消費者金融各社が借り手に生命保険を掛け、死亡保険金で弁済を受けていたことがしばらく前に発覚して一斉に世間の非難を浴びていました。
「命まで担保にとるのか」と。
確か今後は保険は掛けないことにした会社もあったようです。
もちろん、生命保険を掛けた上で「命で返済しろ!」と強要するのは言語道断であり、非難されて当然です。自殺や事故死を強要するような取立てをするような金融会社は重い処罰を受けて当然です。
ですが、ちょっと見方を変えてみると・・・
ある人が消費者金融からお金を借りていました。Aさんとします。そのAさんが突然の病で死亡してしまったとします。その時点で1,000万円の債務が残ったとします。その債務はどうなるのでしょうか?
死んだらチャラですか?
そんなことはありません。死んでも債務は残ります。では誰が返すのか。
相続人です。
相続人は、プラスの財産はもちろんマイナスの財産(借金や保証債務など)も相続します。例えばAさんには妻と子供2人がいて、財産は自宅の土地建物と現預金でちょうど1,000万円だったとします。その場合、自宅も含めた全ての財産を借金の返済に充ててようやく返済できます。借金は返しましたが、無一文になってしまいました。
ではAさんに財産がなかった場合残された家族はどうすればいいのでしょうか。
親戚や知り合いから1,000万円かき集めて支払う方法もあります。ですがこれでは債権者が変わっただけで、支払義務は変わりません。
このような場合に、「相続放棄」という手があります。家庭裁判所で相続放棄の申述をします。相続放棄をすれば、債務からは解放されます。ですが、プラスの財産も相続することはできません。借金しか無いようなケースでは、有効な手段です。
では相続放棄の問題点はないのでしょうか?
ひとつは先に書いたように、プラスの財産も放棄しなければなりません。また、もし故人の現預金などに手をつけた場合、相続放棄が認められなくなります。
もうひとつは、これが大きな問題なのですが、相続放棄をすることによって相続順位が変わってしまうのです。相続人が例えば妻と子供の場合、妻と子供全員(養子・婚外子なども含みます)が相続放棄した場合、相続人は亡くなった人の両親やその両親になります。存命であれば両親も、債務を含めて相続するかあるいは放棄するかの選択を迫られます。
では、両親もその両親もすでに死亡していた場合。
亡くなった人の兄弟が相続人となります。兄弟の中に死亡した人がいる場合、子供がいればその人も相続人になります。これら兄弟やその代襲相続人も、債務を含めて相続するかあるいは放棄するかの選択を迫られます。
普通、亡くなった人の兄弟姉妹やその子供達は「そんなこといわれても私達は何の関係も無いんだけど・・・」ということになります。
結局、債務に対する相続放棄というのは「債務のたらい回し」に過ぎず、最終的に第3順位の相続人(とその代襲相続人)の全員が相続放棄をするまでなくなりません。
この債務の連鎖を断ち切るにはどうすればいいか。
債務者が死亡した時点で債務が無くなればいいんです。
例えば自分で加入した生命保険。これで返済できればそこで終わります。でもせっかく家族のために残した保険金が全て債務の返済に充てられてしまうのでは、遺族もやりきれないと思います。
もしそんな時、債権者から「債務は全て完済されますので今後の返済は必要ありません。」となれば、債務を相続する必要はありません。相続による債務の連鎖は起こりません。
以前こんなことがありました。
借金と、そして税金の滞納を残してある人が亡くなりました。遺された奥さんは相続放棄をすることとし、念のため、相続人を確定するために戸籍の調査を行いました。するとその奥さんの知らないところで2度の婚姻歴があり、1人づつの子供がいることがわかりました。この子供達も相続人となります。奥さんと子供が「相続放棄」をして後は知らん顔をしていてもよいのですが、そうなると前妻との子供のところに突然金融会社が訪れてきて、債務の返済を迫らないとも限りません。相続放棄はあくまでも相続人個人の意思で行うものですから、前妻との子供達にも知らせておかないと、後からとんだトラブルにもなりかねません。
私のほうから前妻2名に対し、こっそりと事情を伝えました。場合によっては「お父さんはあなたの小さい頃に亡くなった。」などと言っていることも考えられますので。
まあなんだかんだありましたが、前妻との子供達も相続放棄をしました。そうすると今度は、兄弟姉妹が相続人となります。
ここまでくるとさすがに私は奥さんに対し、「兄弟姉妹やその子供達にまで相続関係図と財産目録を送って、相続放棄をするかしないかの通知を送ることまであなたの義務ではないですよ。もし兄弟姉妹のところに債権者が来たとして、それから相続放棄の手続をしても間に合う訳だし、大体全員の戸籍と住所地を調べるだけでもお金がかかるけど、そこまであなたが負担することもないでしょう。前妻との間の子供達に連絡をしたことだけでも感謝されてしかるべきです。」と話して、それ以上のことは行わないことにしました。
「命を担保に」というけれど、 見方を変えれば相続による債務の連鎖を断ち切るひとつの方法でもあると思います。
相続の実際の現場をいろいろと見てきたものとしての、ひとつの意見です。
===============
小杉行政書士事務所
行政書士 小 杉 幹
埼玉県狭山市青柳1549-8
※コメント、トラックバックはご自由にどうぞ