ひまわり博士のウンチク

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山上たつひこ『光る風』

2008年08月25日 | 本と雑誌
マンガと侮ってはいけないすごい作品

Hikaru_kaze

●ギャグマンガ作家、山上たつひこの異色作
 山上たつひこといえば、ナンセンスなギャグマンガ『がきデカ』のほうがよく知られています。
 『光る風』はそれ以前の作品で1970年4月から11月まで週刊『少年マガジン』に連載されていました。
 ぼくが初めて読んだのは連載されていた時ではなく、後に上下二冊の単行本として朝日ソノラマから出版されたものでした。今は岩波書店にいる友人のK君が読んで、「これ、すごいから読んでみて」とぼくにくれました。
 「“山上たつひこ”って、『がきデカ』だよね」
 「ぜんぜん違うんだ、こんなのも書いてたんだね」
 読んだぼくは大変な衝撃を受け、それで機会があるごとに友人たちに薦めていました。そうやって何人もの間を貸し回しているうちに、とうとう行方不明になってしまったのです。
 古本屋で見つけたら買っておこうと思いつつ何十年かが経過。ぼくが最初にK君からもらった朝日ソノラマ版は、状態の良い本だと数千円の値がつくようになってしまいました。
 そこに、降って湧いたような復刊のニュース。しかも、単行本では編集者によって削除されたり改ざんされた部分を、最初の原稿通りに復元したとあります。
 矢も盾もたまらずに、買ってしまいました。

〈あらすじ〉
 物語は、ある村に突然、原因不明の奇形が多発し、多数の死者を出すところから始まります。ところが、原因を究明していた調査団は、未解決のまま突然手を引いてしまいます。
 しかも政府は、救済事業と称して、奇形児およびその家族を小さな島にとじこめてしまうのです。
 前の戦争が終わって30年たったこの時代、防衛庁は国防省となり、日本は再び国民統制がはじまっていました。国民はみな、国のために働き死ぬことを強制され、平和や自由を唱えるものは、特務警察によって拘束されたり、抵抗すれば射殺されます。
 シビリアンコントロールが崩壊し、力を持った軍部はつぎつぎに若者たちをインドシナ戦争に送り込むのでした。
 そんななかで、軍国主義の家庭に育った六高寺弦は父や兄の考えに抵抗し、ひとり家を出て別な生き方を始めました。
 兄の光高は徴兵され、“万歳”に送られながらインドシナ戦線へと出征していきます。
 徴兵された兄は、両手両足を失って除隊しますが、弦はその兄の負傷に疑いを持ち、それが、奇形児の多発事件と関係があることに行き着きます。
 中性子爆弾の秘密工場、化学兵器の研究。兄の負傷と奇形の村が弦の頭の中でつながりました。
 弦は特務警察から身を隠し、弦を慕う六高寺家のお手伝い“ゆき”と、小さなアパートでささやかな愛を育みますが、それも長続きしません。
 安保条約が改定され、国防軍が米軍から基地を引き継ぎ、日本から米軍がすべていなくなったとき、米軍は遠隔操作によって日本中の兵器を自在にコントロールする機能を完成させていました。完全に、日本はアメリカの盾になっていたのです。しかし、その事実を知っているのは米軍の幹部だけ。日本人は軍の上層部も含めて、知っている人間はまったくいません。政府が米国の核の傘のもとに、ぬくぬくと安住し、言いなりになっていた結果でした。
 差別の拡大と軍需産業の強化。軍国主義へと泥沼にはまり込むようにのめり込んでいく日本。
 人々が絶望に打ちひしがれているとき、それに追い討ちをかけるように突然大地震が襲います。
 都市が破壊され、すべてが廃墟と化します。
 人々が何も考えることをやめたとき、ファシズムはいっそう強化されて、そこに“個人”はなく、あるのは兵隊の靴音だけでした。
 そして、弦とゆきは……

●40年前は物語でも、現代では現実?!
 『光る風』を改めて読んで、40年近くも前に書かれたこの物語が、書かれた当時よりもずっと現実味を帯びていることが感じられ、ぞっとしました。
 防衛庁が防衛省(物語では“国防省”)になり、日本はいつの間にかアメリカ・ロシアに次ぐ世界第三位の軍事大国になっています。
 差別、格差、軍事力の強化、今の時代、いつ日本版「茶色の朝」が訪れてもおかしくありません。
 山上たつひこが描いた未来が、多少の違いはあってもまぎれもなく近づいている気がするのです。

 こんなすさまじいマンガが、『少年マガジン』という少年マンガ雑誌に連載されていたことも不思議だとおもいましたが、当時としてもかなり異色のことだったようです。
 ただ、この頃の『少年マガジン』や『少年サンデー』は大学生など、青年層の読者が多かったという背景はありました。
 しかし、当時若者であったぼくが読んで衝撃を受けたように、今こそ現代の若者たちに読んでほしいと思います。
 
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 『原爆詩集 八月』朗読You TUbe

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