小児医療・アレルギー・アトピー他

日々アレルギー疾患の診療をしている小児科医です.読んだ本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「ワクチンの罠」(船瀬俊介著)

2014-04-30 23:33:00 | 予防接種
イースト・プレス、2014年発行。

著者はジャーナリストで医療関係者ではありません。
読んでみてビックリしました。
すごい! ひどい! 何じゃこりゃ?
自分に都合のよいデータを表面だけ見繕って、インパクトのある文言で不安を煽るストーリーを展開する才能・センスは抜群で、感心しきり。
今まで読んできた本とは別世界です。
そのポリシーは「すべての医療を拒否」。
反論する気にもならない低レベルの内容でした。
途中でうんざりして読むのを何度もやめたくなりましたが、なんとか読了。
でもこの本、売れているようです(苦笑)。

目に付いた文言を記しておきます;

■ ワクチンの正体は“生物兵器”である。
■ ワクチンの三大目的は「感染させる」「病気にさせる」「早く死なせる」である。
■ ワクチンの第一の罪は「効かない」、第二の罪は「毒物である」、第三の罪は「病気を作る」。そして第四の罪は「感染症を爆発させる」。あらゆるワクチンの真の目的は、感染症を爆発させることだ。
■ 子宮頸がんワクチンは、世界規模のバイオテロ。悪質な詐欺罪であり、傷害罪、殺人罪だ。真の狙いは人口削減のための「不妊政策」である。
■ “原子力ムラ”と同じように、国と製薬会社、専門家による“ワクチンムラ”があった。
■ 抗がん剤、放射線には強力な発がん作用がある。政府が発表する子宮頸がんの年間死亡者数2700人のうち、少なくとも2000人あまりは抗がん剤で毒殺、放射線で焼殺、手術で斬殺されたのだ。
■ ビル・ゲイツ財団をはじめ巨大医療マフィアは、堂々と「ワクチンによる人口削減」を謳っている。
■ 不妊治療を行っているIVP大阪クリニックの調べでは、既に日本では、20歳前後の男性の9割以上が不妊レベルである。
■ 子宮頸がんワクチンの国内臨床試験、612例のうち、注射部位の「疼痛」が606例(99%)。ほぼ全ての症状が痛みを感じている。いかに毒性が激烈かわかるだろう。
■ 全てのワクチンをとにかく拒否すること。障害者、死者になりたくなければ! なぜなら、障害者、死者をつくることが政府の仕事だからだ。
■ ヒブの犠牲者のほとんどは抗菌剤による副作用死ではないか。
■ 風邪が悪化するのは病院に担ぎ込み、様々な抗菌剤や解熱剤を乱用されるからだ。つまり薬剤の副作用である。
■ 米国のロックフェラーと英国のロスチャイルド、この二大財閥が世界の医療利権を握っているのだ。
■ 医療の9割がなくなれば健康になる。ワクチンを拒否した人はガンにならない。


・・・注射というのは皮膚に針を刺す行為ですから「痛い」のは当たり前では?

唯一、うなづけた文言は、
■ 医薬品添付文書は、まさに生死を分ける「命のマニュアル」である。ワクチンを接種するときや、薬を飲むときには、絶対に入手しなければならない。入手したら、眼光紙背に徹して読み込む。それができない人は、絶対にワクチンや薬に手を出してはいけない。

日本人の“おまかせ”文化、自分で判断しない文化の弊害を批判しており、私もその通りだと思います。
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「新・予防接種へ行く前に」(ワクチントーク)

2014-04-29 08:32:12 | 予防接種
編集:ワクチントーク全国「新・予防接種へ行く前に」編集委員会
編集代表:毛利子来(もうりたねき)、母里啓子(もりひろこ)
ジャパンマシニスト社、2011年発行

医師としてのワクチン反対派の御意見番であるお二人が中心になって編集した本です。
位置づけは、厚生労働省(現在は財団法人予防接種リサーチセンターへ移行)が保護者向けに配布する「予防接種と子どもの健康」というパンフレットの「攻略本」。内容は、ワクチンの影の部分にも光を当てた解説といったところでしょうか。

一貫して、副反応で障害が残った家族に寄り添うスタンスで書かれています。
自然感染による重症化例は「可哀想だけど仕方ない」、ワクチンの副反応による後遺症例は「国家や医師によってなされた加害行為」と糾弾します。

自然感染による重症化・死亡例を何とか減らそうと先人が知恵を絞って開発してきたのがワクチンだと私は捉えています。
その効果により命を助けられた子どもたちは数知れず。
しかし数は激減したものの、現在でもワクチンで予防可能な病気により命を落とす子どもたちがいます。接種をすれば、接種率を上げれば助かる可能性があるのに・・・その子たちのことを思う姿勢がワクチン反対派には欠けているのではないか、と感じることがあります。
「自然の摂理だから仕方ない、あきらめなさい」と。

彼らの究極の考えは「健康な子どもの体に医療行為という名の下にワクチンという異物を入れることを拒否する」という思想に収束すると思いました。

キリスト教にエホバの証人という輸血を拒否する宗派がありますが、それと共通するところがあります。はて、エホバの証人はワクチンを受け入れているのか、疑問に思いネットで検索したら「1900年代前半は禁止、1950年代以降は受け入れるようになった」という不思議な経緯を辿っていました。もちろん、聖書にはワクチンに関する記述はありませんから、その時代その時代の解釈による変化なのでしょう。

“まえがき”は前出の藤井俊介氏が書いています。
「接種する側からすれば0.001%の事故発生率でも、事故に遭った子どもや親にとっては、100%の発生率です。」
「予防接種による被害の悲劇は、親が子どもによかれと思い、自分の手で抱いて連れて行き、その結果、障害者にしたり、死なせたりすることです。」
「健康な子どもを、殺したり病気にしたりする行為は、一般には認められていません。とこどが、予防接種に限り、国は認めています。」


理想のワクチンは「有効率100%で副反応ゼロ」ですが、残念ながらそのようなワクチンは現在存在しません。
理想のワクチンしか認めない・許さない反対派を説得するのは無理ですね。すれ違いというよりは、非現実的です。

それから、「体の弱い子どもだけがワクチンを受ければよい」と書かれていますが、感染症の流行がなくならない限り、“体の弱い子ども”は危険にさらされ続ける事になります。
反対派はそのことも軽視していると感じます。
例えば、大学病院小児科病棟で重い病気に罹り闘病生活をしている子どもたちがいます。検査入院や緊急入院の子どもが水痘を発症すると、“体の弱い”子どもたちは危険にさらされ、医師たちは感染対策に追われ、病棟は一定期間閉鎖せざるを得なくなります。他の病気で入院治療予定だった子どもたちにも影響が出ます。
これらのことも「仕方ない」で済ませるのでしょうか。

(参考)
 KANSEN Journal No.41(東京都立小児総合医療センター感染症科 荘司貴代、堀越裕歩ほか)
病気の子どもたちを守るには―― 水痘対策の世界との差
病気の子どもたちを守るには―― 小児病院での水痘・帯状疱疹ウイルスの感染制御
病気の子どもたちを守るには―― 水痘ワクチンの重要性

メモ
自分自身のための備忘録。

■ ヒブや肺炎球菌と言った常在菌に対するワクチンの接種も勧められてます。常在菌、つまりだれもが持ち合わせる、どこにでもある菌に対してまで不安を煽るのはなぜでしょう(母里啓子氏)。

この文章、信じられません。
医師であれば、乳幼児の細菌性髄膜炎の怖さを知らないはずがない・・・ああ、この方は基礎研究者で医療現場で働いたことがないのでしょう。
私が勤務していた総合病院小児科では、1年に1-2人、細菌性髄膜炎の患者さんが入院してきました。ステロイドや抗生物質など、有効と思われる治療を尽くしても、数週間熱が続く例や、脳膿瘍を合併して緊急手術になった患者さんも経験しました。
ワクチンによりこの病気が予防できることを知ったとき、髄膜炎で苦しむ子どもが減らせるなんてこんな素晴らしいことはない、と喜んだものでした。
先日、近隣の総合病院小児科部長とお話しする機会がありましたが、2011年を最後に細菌性髄膜炎例を経験していないと聞きました。

■ 百日咳で症状が思うなる可能性が高いのは、1歳未満、とくに6ヶ月未満の赤ちゃんです。重い症状になる危険性が低くなる2歳以上の子にも一律に接種が必要なのか、検討が必要です。

 最近話題になる赤ちゃんの感染経路は、周囲の大人たちからです。
 欧米では赤ちゃんを百日咳から守るために成人後も三種混合ワクチンを追加接種をしています(これを“コクーン戦略”と呼びます)。

■ どの感染症にも当てはまりますが、経済事情がよくなり、食糧不足や衛生状態が改善されて行くに従い、流行があっても死亡者は減っていきます。逆に貧困や低栄養、戦争などで発病が増加します。つまり、発病や流行には社会的な背景が強く関連しているのです。

これは事実です。
しかし、この状況に安心していてよいのでしょうか。
戦争ではありませんが、災害でも同じような状況が発生します。
東日本大震災の被災地では、狭い空間に多くの人数が暮らし、医療も不十分という劣悪な環境にさらされた事実を皆さん記憶されていることと思います。
そんな中で空気感染する麻疹や水痘が流行ったら・・・ワクチン未接種者はもれなく感染し悲惨な事態になることが想像されます。
日本に住んでいる限り、自然災害(あるいは人災?)に見舞われて同じような状況に陥る可能性は常に存在し続けます。
予期せぬ災害対策としても、ワクチンは有用です。

■ 今の子育て世代は、ワクチンで免疫を得ている、いわば「ワクチン世代」。成長過程でまわりに病気自体もないため、ワクチンで得た免疫をさらに高める作用も働かない、それが成人して麻疹に罹る大きな要因です。
 ワクチンの効果は長く続かない。自然に病気に罹って免疫を得る機会は失われている。このことが、自然に病気から守られていた筈の赤ちゃんに影響を与えています。
 最近、1歳未満でも麻疹に罹る赤ちゃんが出てきたのは、お母さんがワクチンを受けた世代に鳴り、自然感染による免疫をもっていないからです。私たちはこの事実を重く受け止めないわけにはいきません。


この意見には同意します。
感染予防対策としてのワクチンが抱えるジレンマは「免疫持続期間が短いこと」です。
理論的には一生涯、定期的な追加接種が必要になりますし(するとコストも上昇)、上記の母子免疫が期待できないという問題も対策を検討する必要があります。
コストがかかる」ことと「母子免疫が失われる」ことは、私の中で解決しないジレンマです。
ワクチン推進派はこの問題をどう解決していくのでしょうか。

日本脳炎は旧ワクチンより新ワクチンの方が危険
 2005年に厚労省は「平性3年以降、日本脳炎予防接種で13例にADEMの健康被害が発生、ほかのワクチンに比べて被害救済例が多い」ため「マウス脳による製法の現行ワクチンの積極的勧奨は行わない」、「よりリスクの低いと期待される組織培養法による日本脳炎ワクチンが現在開発中であり、その供給に応じ接種勧奨を再開」とする「積極的勧奨差し控え」の勧告を出しました。
 旧ワクチンがウイルスを培養するのにマウスの脳組織を使用していたのにかわり、アフリカミドリザル腎臓由来株化細胞(Vero細胞)を使うのでリスクが少ないと期待されていました。しかし旧ワクチンとの比較臨床試験で、全身の発熱や接種部位の発赤、腫脹などの副作用において、新ワクチンの方が2倍前後高い発現率を示したため承認が延期となりました。追加試験では、新ワクチンを、旧ワクチンより高い副作用が生じた元々の濃度の半分の濃度で審査が通ったのでした。


 旧ワクチンが「積極的勧奨差し控え」に追い込まれたADEMは、新ワクチンでも同程度の頻度で発生していると読んだことがあります。400万接種に1回という頻度ではありますが。
 「旧ワクチンより危険な新ワクチン」という狭い視点にこだわらず、ADEMの自然発生率との比較する発想はないのでしょうか?

■ ヒブと肺炎球菌による死亡者数、後遺症者数を上回る、子どもの事故と他殺、虐待を予防することのほうがよっぽど有意義です。ワクチン接種と社会の整備、どちらが子どものために必要でしょうか。

 それを言いだすと議論が止まってしまいますので、論旨のすり替えです。
 例えば、軍備増強と原発にかかる費用など、必要性を比較検討すべき物事はたくさん存在します。

■ B型肝炎ウイルスをもたないお母さんから生まれた赤ちゃんへのワクチン接種は、現在の日本では全く不要です。

 そうとは言い切れないと思います。
 現在、父子感染も問題になっています。HBVキャリアとなった児の内訳は、母子感染が65%、父子感染が25%、同胞間感染が4%、経路不明が8%という報告があります。
 さらに、保育所職員を感染源とする集団感染も報告されています。
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「まちがいだらけの予防接種」(藤井俊介著)

2014-04-25 21:55:40 | 予防接種
さいろ社、2006年再改訂版(初版は2001年)

私は、医学的にその有効性が保証されたワクチンは勧めている立場の小児科医です。
一方で、予防接種に反対する人達がいます。
この本の著者もその一人。

副題は「子どもを愛するすべての両親へ」というもの。
この思いは共通しているのに、なぜ立場が逆になってしまうんだろう。
どこですれ違ってしまうんだろう。
以前から抱いていた素朴な疑問です。
そんな疑問の答えを探すべく、手元にあった本書を紐解きました。

著者は医師ではなく、高校に勤務していた方(教師?)。
娘さんが二種混合ワクチン接種後に重度障害者となり、以降予防接種批判と被害者支援の市民運動を組織・展開しているそうです。

その被害者としての視点が貫かれており、読んでいてい息苦しくなる箇所もありました。
また、実際に病気に罹って重症化した患者さんを見ていないので、病気の重さ・つらさ・切なさを実感として語れない点が気になりました。病気のつらさを知らなければ、それを予防する価値を認識できないのは仕方ないのかもしれません。

ワクチン製造者・認可する国・接種される国民の代表が一堂に会して、ワクチンのメリット・デメリットを自然感染と比較して議論し客観的・科学的に判断する場(アメリカではACIP)の必要性をさらに強く感じました。

目にとまった文章とそれに対する私の意見・感想を列記してみます;

■ 「予防接種と子どもの健康」というパンフレットは、ひとことでいうと「脅し」です。病気の“恐ろしさ”を延々と強調した上で「お子様のため、ぜひ予防接種を受けましょう」と結ばれています。ところが、それらの“恐ろしい病気”で命を落とす子どもが現在どれくらいいるのかということはほとんど書かれていませんし、予防接種の副作用については「まれに~の症状が出ることがあります」などと軽く触れられている程度で、どんな被害がどれくらい出ているのか、厚生労働省の認定患者数すら明らかにしていません。
 つまり、マイナスデータはひた隠しにしたまま厚生労働省に思惑通りに予防接種を受けさせ、責任だけ親になすり付けよう。というのが実態です。


 不信感に満ちた悲しい文章です。

■ これからはみなさん一人ひとりが実態をよく把握して、予防接種を受けるか受けないか、受けるとしたら何を、いつ、どのように受けるかについて考え、判断しなければならないのです。

 激しく同意します。

■ インフルエンザワクチンは有害無益な「劇薬」だったのです。1994年には厚生省もついにこのワクチンが効かないことを認め、法律による義務接種から外しました。

 インフルエンザワクチンは「発症予防効果は弱く重症化予防を期待するワクチン」であると私は患者さんに説明しています。
 その理由はワクチンの接種経路によるとされています。
 インフルエンザウイルスはヒトの喉に付着して増殖をはじめると感染が成り立ちます。その後からだを巡っていろんなつらい症状やまれに重篤な合併症を引き起こします。
 一方、インフルエンザワクチンは皮下接種のため、血液中の抗体はできますが、喉の粘膜で働く抗体は作られません。
 よって、ウイルスの侵入を防ぐ能力は低いといわざるを得ませんが、体に広がる際には血液中の抗体が阻止して重症化リスクを軽減してくれるのです。
 ワクチンが定期接種から外れた1994年以降、日本ではそれまであまり話題にならなかった「子どものインフルエンザ脳症」「高齢者施設における集団感染・死亡」が社会問題化したことを皆さん記憶されていると思います。さらにその後、一度低下していたワクチン接種率が回復し、高齢者の定期接種化以降、この2つの問題が話題にならなくなったことは、すなわち全体としてワクチンの効果であると統計学の視点から再評価されるようになりました。
 著者の意見は少々偏っており、事象の一面を捉えて強調している印象が拭えません。

■ 1989年にMMR(麻疹・おたふくかぜ・風疹)ワクチンが1歳の赤ちゃんに対して義務づけられました。するとたちまち、接種後に無菌性髄膜炎に侵される赤ちゃんが続出しました。入院した赤ちゃんは厚生省の発表では接種者1000人に一人、私たちの調査では400人に一人の割合という、驚くべき数字でした。死亡した赤ちゃんも4人出て、あまりの悲惨な結果に怒りの声が爆発し、厚生省は結局、義務化してからたった4年でこのMMRワクチンを取りやめることになりました。
 ちなみに、このワクチンを日本から輸入して接種したカナダは、髄膜炎が6万人に一人発生した段階ですぐに接種を中止しています。人権意識の違いとは恐ろしいものです。


 このMMRワクチン騒動は医師の私にも不可解なところがあります。
 おたふくかぜワクチンの「占部株」は、それまでにも髄膜炎の副反応が多いタイプだったのに採用されたのは薬剤界との癒着だったという報道を目にしたこともあります。しかしその真実は、ワクチン製造過程の一部を製造会社が無断で変更し、認可されたワクチンと別のものにすり替わっていたという説もあり、まだ霧の中です。

■ 予防接種は多くの子どもたちとその家族の「犠牲」の上に成り立っているということ、そしてあなたとあなたのお子さんも、いつその「犠牲」になるかわからないということ。
 もちろん、いくら「犠牲」が出ようとも、その予防接種に“恐ろしい病気”を防ぐ十分な効果があり、かつそれが人類にとってどうしても必要不可欠なものであれば、その「犠牲」はやむを得ないと言えるかもしれません。その子の「犠牲」があってこそ人類は救われるのだとしたら、あるいはその「犠牲」は「尊い犠牲」なのだという考え方もあるでしょう。
 もちろんその場合、必要以上の犠牲者を出さないよう、安全性への配慮が十分でなければならないことはいうまでもありません。また、「犠牲」になった子どもや家族への補償も手厚いものであるべきでしょう。
 私たちが現在、子どもたちに受けさせているたくさんのワクチンは、本当に必要で、有効で、安全なのか。検証する必要があります。


 激しく同意します。

■ 「この世の地獄」として予防接種被害に苦しむ子どもとその家族の様子を何例か挙げています。

 予防接種との関連は時間関係(予防接種を受けた1ヶ月以内に症状が出たため「被害」と断定している)のみで、科学的に因果関係が証明されていないため、説得力がありません。
 例えば、乳児健診後1ヶ月以内に突然死した児の統計を取れば、一定の数字が出てきます(SIDSは年間数百例いますので)。だからといって、死亡例は乳児健診による被害とは言いませんよね。
 ではどう証明すべきか。
 それを解決するのは「統計学」です。
 該当予防接種をしていない群と、予防接種をした群を比較して、予防接種施行群の方が統計学的有意差を持って健康被害が多い場合は、副反応・被害と断定可能です。
 家族にとっては目の前の子どもが全てなので、客観的に見ることが困難ですが、国レベルの施策の可否を問う場合は、第三者が納得できる評価法が必要だと思います。

■ ワクチンは病原体そのもの(生ワクチン)、またはその一部分(不活化ワクチン)、その毒素(トキソイド)などを弱毒化して作られていますので、非常に危険性の高い薬剤です。法律上も「劇薬」に指定されていて、その取り扱いには厳重な注意が要求されています。
 予防接種とは、このような劇薬を乳幼児の体内に注入して、軽く(?)感染症にかからせようというのですから、かなり危険な医療行為に入ると言えます。

 「ワクチンは劇薬指定」は事実です。
 だからこそ、専門教育と訓練を受けた医師が担当しています(外国では医師以外でも接種していますが)。
 しかし“劇薬”という言葉の響きは強く、引いてしまいますね(苦笑)。
 ちなみに、ふだん私が処方している薬の中で、“劇薬”に指定されているものを探すと、例えば「アセトアミノフェン」(商品名:アンヒバ坐薬、カロナール、コカールなど)。子どもに唯一安全と言われている解熱鎮痛剤として頻用している薬ですが“劇薬”です。LLシロップ、幼児用PL顆粒、ピーエイ錠に含有される「サリチルアミド」も“劇薬”です。
 皆さん、安易に“劇薬”である解熱剤を使用しないよう、お願いします。

■ 京都ジフテリア事件(※)のときは、被害者の家族は警察から「絶対に口外しないように」と口止めされ、外出する際には風呂屋へ行くのにも警官の尾行がつきました。こうして国歌が全力を挙げて“事故隠し”をしていたのですから、過去の被害の実態は今でも闇の中です。

 これが事実なら、警察の取った行動は許し難き行為です。

京都ジフテリア事件:1948年、京都・島根でのジフテリア予防接種の時に無毒化が不十分であったワクチンの接種によるジフテリア毒素により大規模な医療事故が起き、横隔膜麻痺、咽頭麻痺、心不全等の中毒症状が現れ、死亡者85名という結果になった。これは、世界史上最大の予防接種事故である。
(参考文献)「1948年ジフテリア禍事件の原因論」和気正芳 社会医学研究.第23号. Bulletin of Social Medicine, No.23 2005
 

混合ワクチンの危険性
 “一度の注射で三つの病気が防げる”という宣伝で接種が広められたのが混合ワクチンです。しかし、よい面があれば悪い面もあります。
 現在の日本の社会状態では、かつても“恐ろしい病気”としての感染症はなくなっているのですから、2種類も3種類もセットで接種する必要性はないということです。一人ひとりの必要性に応じて単品ワクチンを接種することの方が、事故防止の立場からも大切です。


 単品ワクチンの方が、接種する医師の立場からも気が楽です。
 しかし、これだけワクチン数が増えて、スケジュールが過密になりますと、病院へ通う回数もバカになりません(その都度保護者が仕事を休む必要があります)。
 例えば、混合ワクチンを使った場合でも乳幼児の国立感染症研究所のHPに紹介されている「予防接種スケジュール2014年版」を見ると、単独接種では27-28回受診が必要になります(ちなみに同時接種を取り入れると15回と半減)。混合ワクチンを忌避して単品ワクチンにすると、さらに回数が増えてしまいます。
 社会状況も加味して総合的に考えると、石橋を叩いて安全性を確保しつつ、混合ワクチン・同時接種の方針をとらざるを得ないのではないか、と思います。

「効果率」のまやかし
 ワクチンの効き目を表す言葉に「効果率」があります。
 Aグループの100人にはワクチンを接種せず、Bグループの100人には接種をします。その結果、Aグループの中の40人が発病し、Bグループでは10人が発病したとします。予防接種のおかげで100人のうち30人が発病せずに済んだわけですから、素人の考えでは約30%の子どもに効果があったということになりそうです。ところがこの場合、効果率は75%と計算されます。
 200人の子どもを100人ずつ、A/B二つのグループに分けます。
 「効果率75%」というと、100人に接種したら75人が病気に罹らないと思ってしまいそうなものです。しかし医学用語はそうなっていないのです。
 こんな不思議な言葉がまかり通る医学の世界には、ただただ驚くばかりです。


 ちょっとこの文章には困りました。
 「有効率(=効果率)」ワクチンを接種した群と接種しなかった群を比較して計算するのが世界共通の統計学です。
 インフルエンザが流行した際に100人のうち100人が罹るという前提ならば著者の考えが正しいことになりますが、現実にはそんなことは起こりません。
 なんだか、この本を読み続けるのがイヤになってきました。

感染経路と接種部位が違うので効果が低い
 例えばインフルエンザに罹るとき、ウイルスはまずのどの粘膜について、そこで増殖します。最初から皮膚を破って体内に入ってくるのではありません。
 ところが予防接種ではワクチンを腕に注射し、血管に吸収させます。のどにワクチンを接種して、のどの粘膜上に抗体を作らせるならば効果が期待できるのですが、血液中に抗体を作らせてものどが無防備では効果が期待できないというわけです。この感染経路と接種部位の問題が、インフルエンザワクチンが効かない理由の一つといわれています。

 
 前述したように、その通りです。
 欧米では「経鼻生ワクチン」も使われています。鼻の粘膜にシュッと吹き付けるワクチンなので、感染経路と接種部位が同じであり、有効率90%と夢のような数字を記録していますが、日本にはまだ導入されていません。

免疫の持続期間
 自然感染は一度で強力な終生免疫ができます。
 これに対してワクチンはあくまでもニセの病原体ですから、予防接種によって得られる免疫も、本来の病気によって得られる終生免疫に比べると、ずっと限られた期間しか効力を発揮しません。
 ワクチンを接種すると、まず弱い免疫(体液性免疫)ができます。この免疫が持続している間に、あちこちの保菌者から排出された病原体を吸い込み、自覚症状もない程度に軽く病気に罹る(不顕性感染)と、前に接種したワクチンとの相乗効果(ブースター効果)によって強い免疫(細胞性免疫)ができて、二度とその病気には罹らなくなります。ブースター効果があって初めて終生免疫が得られるわけです。
 しかし、もしワクチン接種後に不顕性感染しなかったらどうでしょう。まわりに特定の病原体がウヨウヨいるような生活環境でない限り、「1回の接種で一生涯続く免疫を獲得できる」とはいえないことになります。


 ワクチンによる感染症コントロールの弱点を見事に指摘した文章です。
 ワクチン接種率が上がれば上がるほど、ブースター効果が得にくくなるため、効果減弱に対して追加接種が必要になります。
 論理的には、一定期間(5年くらい?)ごとにすべてのワクチンの追加接種を一生涯続ける必要が出てくるのです。すると費用対効果が落ちてワクチン戦略の継続が困難となり、感染症対策を見直す時代が来るかもしれません。
 文章中、間違いを見つけました。ワクチンで得られる免疫は体液性免疫と決めつけていますが、一般的に「不活化ワクチンは体液性免疫、生ワクチンは体液性&細胞性免疫を獲得」とされています。

「予防接種をすれば軽く済む」というデータはありません。
 むしろ予防接種を受けたがためにワクチンの害作用で一時的に免疫力が低下して他の病気に罹ったり、潜伏していた病気が出てきたりすることがあります。
 かつて感染症が恐ろしい病気だった時代に比べて栄養状態も生活環境も飛躍的に向上した現在、先天的な免疫不全など特別な弱点を持つ子どもでない限り、予防接種を受けなくても大したことにはならないだろうし、むしろ受けずに本物の病気に罹ったほうが望ましいのではないか。


 一見もっともらしく頷ける文章ですが、現実とは異なります。
 感染症に罹ると健常児でも一定の比率で重症化します。
 たとえば、インフルエンザ性脳症に罹った子どもが病気がちの子どもだったわけではありません。
 自然感染に任せていると、全員は罹りませんから大人になってから罹る人も出てきて重症化しやすくなり、かつ感染源となって免疫力の弱い子どもが被害者となる構図が残ります。
 子どもの頃に風疹に罹りそびれた大人が流行を引き起こし、妊婦さんに感染させると胎児に異常が出る先天性風疹症候群が昨年社会問題化しました。自分では何もできない胎児が風疹に罹らないためにはどうすればよいのか、聞いてみたい。
 ワクチン反対論者は、どうもこの「社会で弱者を守る」という集団免疫の意識が乏しいように感じます。

「病原病原体説」と「病源環境説」
 細菌やウイルスなどの病原体が体内に入ると繁殖して病気が起こる、つまり病気の原因は病原体にある、という考え方を「病原病原体説」といい、予防接種は病気の原因である病原体をワクチンによる免疫で押さえ込もうというものです。
 しかし感染症が流行しても、病気に罹る人と罹らない人とがいます。これは個々人の抵抗力に違いがあることを示しており、このことから「病原体に感染することと病気になることとは別の問題だ」という視点が出てきます。また、病気が流行する土地としない土地、流行する季節としない季節とがあります。つまり実際には個々の人間の栄養状態や抵抗力、あるいは社会の状況や衛生状態によって、感染症に罹るかどうか、感染症が流行するかどうかは大いに左右されていることになり、病気の原因は環境にあるという考え方を「病原環境説」と言います。


 現実には2つの説のどちらかだけではなく、両方が関わっていると思います。

■ 感染症対策の基本は「一般的な健康原則を守り、体の抵抗力を強める」であり、予防接種はあくまでもその次の手段なのです。

 同意します。

日本の「乳児死亡率」の変遷
 明治から大正にかけては出生1000人に対して150人以上の乳児が死亡していましたが、1970年には7.5人、1988年には4.8人と急激に減ってきています。


 明治時代の乳児死亡率は、今では考えられないほど高かったのですね。

母体免疫を期待できないワクチン世代の母親たち
 生まれた赤ちゃんの体の中にはお母さんからもらった母体免疫があり、生後9ヶ月くらいまではお母さんが罹った病気には罹らないように守られています。これによって抵抗力の弱い赤ちゃんは、最も危険な時期だけ、その社会に流行している感染症から守られます。
 このように素晴らしい自然の仕組みを持ちながら、予防接種による「マヤカシ」の免疫でごまかしてきた母親には、その母体免疫がありません。そこで多くの医師たちはさらに「だから生後2-3ヶ月から予防接種をしなければ」などと言うのです。どこかおかしいとは思いませんか?


 一理ありますね。

“恐ろしい病気”と“めんどうな病気”
 「我が家は共働きなので、子どもが病気になるのは困る」と考える方も多いと思います。そうです、つまり現在の感染症は“恐ろしい病気”というよりも、忙しくて看病できないという理由からくる“めんどうな病気”なのだということができます。これは医学の問題ではなく、社会問題・労働問題といえるでしょう。


 私も同じことを感じています。

百日咳は恐ろしい病気?
 最近は子どもの栄養状態もよくなって抵抗力も強いので、典型的な百日咳の症状を示す子どもはまずいません。また、百日咳菌には抗生物質が効くので、初期の手当が適切であれば大した病気ではないといえます。


 この文章はおかしい。百日咳を甘く見ていると思います。
 小児科医なら早期乳児が百日咳に罹った場合、無呼吸発作・チアノーゼをきたし重症化することはご存じのはず:
百日咳の映像(世田谷千歳船橋小児科:かるがもクリニックのブログ)
 もう、可哀想で見ていられません。
 百日咳の咳込み発作は毒素によるものなので、それと疑ってから抗生物質を投与してもすぐに咳が治まるわけではありません。
 乳児(特に生後3ヶ月未満)百日咳で認める無呼吸発作は突然死の原因にもなると云われています。小児科専門医は生後3ヶ月未満の赤ちゃんには咳止めを出さない理由にもなっています。
 こちらのPDFも参考になります;
□ 「乳児の重症百日咳感染症について~NO吸入療法と交換輸血による治療を中心に~

風疹
 はしかとは全然別の病気で、大した病気ではありません。
 子どもにはワクチンは必要ありません。
 このような病気は、子どものうちに罹らせて終生免疫を付けさせるのがベストでしょう。子どものうちに罹ることができなかった女性は、結婚前に抗体検査をして、陰性の人に慎重に接種するのも一つの方法だと思います。


 この本が発行されたのは2011年。
 2013年の風疹流行~先天性風疹症候群が多発し社会問題化する前です。
 あまりにも軽い扱いに違和感を覚えます。

結核の現在
 現在は結核を治す飲み薬があります。結核患者が見つかると、その人と生活を共にしている人達にもこの薬を“予防内服”させれば、病気の感染をくい止めることができます。したがって、結核は現在では“恐ろしい病気”とはいえなくなっていますが、それを「予防」するためと称して、日本では今もなおBCG接種が行われ続けています。


 結核の治療で現在問題になっているのは「薬剤耐性化結核菌」です。薬が効かない結核菌で命を落とすのです。このことに全く触れていないのは問題と云わざるを得ません。
□ 「結核菌の多剤耐性について」(公衛研)
□ 「薬剤耐性結核」(結核予防会結核研究所)
□ 「世界の薬剤耐性結核の現状と迅速結核菌検査」(モダンメディア 54 巻 8 号 2008[薬剤耐性菌])

BCGの安全性
 結核の専門医・高松勇医師は「生まれつきの免疫不全などワクチン接種が不適当な子どもは生後3ヶ月まで発見できないので、それまでのBCG接種はたいへん危険だ」と警告しておられます。


 同意します。
 世界では乳児重症結核と免疫不全児のBCGによる副反応のリスクとを天秤にかけて接種時期を検討しています。発展途上国では生まれて産院を退院すると、その後は医療機関を受診する機会がない地域が多く、副反応リスクを考慮しても予防として新生児期にBCGを接種することを選択をしています。
 その後、日本が同じ道を選択することになるとは思いませんでした。
 今を去ること15年ほど前、私が結核疑い患者さんを担当して病気について勉強していたとき、学会の御意見番がこの高松先生でした。

ポリオとポリオ・ワクチン
 日本では1980年代以降、自然感染による患者・死亡者ともに出ていません。その反面、厚生労働省は1980年代以降に37人のポリオ・ワクチンによる被害者を認定しています。病気もないのに、それを防ぐワクチンで被害が出ているのです。
 ところが厚生労働省は、インド・中東諸国には患者が多く、接種を止めて免疫のない子どもが増えた状態になったときに日本に入ってくると流行する、だから接種は必要だ、といいます。皆さんの中には、「子どもが将来インドやアフリカなどの流行地に行くかもしれない、その時のために必要ではないか」とお考えになる方もおられるでしょう。もし海外協力隊などに入って不衛生な地域で活動するなら、そのときに接種すればいいでしょう。


 一部同意します。
 しかし、日本がポリオ・ワクチンを導入した経緯に触れていないのは片手落ちだと思います。
 その昔日本でポリオが流行した際、不活化ポリオ・ワクチンを導入しましたが、勢いを止められませんでした。住民運動が勃発し、政府は緊急的な対応を迫られてソ連(現在のロシア)とカナダから生ワクチンを輸入して接種して流行を抑えることができたのでした。
 住民集会で、母親代表が政府関係者に「ポリオ流行は天災ですか、それとも人災ですか?」とポリオ生ワクチン導入に踏み切らない国に詰問する場面の映像を記憶しています。
 しかし生ワクチンですから副反応は不活化ワクチンより多く、ポリオという病気自体がみられなくなった現在では副反応が注目されるようになり、また不活化ワクチンに戻したという経緯なのです。

真面目に接種させた親がバカだった
 予防接種の被害は、接種したうちの一部だけがやられるということもあって、発生のメカニズムはほとんど不明です。その原因は、ワクチンそのものに問題がある場合、接種した医師のミス、子どもの体質に問題がある場合(先天的な免疫不全や卵アレルギーなど)、子どもの抵抗力が落ちていた場合などがあって、どのケースなのかを科学的に立証することは不可能です。
 因果関係を立証するために提出された学説が「白木四原則」です;
1.ワクチン接種と予防接種事故とが、時間的にも体の部分上も密接している。
2.他に原因となるようなことが考えられない。
3.副作用の程度が、他の原因不明のものによるよりも質の上でも量の上でも非常に強い。
4.事故発生の状況が、既にわかっている科学的な事実と比べてみたときに納得できるだけの説明ができる。

 しかし厚生労働省の認定部会の医師たちは裁判に負けても「白木四原則」を認定基準に採用しようとせず、未だにふつうの物差ししか使わないという態度をとり続けていることです。
 このように日本の予防接種では、被害に遭った人間が徹底的にバカを見るような仕掛けができています。真面目に接種させた親がバカだったというわけです。


 ワクチンと有害事象の因果関係を見極めるのは困難な作業です。
 上記「白木四原則」の他に、
・そのワクチンに特徴的な副反応の病像が存在する。
・副反応が疑われる病態の発生率に、接種群と非接種群との比較で統計学的有意差が存在する。
 を入れた方が、より客観的・科学的だと思います。

 「真面目に接種させた親がバカだった」とは自虐的な表現ですが、一理あると思います。
 日本の「おまかせ」文化の弱点ですね。
 国が決めたことだから、専門家の言うことだから、と盲目的に信じる傾向が日本人にありました。しかし、医療でも他の分野でも、それが決して正しいことではないことは明白です。
 接種を受ける側、子どもの保護者が病気と予防接種について学び、賢くなる必要があると思います。

 例えば、迅速検査の結果インフルエンザ陽性とわかった際に、私は患者家族に「抗インフルエンザ薬を使いますか?使うとすればどれを選択しますか?」と聞きます。
 しかし、決められる家族は少数です。
 自分の子どもに飲ませる薬、それも異常行動などの副作用が問題になっている薬を飲ませるかどうか、決められないのです。
 「先生にお任せします」という家族には、
 「私は決めません。情報提供をして使う薬を選択してもらうだけです」
 とお話しすると、困った顔をされます。

よく効くワクチンほど激しい、重篤な事故が多く発生します。

 事実です。
 その究極が「自然感染」であることに気づいていないのでしょうか。
 一生涯有効な免疫を手に入れるのと引き替えに、重症化・合併症のリスクを背負うのです。
 そのリスクを減らすために開発されてきたのがワクチンです。
 副反応ゼロのワクチンがあるとすれば、有効性も限りなくゼロに近づくことをご理解いただけることと思います。

リスクは常に「ゼロ」
 アメリカのCDCは、その地域でのワクチン接種の必要性を判断する際の要因について、「予防接種に伴う副反応サーベイランス」報告書に以下の3つを挙げています;

【B】ベネフィット=利益
 感染症の流行によって起こる社会の混乱・生産力の低下などが、予防接種によって防がれたと考えた場合の利益。
【C】コスト=費用
 ワクチンの研究費、購入費・管理費、接種に要する費用、接種後の害作用の処置比。
【R】リスク=危険性
 ワクチンによって引き起こされる害作用被害の発生率・重篤度。


 そして、この3つの要因の関係から、以下のような判断がなされます;

 B>C+R → 実施した方がよいが、被害に対してはしかるべき補償をしなければならない。
 B=C+R → 検討しなければならない。
 B<C+R → 中止しなければならない。


 残念ながら、日本ではこういった人権尊重の立場からの予防接種計画の見直しは、まったくされていません。また、たとえしたとしても、害作用の調査を積極的にしていませんから、厚生省が把握している事故数はきわめて少なく、Rはほとんどゼロなのです。


 日本は疫学調査が弱いことは私も認識しています。
 例えば、副反応が疑われる健康障害が発生した場合に、その病態が一般的にどれくらいあるかのデータがないのです。だから、接種者と被接種者における発生頻度が比較できず、統計学的手法が使えないという状況に陥りがちです。

 CDCの B・C・R の考え方は初めて知りました。
 日本では B と R だけで判断し、C のコスト意識が低い傾向があります。
 例えば、日本では「抗アレルギー薬」が多く使われる一方で、欧米では「薬は有効だが効果なので有用性は低い」と評価されないのです。
 医療費の膨らみが抑制できない現在の日本では、今後この C=コスト意識がポイントになることは間違いありませんね。

病気に罹るのは自然、予防接種の害作用で苦しむのは不条理
 現在の日本では、生活環境や衛生観念が劣っていた時代のように感染症の大流行が起きることはほとんど考えられません。
 またたとえ発病したとしても、昔のように簡単に死ぬようなことはありません。特に細菌による感染症には、抗生物質が効きますから、例え発病しても、よほどの悪条件さえなければ恐れることはありません。
 そしてウイルスによる感染症は、いくらで予防接種をしたところで絶滅させることは不可能です。
 予防接種のプラスとマイナスを比較して考えると、ほとんどの子どもにとってはマイナスが大きく、プラスが少ないのではないかと私は考えています。恐ろしい感染症がなくなった現在、予防接種の在り方を根本的に見直す必要があります。
 日本では予防接種が行われている病気は、抵抗力さえあれば感染しても簡単に死ぬような病気ではないのですから、健康な子どもは敢えて自然感染させ、終生免疫をつけてやるほうが好ましいのではないかとも思います。発病すると少し可哀想な気もしますが、ほんの数日のことですし、その時こそ親の腕の見せ所、精一杯看病してやるのがよいでしょう。この程度の病気は、親子双方にとっての人生体験の一つと考えることもできるのではないでしょうか。それを必要以上に恐れて、あるいは「みんなやっているから」といって予防接種に頼り、病気に罹ってもいない元気な子どもに重大な障害を負わせてしまったりしたら、それこと親は一生後悔し続ける事になります。
 予防接種は、小児白血病や先天性免疫疾患を持つ子どもなど、病気に罹ると重篤な事態に陥ることが明らかに予想される虚弱な子どもにだけ、注意深く接種するのがいいのではないかと私は考えています。


 大多数の子どもは感染症に罹っても一過性の軽症で済んでしまいますが、ほんの一部の子どもは重症化し命を落とすこともあります。
 これは予防接種の効果と副反応の関係に似ています。
 著者のお子さんは予防接種副反応の被害者であり、本書の内容は必然的に「予防接種の副反応」がクローズアップされる傾向があります。
 しかし、ヒブワクチン/肺炎球菌ワクチンを推進してきた「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」を立ち上げた人達は、患者の保護者です。細菌性髄膜炎という重症感染症に罹った自分の子どもを見て、それを予防するワクチンが存在することを知って活動を始め、定期接種化を実現しました。
 不謹慎かもしれませんが、これらの人達が逆の立場だったらどうしただろう、と想像してしまいます。おそらく、子どもを守るために同じような活動を始めたのではないでしょうか。
 双方共に、原点は「子どもの命を守ること」であることは明白です。
 ただ、経験によってデータを読む目にバイアスがかかり、真実が見えなくなってしまう傾向があるのだと思います。
 それを解決するのは、科学・統計学など客観的な学問的手法しかありません。

予防接種問題の本質は“働く女性の労働者問題”
 現在の日本の予防接種問題の本質は、医学の問題と言うより、働く女性の“労働問題”であるともいえます。


 その側面も大きいと感じる今日この頃です。

市民のまとめた予防接種のあるべき姿
 1993年に心ある医師・研究者・養護教諭・被害者団体・消費者団体関係者らが「予防接種精度検討市民委員会」を結成し、好ましい予防接種の在り方についての見解をまとめました。
 その概要;

1.接種の問題
①「受ける義務」ではなく「受ける権利」とし、権利を使うか否かは親の自由とする。そのためには必要性・有効性、とくに安全性について十分な情報の提供をする。
② 集団接種をやめ個別接種とする。
③ 混合ワクチンはやめる。おたふくかぜ、インフルエンザワクチンは廃止。
④ 百日咳は2歳以上の子どもには接種しない。
⑤ 風疹は乳幼児はやめる。中学生も学校での接種はやめる。
⑥ 水ぼうそうとBCGは、ハイリスク児のみに限る。
⑦ 副作用調査を徹底して行い、被害者から直接情報を集める。

2.被害救済
① 被害の認定の基準を「白木四原則」とし、疑わしいケースは必ず救済する。
② 救済はたとえ任意接種であっても、製造の許認可権をもち、健康な人間に“おすすめ”した国が責任を持って行うべきで、「製造物責任制度」や「医薬品副作用被害救済」に持ち込むべきではない。
③ 認定却下に対する「不服申し立て」については、現行のようなまやかしではなく、国民が納得できるものとする(その後主張が聞き入れられ改善した)。
④ 被害の等級認定では、現行の身体障害中心の基準ではなく、脳障害を中心とした基準にあらためる。
⑤ 年金などの給付額も被害の実態に見合ったものとする。

 いずれにせよ、これからは親である私たち一人ひとりが予防接種の功罪を知り、自分の判断で受けるか受けないかを決めなければ子どもは守れない、ということは確かです。


 「接種の問題」には賛成できる事項と、賛成できかねる事項が混在しています。
 最後の文章には激しく同意します。

「ワクチントーク」の集会で1992年に講演した毛利子来(もうりたねき)氏の考え
1.子どもにとって病気とは?
1)いやなものではあるけれど、避けられない。
2)子どもは病気をしながら育ち合う。
① 先天免疫から後天(獲得)免疫へ。
② 抵抗力がつく。鍛えられる。
③ 病気への対応の仕方で人格が鍛えられ、精神面が豊かになる。
2.大人のすべきこと。
1)病気を全てなくそうとしない。
2)病気をなるべく避けさせない。
3)医者にはギリギリまでかからせない。
① 丈夫になる→ 自分で治すから。
② 知恵がつく→ 体験で、対処の仕方を覚える。
3.今は病気よりも環境汚染のほうがずっと問題。


 ワクチンの有用性は、自然感染との比較で相対的に評価されるものであり、絶対的な価値(100%有効、副反応ゼロ)は期待できません。
 ワクチン反対論者の御意見番である毛利氏は自然感染の重症化を軽視していると思います。
 が、他の項目では頷けるところもあるのは確かです。

ディック博士(ロンドン大学医学部教授)の意見(1975年)
 「強い子どもは病気に罹ったほうがよい。病気に罹ると重症化しやすい弱い子どもは注意しながら予防接種を受けるのがよい。英国では、予防接種を実施する日には、地域の病院はベッドを開けて待機している」


 弱い子どもと強い子ども・・・いったい何歳で判断・区別できるのでしょうか。
 重症化しやすい感染症は新生児期~乳児期に集中しており、それを予防するために乳児期のワクチンスケジュールは過密になっているのが現状であり、この博士の意見では子どもの命が守れません。
 「予防接種を実施する日には、地域の病院はベッドを開けて待機している」のは今でも行われているのでしょうか。上記発言は今から40年前のものですが、それほど副反応事例が多かったのでしょうか。
 日本では毎年3月に「予防接種週間」と称して休日もワクチン接種をするよう、医療機関に参加を求める国の施策があります。
 なぜ、病院が休みの日にやるんだろう、重篤な副反応が出たときはどうするつもりなんだろう、と素朴な疑問が解決せず、私は協力したことがありません。
 
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