まくとぅーぷ

作ったお菓子のこと、読んだ本のこと、寄り道したカフェのこと。

ヒロと姐さん〜戦場のメリークリスマス

2019-12-26 00:03:50 | 日記
9月、パパの誕生日ケーキを引き取りに行きながら忘れないうちにと思って、
「クリスマスは手伝いに来るから。洗い物とか。23でも24でも都合の良い日に呼んでね。」と伝えると、
ゆっこちゃんは瞬時に色んなことを思い巡らせたみたいだった。
いつが一番良いだろう、ということなのか、申し入れを受けてもいいものなのかしら、ということなのか、それはわからないけれど。
でもありがたいとは思ってくれたらしく、「手伝いを申し出てくれた人がいます」ってSNSに載せたら、「私もやりたい」という声がどんどん集まってきた。
ゆっこちゃんのすごいところは、様々なスキルと性格の人を上手に使うことができるところ。
でもそれはそれで自分で働くのとは別の神経をすり減らす。
24日の朝、いったいゆっこちゃんはどれだけ疲弊してるだろうと心配しつつ店のドアを開けると、
スラリ長身色白美人を前にマシンガンの様に喋る姿を発見した。
美人の名前はヒロ。ゆっこちゃんとは10年以上前に一緒にケーキ屋で働いていた間柄で、ヒロはゆっこちゃんのことを親しみを込めて「ねえさん」と呼ぶ。
その後の二人のやりとりを見るにつけ、多分ここは姉さんじゃなくて姐さんだなと見当をつけた。
ゆっこちゃんはここ数日の圧倒的な寝不足がたたって、思考をまとめるのに苦労している様だった。そこでヒロにとりあえず思いつくことを次から次へと投げてゆく。ヒロはそれをふんふんと拾って「じゃあその分はあとで追っかけて作りましょう」とか「それはもう先にやっときましょう」とか結論づけていく。
さっき自分で言ったことをゆっこちゃんが忘れたりすると「姐さんトシだから」とニヤニヤしてる。
24日と25日は朝、昼、夜と3回お渡し時間があり、各回限定15台で予約を取ってある。兎にも角にも冷蔵庫のスペース問題がまず一つ。
お渡し時間までのインターバルは店のシャッターを閉めてひたすら組み立て。昨日のうちにスライスしておいたジェノワーズにシロップをうち、クリームを塗り、イチゴをスライスして並べ、3段重ねてナッペし、クリーム絞ってデコレーション。できたら箱に入れ、キャンドルと予約伝票をセットして冷蔵庫へ。
ヒロは手際よく美しく物凄い速さで仕事を進めていく。そうしながら私のやってることをちゃんとチェックしてて「あ、それ逆です」と指摘してくれる。ゆっこちゃんがとても安心している様子が見える。なんていうか、いつもはメラメラした炎を背負ってる感じなんだけど、今日はそれがちょっと小さくなってる。代わりにヒロの背中がとてつもなく燃えてる。わたしは自分のことがとてもちっぽけに思えてきた。ちょっとケーキ作れるつもりでいたんだけど、プロの二人の中にいるとそんなものは弾き飛ばされる感じ。出来上がったケーキを箱にしまう時、綺麗にナッペした側面に触ってしまった。すかさずヒロが修復してくれて、ゆっこちゃんが「そんなことはよくあるし直せるから大丈夫」と慰めてくれる。何してるんだろう自分。
朝の部が終わり、当日売りのケーキが少し残る。ヒロが「昼の部の時に売れば良いんじゃないすか」と言うと、ゆっこちゃんが「だめ。昼には当日売りはありませんって言っちゃってるから。」と答える。昼の予約分を仕上げてお渡し時間までの間、ヒロとわたしはお隣の街カフェでご飯を食べた。
ゆっこちゃんとヒロは一緒に働いていた年月はそんなに長くはないとのこと。でも気が合ったんだろう、少なくとも年1回は会ってるという。これだけの腕がありながら、ヒロはもうケーキ屋さんには飽きたので、今は介護の仕事をしつつ、TSUTAYAでバイトなどもしてるらしい。結婚した人がラーメン屋さんで働いてて、独立しようとしているそうで、一緒に働くべきかそれとも別々の収入を得るべきか思案中なのだとか、そんな話を色々聞いた。
「姐さんは人が大事だから。私は売りたい人だから。昼だって当日売り分があるんだから売れば良いのにって思っちゃう。SNS訂正すれば良いんだから。でも姐さんはそうじゃないんですよね。そのために諦めた人がいたらその人に申し訳ないって言うのが先になっちゃうんですよね。うふふ。」
ケーキを作るのは好きだけど仕事としてはもういいかな、作りたくなったら姐さんとこに来ればいいから。そう言って楽しそうに笑う。人を大事にするゆっこちゃんだからこそ、ヒロもゆっこちゃんのことを大事に思ってて、売り上げ伸ばしたいと考えてる。そのジレンマは悩ましいけどちょっと幸せなことでもある。
ところで時間帯別の限定数については、冷蔵庫問題の他にも理由があって、それは「もしヒロがいなかった場合、一人でやれる限界値」ということ。
そう、このお店はあくまでも、どこまでいっても、ゆっこちゃんたった一人のお店。そのことについて、彼女がどれほどの覚悟で日々を生きているかは周りからは計り知れない。もしわたしがゆっこちゃんなら、夏にはヒロに連絡して一週間身柄を確保してるところだ。でもそうしなかったどころか、前の週にも手伝うというヒロを断っているらしい。「来年はラーメン屋さんしてるかもしれない。頼ってばかりはいられない。」という思いもあるのだろうか。
だけどヒロの働きっぷりを見てると、どう考えても、クリスマスの戦場を乗り切るにはこれは必須かつ十分だと思える。本人もとても楽しそうだし、何よりゆっこちゃんの精神安定剤になってるから。
夜の部のお渡しが始まり、元気な女の子とお母さんがやってきた。常連さんらしい女の子はわたしに「こんにちは。スタッフの人?」と。私の方がこのお店には詳しいんだからね、という誇らしさが感じられる。どこもかしこも疲れまくってるはずのゆっこちゃんがニコニコ対応している。柊木やサンタ、たくさんのイチゴに飾られたケーキを見て歓声をあげる二人。
「ケーキ屋さんで働いていていいなと思うのは、来るお客さんがハッピーな状況であること。」と言ったのはお菓子教室の後輩のMちゃん。クリスマスはいつにもまして、全てのケーキ屋さんにハッピーが溢れてるだろうけど、ここatelier 結心の記念すべきファーストクリスマスの幸せな空気にはちょっと誰も敵いはしない。