<少年と罪 第4部 ネットの魔力> (1)聖域 11歳の殺人 漂う偶像
中日新聞 2017/11/4 朝刊
加害女児が通学に使っていた自宅近くのバス停。山の中腹に住みながら、世界とネットでつながっていた=長崎県佐世保市で
初対面の女児は小柄で「お人形みたい」だった。
長崎家裁佐世保支部の裁判長だった小松平内(へいない 68)は2004年、「小6女児同級生殺害事件」と向き合った。加害者は11歳、被害者は12歳。犯行現場は小学校の1室で、凶器のカッターナイフは学用品。異例ずくめの事件で、本人が語った動機もまた、世間に衝撃を与えた。
「インターネットで嫌なことを書かれたから」
2人はともに自分のホームページをつくり、会話機能の「チャット」でメッセージを送る間柄。日本でおそらく初めて、ネット上のトラブルが本当の殺人につながった少年事件だった。
女児の生家は海を見下ろす山の中腹にある。険しい山道をバスで通学し、下校後の自宅で孤独感を味わった。だがネットは、そこで友達や世界とつながることを可能にした。父親が買い与えたパソコンで日記や詩をつづり、流行していたホラー小説をまねた自作の物語を公開。被害者にパソコンの使い方を教えたのも女児だった。
事件の3ヵ月後。小松らは少年審判の決定文で、女児にとってのネットを「唯一、安心して自己表現できる居場所」と指摘した。そこで起きたトラブルは小さく見えても、本人にとっては許し難い冒瀆で、聖域への侵入。そう結論づけた。
だが実はその判断に、13年が経った今も疑問が残る。「ネットのやりとりが本当に、人の命を奪う動機になり得るのか」。可能な限り資料を集め、証拠に基づいて出した結論。核心を突いている、とは思う。
それでも釈然としないのは、被害者がネットに書いた言葉は「いい子ぶってる」などの些細な内容で、殺意に直結するとは思えないからだ。「本当の引き金が何だったのかは、今も分からない。きっと彼女自身にも」
ネットが当時、急激に普及していたから、利用者の低年齢化と「負の側面」を事件が強く印象付けた。若者のネット事情に詳しいフリーライター渋井哲也(48)は「見知らぬ他人とネットでつながる危険が叫ばれ始めた時代に、本当の親友同士で、しかも11歳が起こした事件。大人は、うろたえた」と振り返る。
小松が指摘した「居場所」を、渋井は「団地の死角」と読み解く。「子どもは、大人の目を盗んで遊びたがるもの」。実際、事件の数年後、中高生が匿名で中傷を書き込む「学校裏サイト」が問題化した。スマートフォンの普及で、少年犯罪とネットは一層、結び付きやすくなった。
事件直後に小松ら家裁関係者は、加害女児を世間の目から守ろうとした。その苦労をあざ笑うかのように、女児の実名や顔写真がすぐに、ネットに流出。「犯罪史上で最もかわいい殺人者」として、偶像視する現象が今も続く。事件の10年後、ネットで知った彼女の服装をわざわざ模倣して、犯罪に走った少女もいる。
加害女児の情報が半永久的にネットの世界で漂い続けるなら、現実社会で彼女の「居場所」はどんどん狭くなる。それを小松は憂慮する。
まもなく25歳になるはずの彼女の近況を、小松は知る由もない。ただ、「罪と向き合い続けて、ネットではなく社会の中に居場所を見いだしていてほしい」と願うだけだ。(一部敬称略)
* *
インターネットは社会を劇的に変えた。その浸透は大人より子どもの世界の方が速く、深い。現代の少年事件には、ネットの影響が必ずどこかに現れる。ネットを使いこなしながら、翻弄され、傷つき、それでも縋る少年少女たち。便利さと表裏一体の「魔力」の実相を追う。
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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◇ 佐世保・小6同級生〈御手洗怜美さん〉殺害事件から10年 『謝るなら、いつでもおいで』川名壮志著
◇ 二つの佐世保事件 佐世保小6同級生〈御手洗怜美さん〉殺害事件 佐世保高1〈松尾愛和さん〉殺害事件
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◇ <少年と罪>第3部 塀の中へ再び[4]「居場所」と「支える人」の存在が、更生への一歩 (中日新聞2017/8/20 )
◇ <少年と罪>第3部 塀の中へ再び[3]「三度目」もあるのか 「5%の確立で、事件を起こすかもしれない」(中日新聞2017/8/19)
◇ <少年と罪>第3部 塀の中へ再び[2]「僕にとって刑務所の教育は、意味がなかった」(中日新聞2017/8/18)
◇ <少年と罪>第3部 塀の中へ再び[1]更生の道 なぜ捨てた 17歳でストーカー殺人 出所後に通り魔事件(中日新聞2017/8/17)
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