このブログの閲覧数が先週くらいから突然大きく増え始めたので、ややびびってます。
今日は、熊本市のひのくに教室で、因果の道理について聞かせていただきました。
平成12年、沖縄で高森顕徹先生が御説法された内容でした。
平成12年といえば、私が親鸞聖人の教えとご縁をむすんだ年であります。
あれからもう12年経つのかと。
そのなかで、占いについて触れられていました。
占いといえば、オセロの中島がニュースを席巻しておりますが。。
結局、因果の道理、運命は何によって決まるかということを知らないから、これだけ科学が発展しても、占いが絶えないのだと聞かせていただきました。
家相、墓相、印相、手相、人相、足の裏・・・
印相といわれてふと思い出してしまったのですが、
銀行というところは、印鑑をよく使います。
稟議書というものに、係、課長、次長、部長、、、と順々に判子を押して決裁をもらうのが仕事の80%を占めます。
稟議書というのは、「なになに伺」というもので、たとえば「融資決定伺」というものがあります。「この人にいくら貸したいけど、よろしいですか」という内容です。
で、貸してうまくいく場合がほとんどですが、たまに当てが外れることがあるわけです。
貸して3ヶ月後に破産した、とか。あるんですね、そういうことが。
そうなると、「おーい!だれが貸した!?誰が判子押した!?出てこい!」ということになり、
決定伺に判子を押した人が、犯人扱いされます。
その伺いは人事部に送られてしまったりするわけです。
その翌年、アフリカに異動なんてこともないこともないわけです。
そこで、「読めない判子を押す」人が続出しました。
私も昔の書類を引っ張りだして融資時の経緯を調べることがありますが、判子の字面が複雑すぎて解読できず、誰が貸したのかよくわからんということが往々にしてあります。
やっぱり、責任取りたくないわけですよね。
しかーし。
因果の道理であるわけですから、いくら判子をごまかしたりしても結果はついてくるんだなあと思うと、ちょっと哀れな感じがしますね日本のサラリーマン。
ちなみに、最近は会社が支給するネーム印を使う銀行が増えてきたので、上のような問題はほとんど起きません。