大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第27回

2024年09月23日 20時54分25秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第20回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


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孤火の森(こびのもり)  第27回



サイネムがゆっくりと目を開け、美しい白銀の髪の毛となっていくブブの姿を揺れた眼差しで見ている。

「目を開けてもいい」

そっと瞼を開けた若頭と振り返ったお頭とヤマネコ。

「・・・っ!」

若頭だけではなくお頭もヤマネコも目を見張った。 ブブの髪の毛が根元から美しい白銀に変わってきている。
そして短い髪の毛がすっかり白銀の髪の毛となったのを見届けてから一言、サイネムがブブの名を呼んだ。

「ゼライア・シーリン・ブリテル」

ブブの額から髪の毛をそっと撫でてやる。
それはブブにその名を聞かせようとしてなのか、サイネムが呼びたかっただけなのか。

「これで女州王の元にあるピアンサの髪の毛がゼライアに気付いたはず」

始めて若頭にあった時、その若頭から森を襲った後にピアンサの髪の毛に呪をかけると聞かされていた。 だがあの女州王のことだ、既にゼライアを探すためにピアンサの髪に呪をかけているはず。

「え・・・それじゃあ、どうすんでぇ」

サイネムが撫でていた手を止めお頭に視線を転じる。

「ここに兵は来させない。 安心してゼライアを見守って欲しい」

それではポポは? と思ったが、それを口にすることは出来なかった。

「旦那―――」

お頭がサイネムを呼ぶが、踵を返して森の中に入ってしまった。 葉も付けていなく枝振りの悪い、枯死してしまっているだろう木々の間を抜けて行く。 ローブを翻すその姿をずっと追うことが出来たはずなのに、その姿が薄まり消えていった。

「旦那・・・何をしようとしてる・・・」

お頭がサイネムの後姿を追っていた横で、呪が解かれたブブを心配げに見ていたヤマネコが辺りを見回している。

「なんだヤマネコ。 ここが不服なのか?」

ブブを抱きかかえ直した若頭がヤマネコに声をかける。
ヤマネコにすれば儀式と聞き、もっと違う風景を想像していたのだろう、ましてや森の中での儀式と聞いていたのだから。 それなのに枯れたような木々、草さえ生えていない。 サイネムが指をさしたところに何枚かの葉が置かれているだけ。

「まぁ、そうだって言えばそうだけどさ、そうじゃなくて、あの葉」

サイネムが置いていった葉を指さす。

「あれがどうしたってんだ?」

「ここは森だろ? それなのに草がない。 ここらの草はみんな枯れて無くなってんだろ? なのにどうしてあの葉だけは枯れてないのかねぇ」

「あれは特別らしい」

「特別?」

「詳しくは言ってくれなかったが、俺とお頭が葉を集める予定だったんだ。 こんな状態だとは思ってなかったから、見つけられるかどうか自信はなかったけどな。 旦那が言ってたのは、他の葉は枯れていてもあの葉だけはブブを迎える、って言ってた。 だからすぐに分かるってな」

「ブブを迎える・・・」

ヤマネコが歩を出しかけると、そのヤマネコの腕をお頭が取った。

「無駄に動くんじゃねーよ」

「無駄じゃないさ」

「ブブのことを想うんならじっとしてな」

ヤマネコがお頭をじっと見る。
サイネムがポポに話していたことは耳にしていた。 だがお頭に儀式のことを頼みだした話は小声で聞こえなかった。 何か特別なことがあるのかもしれない。

「場を荒らすんじゃねー」

そういうことか。 こんな荒れ果てた状態でも場というものがあるのか。

「分ったよ」

そう言われれば、葉が土の上に枯れ落ちてしまえば、いずれ腐葉土になり土に還り肥沃な地となる。 もし最初に思ったようにここが死の森ならば、そんなことになってはいない。 若頭の言うように迎える葉など生きていなかったはず。
だがブブを迎える葉は大きく育っている。 ということは、土壌が生きているということ。

周りを見渡すと枯れてはいても枝が無いわけではない。 僅かでも枯れ落ちる枝があるということ。 そして微生物が居れば枯枝を土に還したということ。
それは場が生きているということ。


サイネムが森の中心あたりまでやって来た。
お頭の穴を利用させてもらう。 それは万が一を考えてのことだった。 儀式を途中で止めることは出来ない、それは必ず守らなくてはならないこと。
サイネムがあの場に留まってしまえば、儀式の寸前まで外で何が起こっているか分からなくなってしまう。 だからサイネムは外を固める。 兵をあの場に行かす気などさらさらないが、万が一がある。

その万が一に対してローダルが居る。 そして常ならその前には森の民が居る。
だが今は森の民は居ない。 ましてや女王になるべく儀式を行おうとしている王女のローダルであるポポは呪が使えない。

だからあってはならないとは分かってはいるが、それでも万が一があれば、ポポにブブを背負ってでも穴に逃げてもらうつもりだった。 そうなればブブはもう女王にはなれないが、それでも命を無くすことは無い。 だがそのポポもまた今はいない。
お頭と若頭が居てくれなければ呪に集中も出来なかっただろう。 綱渡りもいいところだった。
それに、ポポに施した呪も解くつもりでいたのに機を逸してしまった。

辺りを見回す。
先に森の中を見て回った時に兵の位置は確認している。 この辺りに兵がいない事は分かっている。
小屋の中の男が言ったように森の表側から手をつける。 兵は集まって火を点ける準備をしていた。
サイネムが振り返った。 あと少しすれば陽が山にかかる。



城の一室から小太りな男が飛び出てきた。 扉の前に立っていた衛兵の胸を鷲掴みにしたと思ったら、大きく前後に振る。

「ジャジャム様は!?」

「えーい! 離せ!」

衛兵が男の腕を撥ね退け、気持ちの悪いものにでも触られたかのように顔を歪める。
森の民ではなく呪を使うだけの街の民の男である。 男は呪を使うというだけで気持ち悪がられる、誰もがそう思っていることを知っている。

「ジャジャム殿なら出られている」

衛兵が襟元を直しながら口も利きたくなさそうに言い放つ。

「いつ! いつお戻りに!?」

「知らん! とにかくお前はジャジャム殿が戻られるまで部屋から出るな!」

手に持っていた槍で男を押しやり、部屋に戻すと勢いよく扉を閉めた。
閉められた扉をただ茫然と見ている男、それはピアンサの髪の毛を見ていた呪師であるが、呪師はそれをピアンサの髪、森の民の髪の毛とは知らない。 瓶(びん)の中にある髪の毛は赤髪であるのだから。

振り返って台の上に置かれている瓶に入った髪の毛を見る。 髪の毛が瓶から出たそうにうねっている。 蓋を開ければすぐに目的の場所に動くはず。

「どうしよう・・・」

今ここにジャジャムが居ない。 それにいつ戻ってくるかも分からない。 誰にこの事を報告すれば良いのか。
報告が遅れればどんなことが待っているのか。 いや、どんな仕打ちが待っているのか。

今まで何人もの呪師がこの城に連れて行かれたが、誰一人として戻って来た者はいない。 そんな話が呪師のあいだで囁かれていた。
ここに連れてこられた時には兵が居た。 断ることも出来なければ逃げ出すことも出来なかった。

「逃げ、出す・・・」

連れてこられた時のことを思い出す。 門からここまでの道のりは覚えている。
窓に走り寄った。 窓越しに左右を見る。 衛兵の姿は見えない。

「だが・・・」

見つかってしまえば最後。
だからと言って報告できなかった今も同じこと。

窓の鍵をそっと開ける。 扉に振り返る。 衛兵が入ってくる様子はない。 目の端に瓶の中で激しくうねっている髪の毛が目に入る。 髪に我が子を探させる呪をかけるようにと言われたが、その髪の毛がいったい誰のものなのかは聞かされていない。

呪師が窓の外をもう一度見て逡巡する。
ジャジャムは決して嫌な男ではなかった。 それどころか自分に接する態度は衛兵とは比べ物にならないものだった。

「ジャジャム様なら助けてくれ・・・」

いや、それならどうして誰一人として戻って来なかったのか。 衛兵からもここから出た者は戻って来ていないと聞かされている。 それも見ているのも嫌になる口元をして。 その口元は殺されていると語っていた。
もう少しすれば陽が落ちる。 それまでにジャジャムが戻って来なければ闇に紛れるしかない。



穴に戻ろうとしていたポポたちが足止めを食っていた。
あの兵たちとすれ違うように別の兵がやって来たからであった。 それもさっきより多い五人。
さっきの三人の兵はどこかの森からやって来て一度も森に入っていないようだったが、この五人は一旦森に入っていたようである。

「っとによ、なんでこんな所を見張ってなきゃいけないんだよ」

「先に入ってたやつが勝手に仕切りやがってよ」

男達が腰を下ろしたのは穴のすぐそばだった。 迂闊に仲間が出てきてしまえばどうなるか分からない。

「取りこぼしってか? そいつがここに来たら呪を使うんだろ? 俺たち五人でどうにかなるもんじゃねーって分かってないのか、ってんだ」

「要するに後から来た者は邪魔者扱いってとこだろう、さっきの奴らもどっかに回されてんだろ」

さっきの兵三人とすれ違ったのだろう。

「けっ、好き勝手しやがって」

アナグマがチャトラを見た。 チャトラが頷く。 呪を使うと言っている、男達の言っているのはサイネムのことだ。 ということはさっきの男たちが言っていたのもポポやブブのことではなくサイネムのことだったに違いない。
サイネムはここには来ない、儀式とやらをするのだから。 それをアナグマたちは知っているがあの兵たちは知らない。 無駄に見張っているということになるのだが、先に居た三人の台詞が思い出される。 『焼かれる森』『今日から五日間の炎見物』 それはこの森が燃やされるということ。

「森を燃やされたら儀式はどうなるんだ?」

兵たちから目を離さずチャトラが訊く。

「始めることは出来ないだろうし、それこそ途中で止めることは出来ないだろう。 いや、とはいえ途中で火が回ってきたら、いくらなんでも止めるか」

「なに呑気なこと言ってんだよっ、もうちょっとしたら陽が落ちる、何か手はないのかよ」

兵たちは今日からと言っていた、今日から五日間と。 そして夜だと。
アナグマが腕を組んで何か考える様子を見せると少しして「わしらは獣の群れだ」 そう言った。
もしお頭が聞いたら、誰がそんなことを決めたんだってんだ! と言うだろう。

「アナグマ?」

「違うか? チャトラ」

「・・・そうだ」

「獣は人を怖がって逃げてばかりいるが、子を守るためには正面から当たって来る」

チャトラは女だ、狩りになど行ったことは無いが山の中でイノシシやクマ、他の動物にしてもそうだ、親子に出会ってしまった時には成獣が子供を守ってこちらに突っ込んでくるのを何度も経験している。
チャトラがニヤリと笑った。

「わしが囮になる。 その間に穴の中に入ってアイツらを外に出してくれ」

「ああ、兵を怖がる奴なんて獣の群れにはいらないからね。 それにブブを守る」

儀式とやらがどう行われるのかは知らないが、ここに居る兵たちに気付かれては儀式を潰されるかもるかもしれない。 ましてや儀式を行う森を焼くなどと許せない。 止めることが出来ないのならば、せめてサイネムに知らせなければ。

「だけど囮になるのはアタシだ」

「ばっ! 何を言うか」

チャトラが薄く笑ってアナグマを見上げる。

「ここの地を知らない奴が何言ってんだ」

「相手は五人だ」

「だから、最初に思いっきり穴が見えないところまで引きつける。 その間に穴に入り込めるだろう。 アタシは引きつけるだけだ、あとは頼んだよ」

「チャトラ、オレも行―――」

「ポポの役目は旦那に森のことを伝えることだ」

「チャトラ一人危ない目に―――」

「ブブが守る森なんだろ?」

「え・・・」

「ポポがそのブブを守らなくてどうすんだ」

言ったかと思うとポポの頭をクシャクシャとして走り出した。 この場所から離れた方向に行くつもりだ。 そこから姿を現すのだろう。

「ポポ、隠れていろ」

アナグマに押しやられ木の陰に身を置くとチャトラの姿を見ることが出来なくなった。

「アナグマ・・・」

「チャトラに任せよう」

だが五人も一度にこの場を離れるだろうか。 自分たちが狩りで仕掛けを施した時のことを考えると数人はその場に残る。 相手は兵だ、簡単に全員が場を離れるなどということは無いのではなかろうか。


座ったままのサイネムが目を瞑り三度、深く呼吸をした。 じっと動かないように見えたが、唇が動いている。 それは呪を唱えていたのだった。 その呪を唱えながら次には指を組みいくつもの形に変えていく。

瞼を開けると両掌を胸の前で合わせ、ゆっくりと前に伸ばしていく。 掌を上に向け、その掌の上に気を集中させる。 次に掌を返し前に向けた。 掌から目に見えない何かがゆっくりと儀式の場の方に放射されていく。
仮に目に映るとすれば、それは白くもあり、透明で美しくもあり、力強いものでもあった。
そして次に方向を変えると、新たな呪を唱え指を組み変え、先ほどと同じように何かが放射されていく。 だがそれは先ほどとは違ったものであった。 サイネムの掌から四方に放射されているというのに、更に腕を左右に広げていく。 真横に広げたところで立ち上がり身体をゆっくりと一回りさせた。



落ち葉も枯葉もない、枯れ枝しか残っていない森で何かが揺れたように感じた。

「これは?」

呪師が口を開いた。 その呪師は兵に今日燃やすところまで連れてこられていた。

「どうした?」

他所からやって来た兵はこの呪師の力のなさを知らない。

「・・・」

「おい、どうしたって―――」

「逃げて!」

あとは火をつけるだけ、とまで準備が終わっていたところに強風が吹いた。
いや、強風だろうか。 髪の毛も兵服も風に煽られてなどいない。 だが身体だけが強風が吹いている時のように押されていく。
あちらこちらで「うわぁー」 と声が上がっている。 押され負けて転んでしまった者はそのままゴロゴロと転がりながら押されていく。

その速度がゆっくりなのを知覚した呪師が走って森の中を出て行く。 森を出て振り返ると、押されているのは兵だけだということに気付いた。
準備をしていた集めた枯れ枝などは僅かにも動いていない。

「これは・・・呪・・・」

押されて転がって来た兵も足を踏ん張っていた兵も森から出されると、その強風のような力から解放された。
いや、今度は強風と言うより見えない壁に立ちはだかれたようになり、森の中に一歩すら入れなくなった。

「こっちだ」

え? っと思う間もなく呪師の手が引っ張られた。

「あ、あなたは」

呪具を取り戻してくれた男、その男が周りを気にしながら呪師の手を引いていた。

「どこに―――」

「助かりたかったら黙ってついて来な」

(助かるって・・・)

どういう意味なのだろうか。

「伏せろ!」

引かれていた手を下に下げられた。 そのまま背中も押される。 うっ、っと声が漏れて息が詰まる。
森を出たところの草原の中、そこには隠れるところも何もない。 隠れるとすれば草原の中に伏せることしか出来ないが、それでも隠れきれるものでは無い。
だが今は草原に目を向ける者などまず居ないだろうし、更には広い草原を目を皿にして見る者もいないだろう。

「くく、出てきたな」

小屋の中に居た、つい昨日まで話していた兵が驚いて右往左往している。

「あの、あなたは・・・」

「兵じゃないって言ったろ、このまま草の中に隠れてゆっくり後退していく」

男が前を見てそう言うと呪師の方を見て続ける。

「アンタに逃げる気がないってんなら別だけどな。 その気がないってんなら、このまま元の場所まで走って行くといい。 あくまでも俺のことは黙っててくれよ。 どっちでも好きにしな」

呪師の背中を押さえていた手を離すとゆっくりと後退を始めた。

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