村上春樹を英語で読む

なぜ、こう訳されているのかを考える。

「風に吹かれて」は正訳だろうか?

2016-10-20 18:21:31 | ことばの意味を実感する
ボブ・ディランがノーベル賞を「受賞」して、一般の人にも名が知られましたが、同時代のビートルズと違い、今の学生にはディランは有名な存在ではありませんでした。
 これで有名にはなったのですが、あるニュースでは、代表曲は「『風に吹かれて』など」と紹介されていました。ディランはこの曲の作曲者兼オリジナル・シンガーではありますが、とくに日本でヒットしたのは、ピーター・ポール&マリーのバージョンでした。
 ジョンレノンが亡くなったときに、テレビニュースがやたら「イェスタデイ」を流していたのと同じような違和感を覚えました。
 さて、その『風に吹かれて』ですが、原題はBlowing in the Windです。このblowは『ランダムハウス英和大辞典』の自動詞2の次の意味と考えられます。

((通例,副詞(句),補語を伴って)) 〈物が〉風に吹かれて…する,風で飛ぶ;風に揺れる[はためく]

この説明にも「吹かれて」とあるので、困るのですが、私はこのタイトルは「風に舞っている」の方が良いのではないかと考えています。「吹かれて」とあると他動詞の受動態のように思えるのです。つまり、「答えは風に舞っている」のであって、「吹き飛ばされている」のではないのです。

「小説の語り手が書けること」の日英比較(211)

2016-10-20 16:07:36 | 村上春樹を英語で読む
『1Q84』に次のような箇所がある。下はその最後の文の英訳である。

それからそのいびつな頭を持った小男は立ち上がって滑り台を降り、名状しがたい物思いに意識を奪われながら、歩いてアパートに戻った。まわりのいろんな風景が来たときとは少しずつ違って見えるような気がした。月の光のせいだ、と彼は思った。あの月の光が事物の様相を少しずつずらしてしまったのだ。おかげで何度か道を曲がり損ねそうになった。
Thanks to this, he took the wrong turn a number of times.

「何度か道を曲がり損ねそうになった」がhe took the wrong turn a number of times(彼は何度か間違った曲がり方をした)と訳されている。
 「~しそうになった」は登場人物の視点での表現なので、英語頭の訳者には書けない。

「最後の頃」は英語で?

2016-10-20 12:55:25 | 村上春樹を英語で読む
『1Q84』に次のような箇所がある。下はその英訳である。
 「お父さん」はこの会話の時点ではすでに亡くなっている。

「最後の頃、お父さんはずっと昏睡していたでしょう」と安達クミはシーツの皺を手で伸ばしながら言った。「でもさ、まったく意識がなかったわけじゃないと思うんだ」
“Your father was in a coma for so long,” Kumi said as she smoothed out the wrinkles in the sheets, “but I don’t think he was completely unconscious.”

「最後の頃」がfor so longと訳されている

日本語はむずかしい?「気にすることないよ」

2016-10-20 12:54:08 | 村上春樹を英語で読む
『1Q84』に次のような箇所がある。下はその英訳である。

 「でも、それを着せるのはちょっとまずいんじゃないかな。制服は貸与品だし、退職するときにNHKに返還しなくちゃならない」と天吾は弱々しい声で言った。
 「気にすることないよ」と安達クミが言った。「私たちさえ黙ってれば誰にもわからないもの。古い制服の一着くらいなくなったって、NHKは困りゃしないでしょう」
“Isn’t it a problem to have him wear this? The uniform was just on loan to him, and when he retired it should have been returned to NHK,” Tengo said, weakly.
“I wouldn’t worry about it,” Kumi said. “If we don’t say anything, who’s going to know? NHK isn’t going to be in a tight spot over a set of old clothes.”

「気にすることないよ」がI wouldn’t worry about it(私なら気にしない)と訳されている。
誤訳?