“CONSERVATION of TIMBER BUILDINGS” :イギリスの古建築-4

2011-02-06 13:49:42 | 建物づくり一般
[図版更改 7日 8.15][註記追加 8日 10.44]


しばらく間が空いてしまいましたが、“CONSERVATION of TIMBER BUILDINGS” から、イギリス中世の、地中海沿岸の石造をモデルにつくられた「頑強にして不動の」木造建築の事例の紹介を続けます。

ここまでイギリス中世の木造建築:主に bahn の建物のつくり方を見ながら、思ったこと。

それは、地震国の日本でも考えられないほど頑強なつくりである、ということ。
地震の心配などまったくないのに、「頑強にして不動」の木造建築を求め、その策として、構築物全体に斜め材 brace をありとあらゆる箇所に入れて固めてきた。

一方、地震国日本では、明治以降、建築学者を先頭に、「頑強、不動」の木造建築を求め、その策として、「架構の一部に頑強な部分:耐力部:を設ければよい」という「考え方」を採った。現在の法令仕様の木造建築は、いわばその集成と言ってよいでしょう。

そのまた一方、「耐力部を設ける方法」が推奨される以前は、
日本の建築は(大半が木造建築)、分っているだけでも千数百年にわたり、「頑強、不動」の立体などを求めたことなどはまったくなく、むしろ、「柔軟な(風にそよぐが如き)」立体架構をつくることに専念し、それでいて地震で壊れない建物を多数つくってきている(少なくとも、南大門などは800年を越えて健在である)。

この三様の発想の違いは何なのだ?何に起因するのか?


ときおり、道を歩きながら高圧線などの鉄塔を見ていて、「突拍子もないこと」を考えます。

高圧線などの鉄塔は、等辺山型鋼(通称アングル:L型の鋼材)でつくられた先細りの梯子(はしご)で塔の4面を構成し、その各面の梯子の各段がつくる四辺形(台形)には、斜め材( brace )が入っています。
こうした4面でつくられた鉄塔は、一つの「かたまり」になって地上に立ち、外力にはその全体で対応しています。
仮に、その斜め材( brace )が1本でもはずれたりしたならば、鉄塔は「かたまり」ではなくなり、抵抗力を失います。

   註 brace :動詞は「~を締める、引き締める」「~につっかい棒を入れる、支える」
           名詞は「突っ張り、支柱」「副木、添え木」「締め付けるもの」・・・
           [註記追加 8日 10.44]

   斜め材( brace )を入れると頑強になり、しかも使用鋼材も少なくて済むことは、
   鉄鋼造が橋などの構築物に使われだして以来、現場での試行錯誤の結果得られた重要な知見です。
   エッフェル塔など初期の構築物では、斜め材( brace )をX型に入れていますが、
   さらなる試行錯誤の結果、
   すべてをX型にしなくてもよいことを知り、対角線1本だけで済ます事例も増えてきます。
   これは、すべて構造力学が発展を見る以前のこと、
   むしろ、そういう現場の知見が構造力学の展開の後押しをしたことは以前にも書きました。

   そして、そういう架構形式を、
   日本では「トラス」あるいは「ラチス」という語・概念で括って呼ぶ「習慣」があります。
   しかし、この「習慣」は、その奥に潜む「ものを構築するにあたっての考え方」に迫らず、
   「トラスという構造」の「形式」を「知識として収集しただけ」で終わる「危険」と背中あわせです。
   なぜ「危険」かというと、「思考」が停止してしまうからです。
   キングポストなどの名称を知り、その各部材にかかる力の性質を知る、それはそれでいい、
   しかしそれだけでは、
   「ものを構築するにあたって、何を、どう考えたらよいか」という「境域」には達することができません。
   この「危険」を避けるには、先に紹介した「建築学講義録」の「洋小屋」の解説(下記)が参考になります。
   それは、梁を掛ける距離:梁間が増えるとともに、
   梁の架け方にも工夫が生まれる、その結果、各種の小屋形式が生まれる、という解説です。
   この「過程」を知ってから(「考えて」から)「構造力学」に入っても遅くはない、と私は思います。
    http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/16c9b15026d4e8bb0fe224f2acf8ffab
   
実際、改めて日ごろ見慣れている高圧線鉄塔を眺めてみると、その使用鋼材の細さには感動を覚えます。

「突拍子もないこと」とは、この鉄塔を、現在の木造建築の構造規定の根拠となっている「理論」で設計したら、どうなるか、ということ。
現在の木造の考え方によるならば、鉄塔の一部に外力に耐える「耐力部」を設ければいい。
たとえば、鉄塔の4面それぞれに、通常見るよりも断面の大きい鋼材でX型に斜め材:「たすきがけ筋かい」:を入れるとか、あるいは分厚い鉄板を張った「耐力部」を、「バランスよく設ければ」、その他の箇所にはあえて brace を入れなくてもよいことになります。

けれども、もしこのような鉄塔がつくられたなら、おそらく直ちに、電線の引張る力だけでも倒壊するでしょう。
実際、そんな鉄塔は見たことがない。現場もまた、そんな鉄塔は承服しないにちがいない。

しかし、なぜ、現在の法令規定の木造建築では、これが許されるのでしょう?

鉄鋼造と木造は異なる、と言うかもしれません。
縦に伸びる構築物と横に広がる構築物は、同じに扱えない、と言うかもしれません。

しかし、根底の「理論」は同じでなければならない、「場面ごとに異なる理論」がある、などというのでは、それでは「理論」の名にもとる。私はそう思います。

この私の「妄想」について、構造を専門とする方がたのご意見を、ぜひうかがいたいと思います。


かなり横道にそれてしまったようです。
このあたりで、“CONSERVATION of TIMBER BUILDINGS”の紹介に戻ることにします。

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先回まで、どの地域でも見られる「垂木構造・合掌構造・又首組」が、梁間の長大にともない「母屋桁を用いる構造」が生まれてくる過程を見てきました。

ただ、イギリスの(多分西欧の平原部一般の)母屋桁( purlin )を使う方法は、日本の母屋(桁)に垂木を掛ける方法とは、異なるようです。
ここで見てきたイギリス中世の方法は、「母屋桁と斜め材:brace そして垂木、屋根板」でつくられる屋根面を、一つの「丈夫な面」とすることに意をそそいでいるように見受けられます。

もちろん、日本の場合でも、母屋に垂木を掛け野地板を張れば、結果として「面」にはなりますが、しかし、イギリスのそれほどには頑強ではありません。

   一般に、「面」として働く、ということを「剛性がある、あるいは強い」と言いますが、 
   日本の場合、かつての建物づくりでは、そこまで頑強にすることは、重要とは考えていないようです。
   普通の幅の狭い板を張ったのでは剛性が足りない、合板ならいい、とか
   面の四隅に「火打ち」を入れなければならない、などと日本で言われだしたのは、
   建築構造学者が生まれてからのこと。

母屋桁方式のつくりが行なわれているうちに、さらにその先へ展開します。
それを、同書では、Post-and-truss 方式の工法と呼んでいます。
これを日本語で言うのは難しい。トラスという語を使うと、まえがきで触れたように、日本で一般に浸透してしまっているトラス概念で捉えられてしまう。
ここで言っていることを意訳すれば、「柱相互を桁で固める」工法、ということになるかと思います。

   新英和中辞典(研究社)によると
   truss :「けた(桁)構え」「けた(桁)構えで支える」とあります。
   ところで、「桁」とは、新明解国語辞典(三省堂)では、
   「柱と柱を結ぶように渡して、その上に構築する物の支えとする材」とあります。
     蛇足 「算盤の珠を貫く縦の棒」のことも「桁」と言います。
        十の桁、百の桁・・の「桁」は、そこから来ています。

同書の Post-and-truss 方式の工法の解説を、そのまま以下に転載します。
   


この解説では、 Post-and-truss 工法は、「母屋桁屋根部( purlin roof )と壁体部( wall- frame )とを結合した、構造の考え方の点で、また建て方の点でも、最もよく総合的に考えられた工法である」とした上で、この方法は、結果としては over-strong であったろうと述べています。
実際、この姿を見ると、日本の古来の木造建築を見慣れた目には、あきれ返るほど over-strong に見えます。地震国日本の建物でさえ、ここまでしなくても大丈夫・・・。

さらにこの Post-and-truss 方式は展開し、Cruck という独特の工法に行き着くようです。いわば、 Post-and-truss 工法のムダを省いた方法と言えるようです。

   Cruck とは、湾曲した木材で尖塔型のアーチをつくる方法で、
   このシリーズの「その1」および下記で紹介しています。
   http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/7cd6ef4e90665a1accadc3e83fe0c6c4 

下の写真は、この書の紹介している Cruck の例。上記にも他の例が載ってますのでご覧ください。それにしても、豪快!



Post-and-truss と Cruck の違いを説明したのが下図。



右の着色した部分が Post-and-truss 工法、左側が Cruck 工法。

Cruck 工法は、湾曲した材料を使うことで、たしかに施工は合理化されます。もっとも、湾曲した材料を集めるのには苦労したと思いますが・・・。
   前にも記しましたが、Cruck とは、新英和中辞典(研究社)によると
   「中世の建物の土台から屋根の頂まで延びて屋根を支える湾曲した一対の大角材の一」を言うようです。

Cruck 工法に至る過程の姿と考えられる事例が次の写真です。


   
先回にも触れましたが、この Cruck 工法の木造建築は、石造建築がモデルになっているようです。
モデルになった石造建築は、次の写真のような建物。
これは、平たい石材を少しずつ「迫り出し」ながら( corbel :迫り出す)積んでつくった尖塔型のトンネル状(ヴォールトと呼ぶ)空間の Gallerusu 礼拝堂( Gallerusu は固有名詞?)。



Dingle Peninsula はアイルランド南西部の小さな半島。
Eire は the Republic of Ireland のアイルランド語名。その Kerry 郡に現存する礼拝堂。 Kerry は山岳地帯だそうです(以上は、新英和中辞典による)。

アイルランドには、たしか、石造の遺跡や建物が多かったように記憶しています。
   蛇足 文化はギリシアに始まり、そこを起点に文化が各地に流れていった、という「文化伝播説」を
       くつがえす契機になるギリシア以前につくられたすぐれた石造構築物がアイルランドにあった!

   石や煉瓦あるいは日干し煉瓦を少しずつ迫り出して積んで屋根をつくる方法は、
   木材の得にくい地域:乾燥地域:なら、どこでも見られるようです。
   この例では、平行する2枚の壁の上に内側に向って迫り出していますが、
   これを円形状平面で内側に迫り出しながら積んでゆくとドームをつくることができます。
   サラセン文化:イスラムの大ドームはこの方法でつくられた例が多いようです。
   この迫り出し法の最大の特徴は、「形枠」が要らないこと。
   いわゆる「アーチ(それを連続させたヴォールト)工法」には形枠が必要です。「形枠」は普通木製。
   つまり、「迫り出し工法」なら、足場が多少要る以外、まったく木材不要なのです。

この石造建築と Cruck 工法とを比較したのが次の図解です。



図中の Eaves course とは、軒線、つまり屋根の最終ラインというような意味だと思います。
Tie beam は(a)の立面には見えませんが、尖塔型の下部が拡がるのを防止するために引張り材が入っているのだと思われます。材料は不明です。木?

Cruck の脚部は、互いに「土台」様の木材で繋げられています。「土台」を流し、それに噛ませる形で Cruck を立てるのでしょう。
その「土台」へ Cruck を固定するためには木製の「栓( peg )」が使われているようです。
下はその部分の解体時の写真。

 

ただ、「土台」は地面に(多分石が敷いてある)置いてあるだけのようです。
脚部を繋げば、建物全体がきわめて頑丈な立体架構になるわけですから、地面に置くだけで、風で飛ばされるなどということはないのです。

   日本の現在の法令仕様で、土台を地面に緊結せよ、というのは、架構を立体に組むことを考えず、
   一部分に斜め材を入れて済ませるため、その斜め材を経て、土台を持ち上げるなどという事態が起きるからなのです。
   イギリスのように、入れられるところ全てに斜め材を入れる場合には、そういう現象は起きません。
   このあたりにのことついては、かなり前に「在来工法はなぜ生まれたか」のシリーズで触れています。
   基礎への緊結については、下記参照。
    http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/1b28f18dca826a4b5f9bbcff2d617ce0

そして、Cruck 工法の棟の部分には各種の納め方があり、その事例が次の写真。

 

こうやって一定の完成形に到達した Cruck 工法による建物の典型の内観を、同書は透視図スケッチで紹介しています。
多分著者 F.W.B.Charles、Mary Charles 夫妻の手になるものと思われます。分りやすい!


 

同書では、このあと、 Cruck 工法の細部の接合法:仕口や建て方が詳細に記されますが、今回は容量を超えそうですので、ここまでにします。

   註 事例のいずれも屋根が急勾配なのは、北海道よりも緯度の高い地域の建物だからです。

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   詰まっていた作業の一つは完了、しかしまだ、今週いっぱい、水戸の次回講習会用資料の作成と、
   地盤調査書が届いた心身障碍の方がたが暮す建物の断面図の検討・作成に追われそうです。
   ゆえに、次の記事(「建物をつくるとは・・・」の続きの予定)は、来週以降になると思います。

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