超兵器磯辺2号

幻の超兵器2号。。。
磯辺氏の文才を惜しむ声に応えてコンパクトに再登場。
ウルトラな日々がまたここに綴られる。

300回:今日の日はさようなら

2008-10-13 20:23:44 | ヒーロー
50回というのは結構早いもので今回で300回。。。
以前250回記念で書いたようにしばらく筆をおくこと(キーボードを伏せる?)にしよう。
なんとなく終わりたくない気もするが。。。

始めたのはたしか昨年の暮れ・・・脳トレのつもりだった。
土日はサッカーで忙しい息子甘辛につきあってばかり、平日は電車で会社を往復するだけの毎日で退屈しないように日常の審美眼?を鍛えるために書き出したのだ。
その気になってみると結構話題ってあるものだ。そのうち毎日書けるようになった。

初期のように思いついたときだけ適当に書いていればよかったのに、そのうち次から次に話題が浮かび面白くてしょうがなくなった。
だんだんやばいことになってきたかな。ランニング・ハイというかジョギング症候群というんだろうか、筆(指)が止まらなくなってきた。。。

ブロガホリックだ。このまま続けたいがやはり少し休むことにした。
今までは毎日何か書いていないと気が済まなかった。しばらく禁断症状がでるだろな。
もう十分脳トレーニングにはなり、かなり観察眼が鍛えられたような気がする。

これまで色々書き込んでくれたみなさん、ありがとうございました。

また会う日まで。

公園祭り

2008-10-12 20:09:33 | 出来事
今日はいつもパックンの故郷池がある海浜公園でお祭りがあった。
池あり、プールあり、多目的広場や交通公園もあり、かなり広大な施設だ。国道134号を挟んで向こう側は湘南海岸なので、シーズンになると東西にある駐車場待ちの車がずらりと並ぶ。
全部覚えてはいないが、年に数回かなり大きな規模のお祭りがある。

今日はその中でも最大級の催しだろう。
息子甘辛は前から友達と約束していたらしく、朝の開園から急いで出て行った。
だんだん親と祭りに行く歳ではなくなるんだな。妻は昨日の宴会でダメージが大きかったらしく寝込みそうだった。
天気もすがすがしかったので、一人海に向って2時間入りっぱになった。」

昼過ぎには帰ってくると言っていたので、午後から南部公園にサッカーの親子練をするため帰宅した。
妻はますます調子が悪くなってきたようで、午後から遊びに来てくれる予定だったSちゃん一家にキャンセルのメールをせざるをえなくなった。
私はすることがないので、海浜公園の祭りに行ってみようと思ったのだ。チャリを走らせた。

いつも甘辛と朝連をやっている広場も、ミニ江ノ電乗り物コーナーとバードゴルフのコースになっていた。
噴水の広場はカヌーの試乗体験コーナー、二つの芝生の広場は特設ステージとフリーマーケットになっていた。

いつも巨大な凧を揚げている「湘南凧の会」は手作り凧コーナー、何とかいう婦人会は「子供茶会」を開いていた。
となりのジャンボプールにある流れるプールではカヌーのレースが行われていた。
もちろん飲食模擬店やヨーヨー釣りなどもあり、かなり盛りあがっておりこれだけ人がいっぱいだと甘辛達を見つけるのは無理だろな。

あちこちで写真をとったものの、必ず個人が映ってしまったので仕方なく看板を載せた。。。
ひととおり回ったが、ホントによくできた祭りだと思う。ボランティアも多く子供向けのイベントがたくさんあり、模擬店の値段もかなりお得だし。。。
ヤキソバ1杯160円、フランクフルト100円、ぶっかけうどん100円でわたがしやポップコーンなど50円だ。

フリーマーケットは久々だったが隅々まで回った。今では通販で大人買いをすることが多いウルトラモノだが、以前はマメにフリマに足を向け掘りだしモノを探していた。
特に家にあるバンプレストもんのスーパービッグソフビは結構な数がフリマで購入した。
ちなみにフリーマーケットの「フリー」って「自由」じゃないんだってね。いわゆるひとつの「flea」=蚤なんだって。

しばらく物色しているとおもちゃのたくさんある店があった。
最近フリマと言えばホントの業者みたいのが増えてきたのに、いかにも「家から持ってきました」というおもちゃの山。。。
その中に「エポック社野球盤AM型」のほぼ新品が1000円で売っていた。

うーむ。昨日おじゃましたM斗君んちにも野球盤があって懐かしかった。
私も子供の頃野球盤を持っていた。もちろんいちばん安いCM盤でAM盤は憧れの的だった。
ちなみに機能は同じでご存知「消える魔球」もできる。

これはぜひ欲しいところだ。。。。野球盤って楽しくて盛りあがるんだぜ。
さらに私は「消える魔球」の機能を使ってスーパー魔球大リーグボール3号を投げることができる。
投げ方は超極秘なのでご想像下さい。。。

店の前を何度も言ったり来たりした。何度も持ち上げてながめ回した。しかし結局買うまでには踏みきれなかった。。。
一人で祭りを歩き回ってもつまらないもんだな。それに疲れるばかりだ。
チャリで家に向う間も「やっぱり買うべきだったろうか?」とつぶやき続けた。

家へ着くと、すでに甘辛の自転車が置いてあった。もう帰ってきたようだ。
リビングで何やら大きな箱を開けて何かしている。何か買ってきたのか?
近づいてみると、なーんとエポック社の「J.リーグスーパーサッカーDX」!

「どしたんだよ。もしかしてフリマで買ってきたんか?」と驚きの私。

「そだよ。抱えて持って帰んの大変だったんだぜ」

うーむ。離れてはいたが親子して似たようなこと考えてたのか。。。しかも彼は実行にうつしている。

「いくらで買ったんだ?」

「800円。最初1000円だったんだよ。でもオレ持ってったの1010円だろ?10円になっちゃうと昼なんも食えないからマケてもらった」

これまたうーむ。。。購入に踏み切れなかった私を超え、さらに私が最も苦手とする「マケさせる」ことを平然とやってくるとは。。。
残った200円で100円の「ぶっかけうどん」2杯食ったそうだ。
昨日の地区レクと言い私はこの地域のフレンドリーなお祭りが大好きだ。

※なななんと次回は300回記念。。。しばらくのお別れです。



お友達家族

2008-10-11 23:51:07 | 出来事
今日から3連休だ。
珍しく息子甘辛の少年サッカーチームは3日目のハイレベルリーグまで予定が入っていない。
仲良しのお友達の家で宴会させてもらえることになった。

甘辛はそのお友達M斗君と朝から地区のリレクリエーション大会に行くと言う。。。
私はまりと祭り好きだから、行こうかと思っていたが甘辛はどうも気が進まないらしい。

「オレ、サッカーはいいんだけど、ただ走るだけで大勢の人に見られるのイマイチ苦手なんだよな」

うーむ。わかるわかる。そんな年齢になってきたんだな。
でも仲良しの友達と一緒なら一旦ノッてしまえばどこまでもやっちゃうパターンだな。
私は午前中色々用事があって、後から見に行こうと思っていたが雨が降ったり止んだりだったんで海へ行った。

宴会時間の前に一旦息子は家に帰ってきたが、山のように景品をもらったという。

「高●小学校グランドの前を通ったら地区レクやってたけど、雨が降っていたので人が少なく寂しそうだった。キミらはどうだった?」シャワーを浴びながら聞いた。

「結構友達も来てたし、大人もいて盛りあがってたよ」

しまった。。。行けばよかった。

「何に出たんだ?」

「えーとね。。。なんだっけ?」

断片的にしか覚えていなし、説明も恐ろしくヘタだ。
色々な意味不明な発言も含めてつなぎあわせると。。。
同じ学年で集まって色々な競技をやった(そんなにいたのか怪しいものだ)ようだ。

100メートル走にあめ玉競争、障害物競争に1000メートル走まで出てきたそうだ。
なんとすべてが1位だって。。。
恐るべき祭り男パワーだ。昔からこういうイベントで手ぶらでは帰ってこなかったからな。

景品の構造は。。。参加賞にプラスして上位順位別に色々おかしがついてくるんだって。
1位景品は100メートル走は「じゃがりこ」、1000メートルはビッグな「チョコボール」。。。
うーむ。やっぱり1000メートルのほうが価値あるんかな。

前の社宅にいたときも近くの小学校グランドで地区レク大会があった。
社宅チームで参加していたが、参加賞や上位景品はママレモンとかたわしだった。
庶民的なところが好きだった。

そして夕方、M斗君ちにおじゃますると、産まれて2度目の「チーズフォンデュ」を用意してくれていた。
このようなお洒落な食べ物にいかに縁が無いという証拠に・・・チーズをつけて食べる具をつまみだと思ってそのまま食っていた。。。

一度我が家にも遊びに来てくれたが実に楽しい家族だ。
中学生のお姉ちゃんがいるとは知らなかったが、同じ区域で私が数十年前卒業した母校を志望していると聞きなんともうれしかった。
パパはサーファでこれまで結構引越しが多かったと聞くが、ここは海も近いしそろそろ腰を落ち着けてもらい、ずーっとこれからも家族ぐるみで遊んでほしいもんだ。



20世紀少年

2008-10-10 22:47:45 | 旅行お出かけ
息子甘辛がぜひとも見たいというので、家族揃って「20世紀少年」を見に行った。
たしか昔「ビッグコミックスピリッツ」という雑誌に載っていたマンガだ。作家の描くキャラっぷりから見て柔道の「YAWARA」ちゃんを書いた人だろう。
個人的には独特の暗い雰囲気を感じ、薄気味悪い作風のように思う。マンガの「20世紀少年」はどうもグロっぽくあまり好きではなかった。

甘辛は学校の図書館か児童館でマンガを読んで興味をもったらしい。

「ケンヂの子供んときって父ちゃんぐらいの時代じゃねえの?」

そりゃそうだ。主演の唐沢寿明は私と同じくらいの年齢だし。。。
映画の概要にはこうある。

「日本が高度成長期のまっただ中の1970年代。夢と希望に満ちあふれた時代。少年たちが空想した世界。地球滅亡をもくろむ悪の組織、東京を破壊し尽くす巨大ロボット。世界は混沌とし、滅亡に向かっていく。それに立ち向かい地球を救う、勧善懲悪の正義のヒーローとその仲間たち。こんな下らないストーリーを“よげんの書”と、少年たちは名付けた。大人になるにつれ、そんな空想の記憶は薄れていく。
しかし、1997年、コンビニエンスストアを営む主人公のケンヂは、お得意先一家の失踪や幼なじみの死をきっかけに、その記憶を次第に呼び覚まされていく。そして、世界各地の異変が、昔幼い頃空想した“よげんの書”通りに起こっていることに気づく。出来事に必ず絡んでくる謎の男“ともだち”との出会いによって、全ての歯車は回り出す。」

着てる服はあんなに汚くなかったと思うが・・・まさしく子供の頃ってあんな感じだったな。
クラスに何をやっても勝てないスーパーウーマンがいて、からだがデカイだけで威張っているジャイアンみたいのがいて。。。
「よげんの書」は作らなかったが、東海道線の踏切の真下に「秘密基地」を作った。たしかドブ川の真横だったが。。。

そこは「青少年広場」というストレートなネーミングの遊び場の隅っこだった。
よくそこで野球をやっていたが、東海道線(当時湘南電車と言った)がすぐ真横をとおり、ライト方面へ柵超えホームランを打つと通過中の電車にぶち当たってしまう。。。
今では考えられないかもしれないが、何度か列車と停車させたことがある。。。

レフトオーバー側は単なる草だらけの空き地になっており、軟式ボールは飛び過ぎて探すのが大変なので、そのうちゴムボールで行うようになった。
(そういう問題じゃないような気もするが・・・)
すぐそばに踏切があるから、電車が来るとなり出してすぐわかるし、ボールを取りに線路にも平気で入っていた。
以前紹介したロケット花火戦争をしたのもその広場だ。

映画のほうは「よげんの書」とおりに事件が起こり、忍者ハットリくんのお面をつけた「ともだち」が不気味に怖い。
トヨエツのシブカッコ良さが目立っていた。私がファンである黒木瞳がちょびっとしか出なかったのが残念だ。
細菌で人が死ぬシーンなど結構グロく、あまり子供に見せたくないところも多かった。


子供の頃(こちらも私とほぼ同じ年代)持っていた夢や空想を大人になるに連れ忘れ去り、これをまた取り戻していく。。。
似たようなストーリーならやーっぱり「大決戦!超ウルトラ8兄弟」だな。
考えてみれば20世紀少年の主人公たち7人?が「正義のヒーロー」を語るならウルトラ・・・が出てこないのは不自然じゃないか?
ケンヂをはじめあの仲間たちが実はウルトラ兄弟だった、というほうが話がスムーズだ。巨大ロボットなんて一撃だ。

「20世紀少年」は三部作であと2回つづきがあるという。。。
うーむ。引っ張りやがって。また見に行かねば。。。
ちなみに「ともだち」は忍者ハットリくん?のお面をつけて登場するが、実は忍者ハットリくんには白黒の実写版があり、「ともだち」以上に怖いんだ。

さらにちなみに物語の中で「ゴリさん」いや竜雷太扮する刑事が喫茶店で部下に情報を引継ぎ殺されてしまうシーンがあるが、あれは我が家の大好きな藤沢駅北口の魚屋の裏の古い喫茶店なんだって。
この前買い物に行った時、おかみさんが竜雷太が色々挨拶して回ってたと妻が言っていた。

ノーベル賞

2008-10-09 23:21:20 | 出来事
素晴らしくめでたいことに日本人から一挙4人もノーベル賞を受賞することになった。

記者会見中に家から電話がかかってきちゃった田中さんから結構久々の快挙だ。
町中でも号外が飛び交っていた。王さんの50年にわたるプロ野球生活終止符も号外の価値があると思うが。

毎度のことながら受賞内容そのものはてんでわからない。。。
ほぼ理系出身者のみで構成される我が職場でも昼の話題になったが、そもそも自分が学生時代に研究していた内容すら覚えていないヤツが多かった。
特に物理学賞は病気を治すとか生活を便利にするといった目に見える効能はほとんどなく、自身の理論による「よげんの書」がある程度実証されることが必要だそうだ。

90歳近くになって受賞する人も研究そのものは数十年前に行った内容と記事にあった。

「ノーベル賞を目標に研究してきたわけではない」というコメントはもっともだが、自論が証明されるまで長生きすることも大事なんだな。
賞金は1000万クローナというから、数人で分けても数千万円にのぼるはずだ。

ノーベル賞受賞者で多岐にわたる事業を手掛ける大金持ちというのは聞かないから、やはり生涯を通じあることを究極まで突き詰める「偏屈もん」なんだろう。
ニュースでは聞かないが賞金を何かの財団や研究費として寄付する人も多いような気がする。
日本人はノーベル賞金で家を建てるなんてのはあまり好まないだろうし、「ノーベル御殿」とか皮肉られるのがオチなので結構持て余すかも。。。
うんと年とってからもらっても、名誉は末代まで残るが賞金は墓場までは持っていけないしね。
(と考える俗物はまずもってノーベル賞なんて縁がないだろう。。。)

私もそうだが職場で雑談していても不思議に最近の日本人ノーベル賞受賞者を覚えていない。
湯川博士は誰でも知っていた。朝永、江崎博士も覚えていた。川端康成もばっちり。でも佐藤栄作あたりから怪しい。。。

「大江なんとかってのいなかったっけ?」

「大江千里なら知ってますけど違うよねえ」まあ、理系なんだから文学が弱いのはしょうがないだろな。

「佐藤栄作知ってる?」私は20近く若い女性社員に聞いた。

「うーん。名前くらいはなんとなく・・・」

「佐藤B作なら知ってんだろ?」このくらい若い人とはどうも話が噛み合わないんだよな。

ところで佐藤栄作って何でノーベル平和賞なんてもらえたんだっけ?黒柳徹子のほうがよっぽど貢献しているような気がするんだけど。。。
タレントの売名に使われるようなときはダメなんだろうか?国連関係の団体もいたような気がするが。
また、民族も文化も歴史も異なる文学の世界でノーベル賞ってどうやって選んでいるんだろうか?「雪国」の英語版なんてあったんだろうかな。

昔のノーベル賞受賞者には学校で読む偉人伝などの常連もいるが、なんと言ってもノーベル王はキュリー夫人だろう。
科学史上最高の栄誉をなんと2回ももらっている。しかもジャンルが物理学と化学。。。

オリンピックの陸上100mと水泳自由形100mで金メダル獲るよりもすごい。
さらに極めつけにすごいのは夫婦で受賞し、なおかつ親子でも受賞。。。まさにノーベル一家。

ノーベル賞は間違いなく「栄光」なので、私の好きだったYJの漫画「栄光なき天才たち」の数々の主人公に受賞者は出てこないが、どうも歴史上ノーベル賞受賞者ってそんなに幸福ではなかったように思える。
人類へ貢献するほどのことをするには自分の幸福は犠牲にするほどのことがあるんだろう。
ノーベル財団のバックにロックフェラー財団でもついて、賞金が100億円くらいになったら、クラゲ集めもやる気になるんだがな。

さいたま新都心オフィス

2008-10-08 23:13:10 | 職場
この10月に新たな組織の所属となった私は新宿とさいたま新都心という二つの拠点を担当することになった。
さいたま新都心駅の近くにあるというオフィスはビルには行ったことがあるがスタッフには会った事が一度もない。
一応肩書きだけは責任者っぽいので、一度顔見せしてかねばと思いスケジューリングを頼んでおいた。

水曜日の16時半からミーティングしたいという。
うーむ。。。何と言う「みえみえ」の設定だ。大宮に出てから辻堂帰るのって電車で一本だけど遠いんだよなあ。。。
打合せ時間が1時間という予定から憶測するに、あそこのオフィスは9時始業の17時半終業だな。

聞くと新宿にいる私の周りのスタッフが「私も行きましょうか」と言いだしている。
大名行列のご一行じゃあるまいし、夜の部目当てで付いてくんな!と一人で出かけた。

私は自分で言うのも何だがどこかへ出かけるとき、交通経路や所要時間、先方の連絡先や入館方法などに関して極端にいいかげんだ。その割にはエスコート役みたいなのがいて、ぞろぞろ移動するのも大嫌いだ。

昔、京浜東北線北浦和駅最寄のオフィスに通勤していたときは、さいたま新都心という駅も湘南新宿ラインも無かったが、まあ大宮の近くなんだろうと適当に考えていた。
新宿駅に行くと湘南新宿ライン「平塚行」の掲示板が見えた。残念。。。これに乗れば帰れるのに反対方向に乗らねば・・・
宇都宮線直通にぎりぎり飛び乗ったら、なんと「さいたま新都心」駅には止まらんじゃないか!
前に1回来たんだがすっかり忘れている。。。

湘南新宿ラインで池袋より北にはめったに行くことがないが、よく赤羽、大宮とアナウンスしているので当然停車すると思い込んでいた。
いつもの通り「その辺に行きゃ着くだろう」というヤマ勘が裏目に出た。
それにしても「都心」と言っている割には通過する電車ばっかなんて、なんて実情に合わないネーミングなんだ。

せっかく行くので別のフロアにも挨拶しておこうと早めに出たおかげで辛うじて約束の時間には間に合った。
ところがエレベーターホールを出てから、居室の中に入れない。。。
最近はどのビルもセキュリティを厳しくしており、社員証でビルのエントランスは入れるが居室内は部長であろうが社長であろうが、登録したカードが無ければ入れない。

すぐ向こうで人がうろうろしているのが見えるが、曇りガラスなのでよく見えない。連絡先の電話番号も聞いてこなかったのでわからない。
行けばわかるだろうとやはりたかをくくっていた。。。
中からトイレに出てきた人を待ち伏せし背後霊で入ろうとしたが、こういうときに限って誰も出てこない。

ようやく中に通じる内線電話を見つけ、電話して訪問先の名前を告げ呼んでもらって中に入れた。
最近できたばかりのビルなので、オフィスはすばらしくきれいな環境だった。
すぐ隣には幹部会議室のような立派な部屋があり、巨大なスクリーンがデンと構えていた。

午前中電話会議をつないで、別の打合せをやっていたのだが、こんなすげえ部屋で出てたのか。。。
こちらは慢性的に会議室が予約できず、物置小屋みたいなところにLANケーブルと電話線を這わせすし詰め状態で会議やってるってえのに。。。
その立派な会議室でミーティングは始まったが、顔合わせの意味もあり先方のスタッフはほぼ全員出席していたが、はっきり言ってほとんど893。。。

目を合わせると刺し殺されそうな武闘派の一人が司会進行を行っていた。
他にも結構貫禄のあるかなりの先輩と思われる人やインテリ系893など多彩なキャラクターを誇っていた。
しかし見た目は怖くても実に親切な人たちだった。飲み込みが悪くビクついている私にヒゲの武闘派は丁寧に説明してくれた。

5時半になるとピタリと会議は終わり、当然のごとく懇親会になだれ込んだ。
私がどこでも誰とでも飲み方が変わらないのは周知だが、生ビールのジョッキ数杯からウーロンサワー。。。どれも4杯ずつ前に出されたときは超ウルトラ苦笑だった。
どこでそんな情報し入れたんだろ?

帰りは最寄の与野駅からこれまた適当に京浜東北線に乗ったら、大宮から湘南新宿ラインのつもりが、東京方面に乗っちゃった。
方向はそんなに間違っていないが、たっぷり30分は余計にかかった。
今日はずーっと移動にさいなまれた日だったな。

保険

2008-10-07 23:00:21 | 職場
同僚と昼食をとっているとき、何故か保険の話になった。ふと不思議に思った私は

「そう言えばうちの会社って昼休みになると、必ず保険の勧誘員が廊下やリフレッシュルームにいるよな。あれって特別なんかな」

「たしかに所属会社と訪問先を登録申請して許可されればいいみたいですよ。でも保険会社だけみたいですね」

うーむ。これだけセキュリティにうるさい会社なのに、平均年齢の若い彼女達だけ昼休みににこやかに出没する。
男の勧誘員など見たこともないし、保険以外のセールスも見たことが無い。。。
この前も先輩女子社員に連れられて新人がやってきた。

自己PRやら宣伝やら、手作りのパンフレットを用意して色々配っていた。
これって結構ツライ仕事だよな。たどたどしい説明を一応聞いていたら、なんと私にアンケートを求めてきた。。。皆結構軽くいなすんだけどな。
私がやさしいわけではないが、こういうのを断るのがものすごくヘタだ。

「ほら、ちゃんと御礼申し上げて・・・」先輩社員に言われ新人さんはぺこぺこ頭を下げていた。
私は「いいよいいよ」とデッドボールを食らった衣笠状態だった。。。

「結構、フロアによって会社の縄張りとかもあるらしいですよ。」と同僚。

「しかしなあ。毎日マメに来たって、引っ掛かるやついるんかなあ。。。」と私。

「いやぁ、ははは。。。私、ひっかかった口です・・・そろそろ考えようかなってときにいるんですよ」超苦笑いの同僚だ。

「ディズニーのチケットでももらったか?」たしか第一生命だ。

「いえ、合コンを設定してもらいました。でもひどいんすよ。その気になって詳しい説明を聞いたり、申し込みをする段階ではオバサンにバトンタッチするんすよ。。。」

そりゃあ完全にやられてるよ。。。目の前には女性もいるんだからセクハラにならんようにね。
「いいえ勉強になります」、とフォローされてたけどね。
その脇からもう一人の同僚が、

「実は。。。私もやられた口なんですけど・・・上司からのお薦めがあって。。。」

ふーむ。見合い話じゃあるまいし、そんなこともあるのか。。。まあ断りづらいかな。
私も高校の同級生の紹介で損害保険に加入している。
こちらは最初からオバさんだったが、かなり粘られて家にまで手続きに来られた。

しかし、数ヶ月後新年会で痛飲した私は自転車で転倒して骨折・入院。。。
すぐにそのオバさんに連絡を取ることになった。電話をして簡単な事故内容を話していると。。。

「あら、酔っ払ってらっしゃったんですか?」

電話の向こうでオバさんの目がキラリと光ったような気がした。ビール2,3杯で帰りに1時間半かかっており全然問題ないと言っておいた。
後から事故を報告する書類が送られてきて、小さなメモが入っていた。

「起きてしまったことは仕方ありません」

まるで自分に言い聞かせるようだったな。ちなみに後から聞いたら、泥酔していたら保険は利かないようだ。
骨折してそのまま入院だから、警察の事故証明ももらっていない。
でも律儀なもので、1ヶ月たって退院してから警察へ行き、事情を話したらこれから現場検証し事故証明を発行してくれるという。

私は自転車で駅前の事故現場(なんてただの転んだ場所だが)で待っていたら、ワンボックスの大型警察車両が「事故!」という赤い看板を屋根に引っ下げてやってきた。。。
おいおい、1ヵ月前自転車で転んだところにコレかよ。。。
警察官は道路を止め、コーンを置いて他の車を誘導し始めた。

別の警察官は道幅を測ったり、簡単な図を描いたりとやたら丁寧だ。自転車そのものも、もう無いんだけどな。。。
人型のチョークは描かれなかったが、結構野次馬が集まってしまい、なんともカッコ悪いシーンだった。
しかし、この事故証明と診断書2通でくだんの保険と会社の共済が合わせて数十万支払われた。

カラダ張って金作るとはこういうことを言うのだろう。。。





ガシャポンウルトラマンHG

2008-10-06 22:15:02 | ホビー
300話まで残りわずかになってきた。
せっかくだから、我が家にある私の秘蔵コレクションを少しずつ紹介していこう。
はじめに断っておくが、「何でも鑑定団」に出せるような価値あるレアものはひとつもない。。。どろぼうに来てもまず無駄骨だ。

200円のガシャポンHGウルトラマンはNo.50を数えるシリーズもので、だいたい6体もので販売される。
ひとつのシリーズが出回っている期間があまり長くないので、シリーズ全部まともに揃えようと思ったら結構大変だ。
一時期、Yahooオークションでもかなりの数が出展され、「ウルトラアレイ」をもったウルトラの父なんて1万円を超えた。

そのうち香港でバッタもんが売り出されたり、偽物もはびこったりとネットオークション上でも結構話題になったものだ。
私は最初、ホントのガシャポンでマメに集めていた。何せ扱っているマシン数そのものが少ない。。。
確実に数シリーズ押さえてあるのが、昔浅草にあった「ウルトラマン倶楽部」、八重洲のウルトラマンワールドM78とかだ。

そしてやはりオークションにはまってしまい、1体3000円の「ウルトラマンキング」を購入してしまった。
妻からヤフオク禁止令が出て、その後オークションはネット銀行に口座を持たなくてはならなくなったので辞めた。
あとはホビーショップとかにずらりと陳列されているモノをちょっとずつ買い足したりしていた。

ガシャポンHGは色彩、ポーズともかなり凝っていて、「何とかいう作品で何とかをやっているウルトラセブン」とかマニア向けに再現されている。
第30弾くらいから通信販売で全セット帰るサイトを見つけ、大人買いしていた。
必ずしもきれいに立ち並んではくれないので、下に透明なプラスチック板を置き、接着剤で貼ってあるのだ。

引っ越しのときに迂闊にもシリーズごとではなくバラバラに段ボール詰めしてしまい、ショーケースに飾るときは気が遠くなるほど大変だった。
何せすべてのシリーズのポーズなどを確認し、シリーズごとに集めて飾り直したんだから。。。

今でもホビーショップとかに行くと、まだまだレアなやつが展示されている。一体数千円するものまである。。。
ドラゴンボールのデータカードダスもムシキングもスーパーレアなカードは一万円以上した。しかしブームが下火になると瞬く間に市場から消えるかタダ同然になってしまう。
もともと価格が上がることを期待して集めたわけではないが、資産として子供に残せるものは何かないかなあ。


体育祭

2008-10-05 20:39:09 | ヒーロー
昨日は息子甘辛の運動会だった。
別に今日がどうということではないが、このブログの残り少ない回数で我が母校の名物・体育祭は紹介しておこうと思う。
だいたい小学校が運動会、中学・高校は体育祭というのが一般的なんじゃないんだろか。
ちなみに昔小中学校のとき、春の小運動会、秋の大運動会って無かったっけ?

私が通った高校は一応県立の進学校ではあったが、体育祭が結構近所の名物でもあった。
1学年12クラスあり、体育祭のときは1~3年の各クラスを12色分けし、縦割りにして競い合う。
全員何がしかの係になるが、指導・運営にあたるのはむろん3年生だ。

体育祭の祭典は3つのパートに分かれている。
競技部門は文字どおり競争の結果による採点、その他BB(バックボード)部門と仮装部門が何よりの特徴だ。

バックボードとはグランドの後ろのほうに立っている大きな絵のことで、3年生のB.B.パート員は、1年前から原画を考え、夏休みになると1,2年生も一緒になってペンキまみれになりながら、21枚のベニヤ板に絵を描くのだ。そんな彼(女)らの情熱を感じながら、このB.B.の美しさを味う人が多い。

仮装部門は体育祭における代表的な演目だ。この仮装は、本校の3年生が1年間かけて考えたもので、一人一人の踊りはもちろん時間差や隊形移動など様々な工夫が見られる。また、踊りだけではなく、衣装や小道具にもそれぞれこだわりがあるのだ。さらに場面展開には欠かせない大道具、踊りやストーリーを十分に活かす音楽など、見所がたくさんある。
近所の方は午後からの仮装部門が楽しみで毎年来られる人が多い。

「欽ちゃんの仮装大賞」とはだいぶ違う。。。また、コスプレとも違う。
2年生のとき体育祭が終わると次年度の体育祭に向けて引継ぎが行われ、進学校であるにも関わらず、9月のコレが終わるまで3年生は受験勉強が始まらないと言っても過言ではない。。。
まさに体力の限界、青春(命)をかけていると言ってよい.

運動部(私はサッカー部)はたいてい大道具係(仮装で使用するセット)だ。
1週間前にもなると突貫工事で徹夜もある。先生方もこのときだけは多めに見るようだ。不精髭をはやした怪しげな高校生が出没するときだ。
徹夜のときは女子がおにぎりを差し入れする慣習になっていた。漬物を一切食えない私は梅干にぎりを食べないので、区別してわざわざ形を変えた俵型のおにぎりが用意してもらえた。

印象的だったが2年生のときの仮装テーマは「虫歯」。私はばい菌軍の一人にされた。
3年生の「ばい菌の親分」はマントを羽織り、それなりにワルの権化みたいなコスチュームだが、下っ端の我々ばい菌軍は頭に触覚が生え、小さいマントに短い槍を持たされた。
どう見てもばい菌と言うよりゴキブリだ。。。

フィナーレの踊りでは「ファイナルカウントダウン」のテーマに乗って土下座し、ひたすら「参りました」ポーズを繰り返す。。。
茅ケ崎の別の高校にガールフレンドがいて見に来たいと言っていたが、たまたま向こうの体育祭と同じ日だった。今思うとあの姿だけは見られなくて良かったと思う。

我が校の体育祭フィナーレはフォークダンスだ。高校くらいになると女子と手をつないで「オクラホマミキサー」を踊るのは正直に楽しみなものだ。
ところが、これがまた名物で仮装演技の衣装のまま踊るのだ。。。
2年生のときはマジに辛かった。なんせ相手は妖精コスプレのような女子、こちらはゴキブリだ。。。

3年生のときはバッチリの配役で赤くきらめくデスラー総統のよいうなマントがあり、ひらりと女子を抱え込んだものだ。
一度、息子甘辛を連れて行こうと思っていたが、今年も9月の3連休に開催され、練習試合があって無理だった。
実はホントに目と鼻の先H町小学校グランドにいたのに。。。

1~3年まで体育祭の日の夜は藤沢駅周辺は2次会でうろつく我が校生徒でおおわらわだ。
一応、教師が警戒して見まわることになっているが、3年生はこれから受験勉強本格突入ということもあって、かなり大目に見てもらえたと思う。
私ももちろん、3次会からはコークハイの一気飲み連発さ。
部活も引退して練習や試合も無かったから、スパークして朝を迎えたぜ。

ちなみに1年生のとき、サッカー部の左サイドバックだった先輩が騎馬リレーで落馬して骨折。。。
私はそのとき急場凌ぎの代役でそのままレギュラーになれた。。。
昔から「人生結果オーライ」を地で行くところがあったよな・・・

運動会

2008-10-04 22:28:12 | ヒーロー
今日は息子甘辛の運動会だった。
市内の小学校はすべて一律今日が運動会だ。違う小学校がホームグラウンドのチームにいる甘辛は、チームメイトとお互いの運動会に行ってみたいだろうが、そこが不便なところだ。
めったに雨を降らせない晴れ男ぶりを発揮し、ほとんど雲ひとつないすっきりした天気だった。

運動会の歴史?を見ると、我々の頃は比較的今に近かったが、その合間にひどく「ヌルイ」時期があった。
例えば騎馬戦は昔の軍隊を思わせたり怪我があるからと中止したり、徒競争も順位をつけずに手をつないでゴールしたり。。。
「ゆとり」とか言っていたずらに勝負事を避けたりしていたが、それも明らかに「違うんじゃないの?」ということがわかったのか、最近は元に戻りつつあるようだ。

高学年ともなると、色々な競争も無邪気に「頑張る」だけでなく、周囲の期待を気にしたり、「負けたらカッコ悪い」なんて気持ちが現れるらしい。。。

「オレさ、幼稚園の頃ダントツで足速かったろ?でも今はそうでもないよな気がするんだよ。リレーのときやべえかも。。。」

しょっぱなに100m徒競争があるが、それは大丈夫らしい。
リレーの代表にはなれたが、選手の中では真中より上くらいのランクらしい。シチュエーションによって、抜いたり抜かれたりで不安要素があると言う。

「キミはサッカー選手だ。あれだけ試合やって全力疾走の数は誰にも負けてないから心配はいらぬ。徒競争なんてただの友達と走るんだからブッちぎりで当然だ。スキップしてゴールしろ!」

昨年も同じ様なことを言った。ブッちぎりではあったが、「●セン、オレ苦手なんだよ。意外と早い順番で甘辛は外側から2番目のコースで登場した。たしかにカーブは速い。。。
大差をつけたが、直線では今一歩加速が足らないようなヘナチョコ走りでとりあえず1位。。。なんとゴール前で一回転して尻からゴール・・・
うーむ。。。やってくれたな。来年は「飛び込み前転」にしよう。

目の前でMAX君家族が見ていた。甘辛を含めて皆を応援してくれた。
MAX君本人は走ることがあまり得意でないらしく、最初6位だったが後半バテテきた相手を次々に抜いたようだ。
MAX君は大喜びで我々のいる観客席に走ってきた。

「がんばったじゃん。結局何番だったの?」ママが聞いた。

「おう!ゴール前で二人抜けたぜ。4番だったよ」とMAX君。風のように走り去っていった。

「わざわざ報告に来るなんて。。。よっぽどうれしかったんだねえ」とママ。

うーむ。これぞ運動会だよな。オレンちのやつはリレーの鉢巻忘れてきたとか言ってるし、ゴール前で1回転しちゃうし。。。
しかし確かに高学年にもなるとものすごく足の速い子が目立ってくる。
甘辛がリレーで不安がるのも無理はないかな。

午前中の競技が終わって、昼休みだ。
小学校だから皆家が近いので、結構観客は帰っていく。子供達は教室で弁当だから家で昼食をとる家族が多いらしい。
でも毎回、超晴れ男の甘辛が快晴にしてくれるから、めったに行かない学校のグランド脇でバアチャンと妻と3人での弁当はかなり気持ちよいものだ。

私もほぼ毎年のことだが、めったに着ない一張羅を来てPTA種目に登場だ。
いっつも綱引きなんだが、今年は前々日から酒類を断ち、朝は暗いうちから波乗りに行って身体をほぐし万全の体勢で臨んだのに2連敗。。。
野球のスパイクに軍手と言う、更にやる気十分の敵に玉砕だった。来年はドリブルリレーにしてほしいものだ。

「うんと後ろにいたんで、よく見えなかったんだよ。でもこんな目立つウルトラマン着てんの甘辛パパしかいないと思ってさ」友達のI君ママだった。

「何負けてんだよ。父ちゃんチームはよお。。。」子供達は我々が出てくる姿を意外に期待してるらしい。

実は「はりきり門」に並んでいたときに、明らかに相手のほうが強そうだった。(ガラも悪かった)
当然勝ち馬に乗るべしと、こっそり列を変わっちゃおうとした矢先に。。。

「こっちが赤組でこっちが白組です。お子さんのいるほうへどうぞ」

うーむ。甘辛は白組だから、弱そうな方へ逆戻りか。。。しょうがねえな。
並んでるときに色々な人に声を掛けられた。トレパン姿で戦闘モードの親父が多いなか、このスタイルは強烈に目立つらしい。

昔懐かしい5,6年生の組立て体操も終わり、いよいよトリ種目、混合リレーだ。
練習では結構イイセンいっていたらしいが、何組か前を走る選手が接触してバトンを落としてしまい・・・ブッちぎりの最下位だった。。。

「オレの足をもってしてもアレは無理だったよ!でも結構挽回したろ?」

まぁた始まった。。。あんなビビってたくせに・・・たしかに挽回はしたが、50センチくらいな。
1年生のとき鉄腕アトムのかわいい遊戯を見に行ってから、もはや5回目か。。。
来年でこの運動会見に来るのも最後なんだな。早いものだ。