マスク着用、個人の判断へ

2023-02-24 11:11:00 | 日記

マスク着用は「個人の判断」、来月13日から原則推奨せず

政府は10日、新型コロナウイルス対策のマスク着用に関する新たな考え方を決定した。3月13日から緩和し、原則として着用を推奨することはせず、個人の判断に委ねる。やっとマスクから解放される。大変喜ばしいことだ。ただ例外の設置は不要である。

 


with コロナに向けて、コロナを特別視することをやめるべきだ。それにはまず国が意識を変えて、コロナは普通のかぜで特別なことをする必要が全くないことを国民にきちんと説明する必要がある。例外を設定すると、まだコロナ感染症に対する不安があることを認めることになり、国民はマスクを外さないだろう。だらだらとマスク着用期間が長くなればなるほど、ますますマスクを外せなくなる。マスク依存症は病気である。だいたい「混雑した電車やバスに乗車する時」はマスク着用推奨といっても、混雑の判断が人によって違うので、絶対客同士のトラブルがおこると思う。「ホテル(航空機機内も)などのサービス業界で感染対策で必要と判断した場合、事業者が利用者や従業員にマスク着用を求めることは「許容される」」とあるが、マスク着用の求めを拒否できるのかということもある。最終的には「個人の判断」であるからには拒否できると思うのだが、今までの流れからするとマスクを着けさせられるような気がするあと、手指消毒や、席で間を開ける、アクリル板の設置も一切やめるべきだ。

 

 

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現代左翼の「反戦」「反原発」運動について(「右翼左翼」「民主主義」とは)

2023-02-13 19:58:01 | 日記

現代左翼の「反戦」「反原発」運動について(「右翼左翼」「民主主義」とは)

前ブログ「左翼の本質」では最近の左翼の「反原発」「反戦」運動を批判した。
また左翼はことあるごとに「民主主義」を口にするので、今回、「左翼右翼」、「民主主義」
について深めることにした。

1.右翼左翼について
右翼は保守で、左翼は進歩であるが、進歩とは民主化(国民主権=平等、自由)の過程である。それは「国家主義」から「個人主義」への過程でもある。そして左翼、右翼というものは進歩の過程で、相対的関係にある。

左翼の属性:進歩、革新、社会を変える、「民主主義」(平等、自由)、「個人主義」、理性、共産、社会主義、国際的(インターナショナル)

右翼の属性:保守、国体、伝統を守る、民族主義、「国家主義(ナショナリズム)」、国家権力、全体主義、ファシズム

文献1)第1章では、フランス革命の進展過程について書かれている。この後の世界史はフランス革命の進展と同じように進展した。議長席から見て議場の右を保守派が、左に急進派が占めたのが右翼左翼の語源である。以下、下に行くほど左に進歩する。1の段階では2以降はすべて左(民主主義)だが、歴史が進むと、上が下の段階に対して相対的に右となる。

1.王制=絶対君主制=専制

2.自由左翼、フイアン派からジロンド派まで、立憲王制支持派から民主共和国派まで。
自由主義、立憲主義、議会(代議制)制民主主義、自由市場経済(資本主義)
民主主義(平等)
自由民主主義
自由と平等は、王制から見ると共に左だが、民主主義の中で、平等が相対的に左で、自由が相対的に右である。
人権、リベラル派

3.山岳(モンターニュ)派
社会主義、共産主義
人民民主主義
マルクスの目指したプロレタリアート独裁→実際はスターリン独裁の非民主的国家となってしまった。
旧左翼、旧ソ連、中国共産党習独裁政権、北朝鮮金独裁政権
日本共産党

5.極左
抵抗左翼、集会や暴動などの直接行動でパリの街頭から山岳派を突き上げた過激派や、議会転覆を企てた共産主義者バブーフ。
新左翼(旧ソ連を批判的する人たち)
反スターリン、トロツキズム(世界同時革命、国境を越えて(インターナショナル)、労働者階級が団結して革命を起こす。)
反国家権力

国家の進展過程:

右は「国家(権力)主義」で左は「個人主義」「民主主義、自由、平等」である。歴史は左へ向かって進んでいく。国王の支配から、解放され、国民が統治する国家となり、平等、自由が実現される。直接民主制が理想の民主主義なのだが、後述の理由で、代議制(議会制)民主主義となった。代議制民主主義は政治家による支配であり、「国家(権力)」に権力がシフトする。自由市場経済(資本主義)となり、ここに国家権力と資本主義の結合をみる(国家独占資本主義、帝国主義)。代議制では政治家間で競争を行い、国民からより多くの票を獲得しようとし、資本家も競争で消費者からより多くの利益を得ようとする。自由市場経済(資本主義)により、経済的不平等(貧富の格差)を生む。そこで経済的不平等を是正するために、国家が経済に干渉するようになる(経済的統制)。さらに経済的平等を実現するため(「社会主義、共産主義国家」)、資本家の抵抗を抑圧し、国家による政治的、経済的統制が進む。そして、経済的平等は実現するが、政治的統制により言論の自由がなくなる。マルクスが考えた「社会主義、共産主義」国家は「プロレタリアート独裁(独裁といっても国民の大多数を占める労働者階級による支配なのできわめて民主的なのである)」国家で、資本主義が充分に成熟した段階で(つまり労働者階級が大多数を占めた段階)で革命を起こせば、少数派の資本家の抵抗は大したものでなく、政治的抑圧も過酷なものでなく、一時的であり、やがて自由、平等のある民主的共産主義国家になると考えていた(マルクスの考えた自由とは「資本からの解放」だった)が、実際は、スターリンによる非民主的な独裁国家となってしまい経済的には平等だが、政治的には不平等で、言論の自由はない国家となった。新左翼はこうした旧ソ連を批判する人たちである。その中で、マルクス理論は正しいが、革命の時期が早かったので(つまり労働者階級がまだ少なかった)失敗したのだから、スターリンの政敵であるトロツキーが革命を起こせばうまくいったと考える派と、マルクスの理論でない方法で革命を起こすアナーキスト(無政府主義者)に分かれたのである。全共闘は資本主義が充分に成熟した段階(高度経済成長期)で革命を起こそうとしたができなかったのは、マルクスの予想に反して、高度経済成長により、国民の大部分(労働者)が、資本家ほどではないけれど、豊かになったからだ。そして旧ソ連は崩壊した。旧ソ連が崩壊した最大の理由は、旧ソ連の国民がテレビで西側諸国の裕福な生活をみて、こちらのほうがよいと思ったからだ(と平成最後の年に平成を振り返る番組で田原総一朗さんが言っていました)。経済的に平等といっても、皆平等に富むなら良いが、皆平等に貧しかったらしょうがない。
右:軍国主義、国家主義、左:平和主義というのは本質的なものではない。軍国主義、国家主義を左翼がとることもある。フランス革命の初期には、ナショナリズムは左翼の属性だった。つまり王制を倒して作った民主国家をフランス国民が団結(友愛)して、他国からの侵略と闘って守ろうというものであった。昨今の中国や北朝鮮の軍備増強もそうである。日本の戦後の左翼においても、共産党は一時期暴力革命路線をとった時期もあったし、全共闘も武装闘争をしたし、全共闘後の赤軍派はテロを重ねた。
戦後日本での右翼「対米従属、再軍備、9条改憲」、左翼「中立、非武装、護憲」という対立軸は日本に特有なものである。アメリカ占領下の1950朝鮮戦争勃発により占領政策を反共に転換し、日本に再軍備させ、単独講和にてアメリカなど西側諸国につき、アメリカ軍を国内に置く安全保障条約を締結した。これを契機に左翼が戦争を放棄した憲法を断固擁護し、日米安保に反対し、ベトナム戦争などあらゆる戦争に反対し、平和を訴えて、現在に至るまで平和主義が左翼の属性となったのだ。だが戦後左翼が非武装、平和を主張したのは、偽の平和主義だった。アメリカは社会主義の敵で倒すべきだが、左翼は平和を唱えて何もせず、資本主義打倒の闘いは、旧ソ連、中国の軍隊にやってもらおうという虫のいい非武装、平和主義であったのだ。また日本から米軍がいなくなれば、旧ソ連、中国が日本へ侵略するはずがなく(という甘い幻想)、なにもしなくても平和が実現する。と考えたのだ。べ平連もアメリカをベトナムから退去させて「平和」をもたらすという主張ばかりで、アメリカ軍を強化して旧ソ連、中国の影響を排し「平和」を実現しようという発想は皆無であった。日本は後者の「平和」を日米安保体制下でのうのうと享受していたくせにです。」1)また池田氏も述べているように、「憲法を守るというのは条文を変えないことでなく国体を守る」ことなのだ。6)つまり憲法を改正し自衛隊の地位を明文化し、防衛力を強化して、他国からの侵略から日本を守ることが真の平和主義なのだ。要するに故安倍氏の言っていた通り、平和の実現は唱えるだけではだめで、自衛の軍備力を強化し他国から侵略されないようにする必要がある。実際戦後、日本が隣国から侵略されず、経済成長に専念できたのは、日米安保のおかげである。本当はアメリカに頼らないで自国を守るのが理想的だが、日米のパワーバランスを考え、現実的観点から日米同盟の維持を自民党は選択したのだ。

 2.民主主義とは誰が統治するのかである。民主主義(democracy))は古代ギリシャ語の人民(demos)による統治(kratus)に由来する=国民に統治権がある(国民主権)。「民主主義」の本質は「平等」であり、議会制、立憲制は「自由主義」に属するものである(自由民主主義)。議会制は多様な意見や利害を表出させ、(自由に)討論し、それらの競争(多数決)から正しさや真理が帰結する。自由主義の原理は、人権や個人の自由、法の支配や立憲主義を含み、他方で民主主義の原理は、人民の平等や同一性を目指すものである。重要なのは、これら二つの原理はぴったりと補完しあうものではなく、両者のあいだにはたえず緊張が伴うことだ。(自由を追求すると、平等でなくなり、平等を追求すると自由でなくなる。)

文献2では民主主義を以下のように分類している。

1.直接民主主義
2.指導者民主主義(競争型エリート主義、シュンペーター-ダール理論)
(代議制(議会制)民主主義)=自由民主主義)
3.参加民主主義(ペイトマン)(=1.直接民主主義)
4.塾議民主主義、闘議民主主義
5.ポストデモクラシー、ポピュリズム
排他的な国家主義指導者(2)による、衆愚政治(1=3の欠点)

民主主義における対立軸:
直接民主主義(理想的民主主義)                 間接民主主義
参加民主主義                         代議制(議会制)民主主義、指導者(エリート)民主主義
                          自由民主主義
国民(大衆)                                         国家、政治家(指導者(エリート))

1.都市国家アテネでは市民(国民)が直接政治をおこなっていた。(直接民主主義)
2.しかし都市国家から国家に変わり規模が大きくなると、国民の直接的政治はできなくなり、また大衆への懐疑(後述)から、選挙で代表(政治家)を選んで、政府を作り、議会で討論して、物事を決める、代議制(議会制)民主主義となった。

シュンペーターは大衆の直接的政治参加を否定した。
「典型的な市民が政治問題について判断するとき、彼らは非合理的な偏見や衝動に動かされやすい。大衆は合理性が欠如しているため、扇動され、欺かれやすい存在であると捉えている。扇動家やデマゴーグによって大衆の意志は容易に創造(捏造)される。」
「シュンペーター理論は、多数者からのインプット(参加)を最小化し、指導者からのアウトプットを最大化することで、システムの安定性を確保するモデルであるという。このような考え方からすれば、市民の積極的な政治参加は統治にとっては不安定要素に過ぎないものになるだろう。」(ペイトマン)
市民の政治参加に対する否定的な見解はシュンペーターに限ったものではなく、当時(20世紀前半)の知識人に一定程度共有された気分でもあった。
「群衆の非合理性、感情への流れやすさ」(ルボンの群衆心理)
「大衆は、政治について適切な判断ができるのか」
「大衆は、政治の担い手になれるのか」

というわけで、20世紀前半の民主主義論の関心は、市民よりもむしろ大衆を教え導く「指導者」に向けられた。だが同時に「ファシズムの反省点は大衆を束ねて従える強力な指導者の存在である。力強い身振りと演説で大衆を引きつけ巧みに扇動する指導者の姿は人々に服従を強いる点で、民主主義を危険にさらすものであったので、戦後の民主主義論の中心が、指導者のような少数者による導きでなく、自立した判断力を備えた市民が民主政治の主要なアクターとして現れた。」


シュンペーターの民主主義(「競争型エリート主義」):

「国民の役割は、代表者を選出して政府を作り出すことである。彼は「民主主義における選挙民の投票の第一義的な機能は政府をつくり出すことにある」と述べている。
「競争は、おもに選挙によって行われる。選挙で最も多く人民の同意、すなわち票を獲得したものが決定権を得るというわけだ。」
「民主主義とは政治家の支配である。」
マックスウェーバーと指導者民主主義:
「大衆を導く強力な政治的指導者の必要を説いている。」
「政治家の資質として「情熱、責任感、判断力」の三つが特に重要である。」
「政治家の行為を方向づける倫理について、ウェーバーは「信条倫理」と「責任倫理」を区別している。行為の帰結よりも行為を導く信条の純粋さを重視するのが信条倫理であり、反対に、信条よりも行為の結果の責任を引き受けるのが責任倫理である。この二つの倫理は相補的であり、すぐれた政治的指導者は両方への感性を備えた人物でなければならないとした。」2)
「20世紀前半の大衆民主主義の発展は、集票組織の発展とともに実現したのです。 このような状況において、多くの政治家は、ますます「政治によって」生きるようになります。言い換えれば、生活の糧として政治に携わる、いわば職業政治家になっていくのです。これに対し、「政治のために」生きる政治家、すなわち政治を使命とし、政治にかかわることそれ自体を目的とする政治家は、少なくなっていきます。」3)
(私は故安倍氏こそが、すぐれた政治的指導者、「政治のために」生きる政治家、すなわち政治を使命とし、政治にかかわることそれ自体を目的とする政治家だったと思う。安倍氏は生前「支持率のために政治を行っているのでない」と言った。つまり、票集めのためでなく、政治のために、日本をより良くするという情熱、信念で政治を行っていたのだ。)

一方で、代議制民主主義への批判として
「代表制とは、国民の代表者の集合である議会が、主権者の意思を表しているというフィクションによって成り立つもの」
「代表制は真の民意を捻じ曲げるものだと批判する言説は珍しくない。」
ルソーによる代議制民主主義への批判:
「イギリスの人民は自由だと思っているが、それは大まちがいだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民は奴隷となり、無に帰してしまう。」(ルソー、1954)
「民主主義のエリート理論(指導者民主主義=代議制民主主義)は、しばしば、理想論(直接民主主義)には拘泥しない現実主義的な態度を重視している。古典理論(直接民主主義)が持っていたはずの規範的側面(直接民主主義が真の民主主義である。)を見失っている。現実とよりよく一致するよう理論を修正することでエリート主義の理論家たち(シュンペーターやダール)は、デモクラシーをラジカル(左翼的なもの)から、保守的な政治教義に変えてしまった。(つまり政治家による支配ということで国家権力側にシフトしてしまったということだろう。)

1960年頃から日本だけでなく世界的に市民の政治参加の活性化が起こり、参加民主主義は代表制の機能不全から生まれた。政治を専門家やエリートに任せるのでなく、市民自らが担うべく立ち現れたのである。市民運動や社会運動の活性化は新しい民主主義の理論を求めていた。それは必然的に、大衆を政治から遠ざける競争型エリート主義を問い直し、政治を国民に取り戻すことを目指すものだろう。「競争」に代わって「参加」が民主主義を象徴する言葉となり、新たな理論的潮流は「参加民主主義」と呼ばれる。政治参加とは街頭でのデモ、市民運動、国民投票などである。60年安保闘争、三里塚闘争、脱原発や安全保障法案をめぐって抗議活動が行われた。米で公民権運動、欧州では、気候変動やエコロジーに関しての運動が盛んになってきている。デモは選挙以外で私たちが意志を表示する重要な手段である。
1965頃からの全共闘運動は、マルクス、トロツキズム、反スターリンを唱え、この頃泥沼化してきたベトナム戦争への反戦を掲げ、国家独占資本主義に対して、労働者階級による階級闘争を行い、世界同時革命による社会主義国家の成立を目指して国家権力と闘った。また東大での全共闘運動は「反知性主義」の運動でもあった。つまり教授と学生の間の闘争でもあった。反権力を言っている教授が、機動隊を導入する矛盾を追及した反知性主義の運動でもあり、東大解体を叫んだ。東大生もまた知性の先端にいる人であり自己否定しなければならなかった。
「東大全共闘の場合は、東大という機構が帝国主義的な階級意識を再生産する役割を担っていることに対する強い疑念と、そこで学んでいる自分たち自身もまたそのシステムの一部であるがゆえに自己否定しなければいけないという内在的動機が学生たちの側にありました。」5)
以下文献4から引用。
全共闘運動が起きた、時代的背景:
「高度経済成長をつうじて日本に大衆社会が出現したこと自体である。それ以前と、それ以降では社会のあり方が根本から変わってしまった(文献1での「封建的な旧日本と進歩的な新日本」だと思う。)。都市の膨張と郊外の拡大をふくんだ都市化、地域共同体の解体から過疎の進行、そしてテレビや自動車が日本の津々浦々まで浸透し農業が主要な生業ではなくなり、高校・大学への進学率は上昇し、人びとの生活のありようが深く変化していった時期である。」
「実存主義は第二次世界大戦後の世界のよそよそしさによって生まれた思想であり芸術だと言うことができる。豊かになればわれわれの生が充実するわけではない。衣食足りて周囲を見回してみると、見慣れない世界のなかにいる、という感覚である。」
「高度経済成長によって出現した社会は、当時大衆社会とか管理社会とかいうことばによって批判的に語られていた。多くの若者がこの新しく出現した社会にたいして異和感、疎外感を感じていた。」
「学生あるいは青年が、社会運動のなかでより理想主義的、急進的な傾向を見せるのは近代化のプロセスが進んでいる国では一般的な現象である。」
「スターリニズム批判は日本の学生運動の顕著な特質である。こうして日本の新左翼運動は学生運動のなかから生まれた。その頂点が60年安保闘争だった。60年安保闘争は、国民的に盛り上がった反対運動であった。全学連はそのなかでもっとも急進的・行動的な闘争を展開した。」
小坂氏の個人的な感覚としては「マルクス主義には距離を置く」ものだったそうだ。「マルクス主義の科学的真理や党の正しさといった発想が根本から受け入れられなかったのだろう。それに加えて、高度経済成長をへて登場してきた当時の社会が、そんなにかんたんに「革命」できるものではないという感覚があった。今風に言うと、当時の学生運動の理論は、とても当時の社会の「現実性」をとらえていないように思えたということになる。
「全学連の運動の特徴①は、大衆運動主義、街頭行動主義であった。大衆は善であり権力はそれを脅かす悪であるといった発想が根底にあった事は否めない。」
「全学連の運動は、戦後民主主義の延長線上の正義運動と言う側面がある一方で、権力と闘うことはかっこよい、すかっとするといった側面ももっていた。当時「機動隊に実存をぶっつけろ(サルトルの実存主義から来ている。)」ということばがあったが、それは高度成長を通じて登場してきた社会にたいする個人的な反抗というニュアンスももっていた。
「全学連の特徴②は政治的象徴主義をあげることができる。エンタープライズ寄港阻止を主張し、佐藤訪ベトナム阻止をうたっても、実際に寄港が阻止されたわけではなく、佐藤首相のベトナム訪問が阻止されたわけでもなかった。つまり、全学連の闘争は、武装し権力と対峙するという態度の一方で、反対の意志を象徴的に表現する異議申し立て運動という性格も帯びていたのだ。闘争は同時に政治的なプロパガンダ(宣伝)であり、闘争をつうじて勢力を拡大していくというのが、政治的象徴主義の手法である。攻撃目標を防衛庁にするかそれとも別の場所にするかといったことが、あたかも党派間の世界観の決定的な違いであるかのように主張されたことも、全学連の政治的象徴主義を如実に物語っていた。戦後民主主義の延長線上にありながら、個人主義的色彩を強めていったという2重の性格が全共闘運動を準備したのである。」
ぼくは全共闘を語るとき、意味のある空騒ぎだったという表現を使うことがある。経済的にみれば、当時はまさに高度成長の真っ只中だったのであり、全共闘運動は労働者の窮乏が革命を引き起こすという古典的な革命論にはまったくあてはまらない運動だった。だが戦後日本の学生運動は、学生が先に決起すれば労働者が続くという発想から始まった。そのことが学生運動の昂揚とリアルな革命の間にある距離を楽感的に埋めていた。」
古典的な革命論はあくまで労働者を革命の主体と想定していたが、肝心の労働者は決して革命的にはならなかった。それが高度経済成長のもたらした現実であった。(前述にようにマルクスが予想したほど労働者は貧しくならなかった。とういか逆に豊かになったからだ。)
「全共闘運動は目に見える成果を残せず政治的な意味では空騒ぎであった。だが空想的、即非現実的で無意味なのではない。全共闘的空間にはさまざまな思考を解き放つ「空想」の力があった。その意味で空騒ぎには十分な意味があるのだ、とぼくは考える。」
反知性主義については、「口先では進歩的なポーズをとり反権力的なことを言いながら、実際の行動ではそれとまったく逆で機動隊に頼ってしまうという落差が学生を憤激させたのである。この発端からわかるように、東大闘争の出発点は、学生と教官の間に対等な関係をもとめる要求であり、それを支えた感性は戦後民主主義が育てたものだった。 だが闘争が、学問のあり方や大学の社会のなかでの位置づけから、そういった大学に在籍している自分自身のあり方を問う性格をもっていたことで、戦後民主主義の枠を大きく逸脱していくことになった。東大闘争の意味はその「深化」のプロセスのうちに存在する。そのプロセスを加速したのが全共闘という組織のスタイルだった。」

3.私が論じたいのは現代の左翼についてで、現代の左翼のリーダー(知識人など)が、国民を扇動し、デモを行うことについてだ。現代左翼のリーダーは国家権力に反抗すること自体が目的で、現実でのデモの成果はどうでもよい。「福田恒存は一つ一つの抵抗運動において、彼らは勝つことを目的としているのではなく、進歩主義的気分に守られながら、その気分を守り、その気分に浸ることが目的となっているのではないかと推測していました。」4)
国民の側も、前述した国民の直接政治参加の問題点として
「群衆の非合理性、感情への流れやすさ」(ルボンの群衆心理)
シュンペーターの見解「典型的な市民が政治問題について判断するとき、彼らは非合理的な偏見や衝動に動かされやすい。大衆は合理性が欠如しているため、扇動され、欺かれやすい存在であると捉えている。扇動家やデマゴーグによって大衆の意志は容易に創造(捏造)される。」。これらのことは最近のリベラルの反戦、反原発、反戦といった反国家権力デモでも明らかだ。池田氏の言うように「社会的にも、経済的にも行き詰まった状況で変化を求める人々の不満が、反原発と言う宗教に結集したのだろう。人々の感情に迎合する手法はマーケティングとしては正しい。人を動かすのは、事実でなく、感情だから、必要なのは、科学的データではなく、共通の敵である。」5)何の科学的根拠も示さず、なんとなく放射能は怖いものだと人々の不安を煽る。安全保障法は、集団的自衛権を認め、日米同盟を強化し、日本の防衛を強化し、平和をもたらすものなのに、やれ戦争する法律であるとか、戦争に巻き込まれる法律であるとか、デタラメを言って国民を扇動する。国民の側も、そうやってでたらめなスローガンで不安を煽られて、法律を読みもしないで(集団的自衛権について勉強しないで)、放射能は危険だとか、戦争する法律だといわれるままに、よくわからないでデモの行列に加わる。こうした状況を私は憂う。国民の直接的政治参加が有効なのは国民が政治的問題についてよく勉強した上でのことだと思う。

 

1)右翼と左翼、浅羽通明著、幻冬舎新書
2)現代民主主義、山本圭著、中公新書
3)民主主義とは何か、宇野重規著、講談社現代新書
4)思想としての全共闘世代、小坂修著、ちくま新書
5)日本左翼史、池上彰氏、佐藤優氏の対談を著作化したもの、講談社現代新書
6)反戦、脱原発のリベラルはなぜ敗北するのか、浅羽通明著、筑摩eブックス
7)戦後リベラルの終焉 なぜ左翼は社会を変えられなかったのか 、池田 信夫著、PHP研究所


 

 

 

 

          

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