
高知県土木施工管理技士会主催の講習会で、講師とやらを仰せつかっているのだ。
6、7、8月の計3回である。
お題を、『「三方良しの公共事業」その理念と実践』と名づけてみたが、いかにも固い。
もう少し何とかならんもんかと思わぬでもないが、まあ勘弁してやることにした。





とまあ、こんな感じなのだが、
こんな感じといわれても、このスライドを見て、「フムフムなるほど、ガッテンしやした」と仰ってくれるかたがいたとしたら、言われたこちらがビックリ仰天なのだから、かいつまんで説明する。
私が「三方良しの公共事業」について語るときの前提としていたのは、
ある公共事業を一つのプロジェクトとした場合、発注者と受注者は同じプロジェクトメンバーであり、
だからこそ、「住民の安心安全のために」「お互いに助けあいながら良いモノをより早くつくっていく」必要があるのだと、こういうことであったし、今もその原則が間違っているとは思ってはいない。
しかし、と同時に、公共事業の発注者たる公務員は、「同じプロジェクトメンバー」という立場でもあり、住民の代理として公共事業の成果物を指導監督検査の結果受け取る人でもある。
そしてそれを「つくる人か?買う人か?」という言葉で表して、
(ここが大事だ)
同じく住民を向いたとしても、その立ち位置の違いで中小公共建設工事業への対応の仕方もまた、変化するのだということを説明しようとしたのだが、なんのことはない。
10年前に桃知さんはこう書いている。
発注者の持つ相反する性格(「売り手としての意識」と「買い手としての意識」)の振れ具合によって、中小建設業がターゲットとする公共建設市場の性格(市場規模や市場が持つ目的)は簡単に揺れ動くのです。そして、受注者としての中小建設業の「技術のミーム」は、この市場の性格の振れ具合によって左右されるものでしかありません。(『桃論』中小建設業IT化サバイバル論、桃知利男、エクスナレッジ、2002年、P.199)
つまり、悩んだ末にたどり着いた考えも、ふたを開けてみたらいつもの「受け売り」にしか過ぎなかったとこういうわけなのであるが、そこは笑ってアタマを掻いとくとして、
「同じプロジェクトメンバー」ということに固執しすぎると、キレイゴトに過ぎてしまう嫌いがありはしないかというのが、今のところの私の認識で、
だからこそ中小公共建設工事に携わる私の基本として「三方良し」を置きたいのだと、
いやそもそも公共事業は「三方良し」でなくてはいけないのではないだろうかと、こういうことなのである。
以下、近江の国の麻布商人、中村治兵衛宗岸が記した家訓(三方良しの原典)である。
他国へ持ち下り商いに出かけた場合は、持参した商品に自信を持って、その国のすべての人々に気持ちよく使ってもらうようにと心がけ、
その取引が人々の役に立つことをひたすら願い、損得はその結果次第であると思い定めて、自分の利益だけを考えて一挙に高利を望むようなことをせず、なによりも行商先の人々の立場を尊重することを第一に心がけるべきである。 (抜粋)
そして私たちの「儲け」が、直接的な金品のやりとりではなく、社会資本をつくるということを迂回して得られるものだということを考えれば、
「やっぱりこれは外せないべ」と、最後はいつものやつ。

現実の私は、諸氏の顔色を伺いながら日々を送るヘタレでしかないのだが、
いつも気持ちはこうありたい。
私はお客さんに媚びないよ。だって技術を売ってるんだもの
(まえだ美容室オーナー菅原福子)
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