超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

サンマーメン

2009-05-31 05:03:08 | 食べ物
誰でも「語ると長くなるラーメン」のひとつやふたつはあるものだ。
このサイトによく遊びに来て小粋なコメントをくださるスーパーグルメ主婦さんのブログによだれが出るほど美味しそうなラーメンが載っていたので昼ご飯はラーメン屋に行った。
社員食堂では名古屋風台湾ラーメンが好物だが、その食堂にはたまたま無いだけで実は私はトローリ系が大好きなのだ。

あの桑田佳祐がファンだったという「サッポロ軒」をはじめ、北京亭、都亭と茅ヶ崎だけでもお気に入りのラーメン屋には困らなかったが。ここ10年くらいで次々に店を閉めてしまった。
その結果この近辺は「ラーメン屋の砂漠」じゃないかと思われるほど「当たり」の店が減ってしまった昨今、この店は数少ないお気に入りの店だ。
名前を千里飯店といい、駅前にある小さな佇まいだ。

ここの人気メニューはなーんと言っても「サンマーメン」
「にしんそば」のようにサンマが乗っかているわけではない。。。(私にとっては「にしんそば」もかなりキワモノなんだけど)
トロリを付けたもやし野菜炒めが乗っかっている醤油味のラーメンだ。
舌も焼かんばかりのアツアツさが魅力だが、「具を安上がりにした五目そば」とも言える。

以前聞いたことがあるが実はこのサンマーメン、横浜が発祥?で神奈川でだけ呼ばれているメニューらしい。
多摩川を渡ると東京では「もやしそば」と言うメニューになるそうだ。
まあ、この辺はあいまいで神奈川でも「必ず」という訳ではない。

私の母校の出口横に「ハルピン」というラーメン屋が今でもあり、そこの「もやしそば」は先輩から語り継がれた伝説のメニューだ。
我が校出身でハルピンのもやしそばを知らなかったら完全な「モグリ」と言ってよい。
ハス向かいに「たいかりん」という本格中華レストランがあったのだがつぶれてしまった。。。

話を「サンマーメン」に戻そう。
私のラーメン人生史上(どんな人生や?)、最高の店としている今はない北京亭にももちろんそのメニューはあった。
食すと口の中が一回脱皮するほどの熱さで、すぐにレンゲでスープをすくわないと溢れてしまうほどのボリュームだった。

今の千里飯店でもサンマーメンなら負けてはいない。味噌ラーメンもお勧めだが、「具が充実して濃いめ」なのが特徴だ。
昔、よくこのサイトにコメントしてくれたケンケンさん曰く

「あそこは飲んだ後行くとうまい!」

行列ができるほど有名なわけではないが、夜中までやってるので酒飲みには人気があり結構繁盛してるようだ。
たしか前に少し紹介したことがあったような。。。
持って来てくれたモノを写真に撮る習慣があまりないので、恐る恐る店員に尋ねた。

「あのー、写真撮ってもいいですか?」

「あたしぃ?」

うーむ。安っぽい4コマ漫画バリのいかにもベタなリアクションだが、オバちゃんなかなかやるな。。。もしかして計算ずくか?
湯気がもうもうと上がり、いかにもアツアツだ。
そのまま食ってもよし、コショウ、ラー油、酢を順番に入れて三段スライド方式で食すもよい、まさに最後の楽園か。。。

値段は650円。私は800円以上するラーメンを決して許さない。。。
誰でも「熱く語るラーメン」のひとつはあるものだ。
実は史上最高の店北京亭のメニューで「サンマーメン」は私的にはNO.2だった。
NO.1は今や私にしか作れない。(いや、妻も作れて・・・たぶんそちらのほうがうまい)
その話はまた今度。今日のレクチャーはここまで。。。

風と雲と虹と

2009-05-30 09:10:38 | 出来事
別にタイトルほどすごい話ではない。
昨日は朝から大雨が降っていた。雨が降ってもこの地方は最近波がさっぱりで、早朝サーフィンもご無沙汰状態。。。
今日はこの前長野で行った地方圏意見交換会シリーズ「東北編」で仙台へ出張だ。

「ずんだ餅」とかいうお土産を買ってこいと妻は言う。
少しゆっくり目の出発なので、だらだらテレビを見ていた。
毎朝見るズームインの天気予報編の直前に「江ノ島カメラ」というやつでそこの海岸が映し出される。
たぶんそれぞれの地方天気予報はここで切り替わるんだろな。

気象予報士の木原さんが、

「おや?江ノ島はきれいな虹が出ていますねえ」

あれは片瀬江の島駅から歩いてすぐのところにある、とんがったマンションのてっぺんにあるカメラだと思うが、見事な虹が画面に出ていた。
すかさず、愛車のポインター(JOG‐DX)を疾駆すること1分(走って行けってんだよ)、いつも波を偵察に行く海岸134号の歩道橋に走った。

おーっ、こりゃあ見事な架け橋だ。最近こんなすごいやつ見てないな。。。
写真にはうまく写ってないが、左側海面付近がやけにぼやけていて神秘的だ。
ついついわたっている人がいないか目を凝らしてしまう。(いるわけねえか。。)

いつもの携帯ショボカメラを構えていると横から、

「きれいですねえ。」

同じ歳くらいのおじさんが声をかけてきた。

「ええ。ズームインで映ったんで急いで来てみたんですよ」私もニッコリ答える。

別になんの変哲もない会話だった。。。
横にいたのが犬の散歩に来た妙齢の女性なら加山雄三風に

「ボカぁ、こういう美しい光景には目がないんですよ。。。犬にはあの虹ってどんな風に映ってるんですかねえ」

なーんて、「ラブストーリーは突然に」パターンだし、横にいたのが杖をついた老人なら

「老師、あの虹は何を意味するんでしょうか・・・」

「ヌシも『心の眼』で見ればその意味がわかるわい・・・」

ってな感じでファイナルファンタジーなんだが。。。
雲がすごい勢いで海から山に向かっている(オンショア)。昔、茅ヶ崎の漁師に聞いたのだが、雲が山から海に向かうときは天気はよくなり、その逆は雨だと。。。
今は一瞬太陽が顔を出しているが、今日はまだまだ降るんだな。

そしてその時気がついたのだが、太陽が低いうちはできる虹が妙に平べったい。
またテレビの江ノ島カメラで見たやつは江ノ島のすぐ横に出ていたのだが、今の角度だと雲が無ければ向こう側に富士山が入る。
カメラを楽しむ人には、なかなかレアなシーンだろな。小田急線に乗って藤沢に向かう頃にはもう消えてしまっていた。

善光寺の御導師数珠チャラといい、ここのところ縁起がいいや。。。
ところで「風と雲と虹と」って加藤剛が将門やってたやつだよな。



善光寺参り

2009-05-27 21:37:40 | 旅行お出かけ
あまり、えばれない話ではあるが。。。
昨日、長野へ出張する用事があった。
つい数か月前、現地システム作業の確認で田舎まで赴いたのだが、今回は長野市街の拠点オフィスでの意見交換会だ。
年に数回行われ、地方圏ごとの拠点からどこか一か所に集まる。

2時から会議開始なので職場に立ち寄っても来れるが、移動時間を考えると1時間あまりしかいられないから直接行くことにしていた。
いつもよりゆっくりめに波乗りを楽しみ、弁当でも買って新幹線で昼食だな、と思っていた。
そう言えば、前回(3月)に長野を訪れたとき、善光寺の御開帳がもうじきとか言っていた。
どうなったのか調べたら、なーんと今月末までだ。

うーむ。あれは7年に1回とかセミの幼虫みたいなことを言っていたぞ。
7年に1回、それも2か月足らずの期間で長野への出張なんて離れ業はいくら自分の都合で出張を決めてしまう私でも二度と機会がないだろう。
私はこのような「縁起物」を決してはずすことができない。。。早出して参拝することにしたが・・・

午前中の新幹線はどうしても空席がない。。。そうだよな・・・7年に一度で、もうじきお仕舞いなのでわぁっと人が来るんだろな。
グリーン車は空いているようだが、果たして2000円余計に払っても行くべきか。。。とりあえず「ゆっくりサーフィン」パターンで普通席を予約した。
どうしたものか、家に帰って妻に聞いてみると。。。

「あなたがそう言うときは背中を押してもらいたいときなんだからあ。2000円くらいだったら行ったほうがいいんじゃないの?」

あまり興味なさげに採決されてしまった。
やっぱそうだよな!すかさずモバイル特急券を変更して、妻におにぎりを頼み、ネットで善光寺御開帳について調べ始めた。
しかし、縁起物(もしくは話のタネ)は好きでも、イマイチ信仰心の薄い私は、読んでも何が目玉でどうすればよいのかさっぱり分からなかった

善光寺に着いたのが11時半、与えられた時間は1時間半だ。改札に13時半集合だからだ。
驚いたことに山門のはるか外まで長ーい行列ができている。こっこれが御開帳を拝む列か!とても時間内には順番が回ってこないなあ。
がっかりして、とりあえず本堂まで行き外からでも拝んで、お守りでも買って帰るか。


せっかくここまで来たのに。。。とぼとぼ歩いて本堂に向かうと正面に巨大な柱が祭ってある。
実はこの柱が「回向柱」と言って御開帳された「前立本尊」、ご本尊の右手へとつながる善の綱が結ばれているそうだ。
7年に一度の御開帳はこれじゃなくて、内陣参拝というコースで奥に行くと拝める「前立本尊」という仏様だって。
あぶねえ、あぶねえ・・・あのまま帰ったらそれこそ「仁和寺の法師」になるところだった。。。

こちらは30分並んで、ありがたくも拝むことができた。お焼香みたいなものもあげた。とりあえず一番の目的はこれで成就したぞ。
特別拝観券に「参拝のつぼ」というのがあって、何の由来があり、どうするものなのか順番に書かれていた。
面白そうなのがたくさんあったが、残念ながら他のやつ(7年に1回ではない)は待ち時間が長すぎてダメだった。。。

最初にビビった回向柱が2時間以上待ち
お戒壇めぐり(ご本尊真下の真っ暗な回廊を巡って「極楽の錠前」を探り当て、秘仏のご本尊と結縁する)が80分待ち
経蔵参拝や資料館拝観の時間も無かった。
御印文頂戴(ご本尊の功徳がこめられた三つの御判を頂戴する)は15分程度と聞いたので、ダメ元で並んでいたら1時近くになってアナウンスが入った。

「間もなく御導師様がお通りになります。3列に並び中腰になって頭を差し出すようにしてお待ちください。なお、3列目以降の方は御数珠を頂けない場合がございますのでご了承ください」

ふーん。「数珠を頂く」だと?お坊様が建前みたいに数珠を捲いてくれるのかな。そんな気前いいわけないか・・・
ちょうど回向柱の列が並んでいるところが御導師様の歩くコースになっている。
御印文頂戴の列がすぐ横にあったので、並びながら見ていると、なーるほど、御導師様が差し出された頭の上をパラッパラッと数珠で払って行くのだ。

既に御導師のコースの両サイドには何重にも列ができていたが、私が立っているすぐ横はなぜか一重にしか人がいなかったので、すかさずそこに入って中腰になった。
ほんの一瞬の気合により、幸運にも「御数珠を頂く」ことができた。
こいつあ春から縁起がいいや。

回向柱のミニチュアお守りを買って、仁王門の横の芝生にポツネンと座って妻がにぎってくれたおにぎりを食べ、集合場所の長野駅に向かったのだった。
もうその日の仕事はぜーんぶ終わった気分だった。


クラブハウス

2009-05-24 21:48:21 | 出来事
今日は朝から雨が降ったり止んだりでしまらない天気だった。
先日、全日本予選、その前に選手権準決勝と負けてはいけない試合を落としてしまった我がチームは「雨でも練習する」という方針で今日も集合した。
集合場所まで甘辛を車で送った後、猛烈な雨が降ってきた。

今日の練習会場は馬入川河口付近の「潮さい広場」というところだ。
海っぺりなので強烈な風もあり、今日は大変だろな。
私はと言うと。。。大雨の割りには波は全くないし、妻を職場に送ると午前中は超久し振りにプレステ2「さらば宇宙戦艦ヤマト」でもやろうかと思っていた。

休みの日にごろごろできない性質なので、もう1年以上やってないな。
っとそこへ妻から携帯に電話がかかってきた。
Oコーチに連絡をとってほしい、という。我が家でミーティングを開きたいらしい。
総勢15人だと?さっすがに練習はあきらめたのか。。。

「せっかく集まったんで、磯辺さんちにおじゃまできないかなあって・・・」

こりゃあ、大変だ。入らないわけじゃないけど、座ってミーティングくらいできるようにテーブル上、畳コーナー上のものをザーっとかき集め、奥の部屋に押し込んだ。
ビールくらい買っといたほうがよかったかな。。。

やがて、全員到着し、ぞろぞろと上がりこんできた。
想像はしていたが、「うわぁっ、甘辛んちすげえ!」ウルトラコレクションを見て、我が家に来た事ない子供はしばし興奮のるつぼだった。
よく見ると監督・指導者も似たようなもんで、しばらく眺めた後Oコーチは

「ここ・・・クラブハウスにいいよねえ。」

「バーベキューもできそうですよ」監督もつぶやいている。

「まあ・・・お前ら、今日はミーティングさせてもらいに来たんだからな」

皆、2連テーブルの向こう側に囲むように座り本格的に真面目なミーティングが始まった。
一人ひとりがこの10ヶ月何を目標にして努力するかめいめい発表した。
昨日の練習後、コーチが選手各自のテーマを細かくリポーティングして1枚にまとめてくれた。

「みんな、ちゃんと読んで考えたか?何か感想でもいいから言ってみろ」

「うーん。誤字が多かった・・・」T朗は厳しい。

「そこは見逃さなきゃなー」空気を読んだ甘辛もツッコミを入れる。

「んーまあ、よーく読んでるってことだよな」コーチは苦笑いだ。

次に自分にあっていると思うポジションを発表した後、Oコーチは

「じゃあ、オーナーからも気付いた点を指摘お願いします」

オッオレか?!しかもいつの間にか経営者にされてるし・・・
しかし、さすが年の功、突然一言と振られるには慣れている。いつもの「はじめの一歩」編を一言。

「努力した者が成功するとは限らぬ。しかし、成功したものはすべからく努力している」

そして「襟にステッチがついたウルトラマンのサイダーが出てきたら持ってくる」ことを忘れずに付け加えて・・・と。
なかなかミーティングにも熱がこもってきた。今後の予定を調べながらOコーチは

「このメンバでサッカーできるのも今年だけだぞ。夏は家族旅行よりもサッカーを優先させてくれよ」

「今年の合宿は御盆の頃、清水の草サッカー大会に出ます。どうしても旅行に行くならその付近ね」監督も優しくプレッシャーをかける。

私はそれを聞いて、少し唸った。なーるほど、その手はありだな。
清水なら三保の松原とか名所はあるし釣りもできそうだ。一度訪れたいと思ってる浜名湖も行けるかもしれぬ。今年は西方面で決まりだな。
1時間あまり念入りなミーティングを行った後・・・

「では、オーナーに挨拶して帰るぞ。ほらその辺のモノを壊さないうちにな・・・」

部屋ん中で一列に並ばれ、キャプテンのKT君から

「きょうは、突然ありがとうございましたぁ。またお願いします。気をつけ!礼!」

「ここ、砂浜練習の後も使えるよねえ」とOコーチ。

「バーベキューもできそうだし・・・」監督はこだわってる?

よーし。いっちょ企画したるか!
自分たちが乾杯用に持ち込んできたアクエリアスのペットボトルが何本も余った。
持って帰るんだと思ったら、コーチは置いていけと言う。ボトルキープなんだって。。。
皆が帰った後、マジックでチーム名を書いといたぞ。

まあ、こんなところでよければ宴会でもミーティングでも何でも使ってくれ。
夜になってコーチから妻の携帯にメールがあったそうだ。

「貴重な意見もいただきありがとうございました。マスターによろしく」

うーむ。いよいよ「お店」になってしまったのか。。。

あのピッチに立つ時

2009-05-20 22:15:14 | ヒーロー
ついこの間、ワールドカップ最終予選で日本代表対オーストラリア戦を観戦にいった横浜国際総合競技場(日産スタジアム)だが、まさか息子甘辛が観客の前で試合をやって見せるとは。
それはナビスコカップ予選横浜・F・マリノスとサンフレッチェ広島のゲームの前座試合として行われた選抜どおしのゲームだった。
前座とは言え観客もいるし、ピッチもスタジアムの設備もすべて「あの」日本代表と同じものだ。

あんなところに立って、サッカーできるとは今年はかなり「彼のための風」が吹いているふしがあるな。
軽いウィルス性の胃腸炎にもなっていたらしく朝から「腹いてえ」とか冴えない顔をしていたが、何とか妻と学校が終わってスタジアムに駆け付け集合場所の西ゲートで私と待ち合わせた。
対戦相手の横浜選抜と同様に集合し、選手だけがコーチとともに「関係者入口」からスタジアムに入っていった。

サッカー協会の取組みで選手一人につき保護者1名だけ「Sブロック」の入場券が提供される。
妻が名前を呼ばれて、券を受け取っていた。私は発券所が開くのを待って、別途購入しなければならない。
さらにSブロック入口で開場まで30分以上列に並んで待つことになる。

うーむ。これ以上晴れの舞台はないとして、息子の試合を見るのに3500円出して開場まで30分待ちか。。
スタジアムに入ると今更のようにその迫力に圧倒される。
前座とは言え、両サイドのオーロラビジョンに

U-12横浜選抜 vs U-12藤沢選抜

と、でかでかと出ている。選手は一体どこから出てくるのかな。
5時45分キックオフが迫ると、あの日本代表を呼びだしたいつもの場内アナウンスが響き渡った。

「お待たせしましたぁ!皆様、これからアンダー12横浜選抜、藤沢選抜両チーム選手の入場です!」

高らかにファンファーレが鳴り、審判を先頭にこれも「あの」日本代表が入場した正面スタンドの直線通路から選手が出てきた。
な、なーんと息子甘辛は緑の代表ユニフォームで先頭をとことこ歩いてるじゃないか!このビデオは永久保存版だな。
ピッチにさしかかったときに両チームの先頭が正面からドアップでオーロラビジョンに映った。(Vサインはしてなかったが)
この光景は。。。まさしくワールドカップ最終予選でも・・・・「覚えありーっ」

両チームはピッチに一直線に広がり、ホームスタンドに挨拶、くるりと振り返ってバックスタンドに挨拶し、観客の拍手を受けて円陣を張った。
こちらのほうが舞い上がってしまった。妻は甘辛が先頭で登場したときから、うるうるきていた。
前半15分、何度もボールに絡みその都度オーロラビジョンに映し出された。結構いいプレーもしていた。
前半終了間際、豪快にクリアを空ぶりして苦笑いしながら仲良しのキーパーTG選手にバックパス。

ホイッスルでドキドキの出場を終えた。見てるほうもどっと疲れた。。。
ハーフタイムでベンチで指示を受ける選手達の顔、アップをする選手の姿がオーロラビジョンに映し出される。
ベンチのシートだって「あの」日本代表が使ったものだ。

スクリーン用のカメラがやってくると皆、はにかみ笑いをしたりVサインをしたり、手を振ったり。。。子供らしい実にいい顔をしている。
気のせいか、横浜の方が都会派キッズという感じがし、我が方は田舎のガキに近い。
ベンチ前でカメラを気にしながら円陣を組んで、後半に突入だ。

両チームとも親善試合で記念だからか、全メンバーを入れ替えた。これで全員出場したことになる。
結果は横浜相手に奮戦、前半を互角以上に折り返し後半なんと2点を上げて勝利!
試合終了後、後半はベンチにいた甘辛たちもまた出てきて、一直線になり観客に頭を下げた。

そして、最後にバックスタンドに向かって両チーム並んでランを始めた。うーむ。かっこいい。
スタンドの観客に向かって一礼、また走って今度はマリノス応戦席に向かって一礼、最後は我々がいる目の前にやはり一直線に並んで一礼。
選手用ルームに向かって消えて行った。。。

「いやあ、ドキドキしたぜ。でも面白かった!」

着替えを終えた甘辛達が我々のいるスタンドに戻ってきた。ピッチでは勇ましそうに駆ける選手達もこうなるとただの子供だ。
しかも5年生の時からトレセンで練習を共にし、6年生の選抜でメンバが半分になってしまったからなおさら一体感ができたのだろう。
彼らはものすごく仲が良い。いつの間にかラーメンを買ってきて取り合っている。一生の思い出になったろな。

「オレさ。なぜかわかんねえけどコーチに先頭歩けって言われたんだ。円陣もオレがやったんだぜ」

ふーん。選抜に残れただけでも不思議なのに。。。やはり彼の風が吹いているな。
ドアが開くとはこのことか。
どアップも含めてスクリーンに映し出されたのが数十回。。。ピッチかスクリーンのどちらがいいか、ビデオが行ったり来たりした。

しかし、子供の晴れ舞台を見て観客席でビールを飲めるなんて、なかなか素敵な経験をさせてもらった。
こういうやつならいつでも会社早びけするからまた頼むぜ!


善行

2009-05-17 23:53:07 | 出来事
我が家の最寄駅がある小田急江ノ島線に「善行」というホトケサマが喜ぶような名の駅がある。
最近読んだ「いきなり浄土真宗」(なぜこんなマニアック本を読んだかは別途)によると、「お布施」や「善行」というものはそもそも見返りはもちろん、それが「何かを施す」「よいことをやっている」という意識すら持っては無意味なものになるという。。。
そのような「邪念」や「執着」を取り払うところにありがたい教えがあるそうだ。

このサイトにも紹介したとおり、我が父子は「会長関連」の事件に遭遇し、その時々は懸命に「人のため」がんばった。
「会長」なんて言ってること自体が「雑念」の塊ではあるが。。。
今回は自分の「行い」とそれとは直接関係ない物事の結果の話。

私は息子甘辛のサッカーやスポーツ他で応援するときに、人一倍「ジンクス」というものを気にする。
日常生活の何か習慣や形を「必勝パターン」として結びつけるやつだ。
それも我ながらひねくれていて、「ジンクスを担がないジンクスを担ぐ」というものだ。


「ジンクスなど気にせず、自分の力のみを信じる」などという、積極的かつ格調高いものではない。
何か特定のパターンを固定して、もしダメだった場合、どのジンクスが効かなかったのか考えたり、別モノを設定したりするのが煩わしいので、言わば「ジンクスの神を煙に巻く」のを志向しているだけだ。
逆に「ジンクス破りを積極的に行う」とも言える。

逆に結果から見て、「ああ、あの行いがイマイチ神の意思にそぐわなかったのか。。。」というのはよく考える。
今日は息子甘辛のサッカー全日本選手権予選の1日目だった。勝てば次の試合も同じ日にある。
朝から大雨、暴風だったが日程の関係で最初から雨天決行となっていた。
むろん観戦に駆け付けたが、忘れ物を取りに家の近くまで戻ると一人のおばさんにコツコツと窓を叩かれた。

「すみません。14番地というのはどの辺かわからんやろか。この辺誰も歩いてなくて。。。」


聞けば、おばさんは四国から出てきてタクシーで近所に降りたらしいが、行先の詳しいところが分からずこの辺をずいぶん歩きまわっていたそうだ。
ふーむ。ここは13番地だからこの近くなんだけど、正直自分の家の近所の番地って使わないからわからない。。。
車の地図にはそこまで詳しく書いてないし・・・早くしないと試合開始に間に合わぬ。


やっと、思い付いて携帯電話を取り出し、GPSで場所を確かめた。どうやら位置は分かったので、一応丁寧に説明してあげた。

「すみませんねえ。忙しそうなところ。。。ほんま、ありがとう。」

おばさんはずいぶん恐縮して、私が説明した方角に歩き出した。
車を動かして運転しながら、振り返って考えるとどうも気になってきた。あのおばさん、「四国から来た」と言ってたな。
結構大きな荷物を転がしてたし、歩き疲れてたんだろな。ホントなら車に乗せて送ってあげるべきだったんじゃないか。
急いでいたとは言え、おばさん、どうも申し訳ありませんでした。。。

さて息子甘辛は筋肉と骨がアンバランスな成長期によく罹るという炎症を膝に持ち完全ではなかったが、よくがんばった。
1試合目は立ち上がり、よたよたながらもなんとか勝利。2試合目は軽くさばいて調子に乗りたいところだ。
しかし、雨は上がったが午後から猛烈な風が吹いてきた。もともと雨とか風とか厳しいコンディションにあまり強くないチームだ。

2試合目の前半、ものすごい向かい風の中、ちょっとしたミスから失点、後半は追い風に押されて文字通り怒涛の攻撃だったが、不運も重なりよくあることだがそのまま敗戦のホイッスルを迎えてしまった。。。
ざーんねん。。。「まだまだ他にも大会は続くので次にがんばれ」と思いながら私は「やはり今朝の悪行が祟ってしまったか。。。」と考えてしまうクチだった。

「今日はサッカーの話はやめてくれ」と言う甘辛に、普段滅多に許さない大画面TVでのプレステを許し、自分は運動不足というか、たまったフラストレーションを発散するためトレーニングジムに向かった。
1時間後に出てきた時間も強風は吹き続けていた。
あちこちで並んでいる自転車が総将棋倒し状態だ。ペダルが隣の自転車のチェーンに絡まってしまい、取れずに苦労している少年がいた。

ふーん。まあ、そのうち取れるだろ。と思って通り過ぎかけたが、「いやいや待てよ。ここは朝の悪行を挽回せねば」と振り向いて少年に近づいた。

「どーれ。おじさんがとってあげよう。」

とトレーニングで張った筋力の力技ではずそうとするが、なかなか手強く食い込む一方だ。まるで「知恵の輪」だ。
額に汗を滲ませ手をチェーンの油だらけにしてようやく外れた。
っとその時、強力な突風が吹いて反対側の自転車が倒れ、やっと外れた少年の自転車に今度はもう一台のハンドルが絡まってしまった。。。

うーむ。このまま過ごすわけにはいかぬ。「なかなかに・・・ツイてねえなあ。」私は少年に苦笑いしながら今度は力技で一気にトライした。
こちらのほうは割りとすぐに外れた。

「どうもありがとうございましたあ」

少年はちゃんとお礼を言って、自転車を起こそうとした。
っとさらにその時。。。また突風が吹いてバタバタと連続して自転車が倒れ、少年の自転車に絡まっていたヤツとさらに隣にあった別のヤツ2台が同時に絡まってしまった。。。
うーむ。今朝のバチ(そんな悪いことしたっけ?)がこんな形であたるとは・・・

「キミはもう帰っていいぜ。あと、やっとくからさ。気を付けて帰んな」

少年が帰った後、悪戦苦闘の末絡まった3台の自転車を元に戻した。戻した自転車は同じことにならないように最初から寝かして置いた。
手はさらに油だらけで、しかも擦り傷がいくつもできちゃった。くっそー、この自転車の持ち主はオレの苦労なんて露と知らずに「風で倒れた」くらいしかわからんだろな。
【この自転車群は強風で絡まったため、磯辺氏が元に戻して丁寧に寝かせました】
とでも張り紙しとくか!

いずれにしても、さっきの少年が会長のご子息だとしてかなりのギャラをもらわんと割に合わんぜ。
いやいやそれは雑念として捨て去るとして、かなりの「善行」を貯金したんじゃないか?(そう思う自体邪念だけど)
これからも応援する息子甘辛の大会は目白押しだ。

もーし、ズームインで優秀選手の保護者インタビューがあって・・・

「息子さんの試合を応援するとき、何か願掛けやジンクスはあるんですか?」

と中継で西尾由佳里アナに聞かれたら

「ジンクスはありません。願掛けはひたすら『善行』に励むことですね」

と、世にもつまらないコメントになってしまうなあ。

光化計画第一段階

2009-05-14 05:49:27 | ホビー
先日、息子甘辛が日産スタジアムオーロラデビューしている頃、我々はまたも川崎のラ・ゾーナの●ICカメラでいよいよ新型PC購入に踏み切っていた。
先日の大画面テレビと言い、我が家の光化計画はなぜか近くの量販店ではなくここになっている。
我が家のPCはテレビ以上にもはや年代物と言ってよい代物だ。

初期の頃のWin98だから、侵されるウィルスすらいないし、数えきれないほどの不明ファイルがあり、年中凍りつく。
ちょっと大きなAPを実行しようとすると、お粥にむせるように

「ぐぉーごほっほっおっお・・・」と咳き込み、娘に背中をさすられなければならない。

「いつもすまないねえ。私がこんな体でなかったら、おまえにも・・・」

「それは言いっこなしよお父っつあん。。。」

病で伏せる長屋の老父とその娘状態。。。
息子甘辛が小さいときにいたずらして「D」のキー坂を引っ剥がしてしまった。
かろうじて文字盤は乗っかっているが、ローマ字入力すると「D」が入ったり入らなかったり。。。

日本語ってローマ字入力すると「D」ってかなりの回数で使うのだ。この前も
「立ち上げた事業が軌道になかなか乗らず忙しくて子供と遊ぶ時間が全然ない」とメールで愚痴をこぼしてきた学生時代の友人に

「私も最近の様子を聞いてそうだろうと思ってました」

と打ったつもりが、「D」が入らず「そうあろう」になってしまった。。。
DとAの違いでとんでもない誤解を生むことにもなりかねない。

息子甘辛は幼稚園の頃から自分でインターネットにつないだり、マージャンゲームをしていた。
どこでどう覚えるのか、ある日突然壁紙が「トランスフォーマー」なってたり。。。
ブックマークなんて多すぎて一番下まで行くのに20秒くらいかかる。

以前、結婚記念日に妻にプレゼントしたIシャッフルも、98なのでAPが動かずに使えないし。。。
もはや限界だということで、PC(あえて新型という)を購入することになったのだ。
昔はPCに色々選択するファクターが多かったので苦労した。

かなり高価な買い物だったし、OSやらスペックやらデザイン、サポート、耐久性など「癖」が強かったから選ぶのにえらい苦労した記憶がある。
店員恐怖症の私には大画面テレビと並び気の進まない買い物アイテムのひとつだ。
しかーし、今回は一瞬でケリがついた。。。

機種やメーカーは確かにたくさんあるが、選択肢が実は少ない。どれも似たようなものだからだ。
特別なことをしない我々はあとは値段だけのはなしでかーんたん、かんたん。
まずは光回線契約とセットにすると通常3万円引きだが、数少ない5万円引きになるヤツ。
婚活末期のお見合いのように、「ここは絶対やだ!というところが無ければOK」だ。

もともと結構値引きしてある上に、光セット割引とポイントを使うとなんと3万円ちょっと。。。
息子甘辛が初めて通う塾に払った金額よりもぜーんぜん安い。
なーんだ。この前のキャンセル料(まだ根に持っている)にちょっと加えたら買えちゃう額じゃんか。こんなの即決だ!

こうして我が家には10年振りのPCと光回線がやってくることになった。
光回線はNTTの「フレッツ光ネクスト」というやつだ。世に言う「NGN」というサービスそのものということだ。
テレビともつながるらしいし、さぞいろんなデジタルライフがあると思うが今後の楽しみだ。
私は家の中でネットで遊んだり、映像を楽しむ習慣があまりないから、まあぼちぼちだろな。


写真右下にちびっちゃく映っているのは、先日の「会長令嬢事件」に関する発見・通報者へのお礼としてポストに入っていたものだ。
何かと思ってワクワクしながら封筒を開けたら警察オリジナルの携帯ストラップ。。。
誘拐や事件に巻き込まれない「魔除け」にも見えたので息子甘辛に着けないか尋ねたら

「オレ、いらね」

じゃあ、私の会社携帯に着けるか。。。
命に別条は無かったそうだ。ホーントによかったな。

母のんきだね

2009-05-10 20:50:05 | 出来事
母と言うと思いつくのは、「山盛り食堂」の京塚昌子、「サザエさん」のおフネさん、そして前の皇后陛下ってところだ。

母の日はだいたい茅ケ崎にある実家に顔を出しに行く。
車で15分のところに私が生まれ育った家があり、老母が一人で住んでいる。
息子甘辛は結構優しいところがあり、「ばーちゃんは一人で寂しいだろうから」と、ときどき一人で泊まりに行く。

ばーちゃんはもちろん喜ぶし、自分の気分転換にもしてるんだろう。
今年は昨日私の従兄弟の結婚式に出席して宿泊帰りだったらしく、「疲れた」というので昼ご飯を共にするだけにした。
お気に入りのブログサイトで美味しそうな釜揚げしらす丼が載っていたのがきっかけで、そのまんま近所に行ったのがその名も「しらすやガーデン」

かなーり重かったが食したのは「しらす三昧定食」
山盛りの生しらすに畳いわし、茹でしらすに干しらすわかめ、しらす春巻にトドメが巨大かき揚げだ。
かなーり重いやつだったが、残念ながら店ん中で撮影する勇気が無かった。。。(デジイチ買ったらね)

私の母は北陸の生まれで、いわゆる普通の昔の人だ。
私は一人息子だが、かなーり厳しかった、と言うか恐ろしかった。。。
昔は普通だったような気もするが、人前で生っ尻は叩かれるは手足ふん縛られて押し入れに閉じ込められたり・・・

ただ昔の田舎の女性の割りには大雑把というか大らかというか・・・無頓着かつ合理的なところが多かった。
服喪は明らかに都合のいいように解釈するし、飼ってたインコは死んだときは「ネコがほじくるから火葬にする」と言って生ゴミに出してるし。。。
そしてなんでこの写真かと言うと、

この前実家に行ったときに見つけて驚いた。
30数年前、私が今の甘辛よりも少し小さかったときに、何かのおみやげで母親に買って帰ったものだ。
なぜ「がいこつ」だったのかは思い出せない。

しかし、母は今の妻くらいの年齢でまだまだファッションに気合が入っていたはずなのに、このみやげを喜び平気でハンドバックにつけて歩いていた。
小学生だった贈り主の私でさえ正直「こりゃー、あんまり合わねえな」と思っていたが、どこ吹く風かずーっと着けて歩いていた。

小さい子供のプレゼントがよほど嬉しかったのか、恥ずかしいけど義理で着けていたのか、そもそも全然気にしていなかったのか、聞いたことがないからわからない。
まあ全部なんだろうが、それが今でも何となく置いてあったのにはちょっと感激した。

息子甘辛が映画かなんかの帰りに初めて自分のこずかいで小さなものさしをみやげに買ってくれたときは確かにうれしかった。
ボストンのビジネススクールに行っている間、予習のケース読解用にずーっと使っていた。
わずか10cmあまりのものさしをいつも持ち歩く私に

「何なんだい、そのチビたルーラは?」色んな外国人が聞いてきた。

「マイトレジャーよ」

なーるほど、こんな気分でお気に入りのハンドバックに「がいこつ」着けてたのか。。。



一夜の夢

2009-05-09 07:17:35 | 旅行お出かけ
今この時間、ホントは成田へ向かう航空機の中のはずだった。
遡ること約2週間、忘れもしないあの「会長令嬢事件(4月23日)」の翌日、息子甘辛のサッカーでほぼ予定が詰まっているGWにどこか行けないか、我々はずーっと画策していた。

幸い、上司の方針(単に仕事がきらい)もあり、GW中は中2日休暇を取ることを奨励されていた。
その時点で甘辛の予定のうち、練習とされているのは6日と9日のみだ。
7、8日は平日だが家庭訪問で学校は午前中しかないらしい。

仕事をほっぽりだして、家にいる妻と連絡を取り合っていたところ、妻がノースウェストが催行するサイパンPICへのツツアーで6~9があることを見つけ出した。
5万円を切るほぼ底値だ。こんなチャンスめったに無いな。
申し訳ないが練習はお休みさせてもらうとして、早速7,8日休暇をとった。

息子甘辛は大喜びだ。小さいときから何度も訪れ、どこで何をして遊ぶか知り尽くしている。
PIC(パシフィック・アイランド・クラブ)は生き急ぎ我が家のためにあるような施設で30以上のアトラクションを朝から晩までそれこそ休むことなく、気の済むまで楽しめる。
息子はわずか4歳のときからPICで、ウォータースライダー(ホントは12歳から)、シュノーケリング、ビーチバレー、アクアエクササイズ、テニス、アーチェリー、ゴルフ、卓球、ビリヤードなどデビューを果たし、我が物顔でのし歩いていた。

「ポイントブレイクはオレのほうがうまいもんね」

スロープの下から急流を上に向かって吹き出し、これにボディボードでライドするものだ。ヤツはこういうのさせると実にうまい。
ここ数年、夏休みもサッカー(昨年なんか4度の合宿)でずっと行けなかったから、家族はみんな楽しみにしていた。
ところが。。。

翌25日(土)は選手権の準決勝だった。勝てば同日に決勝だ。午前中は先日奇跡的にも合格した市内選抜の初練習というハードな予定だった。
しかし朝から雨が降っていた。早々に市のサッカー協会から連絡があり、その日の選抜練習は9日に延期になったという。
うーむ。せっかく残れた選抜の初練習、出たいところだがPICには変えられぬ。

その日は午後の選手権も中止になった。雨が降って中途半端な気持ちで試合してほしくなかったから結果オーライだ。
車で買い物にと湘南モールに出かけた。

「選手権、日程が詰まってるはずなんだが、いつやるんだろな」私はいやな予感がしてつぶやくと妻の携帯メールがなり

「コーチのOです。今日の雨は怪我人を抱える我がチームには恵みでした。し切り直しは5月9日・・・・・」

な、なーんということでしょう!帰国する日にダブっちゃった。。。

「オレ、何とかしてPIC行きてえよお」

甘辛は涙顔だ。しかし、言っちゃあ何だが、甘辛は出なきゃならんだろう。本人もそう感じているらしい。
私はいつものとおり冷静に?状況を分析した。

「大丈夫。確か朝出発、朝帰りだろ?成田に着くのが8時30分、試合開始は13時、ウォームアップを入れて12時半に会場に着けばよい。荷物をすべて機内持ち込みにして成田から車でダッシュ帰りでギリギリセーフだ」

「そんな、芸能人じゃあるまいし。。。」と言いながら妻も計算している。

確かに成田からは車を飛ばせば、ほぼ高速だけなので2時間かからない。
東京ディズニーシーからお台場、フジテレビを横目に鶴見つばさ、横浜ベイブリッジを渡ってこれまたみなとみらいを横目にマリンタワーをかすめて進むコースは外国人にはよだれものだろう。

「でもなあ・・・」

やはり気になる。ノースウェストには今まで何度も苦渋を飲まされているように遅延が多い。1時間遅れたらアウトだ。
それに、チームにはベンチで応援する選手もいるのに、ザ・ベストテンさながら「今、成田から到着しましたあ!」ってミラードアを回して入るのも失礼だよな。
やっぱ、キャンセルか。。。

もう有料期間に入ってしまっているので、キャンセル料は2万8千円。。。
これまたうーむ。一夜で2万8千円か・・・定額給付金が一瞬でパーじゃんか。。。
湘南モールで話し合っている我々夫婦に、クレーンゲームをしに飛んでいった甘辛が戻ってきて

「いやぁ、前の人に狙ってたチョコ取られちゃったよー。ショックでけー」

「アタシたちのほーがショックでけーよ」ユニクロを歩く妻のうしろ姿は傾いでいた。

最後は自分で決めさせたが、やはり彼は選手権に万全で臨むほうを選んだ。こうなりゃ「死んでも勝て」ってんだ。
直後、新型インフル騒ぎがおこり、Phase5宣言が出された。
サイパンは対象エリアではないが、やっぱり成田に行くことも気持ち悪い。。。やっぱり縁が無かったのかな。ふと、思いついた私はノースウェストに電話して

「Phase5だと言うではないか!新型インフルで心配なので旅行を見送りたい。キャンセル料がかからない方法はないか?」

インフル便乗作戦だったが、やはり甘くはなかった。ちょっと疚しい気もしたんだがノースも冷たいものだ。。。
そんな我が家族の痛恨凸凹物語を経て、今日を迎えた。
実はあの後、チーム監督から

「市のサッカー協会から『甘辛を県選抜の練習会に推薦したい』と連絡がありまして・・・まぁ、サイパンは無しってことで。。。」

トドメの一撃だった。何かの間違いではないかと思ったが・・・クリスピークリームドーナツと龍角散を一緒に飲み込んだ気分だった。
今日は熱くなりそうだぜ。

柱のきず

2009-05-05 21:44:15 | 出来事
「柱のきーずーは・・・」なぜ一昨年なのかわからないが、今日は5月5日だ。
我が家には畳コーナーも入れると27畳の大リビングがある(と言うか部屋らしいのはそれくらいしかない)。
単にに予算不足で2階が作れなかっただけでもあるが、部屋ではなくコーナーという発想で「子供や家族の生活スタイルとともに姿を変え、『成長する家』」というコンセプトを我が家の設計士が編み出したのだ。

許可をとって我が家の初期の頃の姿をご紹介しよう。

http://www.arttada.com/

作品集の下から2番目「光の国の家」というところに、何もない頃の我が家の貴重なショットが載せられている。
うーむ。。。なつかしい。あれはプロのカメラマンが撮って、雑誌アイシスにも載ったんだぜ。

さて、この寺の本堂のような建築物だが、構造上、壁から1/3くらいの真中に「大黒柱」とも言うべき木が設けてある。
大工さんも「今どきこんな立派な柱ぁめずらしいべぇ」と建築中は祭っていたものだ。
実はこの柱、設計時は5寸幅(約16.7cm)だった。

工務店の社長が「せっかくだから自分の家の柱を選ばせてあげますよ」と角材問屋に連れて行ってくれたのだ。
大黒柱を自分で選べるなんてすごいな。滅多にできない経験にワクワクした。
木目がピシッと堅く詰まり、縦方向にまっすぐ伸びているやつがよいと言われた。

幼い甘辛も一緒に家族3人であれかこれか色々探していた。
そのうち、話がだんだん盛上ってきて。。。

「大黒柱ならもうちょっと太くがっしりしていてもいいんじゃないの?」と妻。

「そうだな。『大は小を兼ねる』と言うからな」私はうなずき、設計士は苦笑いだ。(太いとむろんその分高価になる)

「父ちゃん、これなんかいいんじゃないか?立派だぞ」甘辛もちゃんと探している。

ちょっと太めに6寸、いやいやこれが立派だと7寸。。。えーい!こうなったらハンパをやめてこれで行くべ!
なーんと幅8寸(約27cm)のヒノキの巨木を選び出してしまった。
こうして大工さんも崇める大黒柱が決まった。

当然、子供の日はこの柱で息子の身長を測る。私の身長も茅ケ崎の実家の柱にはちゃんと父親が刻んでいた。
父親は基本通り、平気で刃を使ってきずを付けていたが、私は新築の柱に刻むことができず、以来鉛筆で記録している。

今年は149.5cm。
うーむ。微妙に昨年よりも伸び率が低くなってるぞ。やばい。。。
イケメンサッカー選手を目指すなら180cmはないとな。あと30cmも伸びしろがあるぞ。