浄土真宗親鸞会 熊本火の国のひろば

熊本で親鸞聖人の教えを学ぶ皆さんとのふれあいを語ります

まことに死せんときは

2010-08-29 09:02:24 | 地元での勉強会

8/28(土)は、熊本市の国際交流会館で、親鸞聖人の教えを学ぶ勉強会がありました。

歎異抄第一章の「摂取不捨の利益」について聞かせていただきました。

摂取不捨の利益については、関連して、浄土真宗親鸞会公式HPのこちらも参照していただければと思います。

○苦海の人生を乗せて必ず渡す阿弥陀仏の救助の大船

http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20100715shouji-kukai-taisen.htm


その説明のなかで、蓮如上人の

まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も、我が身には一つも相添うことあるべからず。されば死出の山路の末、三途の大河をば、ただ一人こそ行きなんずれ」(御文章)

が出てきました。

ここ1週間ほど体調を崩して寝込んでいたのですが、それでも「死」についてはまったく思いもよらなかったなあ、と思いました。

それほどまでに、人は死については鈍感である。

蓮如上人の警鐘乱打が聞こえないわけです。


今回も、初めて参加された方がたくさんありました。

休憩時間の様子です。


メソポタミアの詩と人間

2010-08-20 20:20:10 | ある親鸞学徒の視点

熊本は今日も37℃。ARENA 37℃ という雑誌がありますが、

いうなれば、KUMAMOTO 37℃ といった風情です。

ところで、イラクのあたりで古代に栄えたメソポタミア文明の詩にこんなのがある
そうです。

★・。☆♪。・。★*
・:.
・:.。
☆。・★。・●。☆。
きのう生まれたものがきょうは死ぬ
 つかの間のうちに人間は闇に投げ込まれ
 突然押しつぶされてしまう
 喜びに歌を口ずさむときはあっても
 たちまち嘆き悲しむことになる
 朝と夜とのあいだに人びとの気分は変わる
 ひもじいときには亡骸のようになり
 満腹になるとその神とも張り合い
 ものごとが順調にいっているときには天にも昇るなどとしゃべるくせ
に困ったときは地獄に落ちそうだとわめく

(大岡信『詩 ことば 人間』より)
★・。☆♪。・。★*
・:.
・:.。
☆。・★。・●。☆。

数千年前も今も、人間の実態は変わらないようですね。

この本は、私が中学3年生のときに、物理の先生からいただいたものです。

大岡信氏は「人間について描写しうる最も普遍的な姿を要約していって
しまえば、こんな程度になってしまうのではないかと思われるような詩
である。人類文明は数千年の昔からたしかに驚くべき発達をとげてきた
が、人間が自分自身を顧みるとき、彼の目に映る人間のイメジというも
のは、何と昔から変わらないことかと、少々呆然たる気分にさえさせら
れる
」と述べています。

ですので、感情に踊らされることなく、ホンモノかどうかを見極めることが大事と思いますね。

浄土真宗親鸞会公式ホームページのこの記事も参照してください。

○「論より証拠」の落とし穴 教えで真相を見極めるhttp://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/ron-yori-shouko-otoshiana01.htm


煩悩具足という4文字が読めない

2010-08-16 20:39:15 | テレビ座談会
お盆には、鹿児島の実家に帰って、久しぶりに夏目漱石の『我輩はである』を読みました。

あまりにおもしろさに、抱腹絶倒七転八倒破顔爆笑いたしました。

漱石は天才だ、とつくづく思います。

といっても半分しか読んでませんが。


今日の甲子園では、熊本代表の九州学院が、鹿児島代表の鹿児島実業に、10回延長戦で8-7で競り勝ちました。うーむ。個人的には、鹿児島実業に勝ってもらいたかった。。。


8/13(金)は、高森顕徹先生のテレビ座談会がありました。

鹿児島に帰省してましたので、鹿児島の18番館というところで、聞かせていただきました。

宮崎からはるばる参詣の人が2人ありました。うち1人は宮崎県は延岡市の教員だったと思うのですが、延岡から鹿児島まで電車で5時間弱です。

私の記憶が正しければ、東京渋谷から富山県射水市小杉の親鸞会館まで高速道路で6時間でした。

それに匹敵する時間かけて、テレビ座談会に参詣しよう!という熱意、頭が下がります。

といっても、延岡から富山まで15時間(私の推測)と比べれば、3分の1で聞かせていただけるわけです。すごいことです。


アメリカの方の質問にお答えいただきました。

人生の目的を達成すれば、食べたい飲みたいetcの煩悩はなくなるのか?

こういう質問をするのは、煩悩ということ、煩悩具足ということが分かっていないからだ、とお聞きしました。

煩悩具足とは、煩悩以外に何もないということ。

これが分かっていれば、そんな質問は出てこない。

しかし、これが分かっている人は、どこにもいない。

たった4文字ですが、これが読めなければ、歎異抄も御文章も教行信証も読めないのだとお聞きし、よく使われる言葉ですが、実はなんにも分かっていなかった、ということで愕然といたしました。


終了後、

親鸞聖人や蓮如上人が死を思うと心細くなる、とおっしゃっているのは、私たちの心にあわせた方便なのか?というテーマで信心の沙汰をしました。

初めてお聞きしたとき、わんわん泣いた

2010-08-11 18:34:28 | 日記

さて、Nさんの仏法とめぐり合うまでの秘話の続きです。

富山に親鸞会っていう学者集団がおって、本願寺なんか太刀打ちできんくらいすごいやつらがおるって聞いたのさ。それで俺は、一生に一回でいいからね、親鸞会のお話を聞きたいって思ったのね

several years after... Saturday....

それから数年の月日がたったある土曜日。

Nさんは、大阪で電車に揺られていました。

ふと、見あげると、なんとそこには親鸞会の御法話のポスター。

「神戸の貿易会館だったかな、翌日そこであるというわけさ。これは行かなあかん!と思って、行ったわけさ」

「もうね、後ろのほうだったけど、わんわん泣いたね

とくに俺らなんてのは、学生運動のリーダーとしてみんなを引っ張ってきたけど、正しいと思っていたものが、実は間違いだったってのを思い知らされているわけで、信じられるものがなにもない状況なわけさ。

そんな自分にも、人生の目的があったんだ。自分にも救われる道があったんだ。やっとみつけた、と思ったら、泣かずにおれなかった。」

わんわん泣いているNさんを見つけた、ある講師の方が北九州にお住まいだったそうです。「熊本から月一回聞きにこないか」と言われて、親鸞聖人の教えを聞くようになったのだそうです。

それが熊本の親鸞学徒の始まりでした。

「で、おれは感激して、あのときお世話になった寺に手紙書いたの。喜んでくれた。
なんというか、親鸞会には太刀打ちできんわっていう雰囲気が本願寺にはあるのを肌で感じるね」

今から30年前の歴史秘話でした。

ちなみに、当時は、大学を舞台にした映画には、よく親鸞会のポスターが映っていたそうです。


一生に一回でいいから、親鸞会の話を聞きたいと思った

2010-08-08 08:15:06 | ある親鸞学徒の視点
熊本で最初に親鸞聖人の教えを聞くようになった、Mさんの体験手記です。

ぼくが学生のころは、学生運動に明け暮れていたの

Mさんは、学生運動の高校のリーダーだったそうで、革マルとはいつもけんかしていたそうです。

私服の警官につかれたことも日常茶飯事だったそうで。

学生運動というのは、つまり資本主義社会では我々は幸せになれない、社会主義ひいては共産主義社会を目指すべきだ、という思想があるわけです。

そういう「理想」の社会に、大衆を導いていく、学生運動のリーダーにはそういう強烈なエリート意識があったものと思います。

一方で、学生運動は内ゲバが盛んになっていきます。内部抗争ですね。

「おれは、それに幻滅したのよ。おれたちが、引っ張っていかなきゃいけないのに、なんで内ゲバなんかやってんだって」

そして、Mさんは、失望のまま大阪から故郷の熊本に帰ります。

熊本では、真宗のある寺が、学生運動からあぶれた人を保護するような役目を負っていました。

その寺で、Mさんは「親鸞にあう生き方」が大事だと教わります。

そこで初めて「歎異抄」と出会うのでした。

そこで知り合った仲間から、あるときMさんは、「親鸞会」という存在を聞きます。

富山に、えらい学者集団がおるんやそうな。本願寺なんか太刀打ちできないくらいの

それを聞いたおれはね、一生に一回でいいから親鸞会の話を聞きたいって思ったね

それから数年後、運命の出会いが待っていようとは、誰も思わなかったのであります(つづく)。