昨日21日(月)は、儀礼研究会の第3回例会。大妻女子大学にて、倉住薫さんによる「『万葉集』巻十六・三八七〇番歌の解釈:枕詞の生成から」と題するご報告があった。問題の歌は、「紫の 粉潟の海に 潜く鳥 玉潜き出ば 我が玉にせむ」というもの。作者は不詳で、枕詞「紫の」にしても、「紫色の濃い意味から派生した枕詞」「紫の染料を粉にする意味から派生した枕詞」といった解釈が並立しており、全体の位置付けも、「在地の民謡」やら「軽い旅中の作」といった諸説があって定まらない情況であるらしい。倉住さんは上代歌謡から類例を博捜し、土地にかかる枕詞をその特産や特徴を挙げて讃える表現と定義、さらに「紫」を「紫菜」すなわち海苔の一種と特定した。また、玉は女性のメタファーであって、下向した都人に土地の女性を添わせる習俗、それらを背景にした宴で歌われたものではないかと結論している。非常に蓋然性のある考察で、背景のまったく分からなかった歌の輪郭が明瞭になった。
海苔が名産の海とすると、「潟」であることからしても、浅瀬で澄んだ水の広がる景観が想像される。水に潜って魚を捕る鳥が、時折海苔などを身に絡ませて浮き上がってくるのだろうか(「潜く」と「被く」は同じ語源)、それが海中の白玉であったなら…といった、卜占的な意味合いも見え隠れする。允恭紀に載る淡路島の真珠の物語、志度寺縁起に展開する海女の伝承などと、どこかで繋がる言説なのだろう。勉強になった。
なお倉住さんは、笠間書院から上のご著書を上梓したばかり。要注目である。
さて、左は最近いただいたものから。『藤原鎌足、時空をかける』は、金沢大学へ就職した黒田智さんから。黒田さんの出世作ともいうべき鎌足論を、人物表象の展開として、古代から現在まで描ききった力編である。昨年末に刊行された拙稿「鎌足の武をめぐる構築と忘却」とも密接に関わる。田中貴子さんの安倍晴明論といい、新川登亀男さんの聖徳太子論といい、そして斎藤英喜さんのアマテラス論といい、最近このような形の人物史?が増えてきた。実証主義vs表象主義、と殊更に二項対立を作り出す気はないが、人物叢書の向こうを張って発展してほしいジャンルである。
『風土記の文字世界』は瀬間正之さんから。少なからぬ人数の歴史学者が、『古事記』や『日本書紀』、『風土記』などを「史料」と把握することで、それが文字と固有の表現、コードによって組み上げられているテクストであることを忘却してしまっている。「史料」の意味するところとは何か、あらためて考えさせてくれる論文集である。近年朝鮮半島で相次いで確認された出土文字資料の分析も含め、東アジアの古代的書記の世界がいかなるものであったのかを具体的に考察できる。いま、上半期刊行予定の「史官」に関する単行本を準備しているところだが、加藤謙吉さんらのフミヒト系氏族研究とも併せて読んでゆくと、非文字世界から文字世界が立ち上がってくる文化的情況を明瞭に想像できる迫力がある。精読すべし。
海苔が名産の海とすると、「潟」であることからしても、浅瀬で澄んだ水の広がる景観が想像される。水に潜って魚を捕る鳥が、時折海苔などを身に絡ませて浮き上がってくるのだろうか(「潜く」と「被く」は同じ語源)、それが海中の白玉であったなら…といった、卜占的な意味合いも見え隠れする。允恭紀に載る淡路島の真珠の物語、志度寺縁起に展開する海女の伝承などと、どこかで繋がる言説なのだろう。勉強になった。
なお倉住さんは、笠間書院から上のご著書を上梓したばかり。要注目である。
さて、左は最近いただいたものから。『藤原鎌足、時空をかける』は、金沢大学へ就職した黒田智さんから。黒田さんの出世作ともいうべき鎌足論を、人物表象の展開として、古代から現在まで描ききった力編である。昨年末に刊行された拙稿「鎌足の武をめぐる構築と忘却」とも密接に関わる。田中貴子さんの安倍晴明論といい、新川登亀男さんの聖徳太子論といい、そして斎藤英喜さんのアマテラス論といい、最近このような形の人物史?が増えてきた。実証主義vs表象主義、と殊更に二項対立を作り出す気はないが、人物叢書の向こうを張って発展してほしいジャンルである。
『風土記の文字世界』は瀬間正之さんから。少なからぬ人数の歴史学者が、『古事記』や『日本書紀』、『風土記』などを「史料」と把握することで、それが文字と固有の表現、コードによって組み上げられているテクストであることを忘却してしまっている。「史料」の意味するところとは何か、あらためて考えさせてくれる論文集である。近年朝鮮半島で相次いで確認された出土文字資料の分析も含め、東アジアの古代的書記の世界がいかなるものであったのかを具体的に考察できる。いま、上半期刊行予定の「史官」に関する単行本を準備しているところだが、加藤謙吉さんらのフミヒト系氏族研究とも併せて読んでゆくと、非文字世界から文字世界が立ち上がってくる文化的情況を明瞭に想像できる迫力がある。精読すべし。