[註記に字句(書名の和訳)追加:21.29]
年末に気になるTV放映があった。
パキスタンから取り寄せた煉瓦で造った煉瓦造建物の「実物大試験体」を、パキスタンで実際にあった地震と同じ振動を与えてその挙動を記録する、というもの。中近東に多い煉瓦造建築の耐震性を高めることを目的としているのだという。
放映された「試験体」は、縦・横・高さとも3mの立方体に開口を設けたもの。地震動で、瞬く間に派手に崩壊した。
しかし、私は腑に落ちなかった。試験体の建物が、あまりにもお粗末だったからだ。
私の知っている中東の煉瓦造建物には、こんな「ちゃち」なものはない。
私の手もとのアフガニスタン(パキスタンの隣国)の建築を紹介した書物や、土を材料とした建物づくりを推奨する“EARTH CONSTRUCTION”という書物にも、こんな粗末な煉瓦造建物はない。もしあるとするならば、それはバラック:barrack、「一時の間に合わせに立てる粗末な家屋」だ。バラックの耐震性を高めたいのか?
註 上記書物の名称は下記
1)AFGHANISTAN:
an atlas of indigenous domestic architecture
UNIVERSITY of TEXAS PRESS 刊
あえて訳すと、
「アフガニスタン各地域固有の自力建設建物大観」
2)EARTH CONSTRUCTION:A comprehensive guide
INTERMEDIATE TECHNOLOGY PUBLICATIONS 刊
そこで、もう少し詳しく知ろうと思い、実験を行った防災科学技術研究所のHPを見たところ、そこにはこの実験についてのプレス・リリースが公開されていて、パキスタンの実際の煉瓦造家屋と試験体の詳細が紹介されていた。上掲の図・写真はそれからの転載である。
これを見て、あらためて驚いた。驚いた点をいくつか挙げてみよう。
1)現地の煉瓦造家屋と、試験体とは、つくりかたがまったく違うではないか。
著しいのは開口のつくりかたの違い。
似て非なるものを、あたかも実物であるかのように装っている。
2)試験体は高さ3mを煉瓦1枚積みに見えるが、たとえパキスタンの煉瓦が
大きいとしても(3mを34・5枚で積んでいるから、現行の日本の煉瓦より、
一回り大きいと思われる)それはあり得ない。
見たところ、現地の実例は1枚半か2枚に見える。
3)なぜ、現地の家屋と同じものを試験体としなかったのか、不可解である。
3m四方のワンルームという家屋はなく、数室が連なっているはず。
数室が連なる場合と単体では、強さもまったく異なるではないか。
4)試験体の開口のつくりが、現地のそれに比べあまりにもお粗末である。
などなど
私はこれを見て、よく平然と、恥ずかしげもなく、現地の実際の家屋と試験体の写真を並べて載せたものだと「感心」した。はっきり言って、これは現地の方々に対して失礼きわまりない。
こんなお粗末な実験で、いかなる「指針」を出すというのか。
もしかして、日本の「建築基準法」を輸出しよう、などと考えているのではないか、といらぬ心配までしたくなる。
私は「富岡製糸場」の設立に関わったフランスの青年の故事を思い出す。
彼は、当時の生糸生産の先進地フランスから招かれたのだが、彼が日本にきて最初にしたことは、数年間、日本の生糸生産地を隈なく歩き回り、日本の生産の仕方を見てまわることであった。当時のフランスの技術を、そのまま日本に植え付けようとはまったく考えなかったのである。
富岡製糸場に設置された器械はフランス製ではあるが、それもすべて、日本での実地調査を踏まえて、彼が日本向けに新に設計したものなのである。
はたして、今回の煉瓦造実験研究者たちは、現地を隈なく調べたのだろうか。
仮に調べたとしても、他の《耐震専門家》と同じく、地震で壊れた例だけを見てまわったのではあるまいか。そして、現地の人びとの暮しの様など見なかったのではないか。
耐震の大事なヒントは、過去の地震で壊れなかったものを見ることで得られるはずなのだが、不可解なことに、《専門家》は決してそれに目を向けない。
そして、人びとの暮しの様を見れば、なぜバラックが建てられるのか、にも思いがゆくはずではあるまいか。
言うまでもなく、バラックは簡単に壊れる。バラックを耐震化する、それは結構だ。しかし、それには費用がかかる、それだけの費用があれば、バラックでない本格家屋をつくる。ないからこそ、とりあえずのバラックなのだ。
問題は、本格家屋がつくれない状況だからこそバラックをつくるのだ、というあたりまえの認識を持つことなのではないか。ここで、妙な「指針」などを出せば、バラックさえつくれない、つまり生活・暮しを維持できなくなる、ということだ。
「研究成果」を誇れる《耐震専門家》はそれでいいのかもしれない。しかし、それでいいのか?
先の“EARTH CONNSTRUCTION”の著者達の考え方は、それとはまったく異なる。
そして私は、ここで、私には程遠い存在の、かつての「地方功(巧)者」をまた思い出すのである(地方功者については、07年6月9日参照)。
なお、“EARTH CONNSTRUCTION”の内容については、近日紹介するつもりでいる。