切ない思いが好き
呼吸するのさえ、苦しく感じられて
悲しいの?
寂しいの?
苦しいの?
よく解らないけど
胸のあたりが ギューとなる感じ
もう思い出せないほど
月日が経ってしまったけれど
甘美な夢のような思い出の中に
しまわれている
切ない思いが好き
呼吸するのさえ、苦しく感じられて
悲しいの?
寂しいの?
苦しいの?
よく解らないけど
胸のあたりが ギューとなる感じ
もう思い出せないほど
月日が経ってしまったけれど
甘美な夢のような思い出の中に
しまわれている
互いに
話したい思いがいっぱいあって
相手にどこか、興味をそそられ
そんなところから
親しくなれるのだと思う
友達が欲しいと思っても、誰でもいいわけではなく
それがとても難しい
友だちがたくさんいる人は、
もっと気軽で、
少し話をすれば、深くその人を知らなくても
仲良く、面白く話をできるようになるのかもしれないけれど
私が友達とよぶのは、
もっとどんな人なのか良く知っていて、
いつも心のどこかで気にかけていて
元気かなーとか思いを馳せたり
連絡してみようかなとか不意に思ったりする関係で
何処か繋がっていると感じられる人達だ
そして、いつでも語りかければ
返事をしてくれる人だ
友達を作るのは私にとっては、とても難しい
今、語りたいこともなく
相手の人に興味を持ってもらうほど、自分のことを
話す気分になれず
なぜ友達が欲しいのかも、よく解らなくなっている
ううん、そうじゃない 解っているよね
やっぱり、どこかで、寂しいんだと思うよ
生きる意味
そのことについて
かなり幼い時から考えてきたけれど
私は、私なりの答えを持っていて
納得しているのだけれど
生きていても意味が無いという人に
その人が納得できる理由を言ってあげることは
出来ないけれど
存在しているという事は
他の人の人生にも関わっている
人間には
連鎖というような 繋がりがあって
たしか そんな映画があった「バベル」だったか
全く関係のない処や人に
繋がっていったりする
何の為にかも
誰の為にかも
解らないけれど
存在しているという事は
意味があるのだと思う
もしかしたら
愛する人が欲しいのは
その意味を実感したいからなのかもしれない
この数か月
いろいろな思いが交錯して
出した答えが
沈黙なのですね
言葉にまとわりついている思いを
感じ取るのが好きだった
そこに真実が隠れているとおもったから
私達を繋ぐものは
言葉であったから
もう繋ぐものはなくなってしまった
そういう事なんだね?
嘘は
つけないと言ったけれど
それは自分でそう思っているだけで
後から考えてみると
嘘だった、と
思うことは多々ある
つまり、自分自身でも嘘であると解らずに
言ってしまっていることがある
例えば、君を一番傷つけた言葉
それは、きっと私の嘘だ
でも何故それを言ったのかは、わかっている
あなたを思う気持ちからだった
あなたを傷つけるためでは無かったんだよ
そうだね
いつもゆるぎない言葉を発していたけれど
全てが解らなくなる時がある
私の中の”正しい” が
砂の城のように崩れていく
言葉を投げかける相手がいないと
解らなくなる
私は一体、どうしたいのだろう