「右傾化」で外交をくくるなかれ 櫻田淳

2013-07-02 | 政治

【正論】東洋学園大学教授・櫻田淳 「右傾化」で外交をくくるなかれ
産経新聞2013.7.2 03:29
 安倍晋三首相がフェイスブック上で外務審議官を務めた田中均氏に批判を加えた一件は、フェイスブックを含むさまざまな手段によって容易になった政治家の「発信」の意味について考える機会を提供したようである。
 ≪国益の要請と国際環境で判断≫
 安倍首相の批判を招いた田中氏のインタビュー記事は、毎日新聞上に掲載された「歴史認識と保守主義」という連載特集記事の1回目として登場したものである。筆者は、このインタビュー記事を読む限りは、田中氏が安倍首相に示した「懸念」には総じて同意する。筆者は、安倍首相の対外政策運営に「懸念」があるとすれば、田中氏が示したようなものしかあるまいと納得する。
 故に、安倍首相の田中氏批判には、首相の「過剰反応」という趣が濃い。しかも、安倍首相の批判が、外務官僚時代の田中氏の政策判断の是非に踏み込んでいるのをみるとき、その批判には、「江戸の仇(かたき)を長崎で討つ」類いの印象が拭い難い。小泉進次郎氏が「政治家はいちいち、批判に反応していられない」と指摘したのは、首肯できる反応である。
 ただし、この応酬で留意すべきは、安倍首相の政治姿勢に「保守化」や「右傾化」という類いの安直なラベルを貼って何か説明したかのように勘違いする空気が、いかに根強いかということである。田中氏のインタビュー記事それ自体が、安倍内閣下の「右傾化」傾向を批判する文脈で設定されたものであり、田中氏もまた、その「右傾化」批判の設定それ自体には何の疑問も差し挟むことなく持説を披露しているのである。
 そもそも、対外政策を語る際、「右」とか「左」とか、「保守」とか「革新」とかという語法を用いるくらい、相応(ふさわ)しくないものはない。問われるのは、日本の「国益」の要請と現実の国際環境の制約とに照らし合わせて、どの国々の関係に優先順位を置くかという政策判断の是非でしかない。
 ≪中国の対外姿勢にこそ問題≫
 振り返れば、安倍首相は、第1次内閣期には中韓両国を真っ先に訪問し、小泉純一郎内閣期に膠着(こうちゃく)した中韓両国との関係改善に努めたけれども、第2次内閣発足以降には、中韓両国との関係を脇に追いやる体裁で、米豪印3カ国や欧州諸国、そして東南アジア諸国との緊密な関係の構築に精励している。これは、首相の政策関心が変わったという事情でなく、中韓両国との関係に絡む過去数年の「空気」の変化と日本の「国益」の要請を反映したものでしかない。そこには相応の「合理性」がある。
 特に対中関係に関していえば、田中氏は、件の記事の中では、「政治家は勇気を持って日中関係はいかに大事かを語らないといけない」と述べているし、別の時事通信記事(6月28日配信)でも、「中国を孤立させるのは得策ではない」という認識を示している。安倍首相が披露する「対中牽制(けんせい)」色の濃い政策志向に対して、田中氏が批判的な眼差(まなざ)しを向けているのは明らかであろう。
 そうであるならば、田中氏が期待するような「中国を疎外しない」政策方針が目下、どれだけの説得力を持つかを検証することにこそ、対外政策に絡む議論としては、建設的な意義があろう。日本だけではなく他の周辺諸国との「軋轢(あつれき)」を前にして、中国が「孤立」や「疎外」に陥っているとすれば、それは、安倍首相の政策対応の所産というよりは、中国政府の対外姿勢それ自体が招き寄せた結果であろう。
 ≪機が熟すのを待つ賢明さも≫
 実際、例えば、NHKは、6月下旬に開催された米印外相会談に際して、「海洋進出を強める中国を念頭に、日本を加えた3カ国による安全保障協議の継続や、東南アジア諸国連合(ASEAN)の枠組みを通じた連携を強化していくことで一致」した、と伝えた。また、先刻、開催されたASEAN外相会議でも、南シナ海を舞台にした中国の海洋進出をにらみ、「行動規範」策定で一致した対応を取れるかが焦点になったとも報じている。
 目下、安倍首相が展開する「対中牽制」対外政策方針は別段、日本だけが突出しているわけではなく、同様の対中「懸念」を抱く他の国々と歩調を合わせたものでもある。こうした過去半月ほどの各国の動きを踏まえるだけでも、そのような評価を下すことは、決して強引とはいえないであろう。
 筆者は、安倍首相には、「対中関係の打開は、『後継内閣』に任せる」というぐらいの心持ちの下で、現在の対外政策路線の貫徹に臨むのが賢明であろうと思う。
 民主主義体制は、政治家に対して早々の成果を要求する意味において「待てない」政治制度である。しかし、対外政策は本質的に「機が熟するのを待つ」ことを求められる政策領域である。対中関係の膠着局面の打開は、先々には模索すべきものであるとはいえ、それを急いで進めることが自己目的化していいはずはない。問われるのは「機が熟するのを待つ」判断の鋭さや確かさであろう。(さくらだ じゅん)
 *上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します
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保守主義と歴史認識:/1 右傾化、日本攻撃の口実に 田中均氏に聞く
毎日新聞 2013年06月12日 東京朝刊
 ◇田中均(ひとし)氏
−−諸外国で日本の右傾化に懸念が強まっていると聞きます。
 外国での国際会議などで、日本が極端な右傾化をしているという声が聞こえる。一方、安倍政権ができ、アベノミクス効果などで日本も政治の停滞を抜け出すのではないかという期待の声もある。しかし、安倍晋三首相の侵略の定義や河野談話、村山談話をそのまま承継するわけではないという発言や、麻生太郎副総理らの靖国参拝、日本維新の会の橋下徹共同代表の従軍慰安婦についての発言などで、いわゆる右傾化が進んでいると思われ出している。
−−日本の右傾化を諸外国が利用している面もあるのでは。
 中国との尖閣問題、韓国との竹島問題などで、日中、日韓関係が厳しい状況にある中、中韓に日本を攻撃する口実を与えてしまっているという面はあるのだろう。この機会に日本をたたけと。
−−米国はどうですか?
 米国は中東からアジアへの関心の「リバランス(再均衡)」政策を図っている。中国を大事にする、しないではなく、東アジアを安定的な地域にしないと、米国の経済的、政治的利益が担保できないから、中国と向き合うことが必要だと。しかし、日本が中韓との関係で孤立しているように映っている。それは米国の国益にもそぐわないという認識が強い。中国と建設的に向き合うためにも日本の協力が必要だが、日中が角を突き合わせている状況は具合が悪いとの認識がある。
−−安倍首相は批判が出るとブレーキはかけますね。
 侵略の定義とか、村山談話、河野談話、憲法96条の改正などで現実的な道をとろうとしていると思う。しかし、あまりそれを繰り返すと、根っこはそういう思いを持っている人だということが定着してしまう。参院選までは抑えるけど、それ以降はまた出てくるのではないかとの印象を生んでいる。それが日本の国益のためにいいかと。
−−飯島勲内閣官房参与が訪朝しました。米韓への事前の説明が不十分だったと指摘されています。
 私が北朝鮮と交渉した時もそうだが、日本の課題があるから、すべてを他の国に相談してやっていくということではない。拉致問題は極めて重要で、日本が自ら交渉し解決していかなければならない。だが、核、ミサイルの問題は日本だけでは解決できず、関係国との関係を損なわないようにうまくやっていかなければならない。小泉純一郎元首相が常に言っていたように、拉致と核、ミサイルを包括的に解決するのが日本の政策なのだと思う。飯島さんの訪朝がスタンドプレーだとは言わないが、そう見られてはいけない。
−−最近の日本外交は二言目には、中国をけん制するというのが出てきます。
 ロシアやインド、東南アジアとのパートナーシップを強化すること自体は正しい。だが、それを価値観外交と言えば、中国を疎外する概念になる。価値観外交と掛け声をかけることが正しいとは思わない。中国が将来覇権をとるようなことがないように共にけん制しようというのは、静かにやること。声を大にして「けん制しますよ」というのは外交じゃない。政治家は勇気を持って日中関係はいかに大事かを語らないといけない。
−−課題山積です。
 日本が自己中心的な、偏狭なナショナリズムによって動く国だというレッテルを貼られかねない状況が出てきている。日本の再生は可能だと思うし、政治の力でそれを実現してほしい。日本に国際社会からこれだけ注目が集まることは、1年前は良くも悪くもなかった。それを無にしないことが大切でしょう。【聞き手・高塚保】
     ◇
 安倍政権発足後、日本の保守化、右傾化に国内外で警戒感が強まっている。安倍政権はどこに向かおうとしているのか、そして、それは国益に合致しているのか。政治家、有識者に聞いた。=つづく
*人物略歴
 1969年、外務省入省。アジア大洋州局長、外務審議官を歴任。2002年の小泉訪朝に尽力した。現在は日本総合研究所国際戦略研究所理事長。
 *上記事の著作権は[毎日新聞]に帰属します
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田中均・元外務審議官の対北朝鮮外交「だから田中均氏は信じられない」 阿比留瑠比 2013-06-27 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉 
 【阿比留瑠比の極言御免】だから田中均氏は信じられない
 2013.6.27 09:02
 前回、安倍晋三首相による「フェイスブック」での田中均・元外務審議官の対北朝鮮外交への批判とその波紋を取り上げた。その後、田中氏が24日の講演でこれに反論したことについて、拉致被害者の有本恵子さんの父、明弘さんからこんな電話をもらった。
 「メディアが田中氏に語らせるのが悔しい。外交官が自分でちょんぼしておいて反省せず、首相に文句を言う。田中氏は被害者家族と顔を合わせもしない」
 また、民主党の細野豪志幹事長や自民党の小泉進次郎青年局長が首相に自制を求めたことをこう嘆いた。
 「細野氏が言うのは野党だからまだいいねん。だけど、小泉氏が同じことを言うのはいかん。当時のことを何もわかっていない」
 拉致被害者家族の田中氏への不信感は根強い。背景には、田中氏自身の過去の言動の積み重なりがある。平成14年9月17日、当時の小泉純一郎首相の初訪朝前後を振り返ると-。
 田中氏は北朝鮮が伝えてきた不自然な拉致被害者8人の「死亡年月日情報」について、報道されるまで被害者家族に伝えなかった。17日午前中には情報を得たのに、小泉首相にも平壌宣言署名直前の午後5時ごろまで報告しなかった。
 10月に米大統領特使として来日したケリー国務次官補が福田康夫官房長官と安倍副長官を夕食会に招いた際には、勝手に「両氏とも忙しい」と断り自分が面会した。15年5月の日米首脳会談の際は、両首脳が北朝鮮に「対話と圧力」で臨むことで一致したのに、記者団への説明用資料から独断で「圧力」を削除した。
 米国務省幹部からは「サスピシャス・ガイ(怪しいやつ)」と呼ばれ、拉致被害者の家族会と救う会が北朝鮮担当から外すよう求める声明を出したこともある。
 「もう田中氏を相手にしてもしようがない」
 安倍首相は周囲にこう漏らす。ただ、田中氏の24日の講演での首相への反論も論点のすり替えが目立つ。
 例えば14年に帰国した拉致被害者について、田中氏が北朝鮮に戻すべきだと主張したとの首相の指摘を否定し、戻さないと決めた最終判断には「誰も反対していない」と強調した。とはいえ、田中氏が首相官邸内での議論の過程で「いったん北に戻すべきだ」と訴えていたとの当事者、関係者の証言には事欠かない。
 また、田中氏は首相の「日朝交渉記録を一部残していない」との批判に関しては「記録をつけない交渉なんてあり得ない」「記録が作られていないことはない」と反論した。だが、首相は「作られていない」などとは言っていない。なぜか今、一部の資料がない問題を問うているのだ。
 この件は菅義偉官房長官が25日の記者会見で「記録は一部残っていないのか」と問われ、こう明言した。
 「それは当然だ。そういう見解だ」
 結局、メディアや与野党の政治家も加わった今回の論争を通じて浮かび上がったのは、拉致問題に向き合うそれぞれの姿勢ではなかったか。(政治部編集委員)
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 【阿比留瑠比の極言御免】安倍首相「FB発言」の重大性
産経新聞2013.6.19 08:10
 安倍晋三首相が交流サイト「フェイスブック」への投稿で、小泉政権時代の田中均元外務審議官による対北朝鮮外交を批判し、「彼に外交を語る資格はありません」と記したことが波紋を広げている。これに民主党の細野豪志幹事長や朝日新聞が「個人攻撃だ」と噛み付き、首相に自制を促すという展開になっている。
 18日付朝日社説は田中氏を擁護しこう書いた。
 「この批判は筋違いだ。田中氏は外交官として、政治家が決断するための選択肢を示した…」
 だが、細野氏や朝日は首相の投稿の一番重大な部分を、読み落とすか無視するかしているようだ。首相は「外交を語る資格はない」と書いた直前のセンテンスで、こう指摘している。
 「そもそも彼は交渉記録を一部残していません」
 首相は、田中氏が主導した北朝鮮との秘密交渉の記録の一部が欠落していることを初めて公にし、その前提の上で田中氏の問題点を問うているのである。
 筆者は過去に複数の政府高官から、次のような証言を得ている(平成20年2月9日付産経紙面で既報)。
 田中氏が北京などで北朝鮮側の「ミスターX」らと30回近く非公式折衝を実施したうち、14年8月30日に政府が当時の小泉純一郎首相の初訪朝を発表し、9月17日に金正日総書記と日朝首脳会談を行うまでの間の2回分の交渉記録が外務省内に残されていない-というのがその概要である。
 通例、外交上の重要な会談・交渉はすべて記録に残して幹部や担当者で情報を共有し、一定期間を経て国民に公開される。そうしないと、外交の継続性や積み上げてきた成果は無に帰するし、どんな密約が交わされていても分からない。
 当時、取材に応じた高官の一人は「日朝間で拉致問題や経済協力問題についてどう話し合われたのかが分からない」と困惑し、別の一人は「記録に残すとだれかにとって都合が悪かったということ」と語った。
 田中氏自身は取材に「私は今は外務省にいる人間ではないし、知らない。外務省に聞いてほしい」などと答えた。その後、日朝交渉や拉致問題に関する産経の取材には応じていない。
 産経の報道に対し、当時の高村正彦外相はコメントを避けたが、今回、安倍首相が自ら言及した形だ。
 外交ジャーナリスト、手嶋龍一氏の小説「ウルトラ・ダラー」には、田中氏がモデルとみられる「瀧澤アジア大洋州局長」が登場し、日朝交渉を取り仕切る。作中で瀧澤が交渉記録を作成していないことに気付いた登場人物が、こう憤るシーンが印象的だった。
 「外交官としてもっとも忌むべき背徳を、しかも意図してやっていた者がいた」
 首相の指摘は単なる「個人攻撃」や「筋違い」ではない。(政治部編集委員)
 *上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します 
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『動乱のインテリジェンス』 著者 佐藤優 手嶋龍一 新潮新書 2012年11月1日発行
p108~
第3章 イランの鏡に映る日本外交
 会見写真から消えた男
手嶋 2011年の暮れ、「天下大乱を予感させる2012年の行方を読む」というテーマで佐藤優さんと語り合いました。佐藤さんはこの対談の最後を「ただし、イランがイスラエルとドンパチ始めたら、今述べてきたシナリオはすべて書き直さなくてはならない」と締めくくりましたね。いまのところ「ドンパチ」には至っていないものの、イラン情勢は緊迫しています。イスラエルは単独でもイランへの攻撃を辞さない構えを崩していません。
佐藤 大枠では見通しの通りに推移していると見ていいですよ。ただし、鳩山由紀夫さんという波乱のファクターの登場を除いてはね。
手嶋 国際社会はいま、イランの動向を息をひそめて見守っています。(略)
佐藤 そう、それだけにイランという鏡には、日本のインテリジェンスのありようがくっきりと映し出されている。
手嶋 そんなイランにとって、いまの時期、日本はとても重要な国になっている。こんな国は他に思い浮かべることができますかね。
佐藤 いやあ、ないでしょう。2012年4月、鳩山由紀夫元首相がイランを突如訪問した。これ、手嶋さん、どういうふうに見ています。
手嶋 いま、佐藤さんは「鳩山元首相がイランを訪問した」と元首相を主語にクールに表現しましたね。でも現実は、与党の外交担当最高顧問にして総理経験者をテヘランに誘っていったインテリジェンス・ネットワークが、この東京で見事に作動したと見るべきでしょう。
p110~
佐藤 ええ、じつに見事な手並みだったと思います。
手嶋 イラン当局が発表した会見の写真ですが、アフマディネジャド大統領がいて、鳩山さんがいて、通訳がひとり真ん中にいる。あの写真がすべてを物語っています。ちょっと見には当たり前の構図に見えるかもしれませんが。
佐藤 ふつうは誰が写っているかに注目しますよね。
手嶋 でも佐藤さんのようなプロフェッショナルはそうじゃない。
佐藤 そう、誰が写っていないか。それが非常に重要なんですよ。
手嶋 大切な外交交渉では、たとえば、佐藤栄作とリチャード・ニクソン会談では、日米の双方からの通訳がいます。外交交渉で相手側が用意した通訳に頼ってしまえば、正確さもさることながら、相手のペースになってしまう。ですから、英語が母国語と同じほどに出来る日本の外交官も対米交渉では英語は使わない。自前の通訳を用意するんです。相手の言葉を使えば不利になりますから。
佐藤 重要な会談では、通訳とは別にノートテイカーもいて、きちっと記録をとっている。その記録こそが正史を紡いでいくんです。
手嶋 ところがアフマディネジャド・鳩山会談にはイラン人の通訳がひとりだけ。
佐藤 そう、日本外務省の通訳が入っていない。鳩山さんは民間人のペルシャ語通訳を東京から連れて行きました。しかしなぜか写真には写っていない。在テヘラン日本大使館が関与していないということなのかというと、そうじゃない。この席に駒野欽一駐イラン特命全権大使がいるわけですよ。ちなみに大使というのは、天皇陛下の信任状を持って、相手国の元首に信任状を奉呈して勤務する。大使というのは国家を体現しているわけです。
手嶋 大使車はその国の国旗をなびかせて走っています。北京で丹羽宇一郎特命全権大使の乗った車が反日を標榜する男たちに狙われて日本の国旗が持ち去られましたが、いわば日本という国家が強奪されたと受けとるべきなのです。
佐藤 おっしゃる通りです。海外の国で日の丸が揚がっている車は、その国に一台しかないのですからね。役職がナンバー2とかナンバー3の間は、日の丸をつけた車では走れない。大使が日本に出張に行っている間は、臨時代理大使というのを指名して、その人が乗る車に国旗がつく。そうしたことに象徴される、目に見えない日本国家というのを背負って歩いている可視的な存在が、大使なんですよ。
p112~
 それほど重要な日本大使が、今回のアフマディネジャド・鳩山会談に同席している。ところが、姿を隠しているわけですね。写真に写っていない。しかも大使が同席しているのに大使館の公式通訳が出ていない。異常な会談ですよ。
手嶋 その一方で、ペルシャ語の専門官も同席して、会談記録はとっていたことが確認されています。
佐藤 だから外務省には公電で会談のやり取りが報告されている。そうすると、日本政府は「全く私的な訪問であって政府とは無関係だ」と言っているんですが、外交の常識ではそんなことは通用しないんですよ。明らかに公式会談です。
手嶋 北朝鮮にアメリカのカーター元大統領が出かけていったことは確かにありました。でもカーターさんのケースは今回とは違います。時の政権与党の最高顧問といった立場にはありませんでした。鳩山さんは、議院内閣制の下での与党の、しかも外交の最高顧問の肩書のままイランを訪問したのですから。
佐藤 そうですね。議院内閣制においては、与党と政府は一体です。民主党の対イラン独自外交が発動されたとみなさざるをえない。
p113~
 二元外交の様々な顔
佐藤 あの鳩山さんのイラン訪問に関して、新聞などには「二元外交だ」と批判の記事がたくさん載りました。たしかに二元外交なんですが、単純な二元外交批判というのは、ピントがズレているんですよ。そもそも「二元外交だから」と言って激しい非難の対象になるのは、日本の特殊性から来ているんですよ。
p116~
 よい二元外交、悪い二元外交
手嶋 小泉純一郎総理(当時)の北朝鮮への電撃的訪問を例に見てみましょう。最初の訪朝劇は2002年、北の「ミスターX」を経由して実現しました。2回目の2004年は、飯島勲首席秘書官の主導で、朝鮮総連ルートで行われたといわれます。この2回目の訪朝について、最初の訪朝を演出した田中均アジア大洋州局長が、小泉総理に「これは二元外交ですよ」と言ったという。これに対して、小泉総理は色をなして怒って、「総理である自分が差配をして外交を束ねている。そのどこが二元外交なんだ」と言った。この反論には非常に鋭いものがあって、それは佐藤さんの「二元外交の全てが悪いわけではない」という説を見事に裏付けています。
佐藤 私は二元外交であっても、官邸だけでなく外務省も知っているべきだと思います。(略)基本的には官邸が全体を押さえておけばいいわけです。そのときのシンボルになるのは何か。これが実は「総理大臣の親書」なんです。親書を携行しているか否かということが、一元的な形の外交であるかどうかの決め手になる。私自身の経験からいいますと、2000年の12月25日にモスクワに鈴木宗男さんが渡って、それでセルゲイ・イワノフさんという当時の安全保障会議の事務局長、プーチンの側近で今の大統領府長官と会談しました。
p117~
手嶋 通称、安保補佐官と言われていたキー・パーソンですね。
佐藤 そのときも一部メディアは「二元外交だ」と批判的に書いたんです。外務省のロシア課長が知らなかった。しかしそれは、課長レベルには伝える必要がないという、外務省上層部の判断だったんです。だからロシア課長は「二元外交だ」と騒いだんですけれども、それは当たらない。ロシア課長の上司である欧州局長は知っているし、なおかつ親書を携えているのですから。総理の親書を持った二元外交なんていうのはありませんよ。 *強調(太字・着色)は来栖
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