』10号、2011年
・下記、『諏訪市博物館研究紀要』5号に掲載のものの増補版。






「鎌足の武をめぐる構築と忘却:〈太公兵法〉の言説史」
篠川賢・増尾伸一郎編『藤氏家伝を読む』吉川弘文館、2010年







「生命と環境を捉える〈まなざし〉:環境史的アプローチと倫理的立場の重要性」
歴史科学協議会編『歴史評論』728号、校倉書房、2010年







「樹霊はどこへゆくのか:御柱になること、神になること」
諏訪市博物館編『諏訪市博物館研究紀要』5号、2010年







「神仏習合と自然環境:心性・言説・実体」
水島司編『アジア遊学』136号/環境と歴史学、勉誠出版、2010年







「鎮魂という人々の営み:死者の主体を語れるか」
中路正恒編『地域学への招待 改訂新版』角川学芸出版、2010年







「神を〈汝〉と呼ぶこと:神霊交渉論のための覚書」
倉田実編『王朝人の婚姻と信仰』森話社、2010年







「〈神身離脱〉の内的世界:救済論としての神仏習合」
上代文学会編『上代文学』104号、2010年

「ヒトを引き寄せる〈穴〉:東アジアにおける聖地の形式とその構築」
古代文学会編『古代文学』49号、2010年
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人文学系情報発信型ポッドキャスト「四谷会談」第20.2回 思想としての生態系と"絶滅"2

2015-10-25 04:41:18 | ※ 四谷会談
10月もいつの間にやら下旬となり、朝夕も肌寒い陽気となってまいりました。「四谷会談」第20.2回をお届けします。
今回は、福山から誕生日を迎えたばかりの上村崇さん、四谷会談をずっとサポートして下さっているライターのヤマザキ・マミコさん(仮名)をゲストにお迎えし、前回より引き続き「絶滅」について議論します。
安保法制の「採択」以来きな臭い世のなか、「絶滅」はよりリアルさを増して我々の眼前に立ち現れています。またそのなかで、戦後の日本が慣れ親しんできた「平和」という言葉も、その意味を変容させつつあるようです。「絶滅」とは何か、「平和」とは何か。長尺でユーモアたっぷりに炸裂する上村トーク、ヤマザキさんの貴重な体験談、翻弄されるレギュラー・メンバー。佐藤壮広さんの沖縄からの報告もあります。
今回も聞きどころ満載?ですので、どうぞ最後までお付きあい下さい。

《第20.2回 収録関係データ》
【収録日】 2015年10月9日(金)
【収録場所】 上智大学7号館9階北條研究室
【収録メンバー】 是澤櫻子(司会:歴史学・アイヌ史・口承文芸論)/上村崇(トーク・ゲスト:哲学・倫理学­)/ヤマザキ・マミコ(トーク・ゲスト:ライター)/工藤健一(トーク:歴史学・日本中世­史)/北條勝­貴(技術・トーク:歴史学・­東アジア環境文化史・心性史)
【主題歌】 「自分の感受性くらい」(作詞:茨木のり子、曲・歌:佐藤壮広)
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人文学系情報発信型ポッドキャスト「四谷会談」第20.1回 思想としての生態系と"絶滅"1

2015-10-03 04:38:07 | ※ 四谷会談
金木犀の薫るなか、大学では新学期も始まりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか­。「四谷会談」第20.1回をお届けします。
今回は、20回記念に相応しい、「絶滅」をテーマに議論します。先頃、会談メンバーとも­繋がりのある青原さとし監督による、相馬移民の歴史を追ったドキュメンタリー映画『土徳流­離』が完成、東京の築地本願寺でも試写会が行われました。会談メンバーも駆け付けて­拝見しましたので、前半はその振り返りから。列島社会における移動の問題、真宗民俗の具体相、信仰の問題、そして災害や環境について。メンバー個々人が、自分の生と重ね合わせながら語ってゆきます。
後半は、雑誌『現代思想』9月号の特集を手がかりに、「絶滅」を思想としてどう扱うかを意見交­換。人間は生命である限り、常に個体としての「死」と、生物種としての「絶滅」と、隣り合­わせに存在しています。しかし日常の思考からは、多くそのことが排除されていたり、意­図的に想起しなくなっていることが多い。それがいかなる問題を孕むのか、また、「絶滅­」を思考することでどのような可能性が開けるのか。冷戦下の体験や心性のありよう、優生思想と人間の「耐用年数」、日常生活のなかの「絶滅」の問題などから考えてゆきます。よろしくお付き合いくだ­さい。

《第20.1回 収録関係データ》
【収録日】 2015年9月25日(金)
【収録場所】 上智大学7号館9階北條研究室
【収録メンバー】 山本洋平(司会・トーク:英米文学・環境文学)/工藤健一(トーク:歴史学・日本中世­史)/岩崎千夏(トーク:日­本文学・中国語)/天野怜(トーク:歴史学・中国近代史­)/堀郁夫(トーク:株式会社勉誠出版編集部)/北條勝­貴(技術・トーク:歴史学・­東アジア環境文化史・心性史)
【主題歌】 「自分の感受性くらい」(作詞:茨木のり子、曲・歌:佐藤壮広)
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富士見丘学園とのコラボ:環境史フィールドワーク2

2015-09-26 04:45:28 | 議論の豹韜
昨日の四谷会談終了後、ある程度の予習をして仮眠をとり、そのまま京王線の代田橋駅へ。8:30頃から、暗渠化した神田川笹塚支流の踏査を行った。まずは、もはや住宅地化してまったく往時を想像できない(確かに周辺よりかなり低い地形ではある。現在の地名「和泉」も、水が出るからなんだな、とあらためて認識)鶴が久保から始めて、暗渠に沿って笹塚まで。家々の間を細い道が抜けてゆく。途中環状七号線を渉るのだが、この道路の地下には巨大な調整池があり、その建設によって、80年代に頻発した周辺の浸水被害が劇的に減少した。環七を乗り越えると、周囲より一際高く盛り土した道路が甲州街道に沿って北東へ伸びてゆくが、これがいわゆる水道道路で、現在富士見丘学園のあるあたりを最高点に、再び牛窪の低地へと下ってゆく。ふんふんと、そのありようを地図をみながら確認した。女子校の付近をうろついていると不審者扱いされるので、今度は甲州街道を越えて南へ降り、幡ヶ谷取水口跡や(明治時代には、周辺農民が旧上水より水を盗むために偽装した弁天池が掘られたという。京王線の線路との間に、やはり抉られたように低い場所があった)、玉川上水の開渠・暗渠、橋跡などを確認した。写真の「南どんどん橋」は、上水が南へ大きく迂回する地点で、豊かな水量がどんどんと音を立てたという由来がある。水路の流れ、周辺の土地利用のあり方など、往時の景観に思いを馳せた。実はこの周辺、かつてモモが学生時代に暮らしていたところで、よく通ったものだが、そのときはこうした歴史性について考えもしなかった。面白い。
10:30からは、ゼミ生と待ち合わせ、もう一度富士見丘高校へ伺って、高大連携の授業。高校生から、笹塚の地名由来、笹塚支流の歴史、暗渠化の諸問題などレクチャーを受け、やはり高校生の案内で、学校周辺のフィールドワークも行った。暗渠はみるからに水はけが悪く、富士見丘の校地も含めて、やはり未だに浸水があるという。橋の欄干その他が道路に埋め込まれる形で残されているなど、かつての川の姿を彷彿とさせる景観もあり、非常に勉強になった。富士見丘の生徒さんが、緊張しながらもみごとな説明でリードをしてくれ、うちのゼミ生たちもずいぶん勉強になったのではないかと思う。いまちょっといっぱいいっぱいなのだが、近いうちに、報告それぞれに講評を付けて、御礼とともにご返事しておきたい。
なお、なかば妄想であるもののあらためて思ったのが、笹塚という地名の持つ物語。笹の生えた塚があったとする地名起源は江戸期からあるのだが、弁天池といい、竹生島との関わりが気になる。不忍池も井の頭池も竹生島をモデルに弁財天が置かれるのだが、付近に天台宗の寺院が影響力を持っていたりしたのだろうか。「笹」と「竹」の繋がりは気になるところだし、池に勧請された弁財天は神仏分離時に「市寸島姫社」と名称変更している。市来嶋姫といえば宗像、そして厳島、松尾で、とくに松尾は月読と結びつき、桂地名、竹林、月見との観念複合をなしている。もちろん、どこにでも適用できるわけではないが、いろいろ想像をかきたてられた。
さて、帰宅すると、某雑誌の特集「記録の戦略」について原稿依頼あり。
「〈記録する〉ことにまつわる〈意識的な欲望/無意識の欲望〉、あるいは〈記録を文学として読む/文学を記録として読む〉といった問題を掘り下げ、〈記録の戦略〉を炙り出してみたい。……伝えたい〈記憶〉と〈記録〉の葛藤を見出すことができそうだ」云々、とのこと。面白そう。先日のケガレに関するシンポの依頼は、「いまなぜ」とモチベーションが高まらなかったが、今回は集合的アムネジアとの関係で考えられそうだ。安倍政権下の学校教育に対する圧力のもと、企業やメディアからもステレオタイプの日本像が生成されて、まさに石見銀山世界遺産化を典型とするような、負の歴史的記憶の封じ込め、クリアランスとでもいうべき集合的アムネジアが作動している。「崔杼弑其君」のエピソードとも関連するな。全力を傾けて、撃たねばならない
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人文学系情報発信型ポッドキャスト「四谷会談」第19.2b回 北茨城五浦海岸合宿編2

2015-09-21 04:35:01 | ※ 四谷会談
北茨城五浦海岸合宿編、Bパートです。話はスタジオ・ジブリ作品、『千と千尋の神隠し』『崖の上のポニョ』へ移ってゆきますが、議論はやはり海岸、海そのものと人間との関わりへ。脱線に脱線を重ね、どこにたどりつきますやら。
しかし、あらためて聞き直すと、合宿らしく、いつも以上にぐだぐだしていますねえ。ごめんなさい…。

《第19.2b回 収録関係データ》
【収録日】 2015年8月28日(金)
【収録場所】 五浦観光ホテル大観荘
【収録メンバー】 山本洋平(司会・トーク:英米文学・環境文学)/工藤健一(トーク:歴史学・日本中世史)/岩崎千夏(トーク:日­本文学・中国語)/天野怜(トーク:歴史学・中国近代史)/堀郁夫(トーク:株式会社勉誠出版編集部)/北條勝­貴(技術・トーク:歴史学・東アジア環境文化史・心性史)
【主題歌】 「自分の感受性くらい」(作詞:茨木のり子、曲・歌:佐藤壮広)
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人文学系情報発信型ポッドキャスト「四谷会談」第19.2a回 北茨城五浦海岸合宿編1

2015-09-21 04:31:52 | ※ 四谷会談
数々の災害の経験、記憶とともに、暑かった夏も過ぎ去り、9月も下旬に入ってきました。ようやく秋の気配も深まってまいりましたが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか。「四谷会談」第19.2回をお届けします。

今回は、会談メンバー恒例の合宿から。場所は、山本洋平氏の勤める明治大学生田キャンパス内の平和教育陸軍登戸研究所資料館から、工藤健一氏や堀郁夫氏の故郷にほど近い北茨城の五浦海岸へ。第2次世界大戦末期に陸軍が開発・使用した、風船爆弾の痕跡を追っての旅となりました。前回も自然環境と戦争との関係が話題にのぼりましたが、今回もそれを引き継ぎながら思考を巡らせてゆきます。
なお、合宿の気楽さから話が長引いてしまっているため、第19.2回はAパート/Bパートに分けてお送りします。まずはAパート、新メンバーの天野怜さんも加えて、見学した資料館の印象、風船爆弾の「意義」、五浦の海岸との関係などについて語り合います。ツッコミを入れつつ聴いていただければ幸いです。

《第19.2a回 収録関係データ》
【収録日】 2015年8月28日(金)
【収録場所】 五浦観光ホテル大観荘
【収録メンバー】 山本洋平(司会・トーク:英米文学・環境文学)/工藤健一(トーク:歴史学・日本中世史)/岩崎千夏(トーク:日­本文学・中国語)/天野怜(トーク:歴史学・中国近代史)/堀郁夫(トーク:株式会社勉誠出版編集部)/北條勝­貴(技術・トーク:歴史学・東アジア環境文化史・心性史)
【主題歌】 「自分の感受性くらい」(作詞:茨木のり子、曲・歌:佐藤壮広)
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富士見丘高校とのコラボ:環境史フィールドワーク1

2015-09-06 04:49:42 | 議論の豹韜
今週1週間は、8月末日〆切の原稿を進める一方(まだ終わっていないよ、情けない)、富士見丘高校との高大連携企画「環境史フィールドワーク」の準備を進めていた。昨年から始めたこのプロジェクトだが、前にも書いたとおり、富士見丘が文科省よりSGH(スーパー・グローバル・ハイスクール)に採用されたため、今年度からはきちんと予算がつく。昨年はぼくが授業を行い、フィールドワーク(というかエクスカーション)も企画して高校生たちを案内したが、今年はこちらの学生と先方の生徒が主体となって、双方向的に学習を進めながら企画、実践を行ってゆく形にした。先方が女子校なので、コミュニケーションのとりやすさ、目標へのしやすさを考慮して、こちらも女子学生・院生を担い手に選び計画を練った。
初回となった昨日土曜日には、環境史とはいかなる学問か、その観点を利用したフィールドワークでどんなことが分かるのかを、まず学生側からプレゼン、紹介する。高校生はこれを参考に自分たちの計画を立てるので、彼女たちの指針となるしっかりした内容でなければならない。しかし、あまりに調べすぎて余白を埋めてしまっても、かえって彼女たちの興味を失わせるかもしれない。適切な刺激を与えてモチベーションを向上させるため、微妙な配慮が必要となる。先方の先生とも相談の結果、災害/開発をテーマに、具体的なフィールドとして上智にも近い神田を選び、学生たちに3つの報告を考えてもらった。8月を通じてアイディアを練ってもらい、月末に一度経過報告をしてもらって、こちらからも幾つかのアドバイスと、全体に一貫性を持たせるための指示を出した。今週初めには、実際にパワーポイントを用いた予行演習をしてもらい、そこでも種々意見交換をして、解散後もメールでやりとりを続け、完成型ができあがったのがなんと当日早朝。それから急いで登校し、プリントを印刷して会場を設営したので、準備の完了が10:00開始の本当にギリギリとなってしまった(ぼくの段取りが悪いからだな!)。
しかし結果としては、学生・院生諸君のがんばりによって、上々のスタートを切ることができた。
トップバッターは、3年生の是澤櫻子さん。環境史のものの見方から始めて、具体的題材としては、神田橋本町のスラム・クリアランス問題を扱った。江戸という近世都市から近代都市東京が起ち上がる際、喪失したものとは何だったのか。整備された景観と衛生性の向上とを引き替えに、我々が失ったものとは何だったのか。専門のマイノリティー史にも絡めながら、高校生の「当たり前」へ丁寧に問いかけた。環境史の概念や視角は本当に複雑で難解なのだが、オリジナルの図表を積極的に用いながら、本当に分かりやすく解説してくれた。説明の的確さ、聞きやすさ、視角・内容の確かさ、そして思わず引き込まれるパフォーマンスには、舌を巻くばかりだ。本当は「環境史の概説」はぼくが担うべきなのだが、全幅の信頼を置いているので、安心して任せることができた。任せて正解、ぼくより確実に巧いのだから。
休憩を挟んで、二番手は院生の西山裕加里さん。最悪の体調のなか、さすが大学院生と思わせるプレゼンをみせてくれた。題材は、神田川の水系の改変について。現在の東京の景観からは想像もつかないが、かつて江戸は縦横に水路の走る水郷都市だった。お濠や河川、水路は、人々の生活用水、そして流通の手段として重要な意味を持っていた。水の排除を通じ、東京は水害の抑止と衛生性を手に入れたが、水辺と密接した豊かな生活文化を手放すことになった。細かな説明が必要なために「だれやすい」内容を、地図や絵画資料などをまじえて分かりやすくまとめてくれた。学部時代からずっと彼女をみてきたが、精神的な弱さを抱えつつも常にものごとに誠実に向き合う美点があり、やはり格段に成長してきている。春学期の最初と比較しても、別人のように違う。感慨深い。
最後は、2年生の松本満里奈さん。未だ下級生だが、志願して服藤早苗さんのゼミにも参加させていただき、めきめきと力を付けている。題材は、神田お玉ヶ池の伝承。伝承に隠された自然環境との関わり、土地の来歴を読み解くことで、それが隠蔽され、忘却されてしまった現代都市の危険性を警告する内容だった。前日まで、服藤さんのゼミ旅行に参加させていただいていたにもかかわらず(実は、ちゃんと修正の時間をとれるか心配していた)、きっちりと報告をまとめてきて感心した。パワーポイントも美しい(いまの学生は、2年生でもこれだけのことができるんだなーと感動)。話し方はまだ舌足らずのところもあるが、かえって生徒たちは身近に感じたかもしれない。論旨も明確でメリハリが利いており、話の内容がしっかり生徒たちに届いているのが分かった。頼もしい。
プレゼン終了後は、学生と高校生とのミーティング。何も会話のない情況が続いたらどうしようかと心配したが、瞬く間に打ち解け、学問的な話から女子校あるある(!)まで、ずいぶん会話がはずんだようだった(教員が主体になっていたら、とてもこううまくはいかなかっただろう)。ここには去年から引き続き、上級生の中村航太郎君にも参加してもらったが、やはり「女子力」に圧倒されていた?
先方の先生にも大変に喜んでいただき、「やはり上智の学生は優秀ですね、こちらも興奮して大いに知的刺激を受けました」と絶賛のお言葉を頂戴した。ぼくは自分に甘く、他人に厳しい人間なので、学生をみていても粗ばかりが目に付き、大して誉めたりはしない。決して叱ったりはしないが、「こうしたらいいね」と不備の指摘を重ねてゆくばかりで、あまりいい指導者ではない(ゆえによく、「笑顔が怖い」「目が笑っていない」といわれる)。しかし、今回は手放しで誉めておくことにしたい。今後は、高校生と相談しながら計画を練り、富士見丘高校の方へも伺って種々アドバイスを行うことになる。こちらも、一歩も二歩も引いておいて、ここ!という点のみしっかりと支える技術、心構えを作っておかねば。
関係の皆さん、お疲れさまでした!
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人文学系情報発信型ポッドキャスト「四谷会談」第19.1回 番外編1 / "三人衆"降臨

2015-09-02 04:29:50 | ※ 四谷会談
いつぞやの猛暑が嘘のように退き、早くも秋の気配が感じられるような陽気となってまいりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。「四谷会談」第9.1回をお届けします。

今回は、いうなれば番外編。上智大学で秋学期より始まる授業「ジャパノロジー・ゼミ」の打ち合わせに際し、ご来校いただいた野田研一さん、飯田高誉さん、奥野克巳さんをお迎えして、8月に想起される戦争のこと、戦争と自然環境との関わりのこと、そこから照射される文学やアートの関わり等々、縦横無尽に語りあいます。
野田さんは、以前にも登場していただいた、アメリカ文学におけるネイチャー・ライティングの専門家。文学を自然環境の視点から批判的に捉えなおす〈エコクリティシズム〉を、日本へ紹介し根づかせたひとでもあります。
飯田さんは、数々のアート・キュレーションを担当されてきた国際的なキュレーター。ガタリらの現代思想をいち早くアートの世界へ採り入れ、近年では戦争絵画の再発掘、アートから原発を打つ試みを続けています。
奥野さんは、動物や植物など、人外の存在を照射する希有な文化人類学者。宗教や医療にも造詣が深く、いまもっとも注目すべきエスノグラフィーを発表しているひとです。
この3人が顔を合わせること自体、ほかではありえないことです。四谷会談のレギュラーも含め、一体どのような議論が飛び出すか、ご期待ください。

なお、今回は収録場所がやや大きめの会議室で、1本のマイクを大人数で囲んだため、ノイズが多く音声を聴き取りにくくなっています。予めご容赦ください。

《第19.1回収録関係データ》
【収録日】 2015年8月10日(月)
【収録場所】 上智大学四谷キャンパス 7号館4階共用室A
【収録メンバー】 山本洋平(司会・トーク:英米文学・環境文学)/野田研一(ゲスト:英米文学・環境文学)/飯田高誉(ゲスト:インディペンデント・キュレーター)/奥野克巳(ゲスト:文化人類学)/工藤健一(トーク:歴史学・日本中世史)/佐藤壮広(主題歌・トーク:宗教人類学・シ­ャーマニズム研究)/堀郁夫(トーク:株式会社勉誠出版編集部)/北條勝­貴(技術・トーク:歴史学・東アジア環境文化史・心性史)
【主題歌】 「自分の感受性くらい」(作詞:茨木のり子、曲・歌:佐藤壮広)
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2015年度「四谷会談」夏合宿:五浦海岸に近代を想う

2015-09-01 04:55:16 | ※ 四谷会談
8月も終わろうとしている28~29日、四谷会談のメンバーで、恒例の夏合宿を行った。目的地は、福島・茨城の境界に近い五浦海岸。この地を選んだもともとの理由は、
・岡倉天心により日本美術院が移され、横山大観や下村観山らが共同生活を始めて、日本近代美術の発祥に大きく関わった場所であること、
・天心が思索を深めた六角堂が東日本大震災の津波により流失し、災害と文化財を考えるうえでの象徴的な建物となったこと、
などであった。しかし第二次大戦末期、アメリカ本土を攻撃するため旧日本軍に使用された風船爆弾の放球台跡が付近に存在したことから、環境と戦争、アートとの関わりを論じた前回会談の余韻を継ぎ、「戦争を考える」ことがにわかに巡見の中心に据えられたのである。
28日、JR登戸駅に集合し最初に訪問したのは、明治大学生田キャンパスに設置された平和教育登戸研究所資料館。かつて風船爆弾を開発した秘密戦研究の担当部署、陸軍登戸研究所の跡地を明治大学が購入、遺構をそのままに使用し資料館とした施設である。会談のメンバー山本洋平さんが、ちょうど生田キャンパスの教員であることもあり、まずはこの施設で同爆弾の基礎知識を勉強させていただくことにした。非常にしっかりとした展示で(パネルの情報量がとにかく多い!)、地域や中高の平和教育にも力を入れており、我々が訪ねたときも数十人の市民グループが訪れ熱心に説明を受けていた。また、入館料も無料、充実したパンフレットも無料配付! 大学関係者として大いに見習いたいところだ。同風船には釜山で開発した生物兵器(牛疫ウィルス)を搭載する計画があったこと、個々の人的被害ではなく山火事などを生じさせ社会的攪乱を狙ったことなど、環境史的見地からも大変に勉強になった。同時に、研究者倫理の問題も重く心にのしかかった。宮崎駿『風立ちぬ』ではないが、真面目で目的意識の強い研究者ほど、国家のため国民のためと、後世「残酷」と批判されるような研究に没頭しやすいのかもしれない(それゆえ常に我々は、「国家」と「国民」を相対化する視座を堅持していなければならないのだ)。
資料館を出たあとは、生田キャンパス内に残る研究所遺構を散策。動物慰霊碑は、人体実験の供養塔なのではないかともいわれているが、なかなかに立派なものだった。動植物も含めての「総力戦」を喧伝する遺構ともいえるが、平和な現在あまり顧みられていないように感じられるのは、一種の皮肉といえるだろう(明治の理工学部は、生物実験の倫理的処理をどのように行っているのだろうか?)。
さて、登戸をあとにして、一行は一路北茨城へ。途中SAでの休憩を挟みつつ、現地でまず訪ねたのは、磯原の北茨城市歴史民俗資料館。風船爆弾に関する多少の紹介もあるが、現時点では、同地出身の詩人 野口雨情記念館(併設)の位置づけが強い。もう少し歴史民俗系の展示を…と思っていたら、詩碑に刻まれた雨情作の新民謡、「磯原小唄」の一節へ目が釘付けになった。
  天妃山から ハ・東をね
  東を見れば テモヤレコラサ
  見えはしないが 見えたなら
  あれはアメリカ チョイト合衆国
東日本の海岸線に立って太平洋をみはるかすとき、遙か水平線の向こう側にはアメリカが存在することが、明確に自覚されているのである。アメリカに憧憬を持つ雨情は、故郷の磯原を世界へ向けてひらこうとしたのかもしれないが、海を介したその想像力は、どこかで、海洋横断兵器である風船爆弾とも繋がっているに違いない。

翌29日は、まず、ホテルに隣接する岡倉天心の邸宅と観瀾亭六角堂へ。未だ台風の影響が残っているものか、波は白く荒立ち轟音が響き渡っていた。しかし、岬の突端でこの情景を眺め、空気の振動に身を浸しての思索は、恐らく驚異的な集中力を生んだことだろう。山林修行の瞑想は、木々や虫、鳥や獣の生む多様な音声のなかで自己を解体する作業となるが、浪響に支配された海岸での思索は、集中を乱す雑音を遮断する状態に近い。あくまで経験的にしか論じられないが、まったくの無音はかえって種々の妄想を生む温床となるものの、一種類の音響に抱かれている環境は、適度な刺激のなかで思考・感性を活発化するように思う。六角堂から水平線を眺めつつ、しばし天心の瞑想を体感できたような気がした(例えば京都の六角堂が仏菩薩の夢告を受ける参籠の場であったことを考えると、やはりこの観瀾亭の建築様式は象徴的なのだ)。
続いて、車で大津・勿来の放球台跡へ移動。大津は台跡の形状をよく留めていたが、付近には案内板らしきものもなく、車道に面していながら、注意して探さなければ見落としてしまう状態だった。例外的に肌寒い陽気となっているが、いまは夏も真っ盛り、山々には緑が溢れているため、地形も枝葉に覆われて少々把握しにくい。戦前・戦中の山丘はかなりの低植生だったはずで(恐らく、多少の松がみられた程度だろう)、放球と地形、自然環境との関係を考えるには、やはり冬に来なければだめだなと痛感した。
勿来は現在、施設の跡地に製材工場・住宅地・学校などが立地しているため、地図をみながらある程度の位置関係を確認するにとどまった(これまでの調査でも遺構を確認していないようなので、本当はもっと時間を取って探したかったのだけれど)。修験と関わりがあるかと思われる名称を持つ小高い山、かつては湧水があり、それゆえに溜池も作られている山間の谷戸的地形に施設が点在しているので、自然環境との関係でいうと大津より面白い場所である。放球台設置前の民俗や伝承にも、興味深いものがあるかもしれない(「水神鎮圧の伝承地に怨敵攻撃の兵器が設置されてしまう」といった、長い時間的スパンにおける土地利用の「類似性」にも想像が飛んだ)。
最後は、環境史的な関心から、現在鵜飼のウの捕獲地として唯一機能している伊師浜海岸 鵜の岬へ。残念ながら、風雨と高波のためこの日の公開は休止となっていたが、岬の側面から、望遠でウミウの姿を捉えることができた(写真)。本岬は渡りの休憩地で、棲息しているわけではないのだろうから、見学用に配置されている個体だろうか。あるいは、付近の自生地から飛来してくるものもあるのか。春・秋の渡りの時期にここで捕獲されたウミウが、宮内庁式部所管の御料鵜飼でも使用されているのだから、いうなれば「王権」とも関わりがある場所である。「王権」が世界の生態系に介入する現場でもある。そこに、最大の回転率を誇る国民宿舎が存在するというのも、文化現象としては「ツッコミどころ」満載といえる。
総じて、北関東から東北に至る海岸線に息づく環境文化の、伝統的生業から戦争協力に及ぶ「豊かな」環境文化を確認できた旅となった。地形にしろ、地名にしろ、寺社やそこに安置・奉祀されている神仏にしろ、歩いて詳しく調査してみなければ実態が分からない。近海を通じて列島全域と繋がりを持つ海岸線の文化、狭い平野に川を通じて迫っている山の文化、それらの多様な交渉・交流と、時代・社会情況によるその操作・攪乱が、これらの地域に多様な顔を生み出している。またゆっくりと訪ねてみたい衝動に駆られた。
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人文学系情報発信型ポッドキャスト「四谷会談」第18回 / "フィールド"とは何か2:〈生〉のフィールド化

2015-08-11 04:22:02 | ※ 四谷会談
生命の危険を感じるような酷暑が続いておりますが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。「四谷会談」第18回をお届け致します。
今回は、第17回に引き続き、フィールドワークがテーマ。『フィールド哲学入門』を手がかりに、フィールドとは何か、フィールドワークが学問実践に占める意味とは何かを考えます。また、前回は少し話が抽象的に過ぎたということもあり、司会の是澤櫻子さんが学生として感じた疑問を、個々のメンバーにぶつけるという形をとりました。レギュラーの参加者は、それぞれ日本文学、英米文学、歴史学が専門ですが、各々の個別の経験(学問的な意味ではもちろん、そしてひとりの人間としても)のなかからフィールドについて熟考し、回答する体裁になっています。
さて、メンバーは司会の鋭い質問に答えられるのか。思わぬ告白も飛び出しますので、どうぞご期待?ください。
《第18回収録関係データ》
【収録日】 2015年7月24日(金)
【収録場所】 上智大学四谷キャンパス北條研究室
【収録メンバー】 是澤櫻子(司会:歴史学・アイヌ史・口承文芸論)/山本洋平(司会・トーク:英米文学・環境文学)/工藤健一(トーク:歴史学・日本中世史)/堀郁夫(トーク:株式会社勉誠出版編集部)/北條勝­貴(技術・トーク:歴史学・東アジア環境文化史・心性史)
【主題歌】 「自分の感受性くらい」(作詞:茨木のり子、曲・歌:佐藤壮広)
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