小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「花粉症は環境問題である」

2008年09月02日 02時49分12秒 | 花粉症
奥野修司著、2008年、文藝春秋社発行(文春新書).

著者はジャーナリストであり花粉症患者でもあります.
日本国民5人に1人が花粉症の時代、著者自身の花粉症体験からふとした疑問を持ち、いろいろ調査・取材しているうちに出来上がった本です.
なぜこんなに患者が増えたのか、治療法は百花繚乱であるが根本的な治療法であるアレルゲン除去はなぜ議論されないのか?
取材を進めるうちに、スギ花粉増加は戦後に植林したスギ人工林が原因であることを突き止め、林業行政の失敗を「花粉症は国家の犯罪」ととことん追求する姿勢には脱帽しました.
この本に書かれているスギ花粉症増加の裏事情を知っていると、スギ花粉症ニュースの見方・聞き方も異なってくることでしょう.
そして、得た情報を元に、ではこれからどうすべきか?という提案もしています.

ただ、医学に関する知識の精度は今ひとつで、後半のこれからどうすべきかの議論は寄せ集めた知識を元に推論しており全体像が見えにくいのが玉にキズ.
未来の森林像については林野庁と森林学者のガチンコ議論を聞いて判断したいと思いました.

著者は自宅には8台の空気清浄機を設置し、「これは効く!」と噂を聞けば様々な民間療法を試し、花粉対策マスク収集家となり(結核患者の診療に使うN95マスクまで試したというから御立派!)、漢方も飲み・・・涙ぐましい努力の末に辿り着いたのが以下の七つ道具とのこと.
「携帯用洗眼器」「やわらかいティッシュ」「帽子」「携帯用鼻洗浄器」「ヴィックスヴェポラップ」「交換用マスク」「メガネ」
もうちょっと漢方で粘ってもよかったかなあ、というのが私の感想です.
なぜって、現代薬でコントロールできなかった患者さんが漢方の併用あるいは切り替えで結構楽になることを毎年経験しているものですから.

この本の真骨頂は第三章の「花粉症は国家の犯罪」と第四章の「スギ花粉症は公害だ」です.
前述の書「スギ林はじゃまものか」でも言及されていた「拡大造林計画」がこの本でも取り上げられ、諸悪の根源であると指摘しています.

「1955年に河野一郎農林大臣(河野洋平さんの父)は、国が責任を持って民有林を人工林に変えていく国営造林構想を打ち出した.1958年から1997年までの40年間で、森の生産力を2倍にしようというものだ.このとき全森林面積の60%を人工林にするのが目標だったという.こうして広葉樹林は役に立たない雑木林として伐採し、その跡地を人工林にしていく作業が大規模に行われた.」

「スギを植えたら銀行預金より儲かる、といわれたのがこの頃だった.その上贅沢な補助金も合ったから、国も民間も狂ったようにスギやヒノキを植えたという.カネに目がくらんで、豊かな森をモノトーンに変えてしまったのだ.」

「ところが拡大造林計画が始まって数年後、政府は木材の輸入自由化に踏み切る.そして1964年には完全自由化が実施されるのである.安い外国材がどんどん輸入され、木材の値段は下がる一方で、またたく間に国産のスギ材は太刀打ちできなくなった.こうしてスギ林は管理されること無く放置され、荒廃して暗い死の森に変貌して行った.ビジョンなき森林行政とはこのことだろう.」

「戦後復興のはずだった植林がいつの間にか『儲かる林業』に姿を変え、山を畑に見立て、大根を植えるようにスギやヒノキだけを植林していった.ヨーロッパの森林学者は日本のスギ林を見て、まるで工場みたいだ、と言ったという.」
「国土の67%が森林でありながら、日本の木材自給率は20%しかない.」


・・・「拡大造林計画」の罪は誰が責任をとるのでしょう?

「花粉問題で批判された林野庁は、スギの代わりに広葉樹を植えるのではなく、花粉の少ないスギや、遺伝的に花粉がつかない無花粉スギを植えていくと発表した.」

・・・発想がおかしいぞ!?
 広葉樹を植えると森の保水機能が高まるのでダムがいらなくなる→土建業の仕事がなくなる→選挙で自民党が勝てなくなるという裏事情が見え隠れします.

「かつての住専スキャンダルもそうだったが、最近でも食料、医療、労働、年金とあらゆる分野で国の行政に信じられないようなミスが頻発している.非は誰にあるのか明らかなのに、この国の官僚達は誰も責任をとろうとしない.花粉症もそうだ.間違いなくこの無責任体制が日本を醜悪な国に変えている.」

・・・予防接種行政でも同じことを感じている私です.

広葉樹と針葉樹の違いが詳しく記載されていて、基礎知識の更新ができました.

「一般に針葉樹(スギ、ヒノキ)は浅根性といって、地面の浅いところで網を広げたように根を張る.だから根が広がっている地表から数十センチより深いところで土砂が崩壊するとなす術が無い.反対に広葉樹(シイ、カシ、ブナ)は、ゴボウのようにまっすぐ地下に向かって根を伸ばしていく深根性だ.ちなみにシイ、タブノキ、カシなどでは、地上部が3mなら根は4m以上も深く入っているという.」

「広葉樹は伐っても根株は生き続ける.針葉樹は地上部を伐採すると根まで枯れてしまう.」


「毎年のように、台風が通過するたびに河口や海岸、とりわけダム湖などが大量の流木で埋まってしまう.流木のほとんどがスギやヒノキだ.一方広葉樹は地中深く根を張り、根の先がしっかりと岩盤をつかむから、スギのように流されることが無い.スギでも天然に育ったものの根は網目状に広がるので心配ないそうだが、人工的に植林され、とりわけ間伐などの管理が行き届かないスギの根は浅く小さくなってしまうらしい.そして、これらの流木を取り除くのに、膨大な時間と費用が費やされているのだ.これは人災ではないだろうか.」

「落葉後に広葉樹の葉は微生物により分解されやすい.一方針葉樹の葉は分解されにく久、ひどい時はした草も生えない.もちろん動物もいない.」

「森の大きな機能の一つは、緑のダムといわれる保水力である.保水力は針葉樹より広葉樹の方が勝り、中でもブナの保水力が非常に高い.」


・・・広葉樹が減少したから天然のダム機能が弱くなり、人口ダムが必要になってきた歴史が伺えます.公共事業を提供する政府の立場からは都合が良いのでしょうが.

「魚は広葉樹林で育つ」という項目も興味深い内容です.

「森が消え、腐植土層が流されると、赤土が露出した荒れ地になった.この赤土が風に飛ばされ、雨に流されて海藻につくと、海藻は死ぬのだ.北海道の襟裳岬では、森が無くなると日高コンブで知られた海藻が消え、水揚げだかも激減し、かつての好漁場は消失してしまった.」

・・・目から鱗が落ちました.

花粉症の発祥地、イギリスにも言及しています.

「15世紀の大航海時代、軍艦を造るためにナラやカシなどの落葉広葉樹をたくさん伐採し、ヨーロッパ大陸から森が消えてしまった.イギリスではその跡地を牧草地にしていった.森林が消滅したあとにできた牧草地はイギリス全土の45%にもなったという.牧草地に植えたのはイネ科のカモガヤだった.19世紀に入ると、このカモガヤを刈り取り、乾燥のためにサイロへ運んでいた農民の間で、くしゃみや鼻水、目のかゆみ、微熱などを訴える人が頻発した.調べてみると、カモガヤの枯草(ヘイ)による熱(フィーバー)ということがわかり、枯草熱(ヘイフィーバー)と呼ばれた.これが後にカモガヤの花粉に起因するアレルギー反応であることがわかり、花粉症と呼ばれるようになる.」

「カモガヤとスギの違いはあるが、どちらも単一の植物を、それも自然界では決して存在しない広大な面積に植えたということでは同じなのだ.花粉症の原因は、イギリスも日本の、自然の摂理に逆らったゆえに起こったのである.」

・・・今も昔も所変わっても花粉症は人災の要素があるのですね.

日本の原風景である里山・・・野生動物が生息する広葉樹の森、ホタルが舞う小川や田んぼを取り戻すことは無理なのでしょうか?
日本政府にスギ人工林の失敗を反省する考えが生まれない限りダメかな.

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