ここに二本の刷毛があります。
両方とも同じ三寸幅のものですが毛の長さが違います。
右のものは比較的最近のもので、左のは私が大学に入ってすぐに買った30年前のものです。
左のも、当初は右と同じ長さがあったのです。
長さが短くなっただけではなく、毛先側半分くらいは厚みも磨り減って櫛のようにスカスカになりかけています。
ですから、これで彩色すると明瞭に刷毛目が出てしまい、新しい刷毛のように平らに塗ることはできません。
刷毛としてはもう寿命がきているのでしょうか。
ところがどっこい、これは今でも立派に現役で活躍してくれています。
現在では「ぼかし」専門に活路を見出しています。
新しい刷毛で画面をぼかすと絵具が動き過ぎることがあります。
画面を撫でるように慎重に刷毛を動かしても、絵具が動き過ぎてしまうことがあります。
この刷毛ですと、毛がまばらですから、刷毛目が残りやすいことに注意すれば絵具が少しずつ動いてくれます。
こんなみすぼらしい姿でも、私には新品以上に大切な一本なのです。
むしろ新しい刷毛よりも愛おしいくらいです。
永年苦楽を共にした戦友のような愛着もあります。
新しい刷毛はいつでも画材店で買うことができますが、こういう刷毛はいくらお金を積んでも手に入りません。
一番左の平筆は二番目の平筆と比較するための新しいものです。
二番目のは、まるでブラシです。
特殊な使い方をしたために比較的短時間でここまで磨り減ってしまいました。
それでもまだ現役です。
微量の絵具を擦り込むような塗り方に使っています。
右の5本の筆たちも10年以上使っているものですが、まだ使い道があります。
私は印を押す時印肉を使わず絵具を使っています。
印に絵具を塗る時には、これで充分です。
古い筆は毛先が丸いですから、点描にも適しています。
私は今まで使い古した筆を捨てたという記憶がほとんどありません。
古い磨り減った筆には、それなりに用途があるものです。
それでなくてはできない表現もあるのです。
新しい筆の方が、場合によっては返って使いにくい場合があります。
絵は、何色を塗ったか…ではなく、どのように塗ったかということが重要です。
同じ色でも、塗り方によって絵具の表情が驚くほど異なります。
そのためには筆の使い方を工夫する必要があります。
筆使いの工夫の中には、新しい筆がいいのか、古い筆がいいのかの選択も含まれるのです。
どうしても用途の見つからない古い筆は、絵具のニカワ抜きに使えます。
皿に溶いた絵具はニカワを取り除けば元の粉末に戻ります。
熱湯を注ぎ、かき混ぜて、しばらく待って絵具が底に沈んだら上澄みのお湯を捨てる。
これを二度も繰り返せばニカワは取り除けます。
熱湯を注いだ皿をかき混ぜるのに指を使えば火傷しますから、ここで不要な筆の登場となります。
それでも、どうしても用途が見つからないのならば
絵以外の用途を考えてみるのもいいのではないでしょうか。
使い古した歯ブラシだって、いろいろ用途があるものです。
資源は大切に使いましょう。
-------------- Ichiro Futatsugi.■