世界遺産と日本/世界の町並み w/IT

世界遺産と日本/世界の個性的な町並みをITを交えた筆致で紹介します。

重伝建地区の産寧坂や二寧坂の町並みはオーバーツリズムに侵されていますが、人ごみの上の町家の軒下に突き出した門灯を見て歩くのも楽しいものです

2024-05-05 08:00:00 | 日本の町並み
 坂の多い色街が混とんとしているのが東京の神楽坂でした。色街といえば舞子さんを思い起こしますが、その舞子さんを多く見かける祇園からさほど遠くない京都の景色を代表するような坂の町が、東山の四条から五条にかけての産寧坂などではないでしょうか。今回は清水寺の北に続く坂の町を紹介します。

 
 東山通りを走るバスを清水道で下車して東に上っていくと目の前に法観寺の五重塔が現れます、別名八坂の塔でこの風景は京都を代表しているようでドラマの舞台が京都の時には「京都です」というテロップのように使われるものものです。NHK教育の日曜日の朝に放送の「京も一日陽だまり屋」のお店はこの辺りを想定してるのではと思ってしまいます。京都ではこのところオーバーツーリズムが問題となっているようで、東山大利を走るバスは超満員、起点の京都駅では2~3台待ちは当たり前で、清水道などで降りようものなら、次に乗ろうとしても満員通過されてしまいます。これでは市民にとっては大迷惑の状況のようで、バスだけでなく、八坂の塔に上る道も大変な人込みです。

 
 八坂の塔の右側を通り抜けて上っていくと産寧坂、三年坂とも言われていますが語源的には、産寧坂を上り切った先にある清水寺の観音様に「お産が寧か(やすらか)でありますようにとの願掛けをしたという説が有力です。産寧坂の途中から振り返ると八坂の塔が町並みの上にそびえていて、こちらからの景色も絵になります。この地区は重伝建にも指定されている、古い民家などが連なる町並みが続きます。電子部品のトップメーカである村田製作所の創業者の息子が設立した清水三円坂美術館が町並みにうずもれるかのように建っています。この美術館は目立たない存在ですが、創立者が日本の伝統工芸品が海外に流出することを嘆いて、海外から買い戻してまでコレクションした品々が展示されています。

 
 
 産寧坂の途中から左に折れて下っていくと二寧坂で、こちらも二年坂の表記が存在します。産寧坂からの入り口が石段になっていて、町並みを見下ろすことができ、これも絵になる風景です。産寧坂と同様に電線の地下埋が完了して、空をすっきり見ることができます。この町並みの中に古民家を利用したスタバの店があって、スタバにもいろんなレアものがることに感心します。太宰府天満宮の参道には隈研吾設計の店があり、ソウルには1剣軒だけですがハングル表記の店がありました。中国では「星巴克」と漢字表記をされているのだそうですが、あまり記憶にありません。二寧坂をさらに丸山公園方向に行くと一念坂となるそうですが、この坂があった認識が無いのでここでは紹介できません。

 
 
 
 これらの町家の店先の多くには味のある門灯が突き出ていて、この門灯を順に見ていくだけでも面白いです。ドイツに行くと、店屋の特徴をレリーフ状にした看板が店先に下がっていて楽しいのですが、こちらではそれが門灯なのですね。お店の名前のほかに、店の特徴を表しているらしき切りえのような模様があしらわれています。

 清水三年坂美術館の創設に関連した村田製作所は京都に生まれた電子部品製造分野では世界シェアトップクラスのメーカで、セラミック・コンデンサやショックセンサなどでは世界一のシェアを持っています。スマホの中を開けると村田製の部品がゴロゴロ出てくるのではないでしょうか。アップルがいくら威張っても、村田製作所の部品が無ければスマホは作れないでしょう。京都で製作所という名前で思い出すのがノーベル受賞者を生んだ島津製作所ですが、製作所という名前は付きませんが、京セラ、日本電産、オムロン、任天堂、ロームなど日本の産業を支えるそうそうたる会社が京都で生まれています。ノーベル受賞者の出身大学も京大8名、東大8名と同数で、教授陣となると京大5名、東大2名と西高東低です。京都は千年の伝統を持つ都で、優秀な人材が集まるところなのでしょうか。