古物市で購入した絹白生地があまりに防虫剤臭いので処理することにしました。
まず、蛋白質分解酵素で洗浄してみました。ちょっとした絹地の汚れはこれで落ちるのですが、全く臭いが抜けませんでした。それでソーダ灰で半日かけて精錬し、強力な洗浄剤で処理してやっと大方落ちました。多分、ナフトールベンゼンの臭い。
私が子供の頃は無臭の防虫剤もフリース衣料もなかったので、皆、冬は羊毛のセーターを着ていました。春になって仕舞う時にこの防虫剤と一緒にしないと虫食い穴ができてしまうので、どこの家庭でも使っていました。だからこの臭いは昭和を思い起こすなつかしい臭いでもあるのだけれど、やはり鼻が曲がるほど強烈だと閉口してしまいます。でも、お蔭でこの布は虫の餌食を免れたのだから、効用は明らかなんですね。
身構えてないところにいきなりパンチを喰らったような感じでした。
先日、医者にかかった際、個展の案内状を差し上げて、私の友人でもある妹さんに渡してくださいと託したところ、「妹は亡くなりました。」と言われました。「一周忌も済みました。」と聞いて、絶句しました。私より若いのに。進行性の癌で、助からなかったそうです。
大学生の時に集中講義でアメリカ美術の講義を受けました。その際、初めて「メメント・モリ」という言葉を知りました。ラテン語で「自分が必ず死ぬことを忘れるな」という意味の語です。私の旧姓が「森」という名前だったので、なんだか自分と関係するような感覚でずっと頭の片隅に残っていました。
人は必ず死ぬ。生あるものには終わりがある。判っていることだけど、常に思っている訳ではない。それが、友人の死で鮮明に迫ってきて、その日はずっと死について考えていました。死ぬのが明白ならば生きているうちに楽しもうという考えと、どうせ死ぬのなら何をやっても意味がないという考え。結局、限りある生の中に精一杯、自分を生きようという考えに落ち着きました。
友人の明るい声音とか、うちにケーキをたくさん買ってきてくれて、皆でおしゃべりしながら食べたこととか思い出が蘇ります。一人でお香を焚いて、友を偲びました。