たあまご たまご パチンと割れて

大きなたまご 小さなたまご 色々なヒナが出てきます。たまごが産まれる巣は滋賀県草津市です。

「草津川跡地利用基本計画」説明会

2012-03-02 23:43:24 | 中から まちづくり
3月2日(金)

 草津市草津川跡地整備室による「草津川跡地利用基本計画」の説明会に参加しました。

 草津川は廃川となり、名前も草津川ではなく、「草津川跡地」となりました。私たちは、未だに天井川と呼んでいます。

 天井川、約7.4キロは、自然環境と人間の日常の生活との狭間に晒された川です。その川が、1998年に「四車線道路」になるということになり、天井川の将来や、まちづくりなどについて、立命館大学や、色々な立場の市民の方々と学び、語り合いました。そして、「緑」を一つのキーワードにして、「四車線道路に反対する」という動きが盛り上がりました。約28000の署名も集りました。
 その後、「行革」という流れにのり、いつの間にか「四車線道路」という言葉自体が消滅してしまいました。

 今、市は、JRびわ湖線から国道一号線までの間は、できるだけ天井川の形体を残し、緑の空間・憩いの場にする計画だという説明をしました。ただし、国道一号線の草津川トンネルは、災害時を考慮し、国との話し合いでオープンカットにする計画であるとも説明していました。

 一方、草津川の高い堤防の元で暮らしている人々は、やはり「高い堤防はいらない。新しい草津川もでき、洪水の恐れもなくなったので、平地化にして欲しい」という意見でした。それに対しても市は、「天井川と言う形体を残し、緑の空間」というような答えを強調していました。
 この場面だけを見ていたら、1998年の時の、市と市民の立場が逆になっている景色に一瞬見え、「アレレ~」という思いがしました。

 私は、天井川は、桜があっての草津川、高い堤防があっての草津川と思っています。ただ、3月11日のあの大震災の画像を思い出すたびに、やはり、重機がすぐに入り込める大きな道が絶対に欲しいという考えも持つようになりました。で、今夜の市の説明は、まあある程度は・・・と感じました。

 市長のマニュフェストにも草津川の跡地利用計画が挙げられていました。「草津川跡地利用基本計画」が絵にかいた餅にならないようにと思いました。
 写真は昭和20年代の草津川の花見の風景です。昔から、市民の憩いの場になっています。この先もずっと、憩いの場になればと考えます。そのためには、やはり市民として、そして、1998年署名運動をやった人間として、何か協力できればとも思っています。

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