フリーターが語る渡り奉公人事情

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正社員にも話をきけば……

2007-03-04 15:36:48 | 現状
駅前スーパーについて 
 
 梅田の駅前深夜スーパーというのがある。そこは、夜の10時や11時まで開いている。だいたい、残業で帰りの遅くなった雇われ人たちが、家の近くのスーパーで買い物ができないときに、乗り換え地点のこの駅で食料等を買い込んで帰路につく。
 以前、淀屋橋の企業で働いていたころは、わたし自身もよく駅前スーパーを利用していた。残業が夜の9時台であれば利用できる時間帯に、その店は営業していた。
大都会のコンビニは店の面積が小さく、その分置ける品数も少ない。やはりスーパーのほうが生鮮食料品が手に入る。口内炎のできやすい体質のわたしにとっては助かる商売だ。
 そこで夜の9:00代くらいに残業がえりとおぼしい人に話を聞いてみたらどうだろうか? いろんな会社の残業事情が読めるのでは?
 そう考えて梅田にでかけた。


Aさんの場合 

 その深夜スーパーで、レジに並んでいたある人に職場の様子をうかがってみた。体調と時間の関係で一人しか話を聞かなかった。また今度行ってみる予定だ。

 話しかけた相手は予想に反して正規雇用で働く方だった。ここでは彼女をAさんと呼ぶことにする。
 Aさんは明るく華やかな20代半ば。梅田でアパレル販売の仕事をしている。だいたい朝の9:00~9:30まで店頭で客に服をすすめている。
 それで、帰りには駅前の11:00までやっているここのスーパーで食品を買い、家に帰るのだという。
 「お仕事、きつくないですか?」との問いには、「お客さんに気をつかって疲れることはあります。」
 
(パートやアルバイトの一部は、一日3時間とか週1・2回などわずかの時間しかシフトに入らせてくれないことがある。誰かが意図的に仕事を干しているのではない。実際、それだけしか仕事が発生しないこともあるのだ。
 だけれども、別の一部のアルバイトや正社員たちは、長時間労働を強いられる。プライベートも何もない。疲れ果てている。過労死危険ソーンで、アメリカの約半分の割り増し賃金で、夜遅くまで働いている。)
 

Bさんの場合 
 
 もうひとり、京都の先斗町で、2月半ばまだ寒かった時期に居酒屋の前で店のチラシくばりをしている男性にも話をうかがった。通りすがりの通行人として、ちょっと目につく人だったのだ。
 その人を仮にBさんとよぼう。20代前半で調理師をしている。
 Bさんは、小さいころから料理に興味があって、調理師になった。今では居酒屋で働いている。
 不況ということもあってなかなかお客さんがやってこない。そんな日には、店の前で自分の勤める店のチラシを通行人に配っている。
 いつもだいたい夕方5:00~深夜3時まで働いている。
 家が職場から近いところにあるため、自転車通勤をしている。手取り約20万円雇用保険・労災保険はナシ。この条件で「まあ、なんとか(生活を)やっていける」とBさんは言う。

 この仕事をしていて一番うれしい瞬間は? との問いには、「お客さんにおいしいって言ってもらったとき。喜んでくれたときが一番嬉しいですね。」
 逆にこの仕事をしていて最もつらいときは? との問いには、「お客さんが来ないとき。そんなときにはこうやって店のまでとかでお客さんに声をかけてチラシを配って。」

尊厳のある仕事、尊厳のある分業を 
 
 アルバイトは正規雇用になれればいいんじゃないかという議論は、赤木智弘さんみたいなブロガーから、政治家まで出している。
 だけど、働きすぎ・過労死と近所みたいな働き方はよくない。
だからといっていつでも仕事を干され、それだけでバカにされいじめられる派遣やアルバイトもおすすめできない。
 雇用形態を問わず、適正で尊重される仕事、ディーセント・ワークの実現がとても大切だと、正規雇用の方から話をうかがって、改めて思った。
 もうひとつ気がついたのは、正規雇用の人たちのほうが落ち着いているということだ。そこには、雇用形態ゆえに人にばかにされたり、自分を情けなく思ったりすることがない。
 アルバイトや派遣ほどは、いつも「いつクビになるか」ということでビクビクしていない。また、次は何の仕事やどこの会社で働くことになるのかわからないゆえの不安も、極端に悪い労働条件ゆえの恐怖もない。例えば、「ヘタすればここの工場で労災で亡くなるかも」という恐さはないのである。

 分業のあり方も含めて見直していかなくては、誰かが指を切り落とす職場で働くことになる。
 しかもそのことは、あまりおおっぽらに語らることはない。
 「自分に向いた(あった)仕事につけばいい」という楽天的な意見を、生産性向上のためと言われる分業は駆逐してゆく。
 運がよければ六本木ヒルズで有閑生活もできる。かたや運が悪ければ、労災で人が亡くなり、指を切り落とす職場に入ることになる。しかも犠牲者にはお涙頂戴ならまだいいほうで、「自己責任」といういやがらせが待っている。
 それを「単に社会的な役目にすぎませんから~」と言ってごまかすインテリは、学校という檻のなかに隔離されている間におかしくなったのだろう。
 わたしのような脱学校・脱教育系の人間は、それを信じない。
 自分が調べたことを中心に話を組み立ててゆく。
 というわけで、尊厳ある仕事は尊厳ある分業から。
 どうすればそれが実現できるのかは分からないけれど、方向性は見えている。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 


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