アジアの端から端まで─



 先月、トルコに行っていたことは
すでに書いた通りで、ブログ3に載せるための
写真選定と編集を今しがたまでせっせと無言で、
集中してやっておりました。

 それにしても編集作業というのは、
楽しいんだけれども、楽しいのだけれども
時に座禅組んで瞑想しているような時間が
訪れます。
 それは没頭?固執?いや、「無」ですな。
 なんというかこう無の境地に至れるような、
そんな作業ですね。

 その甲斐あって写真は大体まとまりましたが、
今週は出張が入っているから、ブログにアップできるのは
先の話となりそうです…もしくは、明日頑張れたら頑張ります。


   


 トルコへ出発したのは、先週の今頃でした。
 まだ正確には一か月経ってないのですが、
早いものでもうそんなに経ったのかと、当事者は
感慨に浸るわけです。

 毎回、海外から帰ってからの時が経つ速さには
驚かされるのですが…


 …「ふつう、海外にいるときのほうが早く感じるのでは?」
と聞かれたことがあります。なるほど、ツアーやリゾートに
行かれた方からすれば、何を奇妙なことをいわんや、と
いうことになるのでしょう。
 しかし、自分の場合はバックパッカーもどきのスタイルで
旅をしている所存。宿は当日の夜に探したり、
知らない街で大々的に迷子になったり、
過去には野良犬に追いかけられたりバイタクの運ちゃんと喧嘩したり
毎日が試練、苦行なわけです。
 でもそれが楽しいのだ、と言ったら
「Mの旅人」と呼ばれてしまいました。
間違ってはいないけどなんかヤだな、それ。
 そんな旅のスタイルをとっているから、一日が長く、
ものすごく長く感じられるわけです…


 …驚かされるのですが、今回は風邪ひいたり
旅よりも苦行な仕事の山を片づけたりしていたら、
なかなか一週間が過ぎていかず、戸惑いました。
 と、帰国後風邪発症後のブログにも書いていたところです。

 なかなか過ぎゆかぬ一週間を数週乗り越えて、
気が付けば一か月が経とうとしています。
 不思議なもので、一週間は長いと言っておきながら、
一か月はとても早く過ぎさったように感じられます。
 振り返ればこの一か月間、何をやっていたのだろうと
思うにつけ、その内容のなさに愕然とします。

 そう、結局、毎回海外帰りに抱く感想を、
今回も例にもれず抱くのでありました。
 そして、このまま埋もれてはいけない、
旅の時間と同じように毎日を濃密に生きてゆかねば、
という決意を毎回毎回表明する次第です。


   


 さて、冒頭の写真は、ボスポラス海峡です。
 写真はヨーロッパ側から撮影したもので、
海峡の向こう側はアジアです。

 普段(そして今現在)はアジアの東の端にいて、
太平洋を見ているわけですが、
それが先月はアジアの西の端にいて、
エーゲ海を見ていたわけです。
(チャナッカレという港町にいました。
 犬と寝る羽目になったのはこの港町の公園。

 そう考えるとまた、感慨深いものを抱きます。
 アジアの端から端まで行ってきたのだ。
 アジアを制した気分になれると同時に、
アジアの出来事はもはや他人事のように
思われなくなります。
 これまでの旅は、行った国一か国のみについての
ニュースや本などを気にするようになっていましたが、
今回はアジア丸ごと気になります。旅の良い効能です。

 平日は毎日、太平洋を横目に見るのですが、
見るたびにトルコの海を思い出すのです。
 それが今でも続きます。思い出す自分を
ふと客観的に可笑しく感じるときもあります。
 もはや青い水平線が続く太平洋は、
ただの海なんかじゃなくて、ここから世界が続いていく、
そして反対側の陸地は、(途中日本海を挟むけれども)
先月踏みしめた西の果てへと続いていくのだ。
 世界、というものを把握できたようで、
(いや到底把握できっこないのですが)なんだかおもしろいのです。

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