急きょ行かなければならなくなった通夜のために畑から家へ帰り、取り急ぎ黒のスーツに着替えたぼくに、昨夜から遊びに来ていた3歳児が言う。
「一年生ですか?」
あまりに唐突なその言葉だったが、それが彼の口から出た理由に思い当たるまで数秒とかからなかった。
それから遡ることちょうど一週間前。卒園式に出席する次兄のネクタイ姿と目の前の爺をダブらせたのだろう。
あまりの可愛さに思わず頭をなでたぼくは、「そうなのだよなあ」とあることに気づく。
ひとは自分が見聞きしたものによって知識の引き出しを増やしていく。さらにそれを応用することによって、自らの言動の幅を広げていく。
まだそれがほとんどない目の前の3歳児には、「ワイシャツにネクタイ=一年生」なのである。
だから、それが幼児ゆえだといってバカにしてはいけない。大のオトナであるぼくもアナタも、程度の大小はあれ人間としての本質は同じなのだ。
それまでの自分が見聞きしてきたものだけで判断するのは致し方ない。だが、それがすべてではないことは、いつもいつでも承知をしておかなければ、その判断が片手落ちになってしまうこともあるし、誤った判断を下してしまうこともある。
今日は4月1日、ありがたいことにわが社にも新入社員が入ってきてくれた。現場へ出るまでの先生役は、不肖辺境の土木屋66歳が務めさせてもらうことになっている。
これだけ薹が立ってしまえば、いかに毎朝毎夜1日2回のお手入れを欠かさないこのスキンヘッドをもってしても、よもや「ぴかぴかの一年生」に戻れるはずもないが、いくつになってもその謙虚な心持ちは忘れぬようにしなければ。
「ぴかぴかの新入社員」と一日中付き合った今、そんな風に思う「ぴかぴかのじいさん」なのである。