木造建築と地震・・・・ 驚きの《実物》実験

2008-02-05 00:03:46 | 構造の考え方

[註記追加:2月5日 14.40][訂正:2月5日 17.51][文言追加:2月6日 1.54]

先日(1月6日)、昨年末に行われた「中近東に多い煉瓦造建物の耐震法研究のための実験」の内容について論評をさせていただいた。

このところ実験が多いようで、先月末の1月29日には、「伝統的木造住宅の構面振動台実験」が行われている。
こういう実験があったことを最初に知ったのは、1月29日のNHK・TVの夕方のニュース。その「きょうの主なニュースの項目」で見かけたのだが、肝腎の内容は見そこなった。
そこで、NHK・オンラインで調べたところ、実験主体が建築研究所であることが分り、建築研究所のHPには、この実験に関するプレスリリースが載っていた。

上の二段組箇所の左側がNHKのニュースの内容。
一段組の箇所の文(研究趣旨)、図(試験体の図)および二段組部分の右側の写真(試験体外観)は、プレスリリースからの転載。なお、図中の色付き文字は、筆者の追加。

「オンライン・ニュース」には映像は紹介されていないから、文中の「居間に見立てた、高さおよそ5メートルの箱型の建物」を読むと、大きい試験体なのだ、と思ってしまうが、そうでなかったことは「プレスリリース」を見ると明らか。他にも誤解を生むだろうと思われる表現があるが、まあ、これはご愛嬌、としておこう。

   註 ニュース冒頭にある「本来、地震に弱いとされる
      伝統的な木造住宅・・・・」という文言は、実験主催者が
      そういう説明をしたのではないだろうか。
      もしそうだとしたら、その知見が疑われてよい。
                           [註記追加] 

しかし、「プレスリリース」で「伝統的木造住宅の・・・」と謳った今回の実験の「趣旨」と「試験体」を見て、「ちょっと待ってくれ・・」と私は思わず言葉を発した。
いったい、何を考えているのだ・・・!?

それは、先年「復権した」「小舞土塗壁」などの「基礎データ?」収集のために為された「実験」を知ったときと同じであった(「土塗壁・面格子壁・落とし込み板壁の壁倍率に係る技術解説書」平成16年2月 日本住宅・木材技術センター刊 参照。実験者は同一研究者グループのようだ)。


以下、私の率直な感想・所見を記してみる。

1)「伝統的木造住宅」とは、どのようなものを指しているのか。

図や写真で分るように、試験体は、1.5間(5.46m)間隔で立つ3本の柱に「桁」を載せ架け、柱脚近くに「足固め」、鴨居レベルに「差鴨居」(プレスリリースは「指鴨居」と表記)を設けたものを「構面」と呼び、その「構面」を1間(1.82m)幅で2枚並べ、その両端:小口を厚12mmの構造用合板でふさぎ、天井面に厚24mmの構造用合板を張ったもの(床:足固め位置にも厚12mmが張ってある?)。図にはないが、写真で見ると、桁には両端に梁?とおぼしき材が乗っている。[天井の構造用合板の厚さ訂正、床については写真には見えるが不明 以上訂正]

さて、この試験体のどこを「伝統的木造住宅」と言うのだろうか。

先ず、組立てられた試験体全体は、明らかに、「伝統的な工法」では考えられない、あり得ない架構(1間幅の渡り廊下ならばないわけではないが、そのときは、両端はふさがない)。
NHKニュースが「伝統的な木造住宅の居間に見立てた・・」という言い方をしているのは、1間幅の居間などあるわけがないから、実験主催者からそのような説明でもあったのか(実験を見た記者がそう思うわけはないだろう)。

この試験体に、あえて「伝統的な」ものを探すとすれば、「差鴨居」と「足固め」という名称。ただ、柱との仕口を明示されていないので、本当に「差鴨居」「足固め」であるかどうかの判断はできない。
なぜ、詳細を明示しないのだろう。そんな《専門的なこと》は世に知らせる必要がない、と思っているのなら、世の中をバカにしている証。

   註 「伝統的」とは何か、を正しく説明する、説明できるのが
      「専門家」の責務。ごまかしてはならない。

「伝統的な工法」の「差鴨居」「足固め」は、通常、直交する方向にも入るもの。
この試験体のような場合には、両端部にも正統な仕口で「差鴨居」「足固め」が入り(普通は中間の柱相互にも「足固め」が入り、時には同位置に「差鴨居」も入る)、桁には梁が正統な仕口(「渡りあご」など)で取付くのが普通。そのとき、端部:小口面はふさがない。

1間幅でも、このような架構になっているのならば「伝統的な架構の試験体」と言えるだろうが、実験の試験体は、どう考えてもそうとは言えず、むしろ、《在来工法》の一部を《伝統的な工法風》にしてみただけ。
つまりこれは、「伝統的木造住宅」の実験には相当しない。

こういう試験体による実験を「伝統的木造住宅・・」の実験、などと言うのは、私だったら憚る。
まして、こういう実験で、「伝統的木造建築物の耐震設計法の検討に用いられ、今後の普及に役立てられる」などと言うのは、正常ならば、言うのもおこがましい、と思うべきなのではあるまいか。

2)材寸は何に拠って決めたのか。

この実験は、柱を150mm角とすることを前提に行われているのではないか。

NHKニュースの「・・通常より5センチほど太い材木が使われ・・」という文言は、おそらく実験者から、そのような解説があったからだと察せられる(記者がそのように判断するとは思えない)。
おそらく、実験者側に、「伝統的木造住宅」は、「通常」よりも「柱が太いものだ」との「予断」があるのではないか。

たしかに、古い農家や商家などには、柱の太い建物がある。それは、細かな細工ができなかった頃の話。時代が下れば構造的に必要な寸法、妥当な材寸になる。
今、民家というと、骨太のイメージでとらえられることが多い。
しかしそれは、江戸末~明治初めのある時期、建屋をステータスシンボルと考えた時代につくられた建物を「民家」の代表と誤解したからで、「差鴨居」を用いるようになる近世の普通の商家や農家の住宅では、柱は決して太くはない(不必要に大きな材を用いないのが常識)。
1800年代中ごろの差鴨居を多用している商家の建物をみると、いわゆる大黒柱もなく、仕上りで4寸3分(約130㎜)角程度が標準的な寸法であることを以前に紹介した(07年5月30日「日本の建築技術の展開-29」の高木家の架構参照)。
また、「差鴨居」を用いず「貫」に拠る建物でも「大黒柱」はなく、平均4寸3分角の柱(サワラ材が主)であることも紹介した(07年5月24日「日本の・・技術の展開-27」の島崎家)。

NHKニュースの「通常より5センチほど太い・・」の「通常」は、法令の「105㎜以上」を指しているものと考えられるが、それが「通常」になったのは、法令がそのように規定してしまった後の話で、「伝統的な住居」では、仕上り4寸以上が「通常」だったのである(これについては、07年6月13日に紹介した、桐敷真次郎氏の論説「耐久建築論:木造建築の耐久性」を参照)。

そうであるとすると、実験者には、「伝統的木造住宅の柱は5寸角(以上)」という歴史的な知見を欠いた「先験的判断」「予断」があったということになる。

あるいはまた、差口の納めの関係から、柱は「差鴨居」「足固め」の材幅よりも大きくなければならない、という「予断」があったのかも知れない。
ただ、この試験体で、どのような仕口を「伝統的な」ものとして採用しているのかは説明がない。
しかし、私のこれまでの経験では、「差鴨居」の通常の取付け方:仕口(竿シャチ継)は、スギ材でも柱径が曳き割り4寸以上(仕上り3寸8分)あれば、問題なく刻み施工することができる。

   註 スギ材だから5寸:150mm必要、というかも知れないが、
      よほど目の粗いスギでないかぎり、問題にはならない。
      むしろ、105㎜角以上という法令をこそ改めるべきだろう。

   註 「差鴨居」を使わない「書院造」の系譜の建物の場合でも、
      つまり「貫」に拠る工法でも、通常、柱径は5寸以下で、
      住宅に近い建物では、仕上り4寸3分角程度である。
      これについては、07年2月26日「建物づくりと寸法-2」で
      いろいろな建物の柱径を収集、紹介。

   註 105㎜角の柱は、主に仮設あるいは応急の建物で用いられた
      のではないか、と思われる。


3)なぜ「差鴨居」上の部分:「下がり壁」を「壁」にするのか。

試験体では、「桁」~「差鴨居」間の「下がり壁」部を全面「壁」とすることにしている(プレスリリースでは「垂れ壁」と表記)。
しかし、「差鴨居」を用いる場合、必ずしも「下がり壁」部分に全面「壁」を充填するのではなく、そこに「欄間」を設けることが多い。
むしろ、それこそが「差鴨居」の利点とさえ考えることができる。
逆に言えば、「下がり壁」部分の扱いを任意にできること(壁にすることも、開口にすることも任意)こそ、「差鴨居」工法のはずだ。

したがって、もしも実験をするならば、「下がり壁部分に壁がないことを前提にした実験」にしなければ意味がない。


以上、私が「ちょっと待ってくれ」と思ったのはなぜかについて、いくつか記してきた。

先に資料として出した「土塗壁・・・の壁倍率に係る技術解説書」に、「長寿命木造住宅推進方策検討委員会」は当初、「土塗壁」「面格子付き壁」「落とし込み板壁」とともに「差し鴨居」を、法令の掲げる規定と同等以上の耐力を有する仕様、として新たに提案したが、最終的に壁式構造として評価できる前三者が認定された旨の説明がある。
察するに、この実験は、「伝統的な工法:差鴨居工法」の復権を目指す研究者の「善意の」いわば復活戦なのだろう。
しかし、この「善意」は、決して善意にはならず、結果としては悪意に変ってしまう類のものだ。

なぜか。
「伝統的工法」を、いわゆる《在来工法》:「耐力壁依存工法」の《原理》:「壁式構造」として捉えるという考え方を採っているからだ。
すでに何度も触れてきたが、いわゆる「伝統工法」は、根本的に「壁式構造」の考えを採っていない。それとはまったく逆の考え方だ。

先回、「紙箱はなぜ丈夫なのか」という一文を書いた。
そこで、薄い紙でつくられた箱が丈夫なのは、それが立体になっているからだ、と書いた。各面が互いに関係しあって、薄い紙なのに強い構造をつくりだすのだ、と書いた。そして、いわゆる「伝統的な工法」の考え方は、まさにその考え方。

これに対して、法令の定める工法、いわゆる《在来工法》=「耐力壁依存工法」は、立体物の効能を捨て、部材の足し算に置き換えた結果生まれた《考え方》によるもので、それは「数値化信仰」の為せる結果である、と分析した。

つまり、いわゆる「伝統的工法」の真意を捻じ曲げて、それを《在来工法》の《理屈》に添わせよう、それがこの実験の本意と考えざるを得ないのである。

このような「似非・擬似伝統的試験体」での実験を基に、「伝統的な木造建築物の耐震設計法の検討」に用いたり、「今後の普及」に役立てられたりしては、はなはだ迷惑なのだ。
私はそれを恐れる。長い間培われてきた現場の工人たちの「知恵」を排斥し、萎縮させるものだからだ。
あなたたち一介の研究者に、なぜそんな権利があるのだ。

それゆえ、この実験は、端的に言ってしまえば、下記のようにまとめられよう。
① 「似非・伝統的木造住宅」を「伝統的木造住宅」と詐称している。
② 実験者の「思い込み」に基づいた「世を惑わす」実験である。

では、なぜこのようないわば「いい加減な実験」が大手を振ってまかり通るのか。
それはきわめて単純だ。
「国家、権力の支え:《権威》、法令制定の《権利》を与えられている」(と思っている)からだ。
これは江戸時代だったら、あり得ない話。今とは違って、工人たちが正統、正当に生きることができた時代だったからだ。《現場を知らない学者・研究者》などがいなかったからだ。そういう輩は必要のない時代だったからだ(似非技術者ではなく「地方巧者」が尊重・尊敬された時代であった)。

そして、こういう「国家の後ろ盾」がなくなったならば、これらの諸「研究成果」は、瞬く間に意味を失うだろう。そのことを、どれだけ自覚しているのだろうか。

では、なぜ彼らは、こういう実験を大手を振って行えるような《地位》に付けたのか。
これこそが、明治以来永遠に続いている「学閥」のなせること。これはすでに何度も触れてきたが、明治以来、何の進歩も進展もないらしい(たとえば06年12月23日「学問の植民地主義」参照)。

書いていて、だんだん寒気がしてきたからこのあたりでやめよう。

ただ、多くの方々に「真実」だけは、「見て」欲しい。「見抜いて」欲しい!
そう私は思っている。

   註 このような一文を読まれると、多分、なぜ直接抗議なり
      異議を実験者に向けて行わないのか、と不審に思われる方が
      おられるだろう。
      大分前、私は某大学の木造の権威:研究者に質問をした。
      ところが、残念ながら、数度の質疑応答の結果、最後には、
      当方の質問に対する応答は途絶えてしまった。
      つまり、無視された。無視が通用する世界なのだ!
      なぜ無視できるのか?
      それは彼らが《権威》に安住しているからだ。[文言追加]
     
      それ以来、不審、不思議と思う方々が世の中に増えること
      こそが大事だ、と思うようになった。

      私は建築学会の会員でもない。40年以上前は会員だった。
      しかし、ある大会で、発表者に質問をした。ところが、
      それは大会終了後、個々人でやってくれ、と遮られた。
      「学会」とは何だ?皆で論議をするところではないのか?
      そうではなかったのだ。
      「建築学会」というのはそんなものなんだ、そう私は理解し、
      以来、私は建築学会員であることをやめた。
      この判断は間違っていなかった、と今でも私は思っている。

   註 唯一、この実験で評価できるのは、
      架構を基礎に緊結しない場合の実験もあわせ行った点である。
      そして、これまでの「しがらみ」を捨てて、実験を
      本物の「伝統的工法」の架構で行えば、より良かったのだ。

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2 コメント

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Eディフェンスの実験 (ARAI)
2008-12-05 06:16:40
 知人に紹介されてこちらのブログを知り、2年ほど毎日のように拝見させていただいております。
 現在進行中の継ぎ手の話も工人の工夫の歴史や工人が考えたであろうことまで掘り下げられていて続きが本当に楽しみです。喜多方の煉瓦の話にはものづくりへの思いや人と人とのつながりに心が熱くなりました。どの話も興味深いものばかりです。
 このたび、本物の伝統的工法で行われたと思える実験があったようですが、この実験に関して先生がどのようにお考えになるか気になってなりません。
http://kino-ie.net/kinoienews/?p=18
http://kino-ie.net/kinoienews/?p=21
 いつか話題にして下されば幸いです。
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「伝統《的》構法」の実大実験について (筆者)
2008-12-06 01:59:46
私も関心があり、実験に提供される建物の資料を、住木センターのHPから集めました。
一番の疑問は、何を「伝統的」と考えているか、という点です。そして、「何が目的」の実験なのか、と言う点です。
近々のうちに、書く予定にしています。
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