語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】中原中也「春日狂想」

2015年08月09日 | 詩歌
 1

 愛するものが死んだ時には、
 自殺しなけあなりません。

 愛するものが死んだ時には、
 それより他に、方法がない。

 けれどもそれでも、業(ごふ)(?)が深くて、
 なほもながらふことともなつたら、

 奉仕の気持に、なることなんです。
 奉仕の気持に、なることなんです。

 愛するものは、死んだのですから、
 たしかにそれは、死んだのですから、

 もはやどうにも、ならぬのですから、
 そのもののために、そのもののために、

 奉仕の気持に、ならなけあならない。
 奉仕の気持に、ならなけあならない。

 2

 奉仕の気持になりはなつたが、
 さて格別の、ことも出来ない。

 そこで以前(せん)より、本なら熟読。
 そこで以前より、人には丁寧。

 テムポ正しき散歩をなして
 麦稈真田(ばくかんさなだ)を敬虔(けいけん)に編み--

 まるでこれでは、玩具(おもちや)の兵隊、
 まるでこれでは、毎日、日曜。

 神社の日向を、ゆるゆる歩み、
 知人に遇(あ)へば、につこり致し、

 飴売爺々(あめうりぢぢい)と、仲よしになり、
 鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、

 まぶしくなつたら、日蔭に這入(はひ)り、
 そこで地面や草木を見直す。

 苔はまことに、ひんやりいたし、
 いはうやうなき、今日の麗日。

 参詣人等もぞろぞろ歩き、
 わたしは、なんにも腹が立たない。

      ((まことに人生、一瞬の夢、
      ゴム風船の、美しさかな。))

 空に昇つて、光つて、消えて――
 やあ、今日は、御機嫌いかが。

 久しぶりだね、その後どうです。
 そこらの何処どこかで、お茶でも飲みましよ。

 勇んで茶店に這入(はひ)りはすれど、
 ところで話は、とかくないもの。

 煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
 名状しがたい覚悟をなして、--

 戸外そとはまことに賑やかなこと!
 --ではまたそのうち、奥さんによろしく、

 外国(あつち)に行つたら、たよりを下さい。
 あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

 馬車も通れば、電車も通る。
 まことに人生、花嫁御寮。

 まぶしく、美(は)しく、はた俯(うつむ)いて、
 話をさせたら、でもうんざりか?

 それでも心をポーッとさせる、
 まことに、人生、花嫁御寮。

 3

 ではみなさん、
 喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
 テムポ正しく、握手をしませう。

 つまり、我等に欠けてるものは、
 実直なんぞと、心得まして。

 ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に--
 テムポ正しく、握手をしませう。

□中原中也「春日狂想」(『在りし日の歌』(創元社、1938)所収)
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 【参考】
【詩歌】中原中也「幸福」
【詩歌】中原中也「朝鮮女」
【詩歌】中原中也「朝の歌」
【詩歌】中原中也「曇天」
【詩歌】中原中也「つみびとの歌 ~阿部六郎に~」
【詩歌】中原中也「夕照」
【詩歌】中原中也「骨」
【詩歌】中原中也「月夜の浜辺」
【詩歌】中原中也「一つのメルヘン」
【詩歌】中原中也「湖上」
【詩歌】中原中也「汚れつちまつた悲しみに・・・・」
【詩歌】中原中也「サーカス」
【詩歌】丸ビル風景 ~正午~

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