◆『神話と日本人の心』
著者・河合隼雄がユング派の心理療法家であり、その立場から多くの著作を残してきたことは周知の事実である。日本人の心の問題をユング派の立場から語る著作も多い。本書は、ユング派の立場から、古事記や日本書紀に代表される日本の神話を語る本である。長年、記紀を読み込み、世界の神話とも比較し、しかも心理療法家の立場から神話の深層をとらえようとする姿勢がみごとに生かされており、読み応えのある重厚な一冊であった。
これまで無数の日本人論や日本文化論が書かれてきたが、それらで指摘された日本文化の特徴の多くは、日本の神話の中にも何らかの形で表れているということが、この本を読んでよくわかった。その意味でもきわめて興味深い本であった。すでに日本神話の中に、その後に展開する日本文化の特徴がどのように現れているのか、そんな視点からこの本に触れてみたい。
著者が指摘する日本神話の特徴で、日本文化そのものの特徴にも深く関係すると思われるものをざっと挙げて見たのが以下である。
①男性原理とのバランスを取りながらの女性原理
②自国内よりも外国に基準を求める態度
③文明の原始的な根から切り離されず、連続性を保っている
④人間がその「本性」としての自然に還ってゆく、自然との一体感という考え方
⑤日本人の美的感覚である「もののあわれ」の原型が認められる
⑥何らかの原理によって統一するよりも原理的対立が生じる前にバランスを保とうとする調和の感覚
⑦明確なリーダー的存在なしでことが運ばれていく。中心に強力な存在があってその力で全体が統一されるのではなく、中心が空でも全体のバランスでことが運ばれるといいう「中空構造」
⑧恥の感覚の重視
もっと体系的に整理する必要があるかもしれないし、あとで他の項目を付け加えるかもしれないが、とりあえずこれらの項目のなかのいくつかを、本書に沿いつつ取り上げてみたい。お気づきと思うが、これらの中の、①、③、④、⑥は日本文化のユニークさ8項目のうち、それぞれ(2)(1)(6)(7)に対応している。なお上の⑦に出てくる「中空構造」については、かつて日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化でも紹介しているので参照されたい。
まずは、①「男性原理とのバランスを取りながらの女性原理」について。
数多くの日本神話の神々のなかで際立った地位を占めるのが、女神アマテラスである。古代日本人は、天空に輝く太陽に女性をイメージしたのだ。これは世界のほとんどの民族にとって太陽が男性神だという事実に比し、かなり特異なことだという。
しかし一方でアマテラスは、父親イザナギから生まれた、母を知らない女性であった。イザナミと死に別れたイザナギが、黄泉の国から帰って、身のけがれをおとそうと川でみそぎをしたときにアマテラスが生まれる。
神話においては「男-太陽、女-月」という結びつきと、「女-太陽、男-月」という結びつきがある。太陽の月に対する圧倒的な存在感を考えると、太陽-女性とするのが女性優位の文化であると理解するのが自然である。しかし、もしそうだとしても、なぜ日本神話ではその女性が父から生まれたと語られるのか。これはどこか、女性が男の骨からつくられたとする旧約聖書の話と似ている。これはつまり、女性優位といいながら、一方で男性原理とのバランスを取っているということではないか。
人間がすべて女性から生まれるのは自明であり、その厳粛な事実への「感動」からまずは神を女神、大母神とするのは自然であろう。実際、ヨーロッパでもキリスト教以前には地母神を中心とする宗教が広がっていたという。縄文時代の土偶にも地母神は多い。父性原理に立つユダヤ・キリスト教は、先に男性がつくられたとすることで母性優位を克服しようとするのである。
日本神話では、まず大母神イザナミが国土とその他ほとんどすべてのものを生み出したという。ところが、アマテラスを含む「三貴子」は父イザナギから生まれたと語り、極端な母性優位とのバランスをとる。つまり、「男性原理とのバランスを取りながらの女性原理」が、日本神話の特徴なのである。
現代の日本社会が、近代ヨーロッパ文明(父性原理の文明)を大幅に受け入れつつ、縄文時代以来の母性原理が連綿と受け継がれているという事実については、下の《関連記事》や、カテゴリー「母性社会日本」を参照されたい。
《関連記事》
★日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
★日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
★日本文化のユニークさ29:母性原理の意味
★日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
★ユダヤ人と日本文化のユニークさ07
★太古の母性原理を残す国:母性社会日本01
《参考図書》
★中空構造日本の深層 (中公文庫)
★母性社会日本の病理 (講談社プラスアルファ文庫)
★「甘え」と日本人 (角川oneテーマ21)
★続「甘え」の構造
★聖書と「甘え」 (PHP新書)
★日本文化論の系譜―『武士道』から『「甘え」の構造』まで (中公新書)
著者・河合隼雄がユング派の心理療法家であり、その立場から多くの著作を残してきたことは周知の事実である。日本人の心の問題をユング派の立場から語る著作も多い。本書は、ユング派の立場から、古事記や日本書紀に代表される日本の神話を語る本である。長年、記紀を読み込み、世界の神話とも比較し、しかも心理療法家の立場から神話の深層をとらえようとする姿勢がみごとに生かされており、読み応えのある重厚な一冊であった。
これまで無数の日本人論や日本文化論が書かれてきたが、それらで指摘された日本文化の特徴の多くは、日本の神話の中にも何らかの形で表れているということが、この本を読んでよくわかった。その意味でもきわめて興味深い本であった。すでに日本神話の中に、その後に展開する日本文化の特徴がどのように現れているのか、そんな視点からこの本に触れてみたい。
著者が指摘する日本神話の特徴で、日本文化そのものの特徴にも深く関係すると思われるものをざっと挙げて見たのが以下である。
①男性原理とのバランスを取りながらの女性原理
②自国内よりも外国に基準を求める態度
③文明の原始的な根から切り離されず、連続性を保っている
④人間がその「本性」としての自然に還ってゆく、自然との一体感という考え方
⑤日本人の美的感覚である「もののあわれ」の原型が認められる
⑥何らかの原理によって統一するよりも原理的対立が生じる前にバランスを保とうとする調和の感覚
⑦明確なリーダー的存在なしでことが運ばれていく。中心に強力な存在があってその力で全体が統一されるのではなく、中心が空でも全体のバランスでことが運ばれるといいう「中空構造」
⑧恥の感覚の重視
もっと体系的に整理する必要があるかもしれないし、あとで他の項目を付け加えるかもしれないが、とりあえずこれらの項目のなかのいくつかを、本書に沿いつつ取り上げてみたい。お気づきと思うが、これらの中の、①、③、④、⑥は日本文化のユニークさ8項目のうち、それぞれ(2)(1)(6)(7)に対応している。なお上の⑦に出てくる「中空構造」については、かつて日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化でも紹介しているので参照されたい。
まずは、①「男性原理とのバランスを取りながらの女性原理」について。
数多くの日本神話の神々のなかで際立った地位を占めるのが、女神アマテラスである。古代日本人は、天空に輝く太陽に女性をイメージしたのだ。これは世界のほとんどの民族にとって太陽が男性神だという事実に比し、かなり特異なことだという。
しかし一方でアマテラスは、父親イザナギから生まれた、母を知らない女性であった。イザナミと死に別れたイザナギが、黄泉の国から帰って、身のけがれをおとそうと川でみそぎをしたときにアマテラスが生まれる。
神話においては「男-太陽、女-月」という結びつきと、「女-太陽、男-月」という結びつきがある。太陽の月に対する圧倒的な存在感を考えると、太陽-女性とするのが女性優位の文化であると理解するのが自然である。しかし、もしそうだとしても、なぜ日本神話ではその女性が父から生まれたと語られるのか。これはどこか、女性が男の骨からつくられたとする旧約聖書の話と似ている。これはつまり、女性優位といいながら、一方で男性原理とのバランスを取っているということではないか。
人間がすべて女性から生まれるのは自明であり、その厳粛な事実への「感動」からまずは神を女神、大母神とするのは自然であろう。実際、ヨーロッパでもキリスト教以前には地母神を中心とする宗教が広がっていたという。縄文時代の土偶にも地母神は多い。父性原理に立つユダヤ・キリスト教は、先に男性がつくられたとすることで母性優位を克服しようとするのである。
日本神話では、まず大母神イザナミが国土とその他ほとんどすべてのものを生み出したという。ところが、アマテラスを含む「三貴子」は父イザナギから生まれたと語り、極端な母性優位とのバランスをとる。つまり、「男性原理とのバランスを取りながらの女性原理」が、日本神話の特徴なのである。
現代の日本社会が、近代ヨーロッパ文明(父性原理の文明)を大幅に受け入れつつ、縄文時代以来の母性原理が連綿と受け継がれているという事実については、下の《関連記事》や、カテゴリー「母性社会日本」を参照されたい。
《関連記事》
★日本文化のユニークさ12:ケルト文化と縄文文化
★日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
★日本文化のユニークさ29:母性原理の意味
★日本文化のユニークさ36:母性原理と父性原理
★ユダヤ人と日本文化のユニークさ07
★太古の母性原理を残す国:母性社会日本01
《参考図書》
★中空構造日本の深層 (中公文庫)
★母性社会日本の病理 (講談社プラスアルファ文庫)
★「甘え」と日本人 (角川oneテーマ21)
★続「甘え」の構造
★聖書と「甘え」 (PHP新書)
★日本文化論の系譜―『武士道』から『「甘え」の構造』まで (中公新書)