てのひらに太陽を

生涯、元気ハツラツOld Boy’s
70歳現役を目指し!
日々の気付きと思いと書き綴りたい
そんな気持ちのブログ

続き(またインターネット不調)

2008年12月06日 22時18分55秒 | Weblog
ええ~っとどこまで書いていたか
ヤハリ途中で投稿ボタンを入力することナンジャね

 大正10年(1931年)11月、原敬 東京駅で刺され死亡
 高橋是清、その意に反して総理大臣・政友会総裁
 就任半年で総辞職、田中義一内閣誕生
 その後は悠々自適

昭和に入り、不況は続く
その中での「はやり歌」
 船頭小唄の
  お~れは 川原の 枯れすすき~ を

   お~れは い~つでも 金がない~
   お~なじ お~まえも 金がない~

これは受けるねえ~

当時の日本、昭和2年の頃だから
まだうちの母は産まれる2年前

  ・日本の人口、6074万人
  ・貿易不振、相場の暴落で小作争議
  ・東京でインフルエンザ流行、患者37万人
  ・マスク、吸入器の使用が盛んになる
  ・京都府下で大地震、死者3,589人

 「財界は放縦な投機思惑に走りつつ、欠損の損失を
  国に求めた。昭和2年までの7年間、デフレーションの
  なかで企業の資産価値は減少し、不良債権は増える一方」

なんだか、バック ツーザ フユゥチアーもどきじゃん
当時の世相を、高橋是清は「随想録」でこう語っている

 「欧米の思想が輸入された結果、金を貯めることは
  人間の恥辱ではないということが、一般社会の常識となり
  ついには、極端の走って、あまりに金銭的価値を重視しすぎ
  ややもすれば黄金万能主義の傾向すらないでもない」

いやいや、我々の先輩諸氏も同じような~

今日はこれくらいに・・・
眠くなりました

初雪!!

2008年12月06日 21時39分02秒 | Weblog
今日は休み、昨日は気持ちよく
本を読んでいたら2時か3時くらい

朝起きると8時、私は7時のつもりだったが
アレレよく寝たものだ~

新聞を取りに出ると
ヘエエエエエ

広島で雪を見るのは何年ぶりだろう

どうりで寒いはずだ、新聞を読みテレビを見ていたら
バスの時間に間に合わなくなった

易経は取りやめにした
競馬の時間まで図書館で本を読む事にした

高橋是清の生涯
ページを開けると

 明治から昭和にかけて、日本の財政が破綻の危機に
 立ち至ったとき、余人では果たすことの出来ない重圧を
 一身に負い、巧みな舵取りで国運を立ち直らせた男がいた

格好いいねえ~