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歌集『カインの祈り』

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一首鑑賞(34):服部真里子「キング・オブ・キングス」

2016年08月15日 14時14分19秒 | 一首鑑賞
キング・オブ・キングス 死への歩みでも踵から金の砂をこぼして
服部真里子『行け広野へと』


 服部は2013年の歌壇賞(本阿弥書店主催)を受賞した歌人である。受賞の数年前から短歌総合誌各誌の新人賞に精力的に応募して注目を集めていた。
 服部は、『短歌』2015年4月号(KADOKAWA)には、後々まで大きな波紋を呼んだ「塩と契約」七首を、また2016年には芥川賞候補にノミネートされた今村夏子の「あひる」を収録した『文学ムック たべるのがおそい vol.1』(書肆侃侃房)に、「ルカ」という連作を、それぞれ載せている。
 これらの連作タイトルからも察せられるように、服部にキリスト教のバックグラウンドがあるのは明白だが、服部自身は短歌の内に表現する場合を除いて、そのことには特に言及しない。しかしながら、自身の受賞の一年前の歌壇賞応募作「オルガンと春」(『歌壇』2012年2月号に候補作として掲載)を読むと、キリスト教の影響は主に母親との関わりによって得られたものらしいことが分かる。掲出歌を読み解くために、その「オルガンと春」からもいくつか拾ってみたい。

  人々の形整った耳並ぶ深夜のミサへ遅れて入る
  舶来のパイプオルガンかの国の春はまばゆい筒なのだろう
  母親は譜面をめくる積もらない雪を見るときする表情で


 ここでは省いた一首の詞書には、母親が教会のオルガンの奏楽者であることが明かされている。そのことを念頭に掲出歌を見てみよう。
 「キング・オブ・キングス」——これは、有名なヘンデルのメサイアのハレルヤコーラスからの一節であり、聖書にもヨハネの黙示録などに「王の王」として出てくる。神に敵対する勢力と戦い、勝利する主を誉め称える賛辞である。服部はそう高らかに詠い出しておき、「死への歩みでも」と鋭角な方向転換をする。これはイエス・キリストの十字架への道行きのことを言うのであろう。下句の「踵から金の砂をこぼして」が精緻を極める。創世記3章には、天地創造の最後に造られた男と女が、蛇にそそのかされて知恵の木から実を食べてしまうエピソードが語られる。この下の句は、二人をエデンの園から追放する前に神が蛇に向かって語った言葉を思い起こさせる。曰く「お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き お前は彼のかかとを砕く」(創世記3章15節)。創世記において始まった、蛇すなわちサタンと、人との対立は、イエスの時代にまでもつれ込む。蛇は女の子孫であるイエスの踵を砕くが、イエスは蛇の頭を砕く——。
 十字架を背負って歩む道々、また十字架に架けられてからも、イエスは群衆に罵声を浴びせ続けられ、あたかも主の命運は尽きたかのように思われた。主の踵にはしっかりと蛇が食らいついていた——。しかし、服部はそのイエスの踵からまばゆいばかりの光が零れているのを、後代にあってありありと見たのである。これは目も醒めるばかりの信仰告白の歌ではないか。
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