このレビューを書いているこの瞬間にアカデミー賞作品賞を受賞した。先に監督賞もキャサリンビグロー監督が受賞している。監督賞としては女性初だ。キャサリンビグロー監督といえば「ブルースチール」「ハートブルー」「ストレンジデイズ」「K-19」という作品群を見ても分かるとおり、めちゃめちゃ渋くて骨太な作品を撮る監督だ。こんな作品を女性が撮ったなんて信じられないというと「映画監督という職業に男も女も関係ない」と彼女には叱られてしまうだろう。今回の“女性初”という称号も彼女にとっては何の意味もないのかもしれない。それが分かっていても言わずにはいられないのだ。その上、彼女は女優顔負けの長身美人。あ、これもきっと怒られちゃいますね。
さて、この作品。イラクに駐在する爆弾処理班の日常を描く。“日常”というにはあまりにも“非日常”の嵐なのだが、これが彼らにとっては“日常”なのである。「戦争とは麻薬である」という一節が冒頭で紹介される。それをまさに主人公が体現する。
戦死した前任者マットトンプソン軍曹ガイピアースの代わりにやってきたウィリアムジェームズ軍曹ジェレミーレナーは、チームプレーを大切にした前任者とは違い、同じチームのJ.T.サンボーン軍曹アンソニーマッキーやオーウェンエルドリッジ技術兵ブライアンジェラティが止めるのも聞かずに、防爆服を身につけてすたすたと爆弾に近づいていき、指示も聞かずに処理してしまう。
映画はどちらかというと物語を語るというよりは、ジェームズ軍曹の日記を見るように進んでいく。「今日はこんな爆弾を処理した。今日はこんなパターンだった。今日は人間爆弾を処理できなかった。死者は何名だった」そんな感じだ。ジェームズ軍曹は爆弾を処理するだけではなく、その裏にいる悪党を自分の力で捕まえようともする。それが必ずしも自分の任務ではないと分かってはいても、こんなふうに爆弾を処理したって、元を断たなければキリがないというように。彼とて、それがそんなふうに解決できるものではないことを痛いほど知っているだろうけど、きっとそうせずにはいられなかったのだろうと思う。
ジェームズ軍曹の大胆な行動とは裏腹な繊細な表情、サンボーン軍曹の焦燥感、エルドリッジ技術兵が感じている恐怖を観客は淡々と見せ付けられる。何が起こっているのか全体像が見えない中で、目の前の敵か味方か分からない者に銃を向ける。こんな日常が人間に及ぼす影響とはなんなのか。
こんな状況でやっていけるのはどうしてか。ジェームズ軍曹は自分がどうしてそうなるのか分からないと言っていた。しかし、DVD売りの少年に見せた優しさや人間爆弾にされた男を助けられなかったときに言う「すまない」というセリフは、ジェームズ軍曹がただのイカレ野郎じゃないことを示している。任務を終えて一旦本国に帰ったジェームズ軍曹が、平和な祖国での生活になじめず、また任務へと向かうとき、「たくさんの人が死んでいる。爆弾処理班が必要だ」と言って赴いていく。皮肉にも最も帰りたくない場所へ自ら戻っていくジェームズ軍曹。あんなイカレた場所へ、義務感だけでは説明できない何かがあるに違いない。それがあの「戦争とは麻薬である」という言葉へとつながっていくのか。
監督はこの作品に戦争の賛否を乗せたのではないと感じた。ただそこにある現実。イラクでの日常。これをどう感じるかはあなたの自由と言われたような気がする。この状況に苦しみながらもジェームズ軍曹はリード大佐デビットモースに褒められたとき、喜びを感じなかったといえば嘘になるだろう。自らの中に抱える矛盾、人間が抱える矛盾。それを監督は映し出したのかな。この辺はよく分からない。解釈については少し難しい。
映画の技術的には、カメラワークもすごいけど、あの爆破のVFXはもの凄い迫力だ。リアルに見せなくてはいけない分、「アバター」系の特撮よりすごいと感じる。これはまぁ好みの問題だけど。
アカデミー賞を取ったから見に行こうという人もいるかな。映画に慣れていない人は、もしかしたらつまらないと思う作品かもしれませんが、見た後も色々と考えさせられる作品だと思います。
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このまえ、幸せのちからでコメントさせてもらった者です。
この映画を、観て確かに深い意味が随所にちりばめられていて、どういう意図があるんだろうと考えさせられますし、様々な解釈ができる映画だと思いました。
さすが作品賞だなと。
ショッピングモールで膨大な種類のシリアルに主人公が四苦八苦しているシーンはどう解釈されましたか?
戦場では迷わず、決断を降せる軍曹であるのに、どのシリアルを買えば良いのか悩んでいるシーン、とても印象に残りました。
ワタクシの勝手な解釈ですが、シリアルを選べずにいた主人公に関しては、主人公が決められないということよりも、「シリアル」という(主人公にとっては)くだらない物にも膨大な選択肢があるというアメリカという国への主人公の複雑な気持ちというものを感じました。
一方で同じアメリカ人が戦場で選択肢のない生活をし、イラク国民にも選択肢のない生活を強いているという現状の裏返しを主人公が見ていたと感じました。
僕も同じです、イラクや戦争地帯の生きるか死ぬかという選択肢しかない世界とアメリカでは、たったシリアルの種類ですら膨大にあるというギャップを表しているんだろうなと感じました。
やはり、その解釈が正しいみたいですね。
イラクからは撤退が決まりましたが、アフガニスタンはまだまだ泥沼のようですね。日本も加担していると思うと気が重いです。