教育のヒント by 本間勇人

身近な葛藤から世界の紛争まで、問題解決する創造的才能者が生まれる学びを探して

「科学的活用力」 日本6位転落

2007-11-30 10:09:55 | 文化・芸術
11月30日0時52分配信の産経新聞によると、

経済協力開発機構(OECD)が57カ国・地域の15歳を対象に昨年実施した「生徒の学習到達度調査」(PISA=ピザ)で、日本の高校1年生は科学的リテラシー(活用力)が前回(2003年)の2位から6位に低下したことが29日、分かった。3回目の調査にして初めてトップグループから脱落した。

★たいへんだなぁ。またまた文科省は、ベクトルはずれの教育政策をうちだしてくるんだろうな。授業時間を10%ではなく14%増やし、総合学習はさらに減らす。英語もやめちゃおう・・・とか。

★だいたい「科学的リテラシー」をわざわざ「科学的活用力」と訳すセンスのなさ。あきらかにOECD/PISAと学習指導要領改訂のすり合わせをしようという魂胆がみえみえ。

★グローバルスタンダードをドメスティックスタンダードに矮小化しようという恥ずかしい行為である。欧米ではこういうのを「プロクルステスのベッド」というのではなかったか。

★日本の文部官僚は、コミュニケーションが下手。情報は隠そうとするし、確認のためのコミュニケーションしかしない。審議会の議論を読めばすぐわかる。用意された資料とシナリオを確認するための質疑応答が行われているだけ。

★だから、文部科学省国立教育政策研究所は理科の学力テスト「特定の課題に関する調査」のような確認問題をだして、その結果から質量保存の法則が理解できていない生徒がいると大騒ぎする。

★赤の粘土100グラムと黒の粘土20グラムがあります。赤と黒の粘土をくっつけました。さて何グラムになったでしょう。これと同構造の問題(と喝破したのは白梅学園清修の数学教師戸塚先生)。なのにビデオで実験を見せてなどという信じられない大道具をわざわざつくって出題する。

★子どもたちの想像力を無視した実験問題だ。アインシュタインの言葉を思い出そうよ。科学は想像力なんだなぁ。この想像力を引き出し、読み解き、一般化する力を科学的活用力と訳してしまう文科省。転落する理由は、明らかにこの愚かなセンスにある。

☆OECD/PISAの研究家岡部憲治さんの冷静な批評を参照されたし。

①→PISA 2006年度 ランキング発表!! 第一弾。

②→リテラシー は 「応用力」?

犬山市の独自路線守れるか?

2007-11-29 09:19:56 | 文化・芸術
11月29日2時24分配信の毎日新聞によると、

今年4月に実施された全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)に自治体で唯一参加を拒否した愛知県犬山市で、教育委員5人のうち2人が来月までに辞任する。田中志典市長は28日、来月4日開く定例市議会に新任2人の同意案を提出することを明らかにした。市教委は来年の学力テストへの不参加を全委員の総意で決議しているが、新任の2人は参加支持派とみられ、テストを巡る論議が再燃しそうだ。

★全国学力テスト実施について、問題の質と採点方法・許容の公開、結果の分析の仕方について検討の必要は大いにあるが、格差是正のために、本当は重要なことなのだという認識を持ちたい。

★しかし、犬山市のように独自でありながら普遍的な教育プログラムを実施しているところが、実施しないという選択をするのもあるのが、民主主義だ。

★ただし、その際、犬山市は独自の「世界標準」のテストを実施し、格差是正の成果を発表すべきだ。「世界標準のモノサシ」をあてれば、全国学力テストと犬山市の独自のテストの互いの結果の比較ができる。

★犬山市の活動は、全国学力テストを実施するしないという政治的活動ではなく、市民が生み出す教育と文科省が強制する教育のどちらが子どもにとって幸せなのかを議論する契機をつくる貴重な努力なのである。

★市議会はぜいひ右顧左眄せず独自かつ世界標準を貫いてほしいものだ。

質量保存の法則が理解できないというコト<2>

2007-11-28 08:01:40 | 文化・芸術
11月27日23時13分配信の毎日新聞によると、

文部科学省国立教育政策研究所は27日、小学5年生と中学2年生の計約6500人を対象にした理科の学力テスト「特定の課題に関する調査」の結果を公表した。水に食塩を溶かした後の食塩水の質量を聞き、答えの理由も記述させる設問では理由も含めた正答率が小学校57.4%、中学校では54.4%。中学生が「質量保存の法則」への理解度で小学生を下回る結果となった。

★ここまでは、前回の時事通信の情報とほぼ同じ。次は新しい情報。

100グラムの水に20グラムの食塩を溶かした後の重さを聞く設問では、状態変化で質量は変化しないという「質量保存の法則」の理解が中学生になっても深まらず、120グラムよりも小さくなると誤解している児童・生徒が多かった。これについて同研究所は「小学校で学んだところも、振り返って指導するなど工夫も必要になる」と指摘した。

★誤答分析がきちんとできているのだろうか。状態変化は本当になにも変わらないのか。これは今では、つまり環境問題、エネルギーの変態問題から考えて、常識ではない。熱の変化などないという条件付きで出題されたとしたら、実験を大事にしているにもかかわらず、おかしくないか。

同時に行ったアンケートでは、小中ともに8割以上が観察や実験について「好き」と回答。観察や実験の方法を自分で考え、得られたデータから結論を導き出す力に課題があることが浮き彫りになった形だ。

★まったく科学的ではない。現状学校でやっている実験観察はデモンストレーションで、実験観察ではない。実験観察とは何度もやってみるのが通常。そうして収集した大量のデータから発見がおこる。

★それを今回のデータから結論を導き出すのは、調査側にも「データから結論を導き出す力に課題があることが浮き彫りになった形」ではあるまいか。

質量保存の法則が理解できないというコト

2007-11-27 18:21:50 | 文化・芸術
11月27日17時31分配信の時事通信によると、

文部科学省は27日、小中学生を対象に実施した理科の実験・観察に関する「特定課題調査」の結果を公表した。化学反応後も物質の重さは変わらない「質量保存の法則」に関する正答率が小中いずれも50%台にとどまり、自分で実験方法を考え出す力も不足していることが分かった。

★問題を見ていないから、何とも言えないが、ニュートン系の条件で解いているのか、アインシュタイン系で解いているのか、それによって、物質の保存の感じ方が変わるのではないか。金本位制ではなく、変動相場制の経済にシフトして久しいが、子どもたちの生活の中で見える化されるようになったのは最近。金融教育なるものの影響は大きいのでは。万物は流転する。為替もそうだ・・・。

★間違っている生徒の中に天才がいるかも。

安藤忠雄~人生は自分なりの面白さを探していかないと

2007-11-26 13:24:33 | 文化・芸術
R25(07/11/23~29)「ロングインタビュー」は、安藤忠雄さん。

★安藤さんはインタビューの中で

「20代なんて、暗闇の中。そこを自分なりに走っていけばいい。怖いことはないよ。失敗したとしても、殺されるわけじゃないし、やり直しはきくんだから。他人を面白がらせるには、勇気のある行動が必要。他人ができることをやってもしょうがない。“本当にできるの?”っていうことをやらなきゃ」

「やっぱり、人生は自分なりの面白さを探していかないと。そうすれば、必ず世界が見えてくる。そういう気持ちでいると、私のように学歴も社会基盤もない人間に仕事をさせてくれる人が出てくるわけ」

★世界中を旅行し、世界中の建築物を見て、28歳で、安藤忠雄建築研究所を設立。1人ですべてやった。自分なりの面白さを探して、自分なりに走ってきたわけだ。

★その安藤さんが重要なことを2つさらに語っている。

「仕事において大切なことは構想力と実行力。毎日本を読み、考える。私たちには芸術家の部分もありますが、いろんな人たちの助けをもらって作る芸術なんですね。画家なんかは構想力があれば自分ひとりで描ける。建築家は構想したものを、誰かと共同で作り上げていかないとならない。それには実行していく意志が必要になってくる。」

「日本は経済大国として知られてましたけど、それ以外の顔を見せることもできる。“面白い日本”と世界の人に思われるでしょう。今、日本は何にも世界に発信してないですからね。ものづくりと長寿ぐらい。そもそも日本人が長寿なのは好奇心が旺盛だからですよ。そんな日本人がどうしてできあがったかというと、話は江戸時代に遡る。文楽、歌舞伎、浮世絵…大衆が楽しんだものや美術工芸品などが、1800年代半ば以降の万国博覧会を通じてゴッホやモネ、ゴーギャンらに影響を与え、世界中に飛び火していった。フランク・ロイド・ライトという有名な建築家は1867年生まれなんですが、この人も日本文化に影響を受けてすごい浮世絵のコレクターとなった。そういう江戸末期の芸術はどこから出てきたかというと、四季折々の美しい自然環境からだったわけです。」

★だから、今安藤さんは東京を「地球都市」というメッセージを発信する都市にしたいと。東京港の埋め立て地を「海の森」にしたいと。とにかく発信することが重要。

★江戸から現在に至るまでの日本の文化とその世界への影響。これは読書でつないだ安藤流儀の構想。川勝平太さんや茂木健一郎さんもきっと共通した思考の持ち主。安藤さんはその構想を建築技術で芸術化するだろう。読書と人生と構想力と芸術と都市と実行への意志と・・・。結び付けかたによって、いかようにでも「自分なりの面白さを探す」ことができるということなのだ。この中にぜひ広義の意味で教育と結びつけてほしい。当然構想の中にあると思うが。



ニューロマーケティングが言語文化を最適化

2007-11-26 12:41:34 | 文化・芸術
R25(07/11/23~29)によると、

消費者の脳内の反応を見て広告効果を分析する「ニューロマーケティング」という手法が、欧米で注目を集めている。

★有名な実験として、04年の米国における清涼飲料水の事例が紹介されている。

被験者にブランド名を伏せてA社とB社の商品を飲用させると、満足感に関わる脳部位は両社とも同じ様に反応したが、ブランド名を告げた状態ではA社の飲用中は複雑な思考や評価を司る「内側前頭前野」が強い反応を示した。この結果から、A社の広告メッセージが消費者個人の選択に関わる脳領域に影響を与えた=効果的な広告展開をしている、と結論づけられた。

★fMRI(機能的磁気共鳴画像診断装置)やMEG(脳磁図)などの脳計測装置・技術が発達し、どのような言語や画像に脳が反応するかが解明され始めているということだろう。

★脳がどう反応するかで、言語表現や画像表現などの文化のクオリティがアップするということか。それとも脳の反応をコントロールするための言語文化が構築されるということか。そもそも高感度な反応をする脳をどのように育成するのか。今後の議論はみのがせない。

★ところで、脳の反応にはどこまで個性があるのか。あまりないとしたら、なんて世の中になってきたのだろう。恐ろしいと感じるのは私なのか私の脳なのか。それともみなそう感じる脳を持っているのか。

★もしそうだとすると、脳は自ら恐ろしいと反応する刺激を受け入れるのだろうか・・・。脳は自らのパラドックスを自浄神経としてわざわざ形成するのか。そう考えている私の脳は、いったい何に対して反応しているのだろうか。そう反応している脳は私に何をせよと命ずるのだろうか。命ずるのは私なのか、脳なのか・・・?結局関係の海に投げ込まれているだけなのだろうか・・・?

★脳の回路はあまりに迂遠回路ではないか・・・。

教育再生会議の終焉化

2007-11-25 10:25:15 | 文化・芸術
★日経新聞(2007年11月25日)によると、教育再生会議は大詰めで、来月3次報告提出にむけ、調整を急いでいるということだ。

★同紙が、1次報告から振り返り、整理している一覧表を見ると、「授業時間の数を10%増」という提言があった。これは2011年の学習指導要領改訂に向けて、文科省も考えているようだ。特に教育再生会議のアイディアではないなぁ。

★教員免許の更新制。10年に一度というものだ。これは実行できるだろうか。というのも、一方で社会人経験者の教員採用の大幅増も提言しているからだ。これだと、教員免許の試験内容を改革するだけで、十分なのではないだろうか。教員実習と並行して、インターンシップもしくは起業する経験の体験を設定。それを教員免許の一条件にすればよいのでは。

★インターネットの有害サイトのフィルタリング機能の採用と同時に徳育の教科化。完璧におかしい。私事の自己決定を確立しようというのとは逆向き。日本は資本主義なのか社会主義なのか・・・。

★学校の適正配置と教育バウチャー制度の是非も、パーフェクトにおかしい。配給制度では、うまく教育は機能しない。モチベーションやインセンティブが機能しないと言った方がよいか。

★小中一貫教育など6・3・3・4制の在り方の検討。これもおかしい。義務教育が終わり、高卒認定の資格がとれしだい、大学への道が開かれるべきだ。義務教育が終了し、職業の選択の自由が開かれているのに、大学という未来の職業への道の選択が閉ざされているというのが間違いだという議論にならないのがおかしいのだ。

★大学での教育と研究の在り方の検討。これも全くおかしい。教育とは教養教育だとするなら、それは中高でやってしまうことだ。あとは自由にそれぞれが自ら自分らしい教養を読書によって、体験によって、学校外学びの拠点によって、陶冶していけばよいのだ。教養ありきの専門への早期入門こそ国力を豊かにする人づくり。

★大学入試の抜本的改革の検討。まあよい。しかし、ビジネスモデル特許申請書類、特許申請書類、研究論文、小説、芸術作品、各種コンクール、スポーツでの活躍、タレント業界での活躍、ゲームソフトの開発、マンガの創作・・・などを提出書類に入れるところまでやらんとねえ。いっぺんに国力は豊かになる。

★育児支援や幼児教育の在り方の検討。これは大変重要だ。だが文科省のやることではないなぁ。各自治体が、森や里山を育成し、そこに子どもたちの居場所をつくる。「高卒認定」をとった人材は、望むなら、ここで子どもたちと共同生活ができる。もちろん給料ももらう。ここで得た知識や気づいたこと、プログラムを研究論文にして、大学入試の必要書類にするのも可にする。そのまま職員になってもよい。それから、選挙権と被選挙権もゲットできるようにする。国力は豊かになる。

★こういうことが実現できない教育再生会議は大詰めというか終焉を迎えているのである。

ヤバイ?オールド・モダンへの回帰(3)

2007-11-24 19:11:42 | 文化・芸術
11月24日12時2分配信の毎日新聞「学校教育再生:義家参院議員が熱弁--上越で講演会 /新潟」によると、

<「ヤンキー先生」で知られる参院議員の義家弘介さんが23日、上越市文化会館で講演した。市小中学校PTA連絡協議会の主催で、今後の学校教育再生に生かそうと関係者ら約1100人が熱心に耳を傾けた。テーマは「ヤンキー先生からのメッセージ~夢は逃げていかない~」。・・・教育再生問題については「大人と子供の違いを知り、子供を大人に育てることが原則。『だめなものはだめ』『素晴らしいものは素晴らしい』と指導することを教育の土台にしなければならない」と訴えた。また、携帯電話の普及で子供が望ましくない情報に触れやすくなった点を憂慮し、道徳を授業の正式科目とすべきだなどと持論を展開した。>

★明らかに「単一文脈者」を是とする立場で論じている。「多重文脈者」としてのライフ・スタイルの子どもたちの言動に対応できない道徳の授業など持ち出すとはどこかおかしい。

★ヤンキー先生時代に、そんな対応力のない道徳で生徒たちと接していたとは考えにくい。むしろ接していた生徒たちは、すでに「多重文脈者」だったはずで、1人ひとりに柔軟に接していたはず。

★もしかしたら、その柔軟な対応につかれ、「単一文脈者」としての人間形成に逆戻りするしかないと転向したのかもしれないなぁ・・・。

★「子供を大人に育てる」・・・?現状の「大人」には少なくとも育って欲しくないと思うのは変だろうか。。。

ヤバイ?オールド・モダンへの回帰(2)

2007-11-24 19:01:51 | 文化・芸術
11月24日9時3分配信の読売新聞「体育教師に武道研修、中学必修化に向け指導力強化」によると、

<政府は、中学校での武道の必修化に向け、公立の中学・高校で武道を担当する体育教師の指導力強化に乗り出す。体育の教師に武道の未経験者が多い現状を踏まえたものだ。来年度から各都道府県に武道教育の関係者らで構成する「武道振興協議会」を設置するとともに、武道学科を持つ体育系大学や民間の道場に体育教師を派遣して、指導方法を研修させることも検討している。>

★新渡戸稲造のいう意味での「武士道」としての「武道」ならまだよいのだが、体育で「武道」でなければならないというのは、どんな根拠、どんな理屈があるのだろう。不可思議だなぁ。民間の道場を自由に選択するでよいのではないかなぁ。

★なぜ学校に「道」を一歩かするのか?その背景に軍隊への「道」はないのか?不安だ。

ヤバイ?オールド・モダンへの回帰(1)

2007-11-24 18:51:26 | 文化・芸術
★ここのところ、一見、関係ないように見える教育ニュースが報道されているが、すべてはオールド・モダンへの回帰。教育関係者の21世紀のライフ・スタイルに合わない思考傾向に不安を感じる。

11月23日20時59分配信の京都新聞「日本人の心のありようを探る 下京でシンポ 心の変化考える」によると、

<ノートルダム女学院の鎌田論珠理事長は「電車で女性が化粧したりと他人の存在が視野に入らない『自己中』が増えた。自然や超越的なものを感じ、心の世界を広げる必要がある」と述べた。>という。

★たしかに、マナーの観点からいえば、どうかなと思うが、「自己中」だろうか。趣味の問題で、少なくとも他者に迷惑はかけていない。この程度の自由度を、日本人の心ではないというとしたら、寛容性が低いといえるのではないか。ただし、これは茂木健一郎さん流儀の言葉でいえば、「多重文脈者」のライフ・スタイルを是とした場合。鎌田さんは、単純に「単一文脈者」を是としているだけ。

★ところで、日本人の心というのを安土・桃山時代あたりからのものだとすると、とても「単一文脈者」としての心が、日本人の心だとは思えない。「単一文脈者」としての日本人の心は戦時下の心。そこらへんを議論した方がよいなぁ。