終末期の人工栄養補給、中止可能に…学会指針案

2011-12-05 | Life 死と隣合わせ

終末期の人工栄養補給、中止可能に…学会指針案
2011年12月5日(月)01:29
 高齢者の終末期における胃ろうなどの人工的水分・栄養補給は、延命が期待できても、本人の生き方や価値観に沿わない場合は控えたり、中止したりできるとする医療・介護従事者向けの指針案が4日、東京大学(東京・文京区)で開かれた日本老年医学会のシンポジウムで発表された。
 近年、口で食べられない高齢者に胃に管で栄養を送る胃ろうが普及し、認知症末期の寝たきり患者でも何年も生きられる例が増えた反面、そのような延命が必ずしも本人のためになっていないとの声が介護現場を中心に増えている。
 そこで、同学会内の作業部会(代表・甲斐一郎東大教授)が試案を作成した。広く意見を募って修正し、来年夏までには同学会の指針としてまとめるという。(読売新聞)
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「胃ろう」延命治療 始められてもやめられないアンバランス … 2006年3月、富山・射水市民病院で呼吸器を外し延命治療を中止 
「胃ろう」延命治療 始められてもやめられないアンバランス
NEWポストセブン2011.12.18 16:00
 2006年3月、富山・射水市民病院で末期がん患者など7人の呼吸器を外し延命治療を中止していたことが報道された。2008年7月、元外科部長ら2人が殺人容疑で書類送検されたが、2009年12月、富山地裁は一連の医療行為をみて呼吸器を外した行為が死期を早めたとはいえないと判断、不起訴処分(嫌疑不十分)とした。この「延命治療」のひとつである「胃ろう」の是非について女医の宋美玄さんと医療ジャーナリストの熊田梨恵さんが語り合った。
 * * *
熊田:タブーになると、正面から議論できないから悩む人も出てくると思います。胃ろうなら、「本当によかったのかな」と思いながら誰にもいえなくて悶々としていたり、介護に疲れ果ててしまって介護殺人が起こったり…。生きることや死ぬことへの無関心が、こういう問題を引き起こしていると感じます。だから安易な胃ろうも増えているのではないかと。
宋:普段考えてないと、いざそういう事態になったときに慌てるというのはありますわ。でも、ほとんどのかたが大体そうやと思うんです。健康なときに病気になったときのこととか、死ぬときのことなんてあまり考えない。
 でも知識として知っておかないと、いざ追い込まれたときの対応に違いが出てくると思います。胃ろうも「いまの状態が本人にも家族にも幸せだとは思えないから注入をやめたい」と思っても、やめたら医師が罪に問われる可能性があるので、そうはいかない。追い込まれて初めて、そういう現実を知るかたが多いと思います。
熊田:治療は、始めることはできますけど、やめることができないんですよね。そこが日本は凄くアンバランスだと思います。胃ろうを始めることはスムーズにできても、やめようと思ったら殺人罪に問われるかもしれないなんて。
 始めた治療をやめられない結果、人として尊厳のある状態とは残念ながらいえない形で生きているかたもおられます。認知症末期で本人は意識もなく寝たきりなのに、胃ろうで生かされていたりとか…。いまの日本は尊厳ある状態での「生」をまっとうできなくて、その結果尊厳死ができない状態がある気がします。
※女性セブン2012年1月1日号
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高齢者への胃瘻/日本老年医学会「適切な意思決定過程を経れば法的にも責任は問われない」との考え方 
 高齢者への胃ろう 問題点は.
 高齢者への胃ろうの使い方が論議を呼んでいますね。何が問題なんですか。
「苦痛では」疑問の声も
 胃ろうは、口から食べられなくなった患者に対し、おなかに開けた穴から胃に管をつなぎ、人工的に栄養や水分を流し込む方法。内視鏡を用いた手術で短時間で作れる。米国で1979年に開発され、日本では90年代から普及、着ける人が増えている。
 人工栄養補給には他に、鼻から通した管で胃に栄養剤を送る方法や点滴もあるが、鼻から管を入れるより患者の苦痛が少ない上、点滴に比べ、腸を活動させるので免疫機能の維持につながるといった利点があると言われる。
 一定期間の栄養補給に用い、回復したら再び口から食べるのが理想的な使い方だ。ところが、手術や管理が簡単なこともあり、日本では回復が見込めない高齢者にも用いられるようになった。急増した背景には、〈1〉肺炎などの治療後、食べられないままより、栄養が取れる方が退院させやすい〈2〉口から食べさせるより介護の手間がかからない――など、医療・介護施設などの事情も指摘される。
 口から食事を再開できなくても、一定期間、本人の意識が保たれ、ある程度満足できる生活が送れるなら、有意義とされる。だが、衰弱し意識のない高齢者が延命される例も目立ち始めた。このため、介護現場などから、「本人は苦痛なのでは」といった疑問の声が上がるようになった。
 終末期医療に関しては、厚生労働省が、医師の独断でなく、医療・ケアチームが患者や家族と話し合って判断すべき、との指針を作っている。だが、「延命手段を中止したら、罪に問われないか」などと心配する関係者も多い。
 これを踏まえ、日本老年医学会の作業部会は昨年末、新たな指針案を発表した。関係者が十分話し合った結果なら、胃ろうなどを着けるのを控えたり、中止したりできるとし、「適切な意思決定過程を経れば、法的にも責任は問われない」との考え方を示した。
 より長く生きるのか、生活の質を重視するのか。早い時期から、身近な人と話し合っておきたい。(高橋圭史)
(2012年1月24日 読売新聞)
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