光市事件 最高裁弁護人弁論要旨補充書【1】 4. 被告人の供述の信用性の欠如

2007-07-25 | 光市母子殺害事件

光市事件最高裁弁護人弁論要旨補充書【1】
〔4〕
4 被告人の供述の信用性の欠如
  しかるに、被告人は、第1審判決及び原判決の事実認定に沿う自白を行っている。この項では、被告人の自白調書がおよそ信用できないものであることを明らかにする。
(1) 本件事件の自白調書の概要
  本件での被告人供述調書は、全部で33通提出されている。逮捕当日である1999年4月18日に作成された乙1から同年6月10日に作成された乙33までである。
  そのうち、本件の公訴事実について、直接述べた調書は、16通ある。この調書の供述内容を分析したものが、資料5の供述一覧表である。
  被告人供述の概要をみると、逮捕直後は、殺意を明確に認めていなかった内容、「奥さんを倒して上に乗り、右手で首を絞め続けた」(乙1、4月18日付)であった。それが、翌日以降の調書(乙15・吉池浩嗣検事録取、4月19日付)で、突如、殺意があったことを認めさせられ、1999年5月5日付の乙24と乙25の尾関検事作成の2通の検察官調書で、当初から強姦目的を持ち訪問し、Mさんの抵抗が大きかったので、強姦目的で殺害し、姦淫行為を行い、Yちゃんが泣きやまないので殺害したとして、集約されてまとめられている。
  そこに至る調書では、M方に入ってからの状況については、概括的にしか録取されず、それまでに、メモしていたことに基づいて、一気に作成したものであることが窺える。そして、それぞれの供述の不自然にして不合理な供述の変遷については、資料5の供述一覧表に指摘したとおりである。
  1999年5月5日付の2通の検察官調書後に録取された調書は、これら2通の調書で不自然な部分を手直しするための調書という位置づけになっているものと評価できる。
  これらの一連の供述の経過は、当初被告人が殺意を否定していたのを、捜査官の誘導により、これを認めさせられ、その後は、もっぱら、捜査官の主導によって自白調書が作成されたことを物語っており、それ自体からして、既に信用性を欠如するものである。
 (2) Mさんの顔面にスプレー式洗浄剤を発射したとの自白(強姦目的で暴行を加えたとの自白)の信用性の欠如について
 ① 乙24の自白調書では、以下のように、被告人がMさんに対する強姦行為に着手した直後にスプレー式洗浄剤で目つぶしする旨の供述が録取されている。
   「僕はMさんを動けなくするためにスプレー式洗浄剤で目つぶしをしようと思い、僕の左手をMさんの左胸の前からMさんの右肩にまわしてMさんの右肩を掴み、そのまま僕の右手を伸ばして床に置いてあったスプレー式洗浄剤を掴みました。そして僕は、Mさんの顔面に向けて、スプレー式洗浄剤を2回か3回噴射しました。そしてスプレー式洗浄剤を床に投げ、Mさんをレイプするために仰向けに引き倒しました。」
  この供述は、強姦の故意の存否を認定する上で、極めて重要な位置を占めている。なぜなら、スプレー式洗浄剤を被害者の顔面に噴射して「目つぶしを喰らわしたうえで、抱きついた」ということは、「抱きついた」目的が、強姦であったことをうかがわせるに十分な事実であるからである。
  ② さらに、この自白(乙25)によると、被告人は、スプレー式洗浄剤を発射してから、殺害行為を行い、その後、ガムテープで口と手を緊縛したことになっている。
  ③ ところが、スプレー式洗浄剤が顔面に噴霧され付着した状態の場合、その後にガムテープを使うとすると、洗浄液のためガムテープは接着しない。本件事件のように、口付近にガムテープを張るためには、洗浄液をぬぐわなければならないが、自白には、顔面にかかった洗浄液を拭いたという供述はない。
  また、スプレー式洗浄剤を発射したときのMさんがどのような状態になったか、抵抗が弱まったのか、それとも、変わらなかったのかについての供述もない(もっとも、後のMさんの抵抗が相変わらず強かったことが供述されているから、ほとんど効果がなかったことも読める。そうであれば、スプレー式洗浄剤を発射した後の被告人の心理描写があっても不思議ではないが、これもなく、現実感に乏しい)。
  そして、もし、本当に被告人がスプレー式洗浄剤をMさんの顔面に噴霧したとするなら、洗浄剤の主成分である界面活性剤が蒸発せずに薄層に皮膚に残るはずであるが、そのような事実もない。
  更に、本件で使用されたとされるスプレー式洗浄剤には、トイレの消臭効果を上げるため、強いミントの芳香剤が含まれている。従って、もし、これが使用されたとすれば、如何に事件から約8時間経過して遺体が発見されたといえ、ミントの香りが室内に残っていたはずであるが、そのような痕跡はない。
  しかもまた、スプレー式洗浄剤を目つぶしに使用したとの供述は、5月5日になって作成された乙24に初めて何らの脈絡もなく実に唐突に出ているのであって、不自然であり、記憶に基づかない供述であるというほかない。
  以上からすると、被告人は、スプレー式洗浄剤を使用していないと考えるのが合理的である。おそらく、検察官は、被告人の供述を見直し、被告人がいきなり背後から被害者に抱きついたというのであれば、強姦の着手としての暴行としては弱いと判断し、被告人をしてスプレー式洗浄剤による目つぶしの話を付け加えさせたのであろう。
  とすると、被告人は単に背後から被害者に抱きついただけにとどまり、これをもって、直ちに強姦目的による暴行の着手と認定することができないのである。
  なお付言するが、この場面で、被告人はカッターナイフを作業服のポケットに持っていたのである。従って、強姦目的での行為であるというのなら、この場面で、まずカッターナイフでMさんを脅迫する方が自然である。現に、被告人は、前述のとおり、乙20、21で、「カッターナイフを見せれば奥さんも怖がるかも知れないとも思いました。」と事前に考えていたというのであるから、強姦するために、いきなり殺害するというのは飛躍しすぎというほかなく、極めて不自然である。
  さらに、そもそも、強姦目的で行為するときに、勤務先のネームの付いた服で実行したとき、後に犯行が発覚しやすいことになるから、計画的に犯行を計画していたとすると、このような服を着ていくことも考えられない。
  ④ 以上の点から、被告人が強姦目的の下に、被害者に抱きついたという自白は信用性を欠如しているのである。
 (3) Yちゃんの首を紐で力一杯しめたとの自白の信用性の欠如について
 ① 被告人は、Yちゃんの首を剣道の籠手の紐で絞めているが、これが力一杯絞められたものではなく、同人に泣き声を出さないようにしてもらおうとして、首に紐を巻き付けて蝶々結びにしたところ、死亡してしまったというものであることを明らかにした。
  頸部の圧迫による気道の閉鎖は、15kg程度の力を掛ければ起こるとされており、特に赤ん坊の場合には、もっと少ない力でも生じうると見られる。
  本件での客観的証拠である、遺体発見時に、首に巻かれていた紐を切りとったときの写真(甲7・写真10~13)をみると、Yちゃんの首に巻き付けられた紐は、蝶々結びをする際に、それまで絞めていた状態で首に巻き付けた紐の下を通しておらず、緩みやすい状態になっていたことが認められる。そして、前述のとおり、そのような状態で蝶々結びにしたとすると、緊縛によって首が絞められる程度はさして大きくないと認められる。
  ② ところが、自白調書(乙25)では、
   「右手に持った紐をYちゃんの首に時計回りに二重に回して掛けました。ただ、僕は、紐を1回回してぐっと首を絞めた後、もう1回紐を巻いて首を絞めたのか、あるいは、2回連続して紐を首に巻いた後でぐっと首を絞めたのかはよく覚えていませんが、Yちゃんが死んだ後、僕が紐を縛る時には紐が二重になっていたことは間違いありません。そして僕は、今度はYちゃんを僕の左
  膝の前辺りに俯せにして置き、Yちゃんの背中を僕の左膝で押さえてYちゃんが動けないようにしながら、Yちゃんの首に巻いた紐の先端を僕の左右の小指と薬指に紐がはずれないように1回巻き付け、手を左右に力一杯引っ張ってYちゃんの首を絞めました。すると、泣きわめいてい
 たYちゃんの声が直ぐに出なくなりました。具体的に何分くらいかと聞かれると困るのですが、本当にわずかの時間でした。そして、Mさんを殺した時よりも遙かに短い時間で簡単にYちゃんの手足が動かなくなり、Yちゃんが死んだことが分かりました。僕は、Yちゃんの首を紐で絞めた状態で素早くYちゃんの右耳の下辺りでチョウチョ結びにして結びました。」
  となっている。
  ③ 前述のとおり、資料4に明らかなとおり、首に紐を巻いて力を込めて縛ると、紐の交差部分を中心として力が強く加わり、その部位に集中して皺ができ、また、2周目の索条の径は、1周目の索条の径より小さくなって、2周目の索条の力が加わり、1周目の索条は緩んで、1周目の索条痕は、不鮮明となる。
  もし、自白にあるように、Yちゃんをうつぶせにして、紐を2重にして力一杯首を絞めた時に索条痕ができたとするなら、その紐が交差する背面において、皺状の痕跡が認められるべきであり、索条痕も1本であるべきであるが、実際は、皺は残っておらず、索条も2本となっているのである(甲7、8、10)。
  ④ 以上の点から、Yちゃんの首を紐で力一杯絞めたとの自白の内容は客観的な事実と齟齬するものであり、信用できないのである。
  
5 結論
  以上のとおり、第1審判決及び原判決は、被告人に対し、Mさんに対し殺人罪、強姦致死罪を、Yちゃんに対し殺人罪を認定して無期懲役を宣告しているが、これらはMさんに対しては傷害致死罪、Yちゃんに対しても傷害致死罪が成立するにとどまり、そもそも、有期懲役しか宣告することができなかった事案である。
  従って、第1審判決及び原判決には、著しく正義に反する事実誤認ががあることが明白であり、直ちに破棄差し戻しが行われなくてはならない。


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