答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

風景に埋没する

2012年05月31日 | ちょっと考えたこと

我が社のトイレに掲示してあるこんなのや、

 

 

私たちの部屋の入り口に貼ってあるこんなの。

 

 

いずれにしても、はなは十分その存在価値があったのだろう(と信じている)が、

年月を経ると、風景の中に埋没してしまい、

読まないならまだしも、存在すら忘れてしまっていることが多い。

掲げた当の私がそうなのだから、他の人は推して知るべしだ。

「なら、外しゃあいいぢゃないか」とおっしゃるかも知れないが、そうはいかない。

倦むことなく飽くことなく、いや倦んだとしても飽きたとしても、私は止めるわけにはいかないのだ。

なんとなれば、「私は私と私の環境である。そしてその環境を救えないなら私も救えない」(オルテガ・イ・ガセット)からである。

であれば、手を替え品を替え、伝えるしかないのだな。

 

 

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雉子に出会う道

2012年05月30日 | 高知県

北川奈半利道路は高規格道路だ。

ということはもちろん、自動車専用道路である。

けして歩行者や自転車が通ってはならない。

しかし、さすがにこんなのには規制が通じない。

 

 

雉子である。

いや〜、じつにのどかである。

なんともいいネタである。

とほくそ笑んですぐ、

「イケねえ。こんなのをブログに載せた日にゃ、キジのための高速道路だ無駄な高速道路だどうのこうのと、非難されるばっかぢゃねえか」と別の私が責めるのだが、

日本のなかでも辺境の高知県で、さらに辺境の安芸郡北川村に住む私でも、こんな画像はめったとゲット出来るものではない。

そしてゲットした以上は私ひとりのものにしておくわけにもいかない。

それがWebの掟である(んなタイソな)。

ということでキジにしたw

普段は車が通っているんですよ、念のため (^^)

 

 

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My Baby Baby Balla Balla ーモネの庭から(その142)

2012年05月29日 | モネの庭から

モネの庭にバラが咲き始めたころ、まず私の頭に降りてきたのは、マイク真木の「バラが咲いた」。

バラ真っ盛りの日曜日、今度は突然、こんなフレーズが降りてきた。

「アベリベリバラバラ」

「バラが咲いた」のときと同じようにこれもまた、幾つ以上のオジサンオバサンなら判る歌なのだろうかと考える。


  アベリベリバラバラ

  アベリベリバラバラ

  アベリベリバラバラ

  ふ〜!バラバラ!


どうやら本家本元は”My Baby Baby Balla Balla”と歌っていたらしいのだが、

私の身体には、何の曲だったかも意味不明ながら「アベリベリバラバラ」が染みついている。

つぎ以降、バラを眺める私の脳裏には、


 アベリベリバラバラ

 ふ〜!バラバラ!


というメロディーがなるんだろうな(たぶん)。

と、相変わらず愚にもつかぬことを考えながら、

日曜日、初夏のモネの庭を歩いたのだ。

(ふ〜 ^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

The Rainbows - My Baby Baby Balla Balla (1966)_HQ

たしかに「マイベイビー・・・」と歌ってるようだ。

 

 

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検索する環境

2012年05月28日 | 読む

古来、「二者の関係」よりも「三者の関係」のほうが奥が深い。

「二項対立」よりも「三すくみ」である。

後者のほうが人口に膾炙するといったほうが良いか。

例えば、漢楚軍談より三国志

こんなようなことを書いていたのは、司馬遼太郎だったか陳舜臣だったか。

はたまた司馬遼太郎と陳舜臣の対談だったか。

あくまでも「こんなようなこと」だから、「漢楚軍談より三国志」という点以外は私の思い込みにすぎないのかも知れず、

いずれにしても、私オリジナルな知見でないことだけは確かである。

私が「三方良しの公共事業」を語るときによく言うところの、「(公共建設工事における)甲乙二項対立の発想そのものからの脱却」は、元ネタとしてここいら(を読んだという記憶)がある(かもしれない)。

ふとそのことを思い出し、はてさてどんな記述だったっけと探す。

たいていの場合はドンピシャで、そうでない場合も紆余曲折はするもののたどり着けることが多いのだが、今回は、どうもそうはいかないようで、ひとまず断念。

こんな雲をつかむようなキーワードは、Googleさんでサクサクっと検索というわけにもいかず(いちおう試みたがネ)、

「だからこそ、本とつきあうということが面白いんだわね、コレが」と独りごち、

再度のチャレンジを期するのだが、どうも加齢とともに記憶力も落ちてきているのは確かなことのようだ。

さしもの「悪魔のような記憶力を持つ男(とかつて自称していた男)」であったこの私も、我と我が身の環境をそれなりに整理しておかなければイカンのだなと、軽く反省する。

そもそも本棚というのが無いことはないにしても、あちらこちらに分散して存在している我が家のこと。

それだけならまだいいが、無造作に平積みされている可哀想な本たちもかなりの数あるという、整理というには程遠いこの現状。

「ここんところを何とかしてやらないとナ」と思うには思うのだが、

いつも優先順位としては後へ後へと回されていく。

昨日もきのうとて、「梅雨入りを前にした晴天の日曜に屋根のペンキ塗り」という大仕事の前に、あっさりと後回しにされてしまうのだった。

 

 

 

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いにしえの

2012年05月27日 | ちょっと考えたこと

金環日食』というお題のブログで、

人間には「ウレシがり」と「ウレシがりじゃないの」と二通りの人種があると書いたのだが、

それとは別に、かつてそれを見ていた古人(いにしえびと)に思いをはせてもいた私である。

あれから何日か。色んな人が色んな反応をしたのを見聴きしたのだが、

概して「古人に思いをはせていた人」は、他の別なことに対する感性もいいような気がする。

いや「いい」というよりむしろ、「合う」といったほうが正しいか。

もちろん、「日食」の持つ意味(記号性)が昔と今とでは全く異なるのだから、「現代人も同じように捉えんのはケシカラン」などと言う人は如何なもんかと思うが、

だからこそ、「ウレシがり」かつ古(いにしえ)に思いをはせ八百万(やおよろず)の神を想う、という感性がイイと思うのだし、

正しい現代人とはそういうもんでなければイカンのだと、「何だかよくわからない」自然というやつを相手に日々を営む土木技術者たる私は、

不遜にもそう言い切ってしまうのだ。


いにしえの 奈良の都の 八重桜 今日九重に 匂いぬるかな

                      (伊勢大輔)

 

 

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もの食うヤギ

2012年05月26日 | ちょっと考えたこと

もの食うひとびと』は辺見庸の傑作だが、

こちらはヤギである。

「もの食うヤギ」を見ていると、ふと、かつて読んだ本のタイトルが出てきたと、こういう次第である。

 

 

町道米ヶ岡4号線改良工事の現場近く、最近建てられたヤギ小屋の中で、

ムシムシとワシワシと草を食うヤギ。

5〜6頭いるうちの他のヤギは、寝そべったり座ったりしているのに私が見学させてもらっているその間、

コイツだけは、ムシムシ、ワシワシと一心不乱に草を食っていたのだ。

私が近くへ寄っても素知らぬ顔である。

 ヤギが草を食っているからといって、そのことに特別な意味などあろうはずがなく、

本能が彼(彼女か?)にそうさせているだけなのだろうが、

そのマイペースぶりがうらやましい私は、「かくありたい」と願いつつ、

「オマエはオマエ、オレはオレ、ぞな?」と、解ったような解らぬような質問を、

ヤギに向かってなげかける。

答えはもちろん、「んめえ〜」でしかないが...。

 

 

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もの食う人びと (角川文庫)
辺見庸
角川書店
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新版・三方良しの公共事業改革

2012年05月25日 | 三方良しの公共事業

 

新版・三方良しの公共事業改革

三方良しの公共事業推進研究会

岸良裕司編著

日刊建設通信新聞社

 

5月31日発売、ただいま予約受付中である。

であるが、Amazonに昨夜注文すると、

今朝、いつもの「ご注文品の発送」というメールが来て。

どうも明日届くらしい。

5月31日発売予定、ただいま予約受付中。

新版・三方良しの公共事業改革』である。

 

 

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ナルシスト

2012年05月24日 | ちょっと考えたこと

どうしても毒を吐きたくて、辛抱たまらなかった夜。

(いや仕事のことじゃないですよ、ホント)

女房殿にいくらか吐き出したが、それ以上いっちゃあ陰々滅々とした愚痴にしかならないと、

ぐっと呑みこむ。

何とはなしに自分のブログを読む。

「おお、前向きぢゃないかこのオヤジ」と感心する。

(ワシやがなワシ)

 

ポジティブになりたいとき、

この方法けっこうイイかも...。

 

 

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進捗傾向を分析しながら考える

2012年05月23日 | TOC/CCPM

 

完成した工事の進捗傾向を分析していて、

「う〜ん、なんだかなあ」と唸る。

終わってからでは全てが手遅れなのである。

つまり、リアルタイムで分析し指摘して、良い方向に導くのが私の務めであるにもかかわらず、

いやもちろんそれはその都度やっているつもりではあるのだが、

なんというか、詰めが甘い。

言い方を換えれば、掘り下げようが足らない。

もっと言えば・・・、

いやヤメヨウ。いつものことではあるけれど、反省だけならサルでもできる」。

「まイイ。次に活かせば良いではないか」と前を向き、また進捗傾向とニラメッコする (._.)

 

 

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だって技術を売ってるんだもの

2012年05月22日 | 三方良しの公共事業

 

高知県土木施工管理技士会主催の講習会で、講師とやらを仰せつかっているのだ。

6、7、8月の計3回である。

お題を、『「三方良しの公共事業」その理念と実践』と名づけてみたが、いかにも固い。

もう少し何とかならんもんかと思わぬでもないが、まあ勘弁してやることにした。

 

 

 

 

 

 

とまあ、こんな感じなのだが、

こんな感じといわれても、このスライドを見て、「フムフムなるほど、ガッテンしやした」と仰ってくれるかたがいたとしたら、言われたこちらがビックリ仰天なのだから、かいつまんで説明する。


私が「三方良しの公共事業」について語るときの前提としていたのは、

ある公共事業を一つのプロジェクトとした場合、発注者と受注者は同じプロジェクトメンバーであり、

だからこそ、「住民の安心安全のために」「お互いに助けあいながら良いモノをより早くつくっていく」必要があるのだと、こういうことであったし、今もその原則が間違っているとは思ってはいない。

しかし、と同時に、公共事業の発注者たる公務員は、「同じプロジェクトメンバー」という立場でもあり、住民の代理として公共事業の成果物を指導監督検査の結果受け取る人でもある。

そしてそれを「つくる人か?買う人か?」という言葉で表して、

(ここが大事だ)

同じく住民を向いたとしても、その立ち位置の違いで中小公共建設工事業への対応の仕方もまた、変化するのだということを説明しようとしたのだが、なんのことはない。

10年前に桃知さんはこう書いている。


発注者の持つ相反する性格(「売り手としての意識」と「買い手としての意識」)の振れ具合によって、中小建設業がターゲットとする公共建設市場の性格(市場規模や市場が持つ目的)は簡単に揺れ動くのです。そして、受注者としての中小建設業の「技術のミーム」は、この市場の性格の振れ具合によって左右されるものでしかありません。(『桃論』中小建設業IT化サバイバル論、桃知利男、エクスナレッジ、2002年、P.199)


つまり、悩んだ末にたどり着いた考えも、ふたを開けてみたらいつもの「受け売り」にしか過ぎなかったとこういうわけなのであるが、そこは笑ってアタマを掻いとくとして、

「同じプロジェクトメンバー」ということに固執しすぎると、キレイゴトに過ぎてしまう嫌いがありはしないかというのが、今のところの私の認識で、

だからこそ中小公共建設工事に携わる私の基本として「三方良し」を置きたいのだと、

いやそもそも公共事業は「三方良し」でなくてはいけないのではないだろうかと、こういうことなのである。

以下、近江の国の麻布商人、中村治兵衛宗岸が記した家訓(三方良しの原典)である。


他国へ持ち下り商いに出かけた場合は、持参した商品に自信を持って、その国のすべての人々に気持ちよく使ってもらうようにと心がけ、

その取引が人々の役に立つことをひたすら願い、損得はその結果次第であると思い定めて、自分の利益だけを考えて一挙に高利を望むようなことをせず、なによりも行商先の人々の立場を尊重することを第一に心がけるべきである。 (抜粋)

                     

そして私たちの「儲け」が、直接的な金品のやりとりではなく、社会資本をつくるということを迂回して得られるものだということを考えれば、

「やっぱりこれは外せないべ」と、最後はいつものやつ。

 

 

現実の私は、諸氏の顔色を伺いながら日々を送るヘタレでしかないのだが、

いつも気持ちはこうありたい。

 

私はお客さんに媚びないよ。だって技術を売ってるんだもの

              (まえだ美容室オーナー菅原福子)

 

 

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