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有田陶器市

2010年04月30日 | 日々の想い
4月29日から、恒例の有田陶器市が始まった。

長年、有田窯業界の理事長をしていた関係上、陶器市の天候は殊のほか気になる。

幸い初日は天候に恵まれ、21万人以上の人出は過去3番目となり、ホッとしている。

近年の有田焼業界はライフスタイルの変化に伴い、業務用食器を中心とした有田焼産地は苦難の日々が続いているが、陶器市と通して消費者の方々が、新たな焼物の魅力を感じて頂き、今後の起爆剤になるようなアイデアを陶器市で出して頂ければ、こんなに嬉しいことはない。


10時から九州山口陶磁展の見学に行く。

今回文部科学大臣賞を受賞された田中忍氏の作品は「釉裏紅(ゆうりこう)」という大変難しい技法であるが、見事な作品に仕上がっていた。
先代の田中一晃氏(故人)も同じ技法で、いつも斬新な作品を出展されていただけに、息子の苦労や努力は大変なものだろう。

見事な作品を見て、一途に取り組んでおられる田中忍氏の作品に、深い感動を覚えたと同時に、今後の活躍を期待する。


また、熊本放送賞を受賞された田中右紀氏は田中忍氏の弟で、兄弟入賞は初めてではなかっただろうか。

田中右紀氏の作品は大胆で、私どもの想像を超えるオブジェである。

兄弟でも、こんなに作品が違うものかと驚くと同時に、父上から受け継いだであろう芸術的センスに感銘を受けた。



九州山口陶磁展では、九州陶磁文化館で第1部(美術工芸品・オブジェ)が、有田商工会議所で第2部(産業陶磁器)が展示されている。

有田にお出かけの際は、是非ご覧ください。



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葬儀

2010年04月28日 | 日々の想い
今日は本会議が予定され上京するはずだったが、私の後援会の役員であり私が最も信頼する方の母上が急逝され、葬儀参列のために本会議を欠席した。

母上は、93歳で亡くなられたようだが、救急車が到着して30分で息を引き取られたらしい。

ご遺族の皆さんと話をしていると長寿の家系らしく、妹君も90歳でお元気、弟君も元気で活躍しておられる。
母上は40年前に大病を患っておられたらしいが、「日ごろの熱心な先祖を祀る思いが大往生につながったのだろう」と友人は回想していた。


心からのご冥福を祈ります。


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陳情

2010年04月27日 | 日々の想い

朝から来客。

久しぶりに有田の事務所で多くの方々から様々な陳情を受けた。

これまで与党で即、実現可能な案件であったものが、立場が変われば時間がかかり、じれったい思いをすることが多々ある。
幸いにも地域の案件は、県政の中で我々と同じ思いで行政が推進されているので、出先機関や県庁に話をすれば、速やかに対応してくれることは有難い。

地域のいろんな案件の処理は、県議時代から県庁の隅々まで熟知しているので、対応することに障害はない。

今日は、それぞれの陳情について速やかに対応できたので、安心してお帰りいただけた。


夕刻、検察審査会は小沢民主党幹事長の政治資金問題について、「起訴相当」と議決したとの報道あり。

今まで秘書も逮捕され、小沢幹事長自身が起訴されていなかったのが、国民目線で不自然だと議決されたことは当然のことだろう。

今後の推移を見守りたい。


夜は後援会の方々と懇談。


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有田では

2010年04月25日 | 日々の想い
佐賀では、ここ数日天候がすぐれなかったが、今日は久々の快晴。

朝は冷え込んだが、暖かな一日だった。


そんな中、私の地元有田では、4月29日から有田陶器市が開催される。
5月5日までの期間中、100万人を超す人々がお越しになるビッグイベントだ。

街中を走っていると、陶器市の準備で慌しい様子が眼に入る。

町全体が活気づく、有田が一番輝く時を迎える。


窯業界を取り巻く環境は、年々悪化の一途を辿っているだけに、町民の陶器市にかける思いが肌で感じられる。

今年も多くの皆さん方にお越しいただき、売り上げがアップすることを祈念する。


夕刻は自民党小城市支部総会に出席。

同時刻に別の会合があったため、途中退席する。

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福岡たかまろ氏事務所開き

2010年04月24日 | 主張
朝から、地元の地域婦人会の総会へ出席。

私からは、婦人会の皆さん方に昭和50年から35年間、大変お世話になったことへのお礼と同時に、今夏の不出馬の経過を説明し、私の後継として福岡たかまろ氏を推挙したことの報告をした。

また、福岡さんと初めてお目にかかる人が多いと思うが、私の分身という思いで夏の参院選を戦っていくことや、現役を退くが、これからは地域に戻り、今まで出来なかった其々の案件を丁寧な活動を通して推進していくと申し上げる。

また、JA伊万里の岩永組合長は大変ユニークな話し方で、集まった皆さんの笑いを誘っていたのが印象深い。


途中退席して、10:30からの福岡たかまろ氏の事務所開きへ。

県内各地から300名を越す皆さんに参加していただいていたようだ。

ただ、今までと様変わりなのは、地域の首長さんの出席が少なかったこと。
ここでも政権交代が現実のものとして感じられ、寂しい思い。

挨拶の中で、私が不出馬を決めた経緯と後任として福岡氏を擁立した思いを申し上げ、自民党の再生のために思い切った世代交代をして、新しい道を拓く旗手として福岡氏に活躍してもらうために、この選挙戦を戦い抜こうと強く訴えた。

終了後、多くの方々から握手を求められ、今日の私の挨拶で福岡氏を後継指名した意思がわかったので、参院選は岩永選挙だと思って戦っていくという力強い言葉を聞けたのは嬉しかった。


私も心血を注いで戦い抜く覚悟だ。


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心強い思い

2010年04月23日 | 主張
佐賀にて。

東部地域の挨拶まわり。

多くの皆さん方にお会いし、様々な意見をお聞きする。

党に、数日来メディアを賑わせている離党問題について質問を受ける。
議員各位がそれぞれの考えに基づいて行動しておられる事に意見を挟むことはないが、党に所属する者にとって、結束した行動ができないことは憂慮すべき事態である。


また、この春は各市・町において選挙が行われたが、臨時議会も開かれたらしく嬉しいニュースが飛び込む。

私の、同志として一緒に政治活動をしてきた仲間たちが、それぞれの地域で議長・副議長・委員長などの要職に就いたとのこと。
地域社会の活性化に向けて、責務を担う立場に立たれたこと、こんなに心強く嬉しいことはない。

私にとって、青春時代からの仲間や後輩たち。
今からも多くの志を同じくする有為な後輩たちが、おおいに其々の地域で活動してくれることを期待したい。


現在の政界において、国民の各界からの数多い不安や不満がある中で、嬉しいニュースが次々に入ってきたことは、私にとって、さわやかな思いだった。


夜は、福岡たかまろ大和町の後援会発会式に出かける。




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党首討論

2010年04月21日 | 主張
朝から本会議。

午後は、党首討論が開かれた。

相も変わらず鳩山総理の答弁は、一貫性がない。

少なくとも、政治と金の問題、普天間移設問題などに関する答弁は、参議院の予算委員会で答弁した時よりも後退していた。

特に政治と金の問題。
秘書の裁判が決着したら、検察に押収されている資料は国会に提出すると答弁したはずだった。
にも関わらず、「秘書とは解雇して以来まったく会っていないし、個人の問題だから国会で議論してほしい」と答弁する。
秘書のやったことは議員の責任だと追及した野党時代の鳩山氏はどこへいったのだろう。

これでは国民からは信頼のおけない総理と烙印を押されても仕方ない。

少なくとも総理の発言は、もっと重いものであり、自ら発した言葉には責任を持ってもらうことは言うまでもない。

普天間問題しかり。
テレビをご覧になった国民は、そう思われたに違いない。



夕方、舛添氏の新党立ち上げについて報道される。

メディアから、私の行動について問い合わせがあったが、私は今まで申し上げてきたように、政治生活を延命するために新党へ行くなど、思ったこともない。

舛添氏は、執行部の一新や解党的出直しをしない限り、今の自民党では民主党の受け皿になりえないという危機感を持っておられ、その思いは私も共有できると申し上げた。

今回の一連の行動は、少しタイミングを逸したかのような思いだが、舛添氏には今後日本の政治の中心で活躍してもらいたいし、多くの方々が期待していると思う。

必ず民主党批判の受け皿になるよう、自民と一緒に戦ってもらいたい。






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近況報告

2010年04月20日 | 主張
久し振りに青木先生と面談。

近況についてのいろいろな相談や、政治状況についての意見交換を行う。

青木先生は、私が想像した以上に地元に張り付いて、夏に向けての活動をしておられる様子。
特に、政権交代後の政治状況について、今おかれている島根県の現状や国政全般について、かつてないほどの活動をしておられることに、敬意を表したい。
一週間のうちに日帰りすることも一度や二度あるという話を伺うと、体力的にも大変であろうに、ここまで必死で活動しておられるのかと思うと頭が下がる思いである。

私が今夏の参院選出馬辞退した大きな理由は、今後6年間のモチベーションを維持することに不安があったからだが、青木先生の現状を憂え国を想う、そのお気持ちに深い感銘を覚えた。


また、かつての同僚と久し振りに会って互いの近況報告を交わす。

氏からは、自民党に対する厳しい指摘や、思いきった党の刷新をしなければ今夏の参院選を勝ち抜くことはできないと忠告を受けた。


夜は、私の郷里の出身で、役所に勤めている仲間たちとの懇親の場に出席し、互いの近況を交わす。

政権交代後、彼らにも少々の戸惑いはあったようだが、日本の選りすぐられた中央官庁で活躍している者ばかりであるだけに、自らの立場とその役割を任じ愚直に仕事に取り組んでいる様子は、役人としての誇りと志を感じた。

政治主導や官僚主導など、メディアを賑やかにすることもあるが、彼らがいる限り間違った方向には進まないと頼もしい思いをした。

私からは、今夏限りで現役の政治活動を一歩引き下がるが、余力を持って地域に戻り、また新たな思いでご厚誼を願いたい旨、話をした。



私の誇りである仲間たちの、更なる活躍を期待したい。








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徳之島

2010年04月19日 | 主張
朝一番の飛行機で上京する。


今朝の新聞各紙では、昨日の徳之島であった反対集会について報道されていた。

普天間の移設候補地として徳之島が浮上してきたことに対する反対集会に、島民の半数以上の方々が集まったらしい。

政府は、徳之島を正式な候補地としていないと言いつつも、水面下では事務的な作業を進めていることが報道されている。

大変卑怯な進め方であり、集会に参加した方々の憤りは計り知れないものがある。


鳩山政権は、国の安全に関する大事な事案を各地域の首長にすら正式な話をせず、政府の権限によって推し進めようとしているが、自民党が与党だった時代には、そんな手法は一度も取ったことはない。
民意を大事にすると言いながら、最大の国家権力をもって事を推し進めようとする今の鳩山政権は、全てにおいてこのような手法がみられ、独裁国家になったのではないかという危惧が、昨日の大集会になったのではないだろうか。

我々自民党は、常に様々な地域の実情や意見に耳を傾けつつ、我が国の重要問題である防衛について、慎重に取り扱っていかなければならない思いを強くした。



午後、メディア各社から、舛添新党についてのインタビューを受ける。

私からは、自民党を離党し新党を創るという人達は、現在の自民党執行部が人心一新もせず、あまりにも将来展望のない事態を憂慮して離党しておられる訳だから、戦後自民党が果たしてきた役割が、現在の様々な国民の意見を汲み取る役割を果たしていないとするならば、思い切った行動を取るべきと申し上げる。


解党的発展をする政党に脱皮しない限り、自民党の将来はないという思いで離党されたり、新党へ気持ちを寄せておられる方々に、私も共感できる。

舛添氏を責める人もいるが、舛添氏が憂える日本の将来と自民党に対する愛情は、私は共有できる。


更なる自民党の発展と参議院選挙での勝利のため、普天間問題で5月が政局になるだろうと噂される時、自民党も十分に対応できる体制を考えていくべきだ。




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訃報

2010年04月16日 | 主張
朝、会館に到着するなり、訃報の連絡が入る。

㈱賞美堂本店 蒲池昭三 会長。
享年 82歳。

肥前陶磁器商工協同組合理事長ならびに有田商工会議所会頭を歴任された方である。

突然のことで、大変驚いた。


氏とは何かにつけて深い関わりがあったが、特に有田窯業界にとって忘れられない思い出は、東ドイツのドレスデンにあるツィンガー宮殿に、古伊万里が眠っているらしいとの情報をもとに、香蘭社の深川正社長(故人)をはじめ、蒲池昭三氏を含む「七人の侍」が当時国交のない東ドイツに入り、古伊万里を発見し、里帰り展を開催されたことである。

この古伊万里の里帰り展の開催により、有田の第二期黄金時代を築く礎となったのであるが、その牽引役であった蒲池昭三氏の死は、有田焼業界にとって、まさに巨星墜つという感じだ。

また、窯業にかかわりのなかった私が、大有田焼振興協同組合の理事長として有田焼業界の取りまとめを一任された折でも、陰に陽にご支援いただいた事は忘れることができない。

平成8年の「世界焱博覧会」開催に向けて汗を流していたころ、地元経済界をはじめメディアに対するアプローチなど、人間関係を最も大事にする方であっただけに、その気配りは多くのことを学ばせるものがあり、博覧会の成功を共に喜び、次の世代へと残す多くのことを示唆してくれた。


心からご冥福を祈ります。







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